(肆)

 大岑帝国だいしんていこく帝都、大京だいきょうは、高さ約2丈1尺6寸(約5m)の強大な城壁に囲まれた、碁盤ごばんの目状に整備された大都市であった。東西約200里(約10km)、南北約180里(約9km)、北の端には皇宮こうきゅうがあり、東側の3門、南側の3門、西側の3門からのみ入ることができた。


 軍官大学校は、皇宮にほど近い、皇宮西側にあった。趙武は、軍官大学校の寮に荷物を置くと、ふらふらと大京の内部を歩き回った。


 大京の各門や、皇宮周辺、そして、主要部は、近衛兵団最精鋭の禁軍きんぐんが、目を光らせていた。それ以外でも、警備兵が巡回しているが、皇宮から離れるほど、治安が悪くなるようだった。



 現に、南側城壁付近の路地で、野盗やとうに趙武は囲まれたのだが、剣を振るい、あっという間に、数人を軽く怪我させると、残りは逃げて行った。


 だが、これは、趙武がいけないので、反省して、2度と近づかないこととした。身なりの良い若い男が、ふらふらと、治安の悪い場所を歩いていれば、襲われて当たり前なのである。



 街の中は、西側に皇宮に勤める官吏かんりや、軍人、兵士が多く住み、東側は、一般人が住んでいるようだった。東側、西側、それぞれに大きな市場があり、活気に溢れていた。夜になると、歓楽街に明かりが灯り、賑やかな声が響いてきた。




 軍官大学校が始まるまで、街を楽しんだ趙武であったが、学校が始まると、予想通りがっかりした。教授も含め、学生達が集まり、戦術論や、戦略論、用兵論をあーでもないこーでもないと、語り合う時間や、軍略囲碁と言って、騎兵、歩兵、弓兵等の駒を動かして、相手と戦う時間など。趙武にとっては意味があるとは思えない時間だった。


「戦場という、前提条件無いのに戦略、戦術語ってどうするんだよ。それに軍略囲碁ぐんりゃくいごって、上から全部見えている戦場なんてあるわけないだろ」


 この頃からだろうか、趙武は、独り言を呟く癖がついた。大学校本校舎から離れ、蔵書庫の前の庭で、芝生に座り休んでいる時の事だった。


「ハハハハ、確かにな」


「えっ」


「ああ、すまない。驚かせたか。俺は、呂亜ロアだ。一応この軍官大学校の3年だ。君は新入生か?」


「はい。今年入学しました趙武です」


「そうか、趙武よろしく。そう言えば、さっきの話だが、教授は、授業出てなくても、気にしないぞ。学期毎の課題の論文さえ出していれば、成績はそれだけで決まるし、卒業にも支障がない」


「そうなんですか」


「ああ、それに、軍略囲碁は意外と面白いぞ。お互いに、情報網が凄く、情報が筒抜けの中の戦いだと思ってやれば」


「はあ」


「ハハハハ。それにここには豊富な知識の泉がある」


 呂亜は、後ろを振り返り、大きな蔵書庫を見た。


「そうですね。閲覧は自由なのですか?」


「持ち出しは出来ないが、内部で読むのは自由だ。それに書き写すのも大丈夫だぞ」


「それは、良いですね」


「だろ。それに、この近くで禁軍の練兵場れんぺいじょうもあるから、体鍛えたり、戦いたくなったら出来るぞ」


「それは勝手に行っても大丈夫なのですか?」


「いや、それは出来ないが、俺の親は、一応身分高いから、俺が一緒に行けば紹介出来るぞ」


「呂亜先輩の親? 呂家? もしかして、呂鵬ロホウ大将軍だいしょうぐんですか?」


「ああ、そうだ。だから安心していいぞ」


 呂鵬大将軍の息子だったとは。呂鵬大将軍は、近年40代前半にて大将軍になった俊英しゅんえいの大将軍である。


 そして、呂家自身も、歴代将軍や大将軍を出してきた名家である。それなのに、どこかの名家出身者と違って、偉ぶらない、謙虚な素敵な先輩だ。趙武は、素直に感動した。


「じゃあ、行くぞ」


「はい」



 こうして、趙武は、呂亜先輩に連れられて、禁軍の練兵場にやってきた。練兵場は、軍官大学校を出て、目の前の皇宮西門の中にあった。もちろんだが、警備があって、普通では入れない。だが、呂亜先輩は、顔パスであった。


「呂亜様、お疲れ様です」


「ああ、お勤めご苦労様です」


「ありがとうございます。で、そちらの方は?」


「軍官大学校の後輩です。顔覚えておいてくださいね」


「はっ、かしこまりました」


 こうして、門を通ると、いくつも建物があり、その真ん中辺りにある一番大きな建物が練兵場だそうだ。



 練兵場に行くと。中に入る。すると、途中途中に柱はたっているが、内部はとても広く。石の床が広がっていた。そして、凄まじい数の兵士達が、お互い長い戟を振るい戦っていた。


 呂亜は、周囲を見回すと、真ん中辺りに向かって行った。そこには、15名ほどの人が教練きょうれんしていた。



「お久しぶりです。塔南トウナンさん」


「おお、これは呂亜様。お久しぶりです。今日は、訓練に来たのですか?」


「はい。それと、後輩を紹介させてください」


「えっと、軍官大学校1年の趙武です。よろしくお願いします」


「これは、これは。あの大学校でも呂亜様以外に我々と、錬武れんぶしたい者がいたとは。わたくしは、近衛禁軍の裨将ひしょうの塔南です。よろしく」


 ここでの裨将とは、正式には近衛裨将と言って、普通の裨将とは異なり、禁軍のトップ将軍の下に4人いて、1万の兵士を統率する者だ。平時の警備任務は、4組が交代で担当している。今日は、訓練日なのだろう。



「じゃあ、趙武、少し腕試しさせてもらったら?」


「えっ」


「おお、それは良いですね。趙武君、普段はどんな武器を使うのかな?」


「はい、ゲキを使います」


「そうか、おい、倉庫から戟を持ってこい」


「はい」


 そう言うと、1人が走り奥の方の倉庫から戟を持ってきた。その戟は、今までの木で作られた物では無く。刃の部分が銀色に輝いていた。


「刃は落としてありますから、斬れないけど怪我はするから注意してくださいね。では、徐烈ジョレツ前へ」


「はっ」


「徐烈の強さは、我々のだいたい中間ぐらいだ。心してかかれよ」


「はい」



 徐烈は、趙武と同じく戟を持っていた。趙武は、かなり身長が高いが、それよりは徐烈は低い。しかし、カナン平原の民としては大きい。そして、趙武がすらっとして見えるのに対して、かなりがっちりとして見えた。


 お互い練習用の鎧をつけて構える。


 さて、どのくらい強いのかな? 軍官学校時代は、雷厳には勝てなかったけど、至恩とはほぼ互角に戦ったし、それ以外で負けたことは、なかったな。だけど、禁軍の将校だ油断は出来ない。



「はじめ!」


 徐烈が打ち込んできたので、趙武も前に出て、打ち込んだ。


「ガキン!」


 鋭い金属音が響き火花が散った。そして、徐烈が戟を引き、再び打ち込む。合わせて趙武も打ち合う。そして、数合打ち合うと。


 あれっ、戟を振るう速度も、速く無いし、重みもない。そうか、雷厳や、至恩はかなり強いんだ。2人と比べちゃ駄目か。


 趙武は、ちょっと本気を出すと、右斜め上から勢い良く振り降ろすと、相手の戟を弾き、そのままの勢いで自分の体を横に一回転させながら、右から横殴りに振るい、胴をなぐ。振りきって、戟を返すと、今度は左上段から振り降ろす。と繋げる連撃を繰り出した。


 すると、徐烈は受けきれず吹っ飛び動かなくなった。



「あれっ。すみません。やり過ぎました。大丈夫ですか?」


 禁軍の将校しょうこうは、青い顔をして、趙武を見ていた。そして、数人が慌てて徐烈に駆け寄った。


「アハ、アハ、ハハ」


 塔南が引きつった笑い声をあげる。


「趙武君は、強いですね。これは、錬武受けるのは我々の方のようですよ。呂亜様」


「ああ」



 こうして、趙武は禁軍の練兵場を使わせて貰うことになり、ちょくちょく顔を出すのだが、禁軍将校の中でも、なかなか互角に戦える者が無く。呂亜か、結局禁軍の武術指南役ぶじゅつしなんやくが、練習に付き合うことが多かった。そして、禁軍の中でその強さが話題になった。



 だが、軍官学校の休みに雷厳、至恩が訪れると、3人の錬武に恐怖することになった。本気で戦う、趙武に、至恩。それを圧倒する雷厳。大刀ダイトウが、戟が、槍が唸りをあげた。


 それを見てから、強い、精鋭と呼ばれていた、禁軍の練兵はより一層激しいものになった。

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