(漆)

 趙武は、執務室から外を眺めていた。


「随分活気が戻ってきたな」


 街の様子を見つつ、独り言を呟く。


 ここ泉水は、大京と違い国境の街。城壁は20m程もあり、この副楼からは、外は見ることは出来ないが、ここから見える東門からは、商人や、旅人が、ひっきりなしに出たり、入ったりを繰り返している。


 敗戦から半年がたった。趙武の印象では、少しずつ街は活気を取り戻し、負傷した兵士もたまに帰還して、復興に向けて、進んでいた。


「良いことだ」


 そう言いながら、立ち上がった時だった。何か違和感を感じ、再び窓の外を見る。しかし、特段変わった事は、無かった。


「気のせいか」


 そう言うと、趙武は執務室を後にして、階段を下る。そして、外に出ると、いつの間にか、背後に龍雲がつけていた。


 そのまま、2人は、常連となった、酒家へ向かう。そして、いつもの机に向かい合って座ると、自然と、清酒が置かれるのだった。


 そして、なぜ2人かと言うと、すでに結婚している呂亜はもとより。至恩、雷厳は泉水で、結婚したのだった。2人とももう少し早くに結婚したかったそうだが、言い出すタイミングを逸していたが、泉水に行くことになり、2人ともが


「ついて来て欲しい」


 と言う事で、結婚したのだそうだ。


 お相手は、至恩は、子供の頃からの許嫁いいなずけで、興魏、興越に連なる家系ではないが、名家めいか興家の女性。大人しく、慎ましそうな女性だった。


 雷厳は、幼少からの、幼馴染おさななじみ。北方民族の女性で、雷厳みたいに、ごついのかと思っていたら、すらっとした長身の美人だった。


 そして、陵乾は、泉水に父親含む、家族が越して来て。商売を始めたそうだ。まあ、お酒もそんなに飲まないし。



 それで、龍雲と共に毎日、常連となった酒家で、食事して、酒を飲んで帰る日々を、過ごしていた。そして、今日も清酒を飲みつつ、定番料理の、北河鯉の甘酢風味、豚と鶏のホルモン揚げをつまんでいると、店内が少しざわついてきた。


 趙武が顔を上げると、そこには、杖を持ち、黒い文官が着る大衣という服を着て、その上から袈裟を羽織り、さらに旅装のままで、行李を背負った、旅の僧侶だった。


「乞食坊主か」


「龍雲。口が、悪いぞ」


 僧侶は、机を順番に回りつつ、何か話すと客達は、面倒くさそうに、小銭を僧侶の持つ鉢に入れる。


 趙武は、興味を持った。このての僧侶は、修行の為に旅をしつつ、辻説法したり、楽器を奏でて伝説を語ったり、後、お経をあげたりして、お布施を貰いつつ移動していることが多い。この人は、何をするんだろう?


「拙僧は、會清カイセイと申す。一つお話でもいかがでしょうか?」


 この僧侶は、何かの話をしてお布施を貰っているようだ。カナン平原の典型的な民であろう。黒髪黒眼。そして、肌は、日に焼け赤銅色。つるつるの頭に対して、もじゃもじゃの濃いひげ。そして、目はくりっと愛嬌のある顔立ちの男だった。


 龍雲は、懐から巾着袋を取り出し、小銭を鉢に入れつつ、


「間に合ってます」


 と、言いながら、再び清酒に口をつけようとした、しかし、


「どんな話ですか?」


 趙武が、興味を持って話かけ始めた。また、始まったよという顔をする龍雲に構うことなく。目を輝かせる趙武。


「宜しいのですか?」


「はい、どうぞ」


 そう言いながら、僧侶に、席まですすめる趙武。そして、


「では、失礼して。それでは、移動する王国、千年王国の話でも如何でしょうか? お布施は、その美味しそうな料理を頂きたく」


「良いですよ。どうぞ、どうぞ」


 そう言うと、趙武は、わざわざ新しい料理を注文し、僧侶の前に置かせる。そして、會清は、一気に食べきると、話始めた。


「移動する王国、千年王国とは、現在、東方諸国同盟の一国、風樓礼州フローレス王国の事です。国の起こりは。今から千年前、帝国が使用する皇紀は、もとより、その他の国が使う大陸暦より古い、ノーナエ暦189年の事です。場所は、アトラス断崖を越え、銀髪碧眼の民が住む、ムーア大陸西端、海に面した地に、誕生しました」


「へ〜」


 趙武は、アトラス断崖の上まだ見ぬ地を、想像する。


「その当時の国名は、フローレス王国。フローレス王国は、歴代、女王が統治していく国でした。女王は民を愛し、民は女王を敬愛し、国はとても実り溢れる豊かな国でした。しかし、建国からおよそ200年たったある日、南に出来た強大な国、ローヌ王国に負け、女王は、敵国の王の妻になるか、国を捨てるかを迫られました。そして、女王は、ただ1人国を出ることにしたのです」


「それは、大変だな」


「しかし、女王が国を出ると、その後ろを民衆が続き、その列は、途切れる事なく続きました。女王と民達は、2年の放浪の後、新たな安住の地を見つけ、国を興しました。国は、再び富み栄え、そして、さらに300年の時が過ぎました。その時代、家臣にとても貪欲な男がいて、反乱を起こし、女王は負け、国を追われました。女王が逃げ出すと、民衆は、その後をついていき、家臣の国は滅んでしまったのです。そして、3年の放浪の後、アトラス断崖のそばにまた、国を興したのです」


「だいぶ、近づいてきましたね」


「そして、また国は豊かに富み、勃興しました。しかし、今度は北に軍事国家が起き侵略を受けました。そして、女王と民衆は、逃げ、アトラス断崖を降り、ここカナン平原に降り立ったのです。それが、およそ200年前の事です」


「おー、それで?」


「当時の大岑帝国は、岑国しんこくと呼ばれ、西京周辺を支配している国でありましたが、当時の国王、岑蘇シンソは、この女王と、民を、歓待し自国に住むことも、通過も許しました。女王は、感謝しつつ、安住の地を、求めて去っていきました。そして、現在の地に風樓礼州王国を興し、カナン平原に珍しい銀髪碧眼の民の国が、完成し、現在に至るのです」


「どうでしたか?」


「いや、良かった」


 趙武は、そう言いながら、懐から金貨を取り出すと、會清に渡そうとした。しかし、


「趙武さん、多すぎですよ」


 龍雲は、そう言うと、金貨を趙武から奪い、自分の懐から巾着袋を取り出し、銀貨と交換した。


「いや、これは、大金を、ありがとうございます」


「ああ、そうだ、明日も来てよ。なんか面白い話聞かせて」


「かしこまりました。えーと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「ああ、僕は趙武。こっちは、龍雲」


「そうですか、趙武様、龍雲様。また、よろしくお願い致します」




 それから連日、會清は、酒家に現れ、いろんな話を趙武に聞かせた。そのうち、ただ、一緒に食事して、飲むだけのようになっていったが。そんなある日の事だった。會清が、


「そう言えば、泉水の街は面白いですね。やけに、元軍人の奉公人が多いのですね」


 趙武の箸が、ピタリと止まり、


「會清。どういう事だ?」


「えっ! 言った通りですが、歩いていると、奉公人て言うんですかね。商家で働いている人に、軍人が多いなと思いまして、物腰が違いますからね」


「それだ!」


「えっ!」


 趙武は、自分の執務室から外を見ていた時の違和感の、原因に思い当たった。気配は消していたが、鋭い目つきで、見られているような感じがあったのだった。


「そうか。明日、僕に付き合ってくれ、會清」


「良いですよ。何をするんです?」




 翌日、趙武は、普段着に剣を腰に指し、會清と共に、泉水の街中を、歩く。そして、小声で、會清に話しかける。趙武の外見はとても目立つ。視線が、集中し、その中に鋭い刺すような視線も感じる。


「歩きながら、それらしき人が、いたら、教えてくれ」


「分かりました。行きますよ」



「あそこの左手の店の荷物運んでいるのと、あっ今中に入ったのも、そうですね。今度は反対側の店前掃除している人もですね」


 會清は、指摘しながら歩く、趙武は、それを覚えていく。しかし、趙武は小さく呟いた。


「予想以上に、多い。まずいな。」




 さらに、翌日執務室に呂亜、陵乾、至恩、雷厳、龍雲を集める。そして、そこには、會清もいた。



「まずいことになった。恐らくだけど、耀勝が泉水攻略を仕掛てきた」


「えっ、本当か? どうやって?」


「呂亜先輩。聞いたら驚きますよ。街の中に如親王国の兵士が、紛れ込んでいます」


「なっ! 嘘だろ。だって、国境越えるのは厳しいぞ」


 至恩の言う通りだった。北河のお互いの防衛施設を結ぶ渡し船があるが、入国に際しては、荷物検査など厳しいチェックがあるのだが、国境は長い。監視してても、夜、夜陰に紛れて船で渡られれば、わからない。


「それでも、入り込んでいるのは、事実です。僕も、ここにいる會清に言われるまで、気づきませんでしたし」


「そうですか。でも、早めに気づけて良かったですね。で、どうするんですか?」


 陵乾の質問に、趙武が答える。趙武は、今までわかっている範囲の人間を書いた紙を渡しながら、


「まずは、気付かれないように、洗いだしです。會清に聞いて、見て回った人達を監視して、接触する人間を調べて下さい。これは、至恩と龍雲、お願いします。信頼出来る部下を集めてやってください」


「わかった」


「了解しました」


 至恩と、龍雲が出ていき、早速準備に入る。そして、今度は陵乾と、呂亜の方に向く。


「呂亜先輩と、陵乾は、戸籍書や、街の入場名簿を使って調べてください。怪しい人物がいたら、至恩達に伝えてください。それに、潜入している商店と、潜入者に関係あるのかも調べてください。知らないで雇ったのか、それとも知っていて雇ったのかと、後」


「まだ、やる事あるのか?」


「すみません、呂亜先輩。現在凱炎大将軍は、帝都に行っていて、留守なので、泉水は良いとして、他の都市も同じ事起こっていないか、一応使者を」


「わかった、さあ、やろう、陵乾」


「かしこまりました。呂亜さん」


 そして、雷厳に、


「雷厳と、僕は外見で目立つからな」


「しばらく、待機か?」


 雷厳が、残念そうに言うが、


「いや、僕達は、外の探索だ」


「外?」


「ああ、外に連絡取ったり、手引したりする中継拠点があると思うんだよね」


「なるほど。それを潰すと」


「うん。じゃあ、やろうか」


 趙武は、立ち上がると、雷厳、會清と共に執務室を後にした。

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