(玖)

 趙武は、馬上から練兵場を眺めた。横には、副官の典張テンチョウ軍仮候ぐんかこう。後ろには2人の屯長。1人は、一緒に東方歩兵教導部から移動してきた。揮霊キレイ伯長が出世して屯長になり、もう1人は、三十歳位のこちらも、幹部候補生学校出身の儒孔ジュコウだった。


 その目の前の練兵場では、龍雲伯長率いる騎兵。介山伯長率いる歩兵など、騎兵100歩兵750弓兵150が訓練を行っていた。


 普通は、きょく(千人単位)程度だったら全員歩兵だったり、騎兵だったりするのだが、趙武の曲は、独立遊撃隊としても戦えるような編成になっていた。


 荷駄隊の護衛任務につくからか、それとも他に理由があるのか。



「やあ、見事なものですな」


 後ろから、儒孔が趙武に、話しかける。確かに見事な動きだった。趙武達が、連れてきた。新兵の歩兵500は、それぞれバラバラに配属されたのだが。その練度を見た、戦い慣れしている兵達も、焦り、新兵に追いつくために必死で訓練して、あっという間に、動きが洗練されていった。


「そうですね。これだったら、いつ出陣の令がかかっても大丈夫でしょう」



 趙武は、そう答えながら、龍雲率いる騎兵の動きを見守った。先頭を疾駆する、龍雲の後ろを必死でついて行く騎兵達。そして、その動きは、障害物を越えるときでも変化は無く。綺麗な動きだった。


 克己こっき的な龍雲に統率された騎兵が、突撃する姿を想像し、趙武は、身震いした。


「相手にはしたくないな」


「えっ、騎兵ですか? 確かにそうですね」


 目先が利く副官典張は、趙武の独り言にも慣れ、的確に返答した。


「では、訓練止め! 各自出陣に備えゆっくり休んでください!」


「おう!」





 そして、数日後いよいよ、出陣となった。凱炎大将軍に率いられた大軍十万が駐屯地ちゅうとんちの門から続々と出て行く。駐屯地に暮らす家族や、お店の方々が見送りに出ている。


 趙武は、あまり知り合いはいなかったが、良く行く店の店主を探してみたりしたが。良く見ると、酒家の店主などは、荷駄隊にも参加しているようで、自分達のすぐ後ろを進んでいた。



 軍はゆっくりと街道を北東に進みつつ、徐々に他の軍と合流していった。



 この戦いには、東方諸国同盟の動きに目を光らせている、大将軍、興越コウエツ。そして、大将軍筆頭、創玄ソウゲンを除く、5人の大将軍が参戦した。


 凱炎大将軍の他には。興越の親でもあり、老獪な大将軍、興魏コウギ。そして、呂亜の親でもあり、俊英の大将軍、呂鵬ロホウ。興魏の元腹心で、安定感のある大将軍、王正オウセイ。そして、策謀家の大将軍、真柏シンハクであった。


 そして、大岑帝国皇帝だいしんていこくこうてい岑英シンエイ自ら、近衛軍三軍12万を率いて参陣した。大岑帝国軍は、総勢62万。対する如親王国は、全軍合わせても40万程度。如親王国じょしんおうこくにとって、いかに、大岑帝国の攻撃を防ぐかという戦いであった。もちろん、大岑帝国側も、それは十分理解していた。




「なんだと! もう一度言ってみろ!」


 皇帝岑英は、声を荒げたが、別に怒っている訳ではなかった。自分の理解を越える出来事に、戸惑っていた。


 場所は、全軍が集結し、大岑帝国と如親王国との国境手前。如親王国側の動きを探る為に全軍を止め、斥候せっこうを放ち、軍議をしている最中の出来事であった。


 皇帝の上級幕僚じょうきゅうばくりょう、そして大将軍達が、居並ぶ席の上座に座る皇帝岑英は、立ち上がった。


「は、はい。如親王国軍は、北河ほくが渡河とか後、泉水せんすい方面には向かわず街道をこちらに向かって進んでおります」


 常識では、兵力で下回る如親王国軍は、城塞都市じょうさいとしでもある泉水に軍を入れ、さらに残りは、連携出来る位置に布陣して、こちらを撃退する。と考えるのが普通だった。


 岑英は、長机に置かれた地図に目を落とす。


「奴らは何を考えている?」


「こちらの準備が整う前に、仕掛けてくるつもりでしょうか?」


 興魏が戸惑いながらも意見を言うが、誰も反応はしない。正解とは思えなかったからだ。


「とにかく、引き続き、逐一動きを知らせよ。こちらも動いて様子を見るぞ。全員出立!」


「はっ!」





 さて、この如親王国の動きは、奇策なのか、それとも、ただの気の迷いなのか。


 考えたのは、如親王国総司令官大将軍の如庵ジョアンだった。この男、軍を率いるのが、優れている訳でも、天才的な戦略家でもなかった。ただ、前国王の弟で、現国王の叔父だから祭り上げられた大将軍。


 第一、如親王国自体が、龍海ロンホイ王国が攻め滅ぼされるまで、戦争が無く、平和ボケしているのでは? 等と、言われる国であった。援軍などは出していたが、それも最低限で、そのせいで、龍海王国は、滅んだ。



「うむ。良い策が浮かんだぞ。帝国の奴らは、この街道を通って来るのだな?」


「はい、そうであります」


「うむ。だったら、この街道が森から出る所で待ち受けて、取り囲んで全滅させてやるぞ」


 居並ぶ如親王国の将軍達は、目の前の地図を覗き込んだ。確かに、泉水の南に広がる草原の南西部から泉水に続く街道は、その手前で、森に挟まれ隘路になっているように見えた。その出口で叩くということらしい。


 だが、さらにその手前、森の中程で、街道はニ本に別れ、一本は森の中を北に向かい、泉水のすぐ西に出ていた。敵が、こちらの道を通ったらどうするんだ? と、思っている者もいたが。


「や~、素晴らしいお考えですな。これで、帝国も尻尾を巻いて逃げて行きますな、ハハハハ」


「本当に、そうですな。これでしばらくは、帝国も我が国に手を出しますまい」


「ハハハハ、そうであろう。そうであろう。我ながら素晴らしい思いつきじゃ」


 と、大将軍と、その取り巻きは盛り上がっていた。その時、居並ぶ将軍の列から


「あの〜。戦略的大前提が間違っているように思うのですが。泉水は大丈夫ですか?」


「なんだと! だったら貴様は泉水にでももっていろ!」


「はい、そうさせて頂きます」


 こうして、元々泉水を守備していた将軍と、意見を言った将軍が泉水を守備し、残りは、南に向かう事となった。





 岑英と、大将軍達は、逐一入ってくる情報を元に、軍議を行っていた。そして、


「如親王国軍、進軍止まり、布陣を開始しました。街道を西に進む森の出口に、横陣おうじんに展開しております。数は35万」


「馬鹿か? まあ良い。ならば、相手の思惑に乗ってやろう。ただし、こちらで多少のアレンジはさせてもらう」


「と、言われますと?」


 興魏が聞くと、


「うむ。相手の望み通りその道を進んでやろう。ただし、呂鵬! 真柏!」


「はっ」


「2人は、分岐点を北に向かえ! そして、真柏は、泉水の包囲。呂鵬は、泉水を通過して、如親王国軍の背後を突け!」


「はっ、かしこまりました!」


「残りは、余と共に、このまま進み、待ち構えている馬鹿共と戦う。行くぞ!」


「おお!」



 この後、後方を進む、趙武の元にも、敵の布陣の情報が入ってきていた。ちょうど荷駄隊にだたいが荷物を解き、補給庫の設営を行っていた。


「ヘ〜。こんな感じになっているのですか。なるほど。で、今後どうなるんですかね?」


 副官の典張が、趙武に聞く。周囲には、屯長や、伯長も集まっていた。趙武は、地面に枝で絵を描きつつ、話す。


「うん? そうだな。まずは、こちらは、完全無視して、全軍で北に進み泉水を即効落とす」


「なるほど」


「もしくは、軍勢を半分に分けて、両方の街道を進んで、タイミングを合わせ、挟み撃ちにする。泉水から、軍が出て、さらに背後を突かれると厄介だから、1軍は、泉水包囲かな? まあ、これが一番妥当かな?」


「なるほど」


「最後は、軍を3軍に分けて」


「えっ! まだ、あるんですか?」


「いや、もっとあるけど、あまり複雑な策は、逆に失敗するかもしれないからね」


「はあ」


「で、続きだけど、隘路あいろって言ったって、森だからね。通れないわけじゃない。敵はその大前提が間違っているんだけど。2軍は左右から森の中を通って、逆包囲する。数で上回っているんだからね、こちらは」


「うーん。早く出世してくださいよ、趙武様は。同じように幹部候補生学校出てても、俺達じゃついていけませんよ話に」


「そうかな?」



 そして、翌々日、戦いは、始まった。

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