(什弐)

「あー暇だ」


「そうですね」


 ここは、一応趙武に与えられた執務室。先の戦いで、軍司馬となり、与えられた執務室だった。


 しかしながら、本来兵士5千人を率いる校尉の下で、副将として、あるいは、別働隊司令として、働くはずなのだが、上官が決まっておらず。1か月暇をもてあましていた。


 そして、同じく、屯長となったはずなのに所属が決まらず、部屋すら無い、龍雲が入り浸っていた。



「だけど、強いんだな龍雲。雷厳と戦わせてみたいよ」


「そうですか。ありがとうございます。でも、今まで戦った中で、趙武さん一番強いんですけど、それよりも強い人いるんですね」


「そうだよ、いるんだよ。1人だけだけどね。でも、この前の戦いで見たけど、将軍、大将軍は強そうだよね。特に凱炎大将軍なんかも」


「そうですね、おそらくは」



 暇を持て余し、暇同士で、始めて武器を使って、戦ってみたのだが、龍雲はとても強かった。おそらく、今までに戦った中では、2番目に。そう、雷厳の次に強かった。


 雷厳は、あの体格で動ける上に、異常なパワーの持ち主だったが、龍雲は、趙武より身長は、低かったが、日頃の鍛錬で鍛え上げられた、肉体が繰り出す。高出力のパワー、そして、無駄のない動き、さらに洗練されたテクニック。


 そして、趙武が言う戦術、戦略、用兵等もサラッと聞いて理解しているようなので、頭も悪くない。趙武の考えでは、強く、統率力に優れ、頭も悪くない、引きどころも直感的に理解する、将軍として最適な人間だなと感じていた。



 趙武は、先の戦いでの1人追撃に出た龍雲のセリフを思い出した。


「あれっ、早かったね、戻って来るの」


「はい、なんとなく飽きたので、戻って来ました。いけなかったですか?」


「いや、凄く適当で良いよ」


「はあ」


 趙武にとって、褒め言葉だったのだが、ちゃんと伝わったのか?



 それから数日後、凱炎大将軍より、呼び出しを受ける。ようやく所属が決まったのかと、趙武は喜んで出頭する。





「凱炎、お前にこの城を任せる。泉水に駐屯せよ」


「はは! この凱炎必ずや陛下のご期待に答えさせて頂きます」


「ああ、期待しているぞ。余は、再度侵攻するつもりだから、準備しておけよ」


「はは!」


「そして、岑瞬!」


「はい」


 岑瞬は、大岑帝国皇帝岑英の弟だった。


 明るくカリスマ性があり、直感的に動く兄とは違い。陰気というわけでは無かったが、斜に構え、とても頭も良く、それを策略として戦いの中で駆使し、実力で、将軍となっていた。


「此度の戦いで、我が国はさらなる兵士動員が可能になった。そこで、大将軍を1人増やし8人にする。岑瞬を新たなる大将軍に任ず!」


「はっ! 謹んでお受け致します!」


 興越の大将軍就任年齢を上回って、史上最年少36歳での大将軍就任。実力もあったが、皇帝の弟であることも大きく影響した。そして、この事が、後々問題となっていった。


「ああ、頼むぞ」


「はい」


 すると、自然発生的に、声があがる。


「大岑帝国万歳! 皇帝陛下万歳!」


 万歳の掛け声が響いた。





 凱炎大将軍は、先の戦いで泉水周辺の地を任され、泉水の主城を本拠地としていた。流石に10万の軍勢全ては入れないので、この地域の街に分散させて、駐屯させている。


 大将軍府は、泉水の主城に置かれ、そこに執務室が与えられていた趙武は、そのまま大広間に向かった。


 しかし、大広間に凱炎大将軍と、幕僚達、そして将軍達が、居並ぶ中、幕僚主簿から発表されたのは、


「趙武軍司馬前へ!」


「はっ!」


「黄悦軍校尉に任ず!」


「えっ? 失礼しました。ありがとうございます。誠心誠意勤めさせて頂きます!」


 趙武は、所属も決まったが、さらなる出世もしてしまったようだ。24の若さで将軍二歩手前の校尉。極めて異例だった。


「ああ、この昇進は陛下の肝いりだからな、そのつもりでやれよ。お前が次の戦いで兵を、率いてどう戦うか、見たいそうだ、ハハハハ!」


 と、凱炎大将軍は、言い放った。大岑帝国皇帝岑英からの期待に趙武は、身が引き締まる思いだった。


「はっ! 有難き幸せ!」



 さらに、


「龍雲屯長前へ」


「はっ!」


「黄悦軍趙武部龍雲軍候に任ず!」


「ありがとうございます! 誠心誠意勤めさせて頂きます!」


「うむ。これは、俺の期待だ。騎馬隊率いて、かなりの敵兵を倒したそうだな。趙武の下で励めよ、ハハハハ!」


「はっ! 有難き幸せ」


「陛下は、さらなる如親王国攻略の為に、1年後、いや、それよりも早いかもしれんな、動かれると思う。準備怠るなよ」


「はっ!」




 こうして、趙武は、崙閲将軍の下から、黄悦将軍の下に配置換えとなって、校尉として部(5千人)を率いる事になった。


 黄悦将軍は、凱炎大将軍に仕える、4人の将軍のうち、年齢が最も高かったが、攻めるも守るも自在の、最も安定感のある将軍と、言われていた。


 他の将軍のうち2人は、凱炎大将軍に似て、攻める事に才能を発揮し。もう1人の崙閲将軍は、先の戦いで、後陣を任されたように、的確に守備する、やや、地味な将軍と言われていた。



 その黄悦将軍は、


「我々は、泉水に駐屯しているので、交代で泉水内部の警備や、守備、そして、周辺地域の警戒任務をしています。今は、あなたの配下の軍師馬が、代行して行っていますので、趙武君も早めに加わるように準備してください」


「はっ」


「元々使っていた執務室が、そのままあなたの執務室なので、使ってくださいね。では、これからよろしくおねがいしますよ」


「はっ、よろしくおねがいします」


 道理で、執務室がやけに広かったわけだ、納得しつつ執務室に戻ると、中に複数の人が待っていた。


 いたのは、自分の部下にあたる人達で、参謀的な役割や、秘書官にあたる校尉長史、監察官の校尉司馬、副官にあたる軍仮司馬、そして、副将にあたる軍司馬2人だった。名前が、かなりややこしい。


 流石に、急な昇進だったので、見知った顔は……いた。呂亜が立っていた。そう言えば、軍司馬だと言っていたなと、趙武は考え、やりにくさも覚えた。


 そして、それぞれの紹介が終わると、


「では、引き続き職務遂行してください。よろしくおねがいします」


「はっ! 失礼致します」


「えっと、呂亜軍司馬は、少し話しがあるので残ってください」


「はっ!」



「あっという間に追い抜かれたな、おめでとう趙武」


「ありがとうございます。ですが、たまたまです、今回のは。陛下の目にとまって、2階級昇格して。そう言えば、実際続けて2階級昇るなんてこと、あるんですか?」


「聞いたことは、ないな。それだけ、凄い実績を上げたってことだよ」


「そうですね。そういう事にしておきます」


「だが、俺はやりやすくなったな」


「何でですか?」


「大将軍の息子だから出世が早いんだなんて言われたが、それよりも圧倒的に早いやつが、若くして上官になったからな、ハハハハ」


「僕は、やりにくいですよ。はあ〜」


「まあ、気にするな。実際、趙武がどうやって、兵を動かすか、楽しみだしな」


「はあ」



 こうして、趙武の校尉として部(5千)を率いる日々が始まった。





 そして、それから、さらに1か月ほど経ったある日、凱炎大将軍が、少数の護衛だけを連れて慌ただしく出かけて行った。それを見かけた趙武が、見送っていた門番に訊ねる。


「何かあったのか?」


「あっ、これは趙武様。ご苦労様です。いえ、何も知らされておりません」


「そうか」



 時を置かずして、直ぐに黄悦将軍からの、招集を受けた。すると。


「凱炎大将軍は、皇宮からの、緊急の呼び出しで、帝都に行かれました。最近、如親王国にはなんの動きもありませんが、警戒を怠らないでください」


「はっ!」




 そして、それから数日経って、陛下がお倒れになったという噂がたった。くだらない噂を流すやつがいるなと趙武は思ったのだが。帝都からもたらされた早馬で、それが真実だと知る。


 黄悦将軍から招集があり、将軍幕僚と、裨将、校尉のみに話された。


「変な噂が広まって、兵達が動揺するといけませんので、真実を伝えます。」


 そこで、黄悦将軍は、一旦話を切り、全体をゆっくり見渡してから、続きを話した。


「陛下は、確かにお倒れになられました」


 その瞬間ざわめきが広がる。


「お静かに。しかし、今は、もう回復されました」


 今度は、安堵の声が広がる。


「胃の腑に悪い出来物が出来たそうですが、天下の名医が切除したそうです」


 今度は、なんとも複雑なざわめきが広がる。ちょっと言い過ぎたんじゃないか。と、趙武は思った。伝えてしまった以上、この話は、広がるだろう。そして、それは如親王国までも。



 まあ、いずれ伝わることだろうけど、如親王国のあの策を考えた人は、どう動くんだろうか?

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