第9話包囲網戦《前編》
ジルド及びジルベルが後衛にて、戦闘準備をしているであろう一方その頃──
「大丈夫か!?チャド、ハインズ!」
砂煙が舞い、視野を狭くする中でクリスは声を轟かせる。
「あ、ああ。何とか俺は大丈夫だ。ハインズはどうだ?」
「俺も何とか大丈夫だ。左の指、数本はいっちまったが──やれねぇ事はない」
「チャド、ハインズに治癒を」
「おうよ!」
白いモヤが淡く発光した緑色に染まる。
一体何があったのか理解が出来ない。いや、現状の理解は出来ているが、この場面に至る過程の理解が出来ずにいた。
無意識に口の端を噛み、眉を顰める。
まさかジルドが仕向けたのか。だが、彼はハインズの命を救った。演技の為に、騎士を数名殺すだろうか──
「こりゃあ、完璧に囲まれてやがんな」
「治癒は終わったのか?」
「ああ。ハインズは今、能力向上を付与してる最中だ」
「そうか。アイツは火属性を操るものな。しかし、これをどうみる?」
鉄が軋む音が砂煙の外側から常に聞こえ、それは明らかに距離を詰めている。
「クリスにゃあ、悪ぃが……違うな。認めたくないが──裏切り者が居るとしか思えねぇよ」
「……そう、か。だが……どうしてだ」
確かにこの作戦を知るのは
「その話は後だ。この晴れねぇ砂煙も、土属性による現象変化魔法によるものだろうよ」
「そうだよ、クリス。正直、今の初手で数人は死んだ筈だ。先手を打つはずの俺達が後手に回った時点で戦況は不利」
熱気を左から感じれば、能力向上を付与し終えたハインズが隣に立っていた。
「この状況じゃあ、退路もないと考えていいだろうさ。どうするよ、大将」と、チャドはその大きな手を肩に乗せる。
「俺達はクリスに総てを託しているんだ。さあ、命令してくれ」
ハインズも逆の肩に手を乗せる。
──ああなんて恵まれているのだろう。
「……ありがとう。皆、聞いてくれ!!オレ達はこの砂煙を利用して一点突破を試みる!」
「配置はどうすんだ?」
チャドの問は皆を導く。
「前衛を担っているオレ達は、陣形を組み直す!後衛を担っているジルド、ジルベルには後をついてくるように伝えてくれ!」
不信感不安感を無理やりに振り払い、声を張り上げる。
「現象変化魔法を使える土属性を保有している者を最前列。そこから順に弱体魔法を得意とする水属性。能力向上を付与できる火属性保有者。治癒魔法が得意な風属性で隊列を組む」
「これなら皆の得意不得意を補いながら進む事が出来る。騎士に俺達の団結力を見せてやろうじゃねぇか!」
ハインズの猛りは、皆を鼓舞するのだ。この二人はいつも支えてくれている。兄が居たらきっと彼等に抱くような感情が芽生えるのだろうか。
不思議と負ける気がしない。さっきまで強ばっていた表情は解れ始めた。
「準備は良いな?」と、チャドがクリスに問うたのは隊列を組み直し数分後の事だ。
無駄な動きを一切せず、皆が適切な対応をとったことにより、最適な陣が完成する。
「ああ。オレも準備万端だ」
「まったく。火属性と風属性を扱えるとか、反則だぜ」
「ははっ。その分、働くさ。死ぬなよ、チャド」
「大将もな」
クリスは言うなりチャドとは別れ、最前へ立つ。
「さあ、行くぜ!!」
「「おおおお!!」」
特攻し、土煙から抜け出す刹那──
「さあ、奴らを呑み込め!!」と、切っ先を前方に向ける。クリスの声に答えるように、最前線を走る土属性保有者は、手を前方に翳した。
視界は晴れ、眼前に居るは無数の騎士達。
彼等が槍や弓・剣を構え、杖を掲げる中で臆することなく距離を縮め吼える。
「「
土煙が再び出現し、次は騎士達諸共呑み込む。
「次だ!!」
クリスが命を下せば水属性特有の弱体魔法が騎士達を襲う。そして弱まった所を見計らい、能力向上をし終えたハインズ達が攻め込む。
「うるぁぁあ!!」「
対敵する騎士達に容赦なく技を叩き込む。温存は無用。全力全開だ。
「進み続けろ!!」
「怯むな!」
「「うおおお!!」」
クリス達は足を止めることなく進行を続ける。仲間が倒れても、何が起きても──あゆみを停めてしまえば全てが終わるのを理解していたから。
心を鬼にし、目で追う事もせずにただ前だけを見続ける。
──だが、それも長くは続かなかった。
多勢に無勢。ジルドが言っていた事が現実へとなった。
「大丈夫か?チャド、ハインズ」
「ああ。だが、残ったのは数名。
「クリス」
額から血を流したハインズは落ち着いた声音を発する。それが何故だろうか、とてつもない嫌な予感をクリスの胸に叩き込む。
「なんだよ」
「お前は俺達の希望だ」
「だな」
「絶対に領主の元へ辿り着かせてやる。この身に変えても」
「は?何を意味のわからねぇ事を」
「俺とチャド、二人の属性を合わせて道を作る」
「ばか!それは出来ねぇだろ!二つの属性は均一じゃない限り──」
ハインズは頷く。
「分かってる。起こるのは暴発だ。故に二属性使いの真似事を俺達は出来ない」
「だが」
「ああ。
「なあに、無駄死にじゃねぇよ。俺達はお前の心──グプッ……」
口から噴き出す生暖かくネットりとした液体がクリスの顔にかかる。状況が呑み込めず、間の抜けた表情を浮かべるクリスの心音だけが激しく胸部を叩きつけた。
息は詰り、瞳孔は定まらない。
「え……?」
「ならば、これで無駄死にであろう?哀れな男よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます