(漆)

 1年間の幹部候補生学校での教練が終わるといよいよ、任官して、軍人としての第一歩を踏み出すことになった。だが、任官してだいたい1年間は、最前線に出ることは無く、後方の任地で経験を積むことになっている。



 そして、趙武は、東方方面歩兵教導部所属ということになった。ここは、新兵の教育機関で、とは、兵の数は5千人ほどで、その長は、校尉こういと呼ばれる軍官が、担っていた。そして、校尉の下に2人の軍司馬ぐんしばが、その下に千人の兵士を統率する5人の軍候ぐんこうがいて、その下に10人の、五百人の兵士を統率する屯長とんちょうがいる。


 趙武は、その屯長となって、ここに赴任してきたのだ。



「わしが、東方方面歩兵教導部長、校尉の、孫蘢ソンロウだ。趙武屯長、始めての任地だそうだな。まあ、気負いせず頑張ってくれ」


「はっ、ありがとうございます。誠心誠意頑張らせていただきます」


「うん」



 初日は、挨拶回り。校尉から始まり、軍司馬、そして、軍候達、最後に直接の上官の軍候である劉棋リュウキに挨拶する。



「本日付で着任しました屯長の趙武です。御指導、御鞭撻のほどよろしくお願い致します」


「ああ、上官の軍候劉棋だ。まあ、そんなに気張んないで。ここは、新兵の訓練場所だから、基本、わたし達は、そんなにやること無いし。訓練は、はく(百人単位)で行うから、伯長はくちょうが指導するし。ああ、安心してください。ここの伯長は叩き上げのベテランが多いですから」


「はい」


「だから、わたしや、あなたは、たまにある屯(五百人単位)や、きょく(千人単位)の練習で、馬上から偉そうに指揮していれば良いんですよ」


「はい」


「では、1年間よろしくお願いしますね」


「はい、よろしくお願い致します」


 趙武は、1年間ここにいたら駄目になるなと思った。だけど、どうすれば?




 そして、今度は、自分のとん、要するに五百人の兵士の前で挨拶を行った。まあ、正確には、兵卒400名、伍長100名、什長50名、属長10名、伯長5名の、計565名の前であったが。兵士とは、兵卒と伍長までの事を言うそうだ。



「この度、幹部候補生学校を卒業しこの地に着任しました、屯長の趙武です。よろしくお願いします。新兵の方々と同じ、わたしも、新人ですが、幹部候補生学校などで、教わったことを、少しでも皆に還元できるようにしたいと思います」


「パチパチパチパチパチパチパチ」


「戦争にも出てないガキに何がわかるんだって言うんだよ」


「ああ、学校じゃ、わかんねえだろうよ」


 拍手に混じって、ボソボソと呟く声が聞こえる。おそらく、ベテランって言ってた伯長はくちょう達だろう。さて、やりにくそうだ。



 そして、翌日の朝、伯長達五名が、挨拶に来た。いや、挨拶というよりは、様子見や、何もするなよと釘を刺しに来たのだった。


「屯長様、これから訓練を開始します」


 と、最年長で、叩き上げの伯長介山カイザン


「まあ、屯長様は、ゆっくり見物していてください」


 と、これまた叩き上げの伯長俵李ヒョウリが、


「では、失礼致します」


 と、3人目の叩き上げの伯長郞宙ロウチュウが、残りの若い伯長2人は、後ろで、頭だけ下げていた。幹部候補生学校出身者なのだろうが、ベテランに逆らえないってところだろう。


「お手並み拝見させてもらいましょうか」


 趙武は、誰に言うでも無く呟くと、兵士たちが訓練を行っている草原に、馬に乗り完全武装で向かった。歩兵隊や、弓兵隊でも、屯長からは、馬に乗れるのだ。


 片手に戟、背中には、弓矢、そして、大岑帝国軍のメインカラーである赤を基調にした鎧を纏い、馬を進める。


 そして、見ていると。やっていることが、それぞれ、バラバラだった。


 体力をつけるためなのか、全力で走り回る組、そして、命令通り動けと怒鳴る伯長の下、右往左往する組、そして、わけもわからず行軍する組、そして、学校で習ったような、基本行動を練習する組。そして、何をして良いかわからないのか、微妙な動きをする組。


 これは、好機到来だな。趙武は、微妙な動きをする組の伯長を呼び出した。幹部候補生学校出身の若い伯長だった、


「あの訓練で、新兵は強くなるのですか?」


「いえ、あの、申し訳ありません。俺、いえ、わたくしは、幹部候補生学校卒業して、後方支援の部所にいたのですが、1年間たって、伯長に昇進したら、新兵の訓練をしろと言われまして」


「では、ベテランの伯長に、練習方法を聞いたのですか?」


「はい、聞いて実際行ったのですが、あれで新兵達が強くなるとは思えず」


「ただ走って、体力つけるだけや、戦いは、気合だや、揃って行軍したりするやつですか?」


「はい」


「だからと言って、伯長であるあなたが、迷っていたら、新兵達が不安になります」


「はい、ですが」


「わかりました。僕が指導しましょう」


「えっ、は、はい。よろしくおねがいします」


 と、言ったものの、趙武も百名の兵士を率いるのは始めてだった。さて、どうすれば? まあ、兵士十名でも、百名でもやることは一緒か。



「新兵の皆さん。今日訓練を担当します。屯長の趙武です。さて、新兵が戦場に出て生き残る為に、訓練をしているのですが、重要なのは何でしょうか?」


 趙武は、集まった兵士達を見渡す。一様にこの人何言ってんだって、顔をしている。


「走り回る体力でしょうか? 確かに逃げる時、重要ですが、日頃の積み重ねが重要で、ずっと走っていても意味がありません」


 兵士達から、笑いが起きる。一緒に笑っている下士官もいたが、他の下士官に睨まれてすぐに笑いが止む。


「では、気合いでしょうか? 確かに重要ですが、出し続けていたら疲れます」


 また、笑いが起き、すぐに止む。


「兵士達の動きの連動も、重要ですが、行軍だけで身につくものではありません」


 また、笑いが起き、すぐに止んだ。そして、


「そして、わたしは、幹部候補生学校で、兵士教練において、最優秀部隊の称号を得ました」


 今度は、一部下士官達から、感嘆の声があがる。そして、趙武を見る目が少し変わる。


「わたしの訓練を経験すれば、戦場で生き残れる可能性が上がります。頑張っていきましょう」


「おー!」


 趙武は、自分の大言壮語を心の中で、笑いつつ、気合いをいれた。




「まずは、戦いの基本は、いかに多い兵士で、少ない兵士と戦うかです」


 兵士達は、実際に戟を構えながら、趙武の話を聞く。


「なので、基本的には各所での戦いでも一緒です。まずは、伍長の皆さんは、歴戦の兵士です。ですが、新兵2人で、伍長1人で戦えば」


 あちこちで、木製の戟がぶつかり合う。そして、多くの伍長が負ける。新兵達の感嘆の声が聞こえる。しかし、勝った伍長もいるようだが、放っておこう。


 訓練は、続く。今度は、伍同士が向き合う。


「2人の兵士が1人の兵士と戦う状況が作れなかった時。二組の兵士を上手く率いて、有利な状況に持っていくのが、伍長の役割です。自分も戦いながら大変ですが、皆さんは歴戦の兵士なんですから、大丈夫です」


 見ていると、やることを理解した伍長達は、見事に兵士を動かし伍内の連携がとれてくる。後は、どんどん兵士数を多くして同じ事をやっていくだけだ。


 什同士で、向き合い、什同士で戦う。次は、属(五十人単位)、属長が指示を出す。だが、これが一番難しそうだ。一気に5倍の兵士になるからな。だが、要は慣れ。訓練していくしかないだろう。


 そして、まだおろおろしている伯長に、


「後は、二組の属を上手く率いるだけですよ。馬に乗るのは屯長以上ですから、全体を見渡す必要はないから、目の前のことに集中してくださいね」


「はっ」



 そして、1か月後の屯(五百人単位)の訓練において、


「では、1か月の訓練の成果を見せていただきます」


 こう言って、趙武は、伯(百人単位)同士で戦わせた。結果は、指導した伯の圧勝であった。まあ、かなりぎこち無い動きではあったが。




「失礼します」


 訓練後、部屋にいると。そう言って、伯長5人が入ってきた。そして、一番年長の伯長介山が、


「大変失礼しました。紘汰コウタに聞きました。あの訓練の成果は、趙武様のおかげだと。それで、我々も、同じ訓練をしていこうと思うのですが、宜しいでしょうか?」


 紘汰って、誰だ? あの新人伯長のことか? 


「もちろんです。情報を共有して、切磋琢磨してください」


「はっ、ありがとうございます。では、失礼致します」


 こうして、他の伯も同様の訓練を行っていった。体力に優れていたり、気合いがあり、行軍で動きの訓練をしているそれぞれの部隊は、あっという間に追いつき、そして、翌月に行われた。曲(千人単位)の練兵や、部(五千人単位)の練兵で趙武は、褒められた。




 そして、3ヶ月後、新兵達が入れ代わり。また、3ヶ月後と日々が過ぎていった。その間、趙武は、己の鍛錬に終始していたが。


「趙武君。君のおかげだよ。この教導部出身の兵は、練度が高いって褒められたよ」


 と、孫蘢校尉。


「いえ、兵士達が頑張っているのです」


「そうか。謙虚だな」






 そして、


「1年間ご苦労だった。趙武屯長には新兵を連れて前線に向かって欲しい」


「はい、お世話になりました」


「うむ」

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