(什弌)

 耀勝ヨウショウは、泉水せんすいの城の自分の執務室しつむしつで、ぼーっと、この周辺の詳細な地図を眺めていた。そして、やおら立ち上がると、自分の幕僚ばくりょう達と、裨将ひしょう校尉こうい達を集めた。


「お呼びによりまかり越しました」


「うん。君達にやって貰いたい事があるんだ」


「はっ、何なりとお申し付けください」


 この幕僚達、裨将、校尉達は、耀勝を慕ってきたり、お金で集めたりした、人材であった。出自も、出身国もバラバラであったが、とても有能な者達でもあった。


「さて、ここにいても囲まれて終わりなので、出ることにしました。ただ、出るだけだとつまらないので、帝国に嫌がらせしましょう」


「はっ」


「泉水には、我が軍と、鷹豪ヨウゴウ将軍の軍が、1ヶ月間、籠城ろうじょう出来る食料が、運びこんであります。まあ、あの人が、この城を1ヶ月も保たせられるとは思いませんが、そこは、譲歩してあげましょう」


 鷹豪将軍とは、元々泉水を守備する将軍で、耀勝曰く、ただ真面目だけの男なのだそうだ。



「そこで、我が軍の食料と、泉水の食料品店の食料を買い占めて、北河対岸の防衛施設に運びます。なに、帝国皇帝は、人道的な人だと言います。泉水の民を飢えさせることは、しないでしょう」


「はっ」


「これは、わたしと幕僚達で行います」


 そう言って、幕僚達を見回す。



「次に亜典アデン輝沙キシャ師越シエツ穂蘭ホラン泯桂ミンケイ


「はっ」


 校尉達に、話し始める。


「あなた達には、大変な仕事をやって貰います。まず、この5箇所に帝国軍の補給庫を確認しました」


 そう言いながら、耀勝は、地図の5箇所を指差す。


「これを焼き払って貰いたいのですが、我が軍は、負けるので、逃げる時間稼ぎの為です」



 そして、また地図を指差す。


「帝国軍の何軍かは、こう森の中を通って、泉水の近くに来ると思います。で、あなた達は、森の中等に潜んでやり過ごしてください」


「で、その軍の背後を突くんですか?」


 ついに何か言いたくてしょうがなかったのか、若い校尉、穂蘭が口をはさむ。


「いいえ、無駄なことは、しません。それに敵は、少なくても十万、こちらは、2万5千しかいないのですから、勝負になりませんよ。役目はそっと近づいて、補給庫を焼き払う事だけを考えてください。ただし、無茶はしないで下さい」


「はっ」


「で、焼き払ったら、追撃を受けるかもしれないので、全力で北への街道を抜け」



 再び、地図を指差す。場所は、街道直上の北河、南岸。


「ここに、裨将達が、船を停泊させておきますので、乗って逃げてきて下さい。では、行きますか」


「はっ!」






「そうですか。読まれてましたか。見事なものです」


「本当に、申し訳ありません」


「いえいえ、4箇所も燃やせば上出来ですよ。お疲れ様でした」



 耀勝は、校尉達から、報告を受けていた。その中に1人項垂れる亜典。しかし、耀勝は、本当に満足していた。帝国の追撃は止まった。これで、この国の寿命はのびた。後は。


「策が読まれていた上に、追撃を受けて、あの損害。さすが柔軟な思考を持つ亜典ですよ。うんうん」






「おのれ! 愚か者め! いや、すまぬ、もその愚か者の一人であったな。許せ」



 皇帝、岑英シンエイは、森の中の火柱を見て、一時追撃を止め、何が起こったのか探らせる為に斥候を放ち、その報告を、受け取ったところであった。周囲には、泉水を囲んでいる真柏を除く、泉水攻略戦に参加した大将軍達。


「でだ。凱炎の補給庫は、燃やされずにすんだのだったな」


「はい、陛下。詳細は、ここにいる王仁に聞いてください」



 凱炎の後ろに隠れるように立っていた、王仁が恐る恐る進み出る。


「見事だった。で、どうやって防いだのだ?」


「えと、部下に、来るかもしれないと言われまして」


「襲撃がか?」


「はい」


「ふーん。其奴そやつは予想していたと言う事か?」


「はい。そんな感じでした」


「其奴の名は?」


「は、はい、趙武であります」


「凱炎。その者は呼べるか?」


「はい、直ぐに使いを出します」


「ああ」




 しばらく待っていると、天幕が開いて趙武が入ってきた。その姿に、岑英は、少し驚いた。まだ、若年だし、位もまだまだのはずだが。銀髪碧眼の長身で眉目秀麗の趙武は、優雅に、そして堂々と歩いてきた。そして、眼前で片膝を付き、頭を下げると、


「お呼びによりまかり越しました、趙武です」


「ああ、良く来た。早速だが、趙武、お前が、王仁に襲撃を予測して伝えたそうだな」


 趙武は、チラリと、王仁の方を見た後


「いえ、予測と言う程では無く、可能性の話しでした」


「可能性か?」


「はい、補給庫周辺に怪しい者達が現れ、敵軍は敗れ逃げ始めた、その帝国軍は追撃を開始した。その追撃を止める為にはどうするかと考えました」


「なるほど。襲撃の可能性があって、それを王仁に伝え、王仁は襲撃に備えたと」


「はい、左様でございます」


「うむ。わかった。大儀たいぎであった。趙武、お前が、補給庫の警備任務で、戦場に出れなかったのは残念だったが、逆に、出れなかったのは我が国にとっては幸運だったな。凱炎!」


「はっ」


 岑英は、何やら耳打ちをする。


「はっ、かしこまりました」


「では、泉水の攻略だ。追撃は諦めたぞ。そして、論功行賞ろんこうこうしょうだ。我が国は勝ったのだからな。王仁、趙武楽しみにしておけ!」


「はっ!」


「うむ。王仁、趙武ご苦労だった、下がって良いぞ」


「はっ!」






「では、かかれ!」


 泉水の攻城戦こうじょうせんが始まった。城塞都市である泉水をぐるりと包囲した大岑帝国軍、戦死や負傷による離脱はあったが、60万近い大軍。対する泉水防衛軍は2万5千。


 降伏勧告をしたのだが、守将鷹豪は拒否。こうして、開戦した。大岑帝国軍は、初日、投石機や火矢を城壁や、城壁の上の兵士に向かって打ち込み続けた。圧倒的等な数の暴力が、城壁の上の兵士に降り注いだ。


 そして、その1日の攻防で泉水は開城したのだった。



 翌早朝、攻撃を開始しようとした。その時、城門が開き、守将鷹豪の首を捧げながら、数名の男達が出てきた。鷹豪将軍配下の、裨将1人と、校尉3人だった。


 初日の戦いで、多くの死者を出し、1人校尉も戦死。それでも、抗戦を主張する鷹豪と話し合いが揉め、斬り合いになり、鷹豪を殺したそうだ。




「手厚く葬ってやれ」


 岑英は、降伏を受け入れると共に、こう言った。




 そして、泉水に入城するのだが、ここでも食料不足に遭遇する。商店に何故か食料が無く、住民の食料が不足していたのだ。岑英は、直ぐに、城の、食料庫を開放し住民に分け与えると共に、本国からの輸送を急がせた。



「全く、忌々いまいましい。どこのどいつだ?」


 おそらく、同じ人間によるものだろう、岑英は如親王国に間者かんじゃを放ち、この何者かを探らせた。




 大岑帝国軍は、近衛軍一軍と、大将軍と、裨将軍、将軍、上級幕僚達。そして、論功行賞を受ける者だけの入城を許可し、他の者は、城外に野営することになった。


 泉水街中での、乱暴狼藉らんぼうろうぜきは、もちろん禁止。もし、破れば極刑きょっけいが待っている。刺姦督しかんとくと言う、皇帝幕僚を筆頭に巡回して、監視もしていた。



 趙武は、よろいを脱ぎ、軍装ぐんそうに剣をさして入城した。街中を、水路が流れ、さらに所々に、大きな池や湖近くの規模のものもあり、そして、最も大きな湖の中央にある島に、主城があった。



 趙武が、いろんな場所を見学しながら歩いていると、懐かしい声が聞こえてきた。



「おい! 至恩シオン。次は、ここだ、ここにしようぜ!」


「うるさい! 雷厳ライゲン! もっとよく見てだな」


 趙武は、声のした方に歩く。最後に会ったのは、軍官大学校2年だから、自分が20歳の時。それから、4年。雷厳との手紙も、途中宛先不明になり、それ以来途絶えていた。



「雷厳! 至恩!」


 声を聞いて振り返る2人。


「おお、趙武! 元気だったか?」


「久しぶりだな趙武」



 3人は、そのまま近くの酒家しゅかに入ると旧交を温めた。


 雷厳は、幹部候補生学校卒業後、やはり、1年間教導部に所属、伯長として、呂鵬大将軍の下、龍海王国との戦争に参戦して、武功をたて、屯長に。そして、今回も武功をたて論功行賞に呼ばれたようだ。


 至恩は、父親の近衛東方将軍至霊の下。英才教育を続行されたそうで、


「これが意外と大変なんだよ」


 で、今回始めて戦場に出て武功を上げた。


「まあ、階級的には、雷厳と同じだけどな」


 だそうである。趙武も、自分のここまでの、経歴を話す。


「そっか、すでに軍候ぐんこうなのか。そして、さらに出世すると、次、軍司馬ぐんしば! 良いな」


「軍司馬って、そんなに良いのか?」


「雷厳にとっては退屈な階級じゃない?」


 等と。そして、楽しい再会は、夜更まで、続き。店を、追い出されると、宿泊施設でも続いた。






 そして、


「凱炎大将軍府崙閲軍王仁部趙武軍候!」


「はっ!」


此度こたび功績こうせき誠に見事である。1階級昇進とし軍司馬に任ず」


「はっ、謹んでお受け致します」


「励めよ」


「はっ、有難き幸せ!」

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