第6話未来へ繋ぐ物語

「リーチェ?」

「あ……ああ!お前はリーチェ、だよな?クリスってのは偽名で」


 ジルドが見間違える筈もなかった。その月明かりに照らされる艶やかな黒髪も、どの宝石よりも美しい琥珀色の瞳も、口元にある小さいホクロも、全てがリーチェそのもの。


 懐かしくて嬉しくて胸が張り裂けそうになる再会。


 だが──


「は?何言ってやがる」


 クリスの返答は余りにも冷酷──残酷ななものだった。


「オレの名前はクリスだ。今も昔も変わらずな」


 村長の事を“じっちゃん”と呼んでいた事を思い出す。落胆とは違う脱力感がジルドを襲う中で、クリスは話を続けた。


「なんなら、ハインズとチャドにきいてみな」


 虚ろな瞳はチャドとハインズを写せば、憂いるよう視線を向けた。


「そうだ。クリスは八歳ぐらいの時からアイルで育っている」と、チャドが教えれば耳が違和感を察知し、ピクリと動く。


「八歳……ぐらい・・・?」

「そうだ。あれは七年くらい前だったか?エレンさんが、慌てふためいて山を降りてきたのは」


 ハインズが言えば、懐かしいなと皆が肩を揺らした。置いていかれた感覚と、露になる真実がジルドを苛む。


「オレにゃあ、幼少の頃の記憶が──詳しく言えば、アイルで育つ前の記憶がねぇんだ」

「当然、クリスってのもじっちゃんがつけてくれた名前だ」

「なら」

「だが、な?記憶がない。それ以上でも以下でもねぇ。オレの人生はアイルから始まってんだ」


 七年前とハインズは言っていた。ならもしかしたら、魔王幹部と戦闘の最中に何らかの原因が生じてリーチェは場所を移動したのかもしれない。

 それで、アイルの村長に拾われた。


 身も蓋もない妄想だ。


 けれど、たった一つだけ確かめる術はある。


「なにジロジロみてやがる!」

「おーお。クリスに見蕩れてやがるな?コイツを女と見るたァ珍しい」

「ば、バカヤロー!オレに見蕩れるはずがねぇだろ!殺す!」

「顔真っ赤にして、何言ってんだか」


 なんだか、からかわれるクリスを見て罪悪感を覚え、思わず謝る。


「す、すまない」

「その謝罪はどっちの意味か……は、聞かないどいてやるよ。で、大将さんよ?この先、どーするんだ?」と、チャドはクリスに問う。


「ゴホン」


 咳払いを一つして──


「変わりはねぇ。深夜に作戦を決行する」

「とうとうこの時が来たな」

「ああ。俺らで村を救うんだ」

「待ってくれ」


 昂る士気を挫く言葉を発したのは、余所者であるジルドだった。


「やめておいた方がいい」

「やめる?今更俺達を止める気か!?」


 後方からの声に頷き。


「相手は騎士たちだ。それに、警護も硬い。間違いなく進めば包囲殲滅は免れねぇだろ。命は軽くねぇ。ハインズの事を考えて見えてくるだろ?」

「はん」


 クリスは鼻で笑い飛ばし、腰にぶら下げた剣を取り出し地を叩く。


「死神に命の話をされるとは、つくづくオレ達は神に愛されてるぜ。確かに偵察に行ったハインズが命の危機に陥ったのは予定外であって予想外だった」

「しかし──」


 クリスは立ち上がる。


「オレたちは今を生きたいが故に叛逆をするんじゃねぇ」

「ああ、その通りだぜクリス」


 便乗したのは他ならぬハインズだった。

 彼はクリスの隣に立つなり、剣を抜いて地を叩く。


「俺達は未来へ繋ぐ礎だ」

「おう!」


 ハインズを前に皆が同意の姿勢を向ける中で、ジルドは問う。


「まて。なら、死ぬのが怖くねぇのか?」

「死ぬのが怖くない。そう聞かれて“怖くない゛と答えたなら嘘になるさ。けどな、オレ等はそれ以上に平穏だった村が──」

「好きなんだ」


 穏やかに笑みを浮かべて言われてはぐうの音もでない。


「俺達には秘策だってある。そうだろ、クリス」

「アイツの言う通り。オレ達にはこれがある」


 胸元から出したのは一枚の紙。


「ハインズが襲われたのは割かし騎士の数が多い場所だ」

「つまり」

「そうさ。文字通り、偵察だよ。変わりがないか、ね?」

「で、どうだった?ハインズ」


 立ったまま毅然とした態度で問えば、短く頷く。


「ああ。なんら変わりなかった。いつもと変わらぬ間抜けっぷりだぜ」


 その言葉を聞いた組織の連中は再び熱を滾らせる。


「これで娘達が大人になる頃には」

「婆さんに明るい未来を」

「歴史を変えてやる」


 あちらこちらから各々の想いを乗せた言葉が飛び交った。


「ジルド、オレ達は何も犬死しに行くんじゃねぇ。第一に、生きて帰還する事を掲げている」

「だが、多勢に無勢じゃねぇか」


 ジルド一人が潜り込むにはなんら苦労はないだろう。しかし、クリスはニヤリと笑みを浮かべた。


 先程魅せた笑みではなく、何かを企む怪しい笑みを。


「その為の、コレだよ」

「紙?」

「ああ。地図だ。騎士達やつらの配置を明確に書き記した──な。これさえあれば、最小の戦闘で本拠地に辿り着ける」


 地図を見ても尚、曇った表情を浮かべていればチャドが言った。


「ジルドよ?お前は、魔獣と手を組む領主が見せる未来に幸せがあると思うか?」

「魔獣と?」

「そうだ。俺達は奴を牙獣・ライオットと呼んでいる」

「牙獣・ライオット。そりゃあ、どんな」

「クリス、そろそろ時間だぜ」


 後方の声に頷き──


「そうだな、ジルベル。皆、剣を抜け!」

「「おう!!」」


 一斉に鞘走らせ奏でるは、強い信念の音色。圧倒的な統率力を見せるは確固たる信頼。


 皆が見つめる先でクリスは大きく息を吸い込んだ。


「剣を掲げよ!!」


 月光を斬る鋭い刃を以て切っ先で天を穿つ。それはさながら、鉱山に連なる水晶石を思わせる。


「オレ達は皆が同志!巨悪に立ち向かい、根源を裁ち斬る勇気を持った者達だ!!」

「さあ、やってやろうぜ?──時代への反逆を」

「「うおおおおお!!」」

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