第7話渦巻くそれは

 ジルド達が教会にて襲撃の準備が終わり、進行を始めた一方その頃──


 領主・カルネアの屋敷がある街・ビビディは、物々しい空気に包まれていた。しかしそこに一切の不穏はない。カルネアは屋敷にある書斎から、双眼鏡で騎士達や街並みを見てそう思っていた。


「──で、首尾はどうだ?」

「順調でございますよ、カルネア卿」

「そうか。我に歯向かう奴は、完膚無きまでに叩き潰さねばならない。いかなる手段を使ってもな」

「ご最もです。ですが、カルネア卿」

「なんだ?」

「アイルやその近辺の村から徴集した男達は今何処に?」

「ふむ。その事か」と、少し伸びた顎髭を撫で付けると振り返り口を開く。


「知りたいのか?」

「……いえ」


 下を向き単調に答える騎士の応えを見て、カルネアは満足気な笑みを浮かべた。


「その方がお前の為──かもしれんな」


 騎士を見つめる瞳には欲望が渦巻き、騎士を包む声には野心が含まれている。

 カルネアには今、事業の他に“趣味”が存在した。それは、彼女・・に似せた化物を作り出す事。これに成功すれば間違いなく莫大な富が手に入る筈だし、辺境の地へ追いやった王も認めてくれるに違いない。


 ──何せ、“王及び学者達”が作り上げた化物の模造を作る事が出来たのだから。


「では、私も隊列に加わる時間なので」


 頭を下げ、一歩退く騎士に頷き答える。


「そうか。まあ安心しろ。今日の奇襲は奇襲にあらず。単なる暴動に過ぎん。取り囲み、的確に始末しろ」

「はっ……!」


 踵を返して部屋を後にする騎士を目で追って、ボソッとカルネアは声を漏らす。


「男共は領地の発展に大変良く貢献してくれてるさ」

「何が発展じゃ。貴様がしておるのは、人体実験にも似たただのお遊び・・・ではないか」


 凛とした声が天井から聞こえ、視線を向けて口を開く。


「その声は……ライオット。いつからそこに?」

「貴様がよく分からん思想をかたる辺りからじゃな」


 ライオットは天井に設置されたハッチを開くなり、四メートルはあるであろう高さから飛び降り軽々と着地した。


「全く気配を感じなかったぞ」

「気配を隠すのは得意じゃからの」


 窓から射す月明かりに、獅子のたてがみにも似たライオットの髪は照らされる。


「いつ見ても、勇ましい姿よ」


 腰から生えた尾に、肘や膝から爪先にかけて伸びる金色の毛。伸びた爪に口の端から覗く鋭い牙に、身すら竦む琥珀色の双眸。人間離れした容姿は正に。


 ──人と呼ぶには程遠く、しかし人に限りなく近い存在。


「ふん。余は自分の体が好かぬ。当然──この体にした貴様ら人間もな」

「なら、殺すか? この我を」


 ライオットを見上げれば、鋭い爪が生えた人差し指は額に触れる。


今は・・は、殺さぬ。が、いずれ殺す」

「そうかそうか。肝に免じておこう」


 一歩引いて──


「だがその前に、体を洗ってきてはどうだ?血生臭くてかなわん」

「よく言うの?貴様の方が十分に血腥いぞ。その分厚い皮膚に染み込んだ血は、そうそう洗い流せないだろうがな」

「──そのお陰でライオット、お前は数多くの人間を殺せているではないか」

「人間?余に偽たしっぱいさ兵器の間違いだろうて」

「ははは。言ってくれるな」


 目は笑わず声だけおどけて見せれば、短い溜息がライオットから漏れる。


「まあよい。で、その内通者は信用できるのか?」

「ああ。何せ、人質がいるからな。従う他あるまいて」

「そうであるか。──その人質が生きておれば良いが」


 ライオットの視線から目を逸らし、今一度外を観る。


「……なに、そいつも死ぬんだ。人質解放したも変わりはあるまい?」

「とことん狂っておるな」

「我にとっては褒め言葉よ」

「貴様のそういう部分……嫌いではないよ」

「有難く受け取っておこう。では……始めようか、包囲殲滅を──って、行動の早い獅子よな」

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