7−4「密猟者と功労者」

 【密猟者ハンター】、その耳慣れない名前に私は困惑する。


『怪獣の密猟は犯罪だが、宇宙連合にまだ加盟できていない地球人は【密猟者ハンター】に対して法的に手出しができない…ここ20年ほど姿を現さなかったが、まさかこんなところで会うとは』


 歯がゆそうな【師匠】の言葉に三ツ矢は「そうだねえ」と答える。


「僕の本職はあくまでアーティストだから。仲間と惑星を回り展示会をしていたんだけど次のモチーフを探していたらちょうど母石を地球で見つけてね。数世紀前に子を産んで空間から出てきたようだけど成体前の子石は不安定だから母石とかち合う時期を割り出してここに来たんだ」


『…なるほど、子石は年月を経て母石と触れ合うことで成体の鉱石へと…母石へと変わる。その石を得るには我々が邪魔であり…ついで【弟子】を利用したと?』


「その通り」と三ツ矢はほくそ笑む。


「やっぱり地球人は面白いね。僕らの星では60世紀以上前に感情というものがなくなって久しいから喜怒哀楽が表現できる惑星生物は希少でね。僕のアートを見せることで各星の住人から感情を引き出せることが興味深いんだよ」


 感慨深げな三ツ矢に【師匠】は問いかける。


『その感情を引き出すという行為のため、犠牲となった怪獣はどれほどいる?』


 その言葉に、三ツ矢は肩をすくめて見せた。


「そんな些末なこと、考えるだけ無駄じゃあないか」


 それにため息をつく【師匠】。


『…20年前から変わらないな。その姿も俺に言った言葉も一言一句違わない』


「そうかなあ?」と、首を傾げる三ツ矢。


「こっちは代替わりしたことに驚いたよ。地球の人間は案外脆いものだね」


 そんな、【師匠】と三ツ矢の会話に私は思わず口を挟む。


「…あの、返してくれませんか」


『ん?』


「え?」


 三ツ矢はこちらを向くと「え、これのこと?」と像と大理石を指さす。


「なんで?君は、僕の作品である『母性』を怖がっていたじゃないか。どうして怖がるものを返して欲しいなんて言うのさ…意味がわからないよ」

 

 それを聞いて、私は一瞬たじろぐ。


 …確かに、あの『母性』の像は怖い。

 今だってあの空間を眺め続けろと言われたら私は断るだろう。


(でも、なんであの空間が怖いかといえば…それは)

 

 私はゆっくりと息を吸って口を開く。


「その…像が怖いと思ったのは象られた姿に私が自分の母を重ねていたからです。私が自分の母親に苦手意識を持っていたから…でも、その親子は違う。お互いに惹かれあうほどの愛情があって、だから石を元の場所に返してあげたいんです…それが、彼らのためだと…思うから」


 だんだんと自信がなくなり、ごにょごにょと尻すぼみになってしまう言葉。


 だが、三ツ矢はそれを聞くと「そうか、自己投影より他者への思いやりが強いのか」と興味深そうにつぶやき…こう続けた。


「わかった、じゃあ返すよ…あとは好きにして」


 そう言ってトントンと像と大理石を地面に置く三ツ矢。


(…あれ?なんか普通に返してきた)


 スマホを向けるとグリッドが出るし、【修復】で削られた母石を元の石の形に戻しても何の文句も言われない…どうやら罠ではないようだ。


「いやー、僕個人の作品でそこまで考えてくれる人がいるのなら譲ってあげても良いかと思ってね。その感情を知れただけでも作った甲斐があったよ」


 そう言ってから上を見て「あー、もう来ちゃったか」と、つぶやく三ツ矢。


「櫻井さん、【上】に連絡したでしょう。連合警察がこっちに来てるね」


『当たり前だ。とっとと捕まらんかい』


 【師匠】の言葉に三ツ矢は肩をすくめる。


「まあいいや、今日は君のお弟子さんが見れてよかったよ。彼女もなかなか面白い人だ…じゃあ、また数10年後くらいにこの星に寄らせてもらうから」


『もう来るな!』


 【師匠】がそう言うが早いか、三ツ矢は指でカーテンのように空間を切り裂き消えてしまった。空はしんと静まりかえり三ツ矢が言っていた連合警察とやらの影も形も見えない。


『…探すだけ無駄だ、連合警察は無形の情報思念体で肉眼では見えない。さっさと怪獣を【転送】して切り上げようじゃないか』


 【師匠】の言葉に私も「そうですね」と言い4つの石にカメラを向ける。


 【転送】によって空間に吸い込まれていく母と子の石。


 それらは、互いに寄り添うように消えていき…

 完全にその姿が見えなくなると私はホッと胸をなでおろした。


『じゃあ、支部に向かうか。トシキの奴は向こうさんのハッキングを解消するのにまだ手こずっているようでな、怪獣は【転送】できたし今日はもう遅い。近くのホテルでゆっくり休んで、明日帰るとしよう』


 私も「そうですね」と言って歩き出そうとする。


 …その時、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 表示をみれば、かけてきたのは母親。


 電話に出るとまくしたてるように話しかけてくる。


『ことみ、どうしたのよ。今日は会話の途中で急に電話が切れて。あれから何度も電話したのに…もしかして、あなたまた何かやらかしたの?それとも』


 しかし、それ以上の言葉を【師匠】が遮った。


『佐々木さんのお母様ですね。私は財団法人・スターライトの櫻井と申しますが、本日は娘さんを残業に付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした』


『え…?』

 

 困惑する母に【師匠】は続ける。


『佐々木さんはしっかりしたお嬢さんですね。先ほど難しい案件を1つ解決してくださいました。彼女は普段から会社に貢献してくださいますし、十分な実力もお持ちです…ですからお母様も今日は一つお嬢さんを褒めては如何でしょう?』


『えっと…』


 【師匠】の言葉に母は狼狽しながら私に聞く。


『え…じゃあ、ことみはお仕事うまくいってる感じでいいのね?』


 私は少し迷いながらも素直に「うん」と答える。


「まだまだ、至らないところもあるけれど、【師しょ】…ううん、上司の櫻井さんのおかげで私は楽しく仕事ができているよ。前の職場よりお給料も良いし何より頼れる人がたくさんいるから…」


 そして、大きく息を吸い込んで私は続ける。


「私、この仕事で良かったと思ってるし…これからも仕事を続けるから」


 すると母はしばらく黙り…『そう、わかったわ』と、どこか安堵した声を出す。


『ごめんなさいね、忙しい時に電話をしてしまって。母さんもお医者さんの診断を聞いてから気が動転してしまって。でも、あなたが頑張れると思える仕事ならそれで良いわ…』


 私はそれを聞き、静かにうなずく。


「…うん、心配かけてごめんね。ありがとう母さん」


『体に気をつけてね、おやすみなさい』


「またね」


 私は電話を切ると大きく息を吐き出す…少し疲れたけれど、それより母親に伝えたかったことが伝えられたという安堵感の方が大きい。


 そこに【師匠】がねぎらいの言葉をかけてくる。


『お疲れさん…ま、お前さんの母親も悪い人ではないのだろうな。ただ、感情が先行しがちで、やや押し付けがましくなってしまうタイプかな?』


「そうなんですよねぇ」


 【師匠】の言葉に私は天を仰ぎながら答える。

  

 …そう、あの人は娘の特性を受け入れることができなかった。

 それでも、それなりに愛情は注いで育ててくれたことは確かだ。


 だからこそ三ツ矢と対峙した時、私は、はっきりと自分の気持ちを相手に答えることができたのだ…母を恐れつつも愛していたから。


『愛情は複雑だな…特に身内は近しいだけに難しい』

 

 【師匠】はそう言うとため息をつく。


『だが、あまりに辛いと思ったら距離を置くのも必要だぞ。今の生活なら問題は無いようだが、お前さんは人の意見に引きずられやすい体質だからな。自主性を保つにはある程度の距離を保った方が良いだろう…それでも難しいと感じたら、こちらも手助けするからな』


「…はい」


 そしてエレベーターに乗り込む頃、【師匠】はポツリと言った。


『でも、お前さんもあの状況下で良く動けるようになった。【弟子】として少し成長したようだな』


「…ありがとうございます」


 ビルから出ると今日は月がない分、星が良く見えた。

 私は支部のビルに向かいながら【師匠】に言った。


「…あの、【師匠】」


『なんだ?』


「私は、この仕事もそうですが、【師匠】が【師匠】で良かったと思います」


『そうか』


「これからもご迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」 


 その言葉に【師匠】は笑う。


『ああ、まだまだ教えることがたくさんあるしな、少なくとも1年以内のうちにお前さんを1人前にしなきゃあいけないからな』


 【師匠】はそう言ってから『…でも』と続ける。


『無理は禁物だ。ほどほどに休んで本番の時に出来る限りでいいからな』


「はーい」


 電気が復旧したのかビルの明かりがポツポツとついていく。

 …私は【師匠】の入ったスマホを持ち、明るくなる街へと歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元OL×師匠×怪獣 化野生姜 @kano-syouga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ