第5話瓜二つ

「死神って、あの『影の死神』か? 残虐非道の暗部であり……王直属の。噂にゃぁ聞いた事あるが、実在したのか」

「そうだ」

「いやいや。噂が本当なら、なんで俺達は今、生きてる?」


 チャドは痛みに堪える様子をみせながらも、未だに驚いた表情を拭えずにいた。


「つか、それに死神だったとして──こんなガキが。クリスと大した変わらねぇだろ」と話を続けていれば、舌打ちが聞こえた。


「おい。聞き捨てならねぇな。つまり、オレがガキだって?」

「は、ははは」


 わかりやすい苦笑いをするチャドを通り過ぎ、男勝りな態度を見せるクリスは、ジルドの目と鼻の先に堂々と立つ。


「なぜハインズは生きてる? お前の目的はなんだ?」

「それは俺から話そう。命の・・恩人・・である彼の事を」


 腕や頭に血の滲んだ包帯を巻いた茶髪の男は、赤い瞳にクリスを映し語り始めた。


 それは一時間もかからない薄い物語であって。だが、濃厚な出会いの話。


 ──衝動的な始まりであり衝撃的な結末の話。


「んな事があったのか。こりゃあ、オレらが一杯食わされたって訳か」と、今まで相槌だけを選択していたクリスが口を開いたのは、ハインズが仲間に支えられ椅子へ腰を据えた頃だった。


「ああ。あの村──アイルの男女比率は明らかにおかしかった。農業を営む者達が数多いにも関わらずな」


 ジルドにとって人を殺すのは仕事であるが。それでも自分が決めたルールがある。


 ──悪は正義であり正義は悪である。


 それを見定めるのもジルドの役目だと考えているのだ。


「そうか。あの村に行ったのか。……んで、よ?」


 ハインズが仲介に入った事により、信憑性が増したのか声に穏やかさを取り戻し始めた(男勝りな口調は相変わらずだが)。


「なんだ?」


 チャド等が風属性特有の治癒術により、体の回復をしているのを横目に、クリスは短く問い掛けた。


「じっちゃんは元気だったか?」

「じっちゃん?」

「ああ、村長だよ」

「村長、か」


 家で飲み物や茶菓子を振舞ってくれた事を思い出しながら──


「とてもいい人だった。けれど、もう長くはないだろう」


 領主が住まう屋敷がある街から一番近くにあるアイルには、街から風に乗り腐敗臭が時折やってくる。舌に痺れや、嗅覚や味覚機能を低下させたり、身体を蝕み害をなすそれを止めるすべはないと聞いた。


 だが皆は、産まれ育った場所だからと移動を考えてはいない。実に哀れで、けれど目頭を熱くさせる想いの強さを感じさせるものだった。


「そうか。ありがとーな」


 踵を返し、倒れた椅子を元に戻して背もたれ側をジルドへ向け跨ぎ座る。


「に、しても──お前は何で敵対してきた?ハインズと一緒にくれば」

「無理だ。お前達にとって俺は歪の存在。ハインズと共に来て所で疑心は晴れないだろう。それに……」


 ジルド自身も、ハインズの言葉を全て信じていた訳でもないし。共に行動して騙される可能性だってある。それなら鼻っから敵として潜り込んだ方が、色々見えてくる部分もあるのだ。


 故に、ハインズが教会へ出張って来たのは想定外であった。彼自身も『親友』と『親愛』を間違えたのは予想外だったらしいが。


「それに?」

「どの道、組織の機能は停止させるつもりでいたからな」

「なるほどな。お前──一人で行くつもりだったろ」と、言葉を発しながら、クリスは徐に仮面へ手を添えた。


「まあいいや」


 ゆっくりと仮面は剥がれ、裏に潜んだ素顔が露になってゆく。


「オレはクリスだ。改めて、よろしく頼むぜ」


 八重歯を出し、明るい笑みを浮かべるクリスを目の前に、雷に打たれる衝撃がジルドを襲う。


「……ッ!?」


 言葉を失った。


 月下に照らされる彼女があまりにも美しかったからではない。だからといってその逆でもない。


 彼女は。クリス=エインは──


「んだよ。素っ頓狂な顔してよ?飛んだマヌケズラだぜ」

「リーチェ……なのか?」


 ジルドを身を呈して護ってくれた幼なじみに瓜二つだった。

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