(什)

「先陣は凱炎。第2陣に余と、興魏。そして、後陣は、王正」


「はっ」


 大岑帝国軍は、平面視で紡錘形ぼうすいけいと言うのだろうか、先端を尖らせて、如親王国軍の横陣に突っ込んで行った。


 大将軍凱炎自ら、先頭をきって突っ込む。その迫力に如親王国軍は、たじろぎ、道が開く。そして、勢いのままに突破を試みる。


「続け! 続け! 突破するぞ!」


「おー!」


 凱炎は、巨大な黒い馬に跨り、その巨体をめいいっぱい使い、矛を振るい敵を蹴散らす。その後に続く、凱炎軍。



 そして、続いて第2陣が突入する。如親王国軍も、横から押し包むように受け止める。皇帝岑英も自ら剣を抜き振るう。周囲には、屈強な親衛隊が囲む。


興魏は、槍を片手に馬を操りながら指示を出している。



 後陣は、なかなか戦場に辿り着けないようだったが、王正の指示で、森の中に広がりチャンスを待つ。



 第2陣は、突入時の勢いが弱まり、一進一退の攻防をしていたが、徐々に如親王国に押し包まれつつあった。


「まだか、呂鵬は!」


 皇帝岑英が珍しく焦りの表情で、声を荒らげる。


 しかし、その時、如親王国軍、左陣さじん後方と、右陣うじん後方で悲鳴が上がる。突破を果たした凱炎軍が左陣後方に再突撃し、泉水より迂回うかいしてきた呂鵬軍が、右陣後方に突撃を、開始したのだ。


 そして、王正の軍が森より現れ、攻撃を開始する。これで、この戦いの勝敗は決まった。


 しかし、意外な事に、如親王国軍は、徐々に後退しながら、崩壊せず粘った。良く見ると、個々の軍が奮戦している。意外と優秀な指揮官が揃っているようだった。



 だが、それも時間の問題だった。


 大岑帝国軍は、燃えるような西日を背に、逃げる如親王国軍の、追撃を開始した。




 その頃、後方の趙武達にも、伝令から勝利したとの報告が入った。趙武を含む王仁の部は、凱炎軍を離れて、後方にて荷駄隊及び、補給庫の警備任務についていた。


 趙武が、報告を受けた後、少し考え事をしながら、馬に乗って歩いていると、警邏けいら任務から戻った、龍雲が同じく馬に乗ってやってきた。


「これで、終わりですかね?」


「いや、逃げる如親王国軍追撃しなくちゃいけないし、泉水も落とさなきゃいけないし、後、陛下は、出来たら北河対岸の防衛施設も落としたいんじゃないかな? それに、僕達は、再び荷駄隊と共に進んで、本隊に補給物資を届けないといけないし。それに……」


「それに?」



 趙武は、考え込んだ。今、一瞬何か引っかかることがあったのだ。


 何だ? 何だ? 何が引っかかった? 考えろ!


 趙武は、頭をフル回転させて、考えた。追撃? 阻止? 食料? 偵察? そして、


「悪い! 龍雲また後で、王仁校尉に会ってくる!」


 そう言うと、馬首を返して、駆け始めた。




「失礼します。趙武です」


「入れ」


 趙武は、王仁がいる天幕てんまくの前に来ると声をかけ、中に入った。王仁は、くつろいで、お茶を飲んでいた。


「用件は何だ?」


「はい。夜襲があるかもしれません」


「何? 馬鹿な、敵は、逃げているだけだぞ。前の方にいるんだ。こんな所にはいない」


「はい、ですが、昨日から、怪しい旅人や、木こりを見かけました。おそらくは、我々の補給庫の場所を探っていたのかと」


「本当か? どうも信じられんな。本当に来るのか?」


「いえ、確実に来るとは言い切れませんが、その可能性があると」


「その可能性の為に、戦闘準備しろと」


「はい」


「うーむ。来るか、どうかわからない。そんな曖昧な可能性に、かけるわけにはいかん。だが、わかった。お前のきょく(千人単位)は、自由に動いて構わない」


「はい、ありがとうございます」


 趙武は、急いで王仁の天幕を離れると、副官の典張に指示して、皆を集め、布陣を開始した。




「本当に来ましたね」


 副官の典張は、そう耳元でささやくと、後ろに下がり、暗闇に消えた。遠くで、かすかにひづめの音がした。典張には、敵が現れたら、伝令として、王仁校尉の元に走ってもらう事にしていた。



 ここは、街道から外れた森の小道。だが、凱炎軍の補給庫に向かう道だった。そこに、背後から如親王国軍が、小勢しょうせいながら、背後から忍び寄っていたのだ。



 よし、そろそろだな。


 趙武は、立ち上がると声を張り上げる。


「よし、予想通りだ! 全軍かかれ!」


 火矢が放たれ、予めいておいた油に引火し、暗闇の中近づいていた軍を、照らし出す。


「伏兵だ! 注意して戦え!」


 敵の将らしき声がして、敵兵達が身構えた。


「放て!」


 趙武が、命じると、左側の森の中から弓兵が矢を放ち、敵兵に降り注ぐ。



 この時代の弓兵の武器はと呼ばれる物で、弦を引いて留め金に引っ掛けて、台座に矢を置いて、引き金を引くと、矢が発射されると言う物で、比較的扱いやすく、速射性には優れていたが、飛距離と、威力がいまいちだった。



 敵歩兵は、盾を頭上に構え防御しながら、左側の森に前進して、弓兵も暗闇の森に向かって反撃の矢を放とうとした瞬間。今度は、背後から、龍雲率いる騎馬隊が突入する。


 再び敵兵が混乱する。そこをさらに、趙武率いる歩兵隊が、前方から襲いかかる。敵兵は、前後から、攻められ、一瞬恐慌状態に陥るが。


「皆、落ち着け! 敵は、少数だ!」


 趙武は、心の中で、舌打ちした。敵の指揮官が冷静かつ、優秀なためだった。兵達もあっという間に、落ち着きを取り戻し、こちらの攻撃に反撃を開始する。


 冷静に見て、敵の数はこちらの、5倍はいた。こちらの攻撃で、数は減らしたものの、まだまだこちらよりは、圧倒的に多い。



 しかし、幸運は突然やってきた。敵が落ち着きを取り戻し、趙武の部隊が押し返されかけた時、趙武の部隊の後方から、銅鑼どらの音が響き、兵が現れたのだ。


「全軍突っ込め!」


 それは、王仁校尉の率いる部隊だった。動きも、連携もバラバラだったが、如親王国軍に襲いかかる。


 よし、数だけは、これで互角。趙武が、さて、どうしようかと、考えた。その時。


「引くぞ!」


 敵の指揮官が叫び、敵兵は引いていった。しかも、あっさりと、鮮やかに。こちらは、龍雲のみが、騎兵で追撃を開始する。



 趙武が、兵をねぎらい損害を確認しようかと、馬を進めた時だった。森が昼間のように明るくなる。見ると、背後では無く、左右の少し離れた場所から大きな火柱ひばしらが立っていた。


「危なかったな。ありがとう趙武」


 声をかけられ、振り返ると、寝間着ねまきの上に鎧を着た。王仁校尉が馬に乗って、近づいてきていた。


「はい、しかし。恐ろしいことを考えつく人が、いるものです」


「しかし、お前も、考えついたのではないか?」


 趙武は、ゆっくりと首を振りながら、言葉を返した。


「僕は、いえ、わたしは、たまたま気がついただけです。そして、実際思いついたとしても、出来ませんよ。不確定要素が、大き過ぎます」


「そうなのか。うむ。」




「ひーふーみーよー。4本ですかね。まあ、上出来でしょうかね」


 男は、北河、対岸にある防衛施設から森に上がった火柱を見ながら、ややぽっちゃりと出た腹を撫でつつ、呟いた。


「はい、見事でございます。これで、大岑帝国軍も、追撃を、諦めざるを得ないかと」


「そうだね。まあ、大岑帝国軍には、泉水だけで、満足してもらわないとね」


「はい。しかし、それですら、耀勝ヨウショウ様の意見を、あの馬鹿が聞いていれば」


「ハハハハ、無理だよ。わたしは、金で将軍の位を買った男だよ」



 後の趙武の評価曰く、宋恩ソウオン高仙コウセンと並ぶ、いくさの天才と評した、この耀勝は、2年前まで、将軍どころか軍人ですら無かった。


 耀勝は、海運業で儲けた如親王国屈指の商人の家の次男として生まれた。そして、商才があるわけでも、働き者でも無かった。


 父や、兄が必死に働く中、支店を任されたものの、店は下の者に任せ、本を読んでいるか、ふらふらと出歩いているかしていた。しかし、不思議な事に、その支店は潰れるどころか、繁盛していった。


 そんな時、父と兄が相次いで病死し、店を継ぐ事になる。しかし、店を継いでも、店は人任せで、相変わらずであったのだが、店は大きくなり、如親王国一の大店おおだなになった。


 耀勝は、背は普通で、ややぽっちゃりとしていて、商人前とした風貌で、魅力があるように見えなかったが、不思議な事に優秀な人間を引きつけ、店は、発展していくのだ。


 そんな、耀勝だったが、兄の子が成人すると、さっさと店を譲り、そして隠遁いんとんするのかと思ったら、突然将軍の位を買って、如親王国の将軍となった。


 如親王国では、龍海王国滅亡後、逃亡する軍人が多く、戦力が足りなくなった。そこで、愛国心がある民衆や、金持ちに軍人の位を売ったのだ。そんな中で、かなり高額だった、将軍の位を蓄財ちくざいした財産のほんの一部を使って買った。




 さて、耀勝と呼ばれた男は、軍議で、大将軍如庵に意見して、泉水に籠もれと、言われたはずだった。なぜ、ここにいるのか?

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