(弐)

 こうして準備期間を経て、如親王国攻略戦が始まった。



「如親王国には、大きな3つの街道がありますぞ。まずは、泉水より北河を渡り、そこから始まる北山道。北山道は、如親王国北部を通って、海に突き当たると南下して、王都北府に至りますぞ」


 集まった大将軍の目の前で、真柏がこの度の侵攻計画について、如親王国の地図を、指しながら、話始めた。


「次の街道は、同じく泉水より始まり、北山道と別れ南東に進み、邑洛を通過して王都北府に至る中原道。最後に北河、河口を発し、ひたすら海沿いを通り北府に至る南海道。この三道を通って侵攻を行いますぞ」


「だが、陛下からは、邑洛の攻略を目指すよう、言われていたではなかったか?」


 真柏の話し方に少しイライラしていたが、極めて冷静を装ったものの、凱炎の大声が響く。しかし、冷静な口調で、真柏が返す。


「はい、ですから、北山道、南海道を進む軍は、途中から、それぞれ南北に方向転換して頂き、邑洛に来て頂きますぞ」


 凱炎は、地図を確認する。確かに北山道、南海道から、邑洛に達する道がそれぞれあった。真柏の話は、まだまだ続く。


「うむ」


「如親王国軍は、そうですね。おそらく半数の10万位を、主力として、動かしてくるでしょうぞ。これは、王都の防備に当てるか、それとも迎撃に動いてくるかですかな。他に邑洛の防衛に5万、残りを各都市の防衛にまわすでしょうぞ」



 凱炎は、自信有りげに話す真柏から、目を離し、呂鵬をチラリと見る。じっと真柏の話を聞いているようだった。だったら、大丈夫なのだろう。戦場で戦うのに遅れはとらないが、こういう戦略的な話は、苦手であった。長年の経験と、勘が信条である。


「まずは、単独でも充分強い凱炎殿、呂鵬殿に、それぞれ北山道、南海道をお任せしたいのですぞ」


「心得た」


 呂鵬の返事を聞き、凱炎も頷く。


「うむ」


「そして、中原道ですが、先陣として興越殿、第2陣に不詳わたくしが、後詰めの本陣として、創玄殿と、近衛軍でお任せしますぞ」


「先陣、承知致しました。第2陣、本陣に負担はかけません!」


「ホホホ、それはありがたい」


 こうして、一方的な真柏の話は終わり、席をたった、凱炎であったが、一人呂鵬が地図を見たまま座り続けているのを見て呂鵬に、声をかけた。



「呂鵬殿、何か気になるのか?」


 呂鵬は、ゆっくり首を振りつつ、


「いえ、何も。だが、耀勝か。普通に終わるのかと」


「そうなのか。だが貴殿にわからないものを誰がわかるのか?」


「そう言って貰うのはありがたいが、いや、息子の後輩だったか、凱炎殿の所の趙武君は、どう考えているのかな」


「趙武か。先の大戦のあいつか。流石にな。黄悦は評価しているが、俺には、わからん」


「ハハハハ、そうだな。考えてもしょうがない。やるしかないのだしな」






 凱炎軍は、夜半、北河を渡河した。対岸の防衛施設を強襲するが、


「誰もいません!」


 もぬけの殻であった。一時的に戸惑った凱炎軍であったが、


「されど、進むしかあるまい」


 凱炎の一言で、再び侵攻を開始した。凱炎軍に続き、興越軍、真柏軍、そして、創玄軍が渡河し、中原道に消えていく。


 凱炎軍は、北山道に進路をとった。北山道には、大都市は無く、中規模や、小規模のいくつかの街が点在していた。真柏曰く千から5千の兵が立て籠もるだろうと。これを撃破し、軍を進めていくことになる。



 趙武も、自分の部。5千の兵を率いて進む。久しぶりの大きな戦いだ。もちろん国境の街に駐屯していたので、小さな小競り合いはあり、戦いから完全に離れていたわけでは無かったが、少しの緊張と高揚感に包まれて行軍していた。従うのは、龍雲率いる騎兵1000。他に、歩兵が3250。そして、弓兵750。



 と、出陣前に出世して、同格となっていた呂亜が自分の部から離れて、寄ってきた。


「一兵も居なかったな。趙武は、この先どうなると思う?」


「そうですね。この先の街にも、兵は居ないんじゃないんですか」


「う〜ん。そこまで、思いきったことするか? 流石に街は守るだろ」


「戦力の拡散を防ぎ、戦力を集中して防衛をはかる。充分考えられる事ですけど、戦力を分散させた、こちらと真逆ですね」


「辛辣だな。では、天才趙武の考える次の策は?」


「天才ではないですが。そうですね。ゲリラ戦ですかね」


「えっ、今さっき戦力の集中って、言って無かったか?」


「言いました。だから、地元の地形を熟知した、野盗や、傭兵を雇ってやらせるんですよ」


「なるほどな。しかし、実際には、起こって欲しく無いな」


「そうですね。僕みたいに性格が、ひねくれて無ければ良いのですが」



 しかし、趙武の言葉通り、北山道を進んだ先にあった、街。それほど大きな街では無かったが、街の門は、全て開け放たれ、凱炎の命で、街中を探索した者達から、


「街中にも、一兵もおりません!」


 さらに、軍の食糧庫も、武器庫も空。ただ、住民達の食糧は充分にあり、問題は無いようだったが。そして、街の住民のおさや、街の官吏達に状況を聞くが、


「兵士のみなさんは、1週間ほど前に荷物纏めて出て行きましたよ。行き先ですか? 我々は、何も聞いてません」


 と、なんの情報も得られなかった。参謀格の幕僚達からは、何かの策なのでは? と言う、不安の声もあがったが、


「気にしても仕方あるまい」


 という、凱炎の一言で、凱炎軍は北山道を先に進んだ。


 そして、この頃より、夜襲を受けるようになる。いや、夜襲と言って良いのだろうか?



「敵だ〜。敵だ〜」


 趙武は、軍装のまま寝ていたのだが、慌てて飛び起きると、鎧を纏い、戟を持って、自分の天幕から外に出た。


 しかし、皆が起きて動き回る喧騒は聞こえるが、戦っているような音は聞こえない。


 今夜の警備担当の兵士達も、ただ右往左往しているだけだった。趙武は手近にいた、警備担当の兵士を捕まえ聞く。


「何があった?」


「すみません、我々もわかりません」


「そうか、すまなかった」


 結局、誤報という事になり、再び警備担当の兵士達以外は、眠りについた。



 翌日起きて詳細が発表されたが、誤報というよりも、誰が言ったか、わからないという状況だった。



 そして、それからというもの、連日連夜、続くことになる。声の主を探しても見つからず、たとえ見つけても、あっという間に闇に紛れ消えてしまう。さらに、どうせまた同じだろと、警戒が緩むと、少数だが、実際に襲撃を受け、僅かだが損害を被った。


 こうして、凱炎軍は、精神的にも、体力的にも地味にダメージを受けていた頃、他の軍勢も似たような状況になっていた。




 呂鵬の軍は、同じような襲撃と、守備する兵の居ない街を越えつつ、南海道を警戒しつつゆっくり進み。


 中原道を先陣きって進む興越軍は、興越のイライラが全軍に伝わり、襲撃をムキになって、追いつつ、守備する兵の居ない街を、さっさと後にかなりのスピードで進んでいた。そして、早くも攻略予定都市邑洛が目の前に迫っていた。


 逆に、興越からの情報を受けていたものの、自分の考えていたのと、まるっきり違った街の状態に悩んだ真柏は、徹底的に街内の探索、そして尋問まで行い、それがエスカレートし、拷問にまで発展していた。その為、興越軍との間はかなり開いてしまっていた。


 そして、総大将であるはずの創玄は、進まない真柏軍に引っかかり、中原道のかなり手前で、留まったまま動かなかった。さらに、次々ともたらされる、各軍の情報に「各自の判断で」等と、あやふやな回答をして、さらに各軍の混乱は、増していった。そして、創玄の元に、


「報告です。興越軍、邑洛に到達。されど、邑洛にも守備隊居ないとのこと。さらに進軍して、如親王国軍を探すとのことです」


「なっ、流石に進み過ぎではないかの? 急ぎ真柏に伝令を送り、興越に助言するように。そして、邑洛まで、進むように伝えなさい」


「はっ!」



 真柏は、慌てて滞在していた街を、将軍の1人に任せ、さらに途中途中の街に兵を、配しつつ、5万の兵を率いて邑洛に入った。


「何故ぞ? なぜ守備隊が居ない。わからんぞ、何を考えてるんですかな? ええい、知ってる者はおらんのか。官吏共が、知らん訳はないぞ。何としても聞き出すんじゃ、手段は問わんぞ」


 しかし、興越に対して、有益な助言を送ることは無く、そして、邑洛でも、尋問、いや拷問や、最終的に処刑を始めた。邑洛で、帝国軍に対する不満が高まっていく。





 そんな時の事、興越がようやく、如親王国軍を目視する。邑洛の一つ先の街を、越えた時の事だった。次の街の手前に如親王国軍が、布陣しているとの情報が、興越にもたらされた。その数10万。


 興越軍は、準備を整えると同時に、邑洛にいる真柏に援軍を求めた。



「ようやく現れたか。まあ、単独で戦っても良いが、真柏殿にも花を持たせないとな」


 そう言って、早馬を邑洛に送った。



 早馬を送って、翌々日早朝、朝靄あさもやの中、背後に軍勢が現れたのを確認すると、興越は全軍に出撃を命じた。


「真柏殿、早かったな。これで、勝利は確実だ。さて、噂に聞く耀勝のお手並み拝見だな」



「全軍! 出撃!」

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