(参)

 前方に展開する如親王国軍は、横に広く展開し、さらに、興越軍を半包囲するかのように動いた。


「敵は、馬鹿なのか? 少なくとも同数の敵を半包囲しても意味が無いだろうが、ならば、こちらは、逆に突破してくれる。行くぞ!」


「おー!」


 興越軍は、紡錘陣とはいかないものの、やや縦長に陣形を変更させると、如親王国軍に向かって突入を開始した。


「進めー! 進めー!」


 前方の軍勢は、興越軍の突入に対して、中央は少し下がりながら勢いを受け止め、両翼は、包むように展開していく。興越は、チラリと振り返り、真柏軍がすぐ後方にいる事を確認して、前方を向いた時だった。後方から、大きなざわめきが前方に向かって波のように広がった。ざわめきは、興越の耳にも到達し、


「何事だ!」


 そう叫んだ時だった。伝令の馬が叫びながら走ってくる。


「敵です。後方から敵襲!」


「なに!」


 興越は、叫びつつ、後方の軍勢を確認した。朝靄あさもやは、いつの間にか晴れていた。そして、そこにいたのは、如親王国の旗がたなびき、如親王国の軍が纏う、緑の鎧を着た軍勢だった。


「何故だ、なぜ後方に敵がいる。我らが通ってきた道だぞ。それに、真柏殿も。いる訳がない」


 そう言った瞬間だった。軍勢が興越軍の後方に突っ込み、悲鳴があがる。



「興越様、指示を!」


 興越が、声の主を見る。そこには、大将軍の副将として存在している裨将軍ヒショウグン白楼ハクロウがいた。白楼は、父、興魏から、「信頼できる男だ」と言われて、付けられた男だった。


「ええい、うるさい! わかっている。条朱ジョウシュ!」


「はっ! ここに」


 興越は、わざわざもう1人の裨将軍を呼ぶと、


「後方の指揮を頼む」


「はっ、心得ました」


 条朱は、あっという間に後方に去っていく。そして、


「怯むな! 前方に突破するぞ!」


 そう言って、興越は全軍を鼓舞する。しかし、興越軍の倍はいる如親王国軍の包囲は完成し、興越軍は、押し包まれていた。


 次々と倒れる味方。時間のみが過ぎていった。


 そして、奮戦虚しく、半数以上が倒れた時だった。興越は、突然大声で叫ぶ。


「あそこに見えるのは、如親王国軍の本陣か? 突入するぞ。突っ込め〜!」


「いけません!」


 白楼の叫びも虚しく。単騎、敵中に突入し、人波に消えた。


「くっ」


 白楼は、馬を走らせ条朱を探した。条朱は、後方の将軍と共に奮戦していた。そして、白楼の目には、条朱の前方は、敵の包囲が他の場所より、薄くなっているように見えた。


「条朱。興越様は、討死された。兵を連れて脱出しろ」


 条朱は、熱血漢だったが、馬鹿ではなかった。白楼の表情を見て一言


「心得た」


「頼むぞ」


 条朱は、兵を集めると、突破をはかる。


「前だけ目指せ!」


 本当に小さな突破口が開き、そして、条朱を先頭に、兵達が逃げ始める。小さな突破口を維持する為に、白楼が、指揮をとる。


「早く行け! 北山道か、南海道を目指せ! 凱炎大将軍か、呂鵬大将軍に助けを求めろ! 続け! 続け!」


 その叫びもやがて、人波に消えた。


 この戦いで、逃げた者は1割程で、6割近くが戦死し、残りは怪我のため動けなくなり、降伏した。




「耀勝様、上手くいきましたね」


「上手くいき過ぎだよ」


 背後から現れた、この軍勢がどこにいたのかというと、邑洛の街に潜んでいたのだ。耀勝が買い取った家々に別れ、庶民の中に紛れ、住んでいて。興越軍が邑洛を出ると、隠していた、武器、軍装、鎧を持って出てきたのだった。


 徹底的に家探ししている、真柏だったらわからないが、興越軍が、さっさと通過した為に、成功した作戦だった。まあ、見つかったら、見つかったで、まだ、策があるようだったが。



「では、次はどちらに?」


「北だね。そちらの方が近そうだ」


「はっ、かしこまりました」






 その頃、凱炎軍は、北山道の分岐点を南に下り始めていた。本来の邑洛攻略の日程より早かったが、創玄からの伝令で、邑洛がこちらの支配下にあるとの連絡を受け、合流する為に、ややスピードを上げていた。


「まあ、如親王国が兵を集中しているなら、こちらも兵を分散する、愚を犯す必要は、無いですよね」


 という、趙武の言葉が届いた訳では無かったが、凱炎は、合流を急いだ。


 しかし、その決断は、若干遅かった。




 周囲を警戒していた斥候が馬に乗り駆け戻ってくる。


「東方より敵軍。その数10万!」


「南の街道より敵軍北上中。数は10万!」


 次々ともたらされる情報に、しかし、凱炎の決断は早かった。


「南の敵を突破するぞ! 黄悦、殿しんがりを頼む!」


「はっ! かしこまりました」



 軍勢は、騎兵を前方に集め突入する。凱炎自身が、先頭をきって、敵に突入する。兵が群がってくるが、突き、薙ぎ払い、突き、薙ぎ払い、進む。しかし、如親王国軍も、耀勝の指揮なのか、陣を厚くして、なかなか突破を、ゆるさない。


 これでは、埒があかんなと、凱炎は思い。左右どちらかに抜けようと、見回す。右の方が薄そうだ。しかし、


「左へ抜けるぞ!」


 凱炎は、馬首を左前方に向ける。そして、左側への突破に成功する。しかし、一部の兵が、右側に突破してしまったのか、遠目に弓兵に囲まれて、次々と倒れているのが見えた。凱炎が蛇行するように動いた為に、一部の兵士が勢い余って、右側に出てしまったのだった。


「すまぬ」


 凱炎は、一言呟くと、さらなる前進を試みる。如親王国軍も、右から攻撃しつつ、陣を変形させて、前方を遮断する。しかし、その厚みはかなり薄い。凱炎軍は、右から痛撃を受けながら、なんとか突破を果たす。


 凱炎軍は、凱炎自身の気性によるものか、攻める時は強いが、受けにまわると、若干弱い。その為に、突破する道を選んだのだが、後は、逃げるのみ。


「頼んだぞ黄悦!」




 どうにか突破を果たしたが、今度は、黄悦将軍の指揮のもと、趙武達が、殿しんがりとして、群がる敵と戦っていた。突破した軍は、いつの間にか消え、まだ、戦っていない東方から来た軍勢が、追いすがってきた。徐々に下がりつつ、指揮をとる趙武。趙武の言を受けながら、慌ただしく伝令が走り回る。



「あそこ少し薄いな、騎兵突入して、歩兵は、後退しつつ弓兵の攻撃スペースを作って。よし、弓兵放て!」


 これを自分で戟を、振るい戦いつつ、行っていた。趙武にとって全体の戦いでは無く、局所的な戦いの指揮は、あまり考えずに行っているのか、何処と無く余裕がありそうに見えた。その姿を見て兵達は、この人といれば生きて帰れると、望みを持って戦っていた。


 しかし、実際は、雲霞うんかの如く押し寄せる敵に対処しつつ、一人でも多くの兵達を生かして帰さないとという思いで、擦り切れそうな頭が、感情を遮断している状態だった。そして、必死に戟を振るう。斬る、薙ぐ、突く、その度に血飛沫が上がり、鉄臭くむせ返りそうな匂いが、鼻をついた。



 戦いは、休む暇も無く、延々と続いた。そして、殿しんがりを任された黄悦軍の疲れは頂点に達しようとしていた。そんな時、趙武は、黄悦に呼ばれた。いや、趙武だけでなく、生き残っている裨将、校尉が集まった。呂亜もいたが、裨将が1人と、校尉が1人戦死していた。


 兵達も、すでに、5千程が、戦死や、負傷して動けなくなったりで減ったが、こちらも、8千は倒していた。あの大軍を相手に大善戦であろう。



殿しんがりの役目は充分に果たしました。凱炎軍は、後方の如親王国軍が追いつけない範囲には、離脱しました」


 黄悦は、全員をゆっくり見ながら、話す。


「ですが、敵もさるもの、見事に我々に喰らいついてきています。そろそろ諦めて欲しいのですが。まあ、仕方ありません。このままでは、我々は逃げ切れません。なので、決死隊を作って突っ込みますので、残りは、全力で逃げて本軍に追いついて下さい」


「それなら、わたくしが」


 趙武が、自分が一番時間稼ぎ出来そうだな、と思っていると、校尉の1人が決死隊の隊長に名乗り出た。しかし、


「いいえ、それは、老い先短いわたしの役目です。そして、趙武」


「はい」


「残りの兵を、率いて下さい。あなただったら、一兵も失う事なく誘導出来るでしょう」


「えっ、しかし、司扇シセン様が」


趙武はもう1人の裨将である、司扇の方を見た。


「司扇とわたしは、とても長い付き合いです。わたしと共に最後まで戦いたいそうです。なので、お願いします」


「はい、全身全霊で勤め上げて御覧にいれます」



 趙武は、自分の部に戻る。そして、戦いながら後退しつつ、陣形を変更して、体勢を整える。自分の部からも一部の兵士が、黄悦将軍の、旗の下に集まって行くのを見ていた。そして、


「行くぞ!」


 趙武の号令で、一斉に後ろを向き走り出す。それと同時に黄悦将軍率いる決死隊が、如親王国軍に壁となり、突っ込む。



 趙武は、ある程度逃げると後ろを振り返る、そして、


「呂亜先輩、すぐ追いつきますので、一時的に誘導お願いします」


「わかった。急げよ」


 そう言って、軍と共に去っていく。趙武は、遠く如親王国軍と、決死隊の戦闘を眺めた。どうなっているかはわからないが、こちらに向かってくる兵士もいなかった。



 そして、しばらくの後、黄悦将軍の旗が倒れ、戦闘音がしなくなると、趙武は、馬首を返し、疾駆した。

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