(参)

陵乾リョウカンは、なんで軍官学校に入ったんだ?」


 趙武、至恩、雷厳、陵乾の4人で寮で食事をしている時、ふと思いたって趙武は、陵乾に尋ねた。


 至恩は、代々将軍を輩出する名家、至家の跡取りとして、と常に言っているし。雷厳は、苦しい生活をしている北方民族の家族を、自分が戦うことで楽にしたい、と話してくれたことがあった。そして、自分もこの道を進んだ理由を、語ったことがあった。



 しかし、寡黙かもくな陵乾は、自分から積極的に自分の事を話すことはなく。聞いたことがなかった。


「うん? そうですね」


 陵乾は、ゆっくりと落ち着いた口調で話し始めた。


「わたしの家は、商人です。と言っても、大商人では無く、個人商店です。そして、父親は、わたしにあとを継ぐんだったら、中学校卒業したら丁稚奉公でっちぼうこうしろって、言っていたのです」


 趙武は、祖父の家を思い出していた。そう言えば、祖父の家に大勢の住み込みの人が働いていたなと、思い返していた。


「父親も実際、中学校卒業後、すぐに大商人の家に丁稚奉公に出て、商売の勉強をしたんだそうです。ですが、わたしは、勉強が好きだったんで、勉強をしたかったんです」


 勉強好きって、凄いな。と、趙武は思った。良い点数取るために、勉強はしているが、いかに効率良くやるかに終止して、好きでやったという感覚はなかった。まあ、戦略や、戦術の勉強は好きだったが。


「行っても良いが、金は出さないぞと、父親に反対されたわたしは、お金のかからない学校を探しました。そして、軍官学校が、お金がかからないと知って、試験を受けたのです」


 確かに、幼年軍官学校と違って、お金はかからない。大岑帝国がお金を出している。


 だが、幼年軍官学校から、軍官学校に入学した生徒の家には、寄付のお願いという、書状が送られて来ていた。


 まあ、祖父が、その書状を問答無用で持って行っちゃったので、祖父がどのくらい寄付したのかは知らないが。学校長とかが、入学式の時、わざわざ祖父に挨拶に来た位なので、かなりの金額だったのだろう。



「だけど、あれだぞ。ちゃんと任官しないと、金返さないといけないぞ」


 趙武が、考えながら聞いていると、雷厳が口を挟んだ。そう、将来軍人になる為に大岑帝国がお金を出しているので、任官しないなら、授業料全額返さないといけない。


「それなら大丈夫ですよ。後方支援部隊とか、軍の事務官とか意外と向いていると、思うんですよね」


「確かに」


 3人の声が揃った。武器を持って戦うこと、兵を率いて戦うことは、いまいちだが、事務処理能力は高く、状況を把握する能力も高い、陵乾は、意外と軍の仕事にも向いているのではないか。




 勉強好きな陵乾は、何としても、首席で卒業したい、いや、卒業しなくてはならない、至恩を焦らせた。たぶん頭の良さでは上回っている陵乾が、一般教養などのテストで、点数が上回ることもあり、至恩と陵乾が激しく1、2位を争った。そして、だいたい趙武が3位。


 陵乾との関係では、武器を持っての戦い等の、他の分野では、至恩の方が上回っていたので、とりあえず至恩は安心していたが。その他の分野で、趙武や、雷厳に圧倒され、痛くプライドを傷つけられた。


 そして、趙武は、戦術、戦略、用兵等の軍事学の授業では、やる気を見せて、至恩、陵乾を上回ってみせた。さらに、模擬戦での圧倒的な強さは、戦術や布陣の複雑さを極め。雷厳の個人能力での力づくでの勝利以外道は無かった。


 最後に雷厳は、強さで圧倒し。模擬戦では、趙武に罠にはめられ、負けることはあったが、それ以外の敗北を喫することは、無かった。さらに、模擬戦で、皆を鼓舞して戦うなど、統率力にも才能をみせ始めていた。ただ、勉強はいまいちで、趙武に試験前は、試験対策を徹底的に教えてもらい、赤点を免れていた。




 良い友達であり、競争相手でもあった4人の軍官学校時代は、あっという間に終末を向かえようとしていた。



「いよいよだ。いよいよ、名家至家の神童、至恩の才能を世に知らしめる時が来たんだ」


「でも、この後、2年幹部候補生学校で勉強すんだよな? 陵乾」


 雷厳が、陵乾に聞く。


「ええ、ですが、勉強というよりは、実際兵を率いるべく、実践的な演習とか訓練になるので、学校って感じではないですよ。特に後半は」


「そうだよ。幹部候補生学校でも、首席で卒業して、華々しく」


「散る」


「散らない! 縁起でもないこと言うな! 趙武!」


「ハハハ、ところで趙武はどうすんだ?」


 雷厳は、趙武が幹部候補生学校の説明会に、いなかった事を思い出して、聞いた。


「ああ、幹部候補生学校行かないで、軍官大学校行くよ」


「えっ! あの軍事狂か、勉強狂いしか行かない所に行くのか? 陵乾が行くなら分かるが」


「なんですか、僕だったらわかるって。でも、意外ですね。軍官大学校の先生達は、机上の空論だけ振りかざして、実際の戦場では役にたたないって、趙武君、言ってなかった?」


 至恩に言い返しつつ、陵乾が趙武に聞く。


「言ったよ。今でも実際そう思ってるけど」


「だったら、なぜ?」


「軍官大学校の蔵書には、大岑帝国が行った戦いのすべてが収められているんだよ」


「蔵書?」


「うん、南河畔の戦いの高仙の戦術や、仰水の戦いでの宋恩の戦略など、すべてが、戦いの経過含めて、本に収められているんだぞ」


「ここにも居たか、軍事狂」


「雷厳。別に軍事狂じゃないよ。知識として欲しいんだよ。それに」


「それに?」


「軍官大学校卒業したら、幹部候補生学校1年で良いし、屯長からになるしね」


「なるほど」



 そうなのである。軍隊編成の単位があり、軍官学校から幹部候補生学校卒業した場合、50名の兵を率いる属長ぞくちょうからだが。軍官大学校を卒業して、幹部候補生学校卒業した場合は、その2ランクも上の、500名率いる屯長とんちょうからになるのだ。


 なぜ、そんなに差があるかと言うと、軍官大学校行って、軍人になるのは、かなりの変わり者か、とてつもなく優秀かだった。そして、そのような人材はとても少なかった。そのとてつもなく優秀な人に、趙武は、軍官大学校で出会う事となる。


「そうか、寂しくなるな。軍官大学校は、大京だもんな。幹部候補生学校は、所在地不明だしな。ハハハ!」


 雷厳が言うと


「休みの時は、大京に遊びに行くよ」


 陵乾が言った。


「ああ」




「これにて、卒業生代表挨拶とさせていただきます。軍官学校第141期卒業生首席至恩」


 無事、至恩は首席となり、卒業生代表答辞を行った。こうして、趙武達は、無事卒業して、それぞれの道を進む事となった。




「じゃあな趙武、大学校でも頑張れよ」


「ああ」


 と、至恩。


「趙武、手紙書くからな。休み絶対遊びに行くからな」


「ああ」


 と、雷厳。


「趙武君、体に気おつけてください。わたしも、遊びに行きますよ」


「ああ」


 と、陵乾。


 寂しいけど、余計な事を言うと、なんか泣きそうだと思い、素っ気ない返事を趙武はしながら、幹部候補生学校に向かう馬車を見送った。




 数日後、趙武も大岑帝国帝都、大京だいきょうに、向かう為に旅立った。軍官学校時代寮生活だったので、親元にずっといたわけではなかったが、簡単に帰れる距離にいないのも寂しいものだと、趙武は珍しく思った。



「気をつけて行くのよ。無理はしないでね」


「では、行って来ます」



 祖父や、祖母、両親に、弟、妹達、家族から、かけられた言葉を背に、また、素っ気なく別れを告げ、大京に向かう駅馬車に乗り込んだ。駅馬車を乗り継ぎ、宿で休みながら、1ヶ月にも渡る旅となった。




 そして、趙武は、軍官大学校入学式1週間前に、大京に到着した。

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