(弐)
「僕の名は
「趙武だよろしく」
至恩の言った至家とは、歴代将軍を輩出している
寮は2人1部屋となっており、同じく新入生と同部屋ということになっている。そして、同室になったのが、至恩だった。黒髪黒眼、そして、やや黄色の肌。典型的なカナン平原に住む民の特徴であった。
至恩は、容姿は
一方の趙武は、銀髪碧眼で白い肌と、さらにまだやや幼い顔立ちだが、眉目秀麗。さらにまだ子供とは思えない、冷静で影のある感じの、雰囲気がさらに女性受けが良さそうだ。が、残念ながらこの時代幼年軍官学校には、女性はごく少数だった。
お互いの印象は、至恩は趙武を冷静で、なんかいけ好かないやつと思い。趙武は、至恩を能力は高そうだけど、無駄に自尊心が高そう。と、思ったそうだ。この2人の付き合いは長いものとなるのだが、この時の印象は良いものではなかった。
幼年軍官学校の授業は、それまでの学校と異なり将来軍人になるための修行の場という要素が加わるので、一般教養に加え、武器での戦い方、馬術、戦闘訓練、簡単な戦術戦略の座学や実戦訓練などが加わる事となる。
武器を使った授業は、
至恩達のように、幼少期から軍人になるために英才教育を受けてきた者と違い、趙武達は、武器を触るのも始めてだった。なので当然のように、模擬戦はボッコボコに負ける。特に至恩は容赦がなかった。
「ハハハ、見たかこの神童至恩の実力を」
至恩は、木製の槍を振り回し、格好をつける。
「初心者に勝ったって、自慢にならないだろ」
負けた趙武は、木製の戟をひろいあげつつ言い返す。
「ふん、負け惜しみを」
実際問題、至恩の武術の実力はかなりのもので、上級生相手にも勝っている。力強さは無かったが、圧倒的な瞬発力と、技術で同級生を圧倒した。
趙武も、最初こそ負けがこんでいたが、経験を積み、戦い方を理解してくると、銀髪碧眼の特徴の1つである、黒髪黒眼の者より体格が大きく身体能力にも勝るという、利点もあり、同級生の中では上位の方につけていた。
勉強はと言うと、これまた努力の人、至恩が学年トップで、要領が良い趙武が2位という、位置関係が卒業まで続いた。
「ハハハ、また俺の勝ちだな、趙武君」
「そうだね」
勝ち誇る至恩に対して、全く悔しくなさそうな趙武であった。
そして、趙武がやりたがっていた。戦闘の指揮だが。戦術、戦略、指揮の座学では、勉強と同じく至恩が優位であったのだが。
まだ幼年学校なので、実際に戦ったりはしないが、実戦訓練という、10人で一組を組んでいろんな地形で、模擬戦を行うというものがあった。
隠れる場所があったり、高低差があるなど、決められた敷地の中で、戦術を駆使して、動き回って相手を追い詰めていくという形式である。きまり事は、実際に’武器を持って戦うことはないが、背後をついたり、優位な地形からの攻撃だったり、数で上回ったりしたら勝ち。負けた者は退場。勝った者は、引き続き戦い。全滅したり、制限時間内で数が少なかったりしたら、その組の負けというものである。
これに関しては、趙武が組んだ組が必ず勝った。たまに高台に陣取って、指揮することはあるが、だいたいは、自分で動き回りながら、仲間に、的確に指示をだし勝利を積み重ねていった。
相手の組が、授業で習った凝った布陣や、巧みな戦術を駆使しても、趙武は、基本に忠実な布陣を敷きながら、自分が動き回り状況を把握すると、頭の中で戦術絵図を描き、味方を巧みに誘導して、指揮し状況を好転させ勝利に導いた。
相手が至恩の組だった場合も、至恩の知識で、まだ授業で習っていないような高度な布陣からの戦術が繰り出されても、最初こそ至恩の組が圧倒するが、いつの間にか逆転していた。そして、趙武は高度な戦術の知識を吸収して他の試合に活用してみせた。
至恩は、序盤は良い勝負をするのに、致命的な欠点があって、自分が熱くなるとまわりが見えなくなってしまうという事があり、勝手に、自滅していくことも多かった。
幼年学校の学生達は、日常的にも冬だったら雪合戦になったり、雨の次の日は、泥団子を投げ合う泥合戦と形を変えて、遊びとしても好んで、模擬戦を行ったが、趙武は負けたことがなかった。
こんな感じで3年間を過ごし、趙武は、至恩に続いて、幼年軍官学校を次席で卒業すると、軍官学校へ入学した。
軍官学校は、向いていないと諦めた学生や、成績が悪すぎた学生を除く、幼年学校の卒業生の8割と、厳しい選抜試験を合格したその半数くらいの学生達で構成された。
授業内容もより実践的になり、一般教養も、より軍事面で活用できる項目になり、細かい軍事学の授業も増えた。武器を使った武術の授業や、戦闘訓練ももちろんだが、実戦形式の模擬戦も、実際に戦って勝敗を決したりすることもあった。
そして、驚くべきことに、この模擬戦において、趙武が負けることまであった。これは、2人の天才に、出会ったためであった。まあ、どちらかと言うと、そのうちの1人と言った方が良いのだが。
「ハハハ、凄いなお前」
男は、燃えるような金髪を逆立て、大刀を片手に大声で笑った。趙武は、周囲を見渡した。自分の組の9人が倒れていた。趙武も、満身創痍で、
「あれだな。こういうのを試合に勝って、勝負に負けるって言うんだろうな、ハハハ!」
趙武にとってはじめての模擬戦の敗北であった。趙武は、圧倒的に勝っていた。最後全員で1人を包囲。ただ、最後の1人が異常だった。たった1人で、趙武の組10人をなぎ倒したのだった。
「まあ、実際の戦いで10倍の兵力を叩き潰すことは不可能だからな。お前、名前は?」
「趙武だ」
「趙武か、俺の名は
雷厳は、年齢としては身長の高い趙武の、頭一つ大きく、8
北方民族は、謎な部分が多く、カナン平原の民にはあまり知られていないが。少数だが、寒い故郷を出てユレシア大山脈を越えて、カナン平原に生活の場を求めたり、攻め込んで捕らえられた、末裔だったりが定住し始めていた。雷厳も、その1人なのだろう。
雷厳は、まさに武に愛された男であった。幼年学校時代最強だった至恩や、その至恩に勝つこともあった趙武でさえ、勝つことはできなかった。その巨体からは想像できない速度で動き回り、細かい技術もそれなりに有し、そして、その巨体から繰り出される信じられない力は、驚異であった。
この後、雷厳に気に入られた趙武は、友達として付き纏われることになった。別に冷静なだけで、無愛想でもない趙武に友達がいなかったわけでは無かったが、趙武としても素直で直情的な、雷厳は話しやすかったようで、長い友達関係を継続していくことになる。
雷厳には、幾度か敗北したが、それ以外で唯一の敗北は、至恩ともう1人が組んでもたらされた。男の名は、
この陵乾、黒髪黒眼のカナン平原の一般的な民で、決して強いわけでも、用兵が巧みなわけでも、統率力が優れていたわけでも無かった。頭は良かったが、どちらかと言うと、事務処理能力に秀でていて、そして、外見も地味で目立たず、寡黙で、黙々と仕事をこなす人物であった。
至恩と組んで趙武と戦った際は、派手な至恩の動きに惑わされ、趙武が、地味だが的確に動き回る陵乾の動きを把握出来ず、いつの間にか、至恩と陵乾の2人に挟まれ、負けた。
趙武にとってこの敗北は、雷厳による、敗北よりも衝撃的であったようで、陵乾に興味を持って話かけて、友達付き合いをするようになっていった。これに、付き合いだけは長い至恩が加わって、軍官学校時代の最恐4人組と恐れられた仲間ができた。
そんな関係は、卒業後も続いた。
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