(肆)

 趙武達は、負傷した兵が遅れないよう気を使いつつ、先を急いだ、そして前方に微かな灯りを見つける。斥候せっこうに出していた騎馬が戻ってきて、凱炎軍の本隊に追いついた事を告げてきた。



 趙武達校尉は、馬を降りふらふらになりながら、報告の為に本陣を歩く。左右に目を向けると、離脱時と比べ、負傷兵がかなり多くいるように見えた。趙武は、案内の舎人とねりに聞く。


「ずいぶん負傷者が多いようですけど、何かあったんですか?」


「ええ、何か一軍(2万5千)位の兵士に、ニ度程襲撃を受けまして。向こうもふらふらだったので、そんな大損害には、なりませんでした。我々を休まず追いかけてきて、襲撃したのだろうって、軍師様は、おっしゃってました」


「そうでしたか」


 趙武は、あまり機能していない頭で、考えてみた。おそらく、殿しんがりとして、戦った軍勢とは別の軍勢を分けて、走らせ襲撃させたのだろう。ただ、あまり効果的でなかったから、どこかに潜ませているか、或いは……。


 その後、趙武は、凱炎大将軍府幕僚筆頭に当たる、軍と幕僚の統括官、軍師ぐんしの李弘に合い、報告すると、用意された自分の天幕に行き、倒れるように寝た。




 そして、翌日早朝、まだ、頭が惚けている感じはあったが、凱炎大将軍に呼び出された。なんのようだ?



 凱炎大将軍の天幕に入ると、中央の床几しょうぎに凱炎大将軍が腰掛け、左右にその幕僚が立っていた。


「趙武。この状況どう思う」


「どう思う。ですか? かなり良くない状況だと思います」


「そうだな。で、どうする?」


「えっ! 失礼しました。どうするですか?」


 趙武は、左右を見回し凱炎大将軍の幕僚を見渡す。だが、特に無反応。凱炎大将軍にそれだけ心酔しているのだろう。


「それは、参謀の方々が、居られれば」


「だが、わしは、趙武の意見も聞きたいのだ」


「ならば、恐れながら。現在、我が軍が殿しんがりを任され、撤退してきました。しかし、完全に逃げ切れた訳ではありません。このままだと、我が軍が大損害を被る可能性も、あります」


「うむ」


「ですので、他の大将軍の方と、連携して、負傷兵だけ先に逃し、一戦交えるのが得策かと」


「それで、敵を敗れるのか?」


「いえ、難しいです」


「ならば、なぜ戦う?」


「はい。より多くの者が、生き延びる為に戦うのです。集結して一戦すれば、どこかに潜んでいる敵も、一旦集結せざるをえず、その勢いが止まると考えております」


「なるほどな」


「出来うれば、これを口実に、他の大将軍から兵を借りられれば良いのですが」


「うむ。だが、それは難しいだろうな。真柏や、創玄殿は、攻める時は、一番背後で、逃げる時は一番先頭にいるような連中だ。自分が危なくなるようなことは、すまい」


「そうですか」


「だが、うむ。呂鵬殿は、少なくとも応じてくれよう。なんとか形にはなるだろう。よし、さっそく使者を送るぞ!」


「では、わたしはこれで」


「待て。趙武」


「はっ」


「趙武、将軍であった、黄悦が討ち死にした」


「はい。見事な、お最後でした。そして、後事を託されましたので、わたしが、一応残存兵をまとめて撤退してまいりました」


「うむ、そうか! では、そのまま、臨時の裨将ひしょうとして、お前が率いろ。独立部隊として自由に動け」


「えっ、はい。ありがとうございます」


「うむ。では、下がれ」


「はっ、失礼致します」



 趙武は、自分の天幕に、戻りつつ考えた。臨時とはいえ、裨将か。それに、独立遊撃部隊扱いしてくれるのか。これで、やりやすくなった。数は残存1万5千。偉くなったものだ。


すると、天幕の前で、呂亜が待っていた。


「凱炎大将軍は、何だって?」


「僕に、臨時の裨将になれだそうです」


「そうか、また、離されたな」


「何言ってんですか。臨時、臨時ですよ。それに、これからが、正念場ですからね。責任重大ですよ」


「そうだな。まあ、頑張ってください、趙武裨将」


「はい」



 凱炎軍の移動が再開された。馬に揺られ進みつつ、生き残った黄悦将軍の幕僚達の、助言を聞きながら、軍を再編成していく。自分のと、戦死した校尉こういの部の兵士を、生き残った校尉の部に振り分ける。そして、5千人ずつ、3つの部が出来上がった。それを、3人の校尉が率いる。


 趙武は、再編成を終え。これからの事を考え始めた。これから向かう地域の詳細な地図を眺めながら、考える。あまりに集中して、何度か馬から落ちそうになり、馬車に乗り換えさせられた。



「そうか、運河か」


 まずは、如親王国の消えた軍勢がどうしているのかを考えた。確かに、この辺りには、大きな河はない、しかし、農業の為の、用水路や運河は、やはり如親王国にも、張り巡らされていた。


 最初、馬車で兵士達を運搬しているのかとも考えたが、そんな大量の馬車は、現実的ではなかった。だったら、用水路や、運河を船で移動していると考えた方が、可能性があった。そして、それら全てをこちらは、把握していない。


 となると、軍勢がどこに現れても、おかしくない。そう考えた趙武は、今度は、こちらがどう戦うかを考えた。


「まだ、追撃してくるって事は、耀勝はもう少し、帝国にダメージを負って欲しいのか。なら先に布陣すれば、出てくるな」


 馬車の中に、趙武の独り言が響き、そして、同乗していた幕僚が声をかける。


「勝てそうですか?」


 しかし、自分の世界に入っている、趙武には聞こえていない。さらに、考えをすすめる。趙武は、特殊な地形を探す。そして、


「あった。これだ!」



 そして、趙武が考えをまとめた翌日、凱炎大将軍からの招集がかかる。趙武は、1人、凱炎大将軍の天幕に向かう。中に入ると、先日のように、凱炎大将軍が、中央の床机しょうぎに座り、左右には、幕僚達が並ぶ。そして、凱炎大将軍の前に、2人の裨将軍、3人の将軍が、凱炎大将軍の方を向いて立っていた。


 趙武は、3人の将軍の後ろに立ったが、振り返った、将軍の1人に引っ張られ、隣に並ばされた。


「揃ったな。まずは、悪い知らせだ」


 凱炎大将軍は、心底忌々しそうに、話し始めた。


「これは、耀勝の計略でも、何でもない、ただの自滅だ」


 話によると、邑洛にいた、真柏は、疑心暗鬼におちいり、徹底的な家探し、そして、拷問を行っていた。それがエスカレートし、処刑。さらに、兵士自体の増長を招き、帝国軍で厳しく禁じられている。略奪、暴行、そして、強姦等の行為が繰り広げられ、民衆の暴動が勃発。戦いに発展し、数で圧倒的に優る民衆の為に、多くの兵士が殺されたそうだ。


 さらに、それを抑えるべき、真柏大将軍は、


「逃げたそうだ」


 そして、真柏大将軍は、創玄大将軍の下に逃げ込み、さらに、総大将であるはずの、創玄大将軍は、他の大将軍に知らせることなく、兵を引き返したそうだった。


「馬鹿どもが!」


 その後、邑洛より手前の街にいた、真柏大将軍配下の裨将軍ひしょうぐん廷黒テイコクが、住民を説得し、捕らえられていた、一部の兵士を解放して貰い、生き残った将軍、兵士と共に引き揚げつつあったが、凱炎大将軍の使者に、合流を申し出たそうだが、


「残り3万程度だそうだったが、負傷兵も多いようで、引き揚げてもらった。貴重な戦力だったが、仕方あるまい」


 凱炎大将軍は、渋い顔をしていたが、前をキッと見ると、表情を変え、話始めた。


「ここからは、良い話だ。」


 呂鵬大将軍は、無傷で邑洛の南にいたが、急ぎ合流の為に、北上しているそうだ。


「こちらも急ぎ、合流を果たす。以上! 解散!」



 こうして、凱炎軍は、南下を続けると、少し街道を外れ、邑洛の西で呂鵬軍と合流を果たす。しかし、趙武の目には数が少なく見えた。



「すまぬ、凱炎殿」


「いや、頭を上げてくれ、呂鵬殿」


 呂鵬の話によると、南海道を侵攻中、負傷兵を連れて、ボロボロになって逃げてきた。興越大将軍配下の裨将軍、条朱ジョウシュと将軍1人と、出会ったそうだ。引き連れていた兵士は、1万程。そして、興越以下、ほぼ裨将軍、将軍も戦死したとのことだった。


「そうか、興越は死んだか」


 凱炎は、目を閉じ、冥福を祈った。


 そして、その条朱率いる敗残兵を守るために、将軍1人と一軍を貸し、南海道を通って、帰したそうだ。それを呂鵬が、謝っていたのだった。



「それよりも、これからどうするかだが、何か良い考えがあるか呂鵬殿?」


「合流して、兵力は増したが、両軍合わせて15万か。如親王国軍の方が多いな。逃げるとしても、戦いながら後退しつつは、辛い。そう言う、凱炎殿は、何かあるのか?」


「ハハハハ、俺に、策がある訳無かろう。幕僚達も必死に逃げる段取りを、考えてた。だが、俺の軍にいるだろ?」


「呂亜の後輩か?」


「ああ、移動中、馬から落ちそうになりながら、考え続け。さらに、馬車の中で、なんかいろんな策を考えているようだって、報告がきた」


「ハハハ、面白い。呂亜の話だと、常に軍略を考えているオタクだと言っていたが、本当なのだな。耀勝という天才に、オタクが挑むか」


「ハハハハ、天才VSオタク。後世に残る戦いになるかもしれんな。まあ、俺の勘だけどな」



 呂鵬は、凱炎の勘を信じてみることにした。凱炎の勘は正確なのだから。

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