(伍)

「という訳だ、何か策はあるか?」


 趙武は、状況が把握出来ていなかった。突然、凱炎大将軍に呼び出され、天幕に入ると、そこには、2人の大将軍。凱炎大将軍と共に、呂亜のお父さん呂鵬大将軍。呂亜の結婚式で、話したぐらいだ。さらに、凱炎の一言。そして、呂鵬が話し始める。



「趙武君。我々はなんとか生きて帰りたいのだ。その為だったらなんだってする。だから趙武君に、良い策があるなら聞きたいんだ」


「わかりました。ですが、なぜ、わたくしに? 優れている人間だったら、いっぱいいるのでは? それこそ呂亜先輩とか」


「呂亜か。父親から見ても優秀とは思うが、経験不足だ」


「それでしたら、わたくしの方が、後輩ですが」


「趙武君は、常に頭の中で、戦争しているんだろ。戦略、戦術、用兵を駆使して。呂亜が言っていた。事象をも考慮に入れる趙武の頭の中は、実際の戦場よりも厳しいかもしれないとな」


「恐れ入ります」


「だから、その頭脳生かしてみせろ。ただ、どう動くか選ぶのは、我々だ。だから、責任も我々にある。提案を好きに言ってみてくれ」


「はい、かしこまりました」



 趙武は、懐から、見すぎて、くしゃくしゃになった地図を広げると、大将軍2人の前に置く。


「まずは、如親王国軍ですが、この運河とか、用水路を移動しているのでは、ないかと思います。だから、襲撃のあった地点の近くには、運河があり。そして、しばらく襲撃がなかったのは、我が軍が、運河や、用水路から離れていた為と思われます」


「う〜む」


「なるほどな」


「はい、ですが撤退する為に、中原道を進むと、そこには、北河の支流だったり、大きめの運河があったりします。そうすれば、如親王国軍は、再び襲撃を仕掛けてくると思われます」


「ほんとだな」


「その通りだな」


 大将軍2人は、地図をたどり、運河や川を確認する。


「なので、こちらが先に、こちらにとって都合の良い場所に、布陣します。それが、ここです」


 趙武は、合流地点から西に行った、中原道近くの地点を指差す。


 そこには、ほぼ平地の如親王国にあって、珍しく、周囲に小高い丘が点在した、盆地のような場所だった。そして、北にある大きな丘の裏側から、大きな弧を描くように、東側のやや険しい丘の背後に向かって運河が、存在していた。


 趙武は、話を続ける。


「我が軍が、この盆地のような場所に布陣すれば、耀勝は必ず戦いを仕掛てきます」


「なぜ、そう言い切れる?」


 呂鵬が、疑問を口にする。ほぼ、呂鵬と、趙武のやり取りになっていく。


「それは、耀勝が戦の天才だからです。こちらに中途半端に頭の良い策士が、策をたてたと思って、簡単にひっくり返して、大ダメージを与えようとしてくると、思われます」


「のってくるのか?」


「はい、必ず」


 この時、趙武には、自信があった。耀勝は、趙武の存在を知らなかったが、趙武は耀勝の事を理解しようと、かなりの回数、耀勝と頭の中で、戦っていたからだった。


 呂鵬は、この自信にちょっと驚きつつ、続きが気になり、話しを続けた。


「わかった。で、どうする?」


「はい。我々が、ここに布陣すれば、この北にある丘と、東の丘とこの小さな森の間にある、この北東の隙間に布陣すると思います。それは、この運河から、布陣しやすいのが、その2か所だからです」


「うむ」


 凱炎が頷く。呂鵬は、地図をじっと見つめ、黙って聞いている。


「この場所には、かなりの確率で、朝、朝靄あさもやが出ます。そして、耀勝は考えます。使い古された戦法ですが、我が軍が、部隊を分けて、朝靄あさもやの中。この北の丘のすぐ西にある森に移動して、そして、朝靄が晴れると同時に2方向から強襲してくると。なので、北の丘の軍勢は、朝靄の晴れる前に、森の中か、目の前の盆地かに駆け下ってきます」


「うむ」


「ですが、我が軍は、予想しているので、森の中に駆け下りてくれれば、北東からの軍を両軍で叩けますし、盆地に駆け下って来ても、予想していれば、凱炎大将軍と、呂鵬大将軍なら、互角以上に戦えるでしょう」


「うむ」


「わかったが、それで、どうやって、上手く撤退出来るんだ?」


「はい、朝靄の中、わたくしの狙いは、ここです」


 趙武は、北の丘の東側の小さな森と、その先の運河を指差した。





「帝国軍、動きが止まりました」


「どこですか?」


 斥候せっこうは、地図を指差す。そこは、趙武が言っていた、盆地のような場所だった。耀勝は、地図をしばらく眺めると、配下の将に指示を出す。


「どうやら、呂鵬軍には、少しは考えられる人が、いるようですね。我々が、船を使って移動していることが、ばれたようですよ。ですが、そこから先は、いけません。読みやすい策です。わざわざ戦いを挑んでくるなら、もっと壮大な策が良かったのですが。仕方ありません。では、出発しましょう」



 如親王国軍は、いろんな運河、用水路で、待機している無数の船に連絡をとる。それらは、軍船だけでなく、商業船や、漁船まで、様々だった。合流しつつ、進むと、趙武の予想通り。北の丘と、北東の平地に布陣する。


 そして、翌早朝、真っ白なもやが、辺り一面に立ち込める。


「さて、使い古された戦法に、対処しないとですね。西の森に移動している軍勢は、無視して、両軍で盆地にいる軍勢を叩いて、大ダメージを与えましょう。では、頑張ってください」



 そして、その頃、朝靄の中、趙武率いる軍は、北の丘と北東の平地に挟まれた森を、そおーっと、進んでいた。両側には、如親王国軍、合わせて18万がいる。自分達は、1万5千見つかったら終わりだった。しかし無事に抜ける。そして、


「見つけました。船です。無数にあります」


 趙武達は、森を抜け運河に出ていた。そこには、予想通り無数の船。そして、趙武は指示を出す。


「沈み込んでいる船を、探してください。それが、荷駄船です」


 そう、前回耀勝にやられたように、食糧を焼き払い、追撃不可能にさせようということだった。


 しばらくして、遠く金属音が聞こえてきた。それに靄もそろそろ、晴れそうだ。趙武は、少し焦った。しかし、


「ありました。あそこに固まって停泊しています」


 との、報告を受ける。


「全軍かかれ!」


 趙武軍が、船に襲いかかる。護衛の部隊5千程が、船から出て、慌てて迎撃してくる。だが、こちらは、1万5千。あっという間に、蹴散らすと、次々と船に火をつける。すると、天を焦がすように、火柱が立ち昇った。


 趙武が、ふと見ると、小船が、一艘逃げていくのが見えた。もしかして、あれに耀勝が乗っているのかなと、趙武は、ふと思った。



 背後に立ち昇った火柱を見て、如親王国軍は、後退を開始した。それに合わせて、凱炎、呂鵬両軍も引く。最初の激突こそ派手であったが、お互い大した損害も無く、終結した戦いだった。


 こうして、呂鵬、凱炎両軍は、無事、中原道を進み撤退を開始したのだった。



 その頃、趙武はと言うと、ほとんどの船を焼き払い。残った軍船を奪い。その軍船で、運河を進んでいた。甲板で横になっている趙武のもとに、呂亜と、龍雲がやってくる。


「お疲れさん、趙武。しかし、意外と上手くいくもんだな。突拍子もない作戦だと思ったんだが」


「呂亜先輩、お疲れ様です。本当に上手くいきましたね。良かったですよ」


他人事ひとごとに聞こえますけど」


「龍雲。責任は大将軍様が、とってくれるから、僕は好きにやらせてもらっただけだよ。無事済んで良かった。はい、終わり。僕は寝るよ」


 そう言うと、趙武は寝息をたて、寝始めた。


「疲れたんだな。そっとしておいてやろう龍雲行くぞ」


「はい」




 船足は速いが本当に小さな船が、運河を走る。


「ハハハハ、まんまと一杯食わされて、やり返されました。まいった、まいった」


「耀勝様の策を読むとは恐るべき、呂鵬大将軍でしょうか?」


「違いますね〜。誰なんでしょう。しかし、楽しくなってきました、ハハハハ」


 耀勝の笑い声が川面に響く。




 凱炎、呂鵬両軍は、途中単独で、残っていた至霊軍と合流して、無事に泉水に戻ってきた。


 至霊軍は、創玄軍の撤退を無視して、逆に中原道を邑洛に向かっていたそうだ。もう少し早ければ最後の一戦に参加出来たのにと、至霊近衛東方将軍は悔しがっていたそうだ。




 そして、北河を越え、ようやく重圧から解放された趙武は、至霊軍の至恩、呂鵬軍の雷厳と再会する。また、泉水で束の間の再会を楽しむ。


「なに~。裨将だと早すぎないか!」


「至恩。だから臨時だって、臨時」


「それでも、羨ましいぞ! そう言えば、今回って負けたよな? 論功行賞ってあるのか?」


「そうだな〜。無いと思うぞ。ただ、各軍で、活躍した者には、恩賞は、あると思うが」


 雷厳の発言を返す至恩。そして、さらに雷厳は、


「そうか、だったらまた、出世して、俺は、軍司馬か?」


 趙武は、雷厳の軍司馬を想像して笑う。


「ハハハ、雷厳が軍司馬か。副将って柄じゃないな」


「ハハハ、確かに」


「ガハハハ! そうだな」


 また、店を追い出され、呂亜や龍雲も合流して、飲み会は、翌日まで、趙武の家で続いた。




 そして、呂鵬軍が自分達の駐屯地に去り、至霊軍も駐屯地に去っていき、さらに、凱炎大将軍が報告の為に帝都に出発すると、泉水は落ち着きを取り戻した。


 しかし、あちらこちらで、戦死した将校、士官、兵士の葬儀が開かれ、街は悲しみに沈んでいた。





 しばらくたって、凱炎大将軍が帝都から帰って来ると、負けたものの、戦死して、空席になってしまった階級の穴埋めも込めて、恩賞が与えられた。そして、


「へっ?」


 趙武は、凱炎大将軍の目の前で、かなり間抜けな声を出す。両脇の幕僚も、周囲の裨将軍、将軍達も笑っている。


「聞こえなかったか? もう一度言うぞ」


 凱炎大将軍が、大声で発表する


「趙武裨将。1階級昇進して将軍に任ず!」


「はい、あの、すみません。裨将は臨時だったのではないですか?」


「知らんな。おい、趙武受けるのか、受けんのか」


「はっ、失礼しました。謹んでお受け致します!」


「うむ。では、趙武将軍。将軍として、人事権を与える。黄悦の代わりに泉水で将軍府を開け」


「はっ!」



 こうして、趙武は、27歳で将軍になってしまったのであった。

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