(伍)
趙武が軍官大学校に入学して、半年ほどが経過した。蔵書庫に趙武の独り言が響く。他に人はいない。
「なるほど、やはりこの2人は天才だな。僕だったら、この状況でこんな策は思いつかない。
「なるほどな」
「うわっ」
「うわっとは、随分だな」
「いえ、申し訳ありません。完全に自分の世界に入っていました」
「そうだよな。独り言が蔵書庫に響いていたぞ。だけど、随分進んだな」
そう言いながら、呂亜は、趙武の座る机に積まれた紙の束を見た。
「写本ではないのか?」
「はい、写本では無く、要点をまとめてます」
「それでも、この量か。俺も本読むのは好きだが、ここまでではなかったぞ」
「ですが、呂亜先輩は軍官大学校でも、ずっと首席だったんですよね。その方が、凄いです」
「ハハハハ、嫌味に聞こえるぞ趙武」
「そんなつもりは無かったのですが」
「まあ、良いや。じゃあ、今日もやるか」
「はい」
最近禁軍での錬武も行うが、さらに、蔵書庫での、討論が日課のようになっていた。戦場を、お互い頭の中に描き、どのような戦場で、どのように布陣してどのように、戦術をたて、どのように兵を動かすか。架空の戦場絵図が、ほぼ毎日描かれた。
趙武が提案し、趙武のこの提案に、のった呂亜。あまりに高度なやり取りを出来るのは、この2人だったからであろう。
「よし、俺の勝ちだな」
「クッ。呂亜先輩もう一度、お願いします」
「どこからだ?」
「はい、呂亜先輩の主力が、誘い込まれたところで」
「ああ、わかった。だが、誘い込まれても、すでにお前の方は小勢、そこから逆転可能なのか?」
「さあ、やってみないことには」
こうやって、高度な2人の遊びは続いた。それは、呂亜が卒業するまでの1年間であったが、趙武にとって充実した大学校生活をもたらした。
それ以外でも、密かな楽しみが、雷厳からの手紙であった。今まで、あまり書いたことは、ないのだろう。要領の得ない手紙だったが、毎月の楽しみであった。そして、
「おう元気か? 雷厳だ。俺は元気だ。陵乾も、至恩も元気だ。今、俺たちは、幹部候補生学校で、兵を率いる練習している。皆は俺の号令でついて来る。良く出来てる。そうだ! 明日から休みだ。遊びに行くぞ」
「て、この手紙いつ書いたんだ?」
そして、翌日のことだった。軍官大学校の寮で、来客が来たと呼び出しを受ける。
「おお、遊びに来たぞ趙武!」
「はあ~」
「なんで、ため息ついてんだよ」
雷厳の元気な声に対して、ため息をついた趙武、それに突っ込む至恩、そして、それを眺める陵乾。
「僕が、雷厳が遊びに来るって手紙を読んだのが、昨日だ」
「だが、俺は1週間前に手紙書いたぞ」
「ええ、ですから雷厳君には、旅立つ1週間前に手紙出して下さいって言っておいたのですが」
「そうだっけ?」
雷厳のボケに、冷静に突っ込む陵乾。呆れる至恩。また、少し賑やかになりそうだった。
雷厳、至恩、陵乾の3人は、大京の
趙武は、3人を昼間は軍官大学校の校内や、禁軍の施設、そして、大京内部の観光名所などを観光に案内し、夜は、色々な
さらに、先輩である呂亜や、禁軍の将校なども紹介し、禁軍の練兵場で、錬武も行った。相変わらずの雷厳の強さに圧倒され、至恩とは、やはりほぼ互角に戦った。そして、その夜。
「しかし、良いのか? 趙武。俺たちは、休みだけど、軍官大学校は、休みじゃないんだろ?」
至恩の問いに趙武は、
「ああ良いんだ。普段もほとんど授業には出ていない。研究していて、しっかりと論文を提出すれば良いんだ。現に、この前の論文は、秀だったし」
秀とは、評価の最上位で、秀、優、良、可、そして、唯一不合格の不可で評価する。趙武の書いた「宋恩の
「そうなんだ、相変わらずだね超武君は。わたし達の方は、大変ですよ」
と、陵乾が話始めた。軍官幹部候補生学校は、生存訓練や、武術教練、体力作りが、1年生の教育課程だそうで、ほぼ地獄のような日々だそうだ。
朝6時に起床すると、駆け足、その後朝食。午前の教練。続いて昼食、午後の教練、お風呂、夕飯、そして、自由時間、就寝という、規則正しい生活を延々続けていき。
さらに、部屋も6人部屋になり、共同生活を学ばされるのだそうだ。
「まあ、体力有り余っている雷厳君や、鍛えられている至恩君は、良いですよ。わたしには大変なんですよ」
本当につらそうに陵乾は言うが、結構逞しくなった、陵乾を見て、大丈夫そうだなと、趙武は、思った。
それと、幹部候補生学校の2年生になると、兵士を率いることに主眼が置かれるとの事で、後々幹部候補生学校の2年生に入る趙武は、少し安堵した。
3人は1週間滞在して、帰ることになった。見送りに、呂亜と共に、東第二門まで来た趙武。
「楽しかったよ。また来てくれ」
「趙武が珍しく、ちゃんと見送ってくれるぞ」
「ハハハ。そうだな。趙武、元気でな。必ずまた来る」
「また、よろしくお願いします」
至恩、雷厳、陵乾はそう返答し、別れを惜しむ。と、その時。呂亜が口を開く。
「そう言えば、来年は俺も幹部候補生学校の同級生になるんだ。よろしくな」
「えっと、よろしくお願いします」
3人が声を揃える。そして、趙武が
「そう言えば、そうですね。呂亜先輩も卒業して、1年だけ行くんですね」
「ああ、そうだよ」
「寂しくなりますね」
「意外だな趙武。今日は、感傷的になっているのか? そしたら、4人で遊びに来るよ、安心しろよ。ハハハハ」
そして、さらに半年が経過し呂亜が卒業してしまうと、味気ない大学校生活だけが残った。こうして、残りの趙武の大学校生活は、蔵書庫と、禁軍の練兵場で費やされる事となった。
趙武の軍官大学校の2年生は、呂亜含め、雷厳、至恩、陵乾が揃って、年に2回も遊びに来てくれたが。
趙武が、3年生になり、それぞれ任官してしまうと、比較的任地の近かった呂亜と陵乾が、一度ずつ来たくらいで、遠い任地の雷厳や、至恩に会うことはかなわなかった。
まあ、毎月雷厳から手紙は引き続き来ていたので、それに返事を書くのが、趙武の密かな楽しみであった。
そして、趙武は軍官大学校を首席で卒業する。ほとんど授業には出ないで、論文の成績は優秀という稀有な存在となった。趙武の論文は、軍官大学校の蔵書庫に収められることになり、後年の研究者が趙武の考えを考察する良い材料となった。
趙武は新品の戟を手に、背中には、弓矢を背負い、1人軍官幹部候補生学校へ向かう馬車に乗った。
この戟は、今までの訓練用のやつでは無く、実際の戦闘用の戟だった。
戟とは、先端には
この時代の兵士は長さ3m程の戟を使って戦う。
趙武の戟は、馬上で振り回して使ったりするので、それよりは短かったが、呂亜に紹介してもらった、大京の
「やはり1人か。僕ってやっぱり変わっているのかな?」
癖になった、独り言を呟き、馬車は出発した。
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