第2話最弱と強者
「はあ……はあ……はあ」
──まだやれるだろ、
太陽がまだ顔を出さない早朝に零れた血の滲む蔑み。
鍛錬をしても達成感がなく、ただただ体力を“無駄”に浪費している。筋力も魔力も全てがあの日以来、停滞したまま──向上する兆しが一切ない。それどころか、時折襲う倦怠感が鍛錬したらした分だけ酷くなったりもした。正に【呪い】だろう。
──いつか、救われる日が来るのだろうか。もし“神”と言う存在が居るなら、何故ここまで理不尽な苦しみを辛さをお与えになるのだろう。いや、答えは簡単だ。
──無関心だから。
歯痒さが心臓を締め上げた。苦しくて辛くて、けれど歯を食いしばるしか解決方法のない無意味な痛み。
「グギギギ!?」
嘲笑うかの如く、囁き程度の鳴き声がジルドの鼓膜を掠めた。聞き覚えがある。いや、つい今しがたまで聞いていた──聞き慣れた鳴き声。ジルドは視線を動かし言葉を漏らした。
「そんな面白いか?」
虚ろな瞳で空を映す
「────来い」
丁寧に研がれた薄刃は、木々の隙間に射す陽光を割いて美しい
「「ギッギッギッ」」
今日だけで凡そ百五十体は討伐した筈だ。本来なら団体規模で行う量。だが、ジルドは今までこれを鍛錬の一環として一人で殺ってきた。
死と隣り合わせである事が昂らせ、一閃の精度を上げてくれる。
何時間も何十時間もかけて、奇跡を夢見て希望を捨てず、いつか能力が向上の兆しを見せることを願いながら──
「だから俺は一刀を……
息を細く漏らしながら、小鬼に向けて剣を斜に構えた。
「グギャギャア!!」
一体の小鬼が暗闇に乗じて飛びかかる。憎たらしい顔には、どことなく勝気な嫌らしい笑みを浮かべているように見えた。
それもそのはずだろう。
「何せお前は、目くらまし。そうだろ?」
──コイツらは弱小だが、馬鹿ではない。寧ろ、ここまで蔓延っているのは、それだけの順応性がある。
飛びかかる小鬼の鳩尾を、柄の先端で抉った。骨が軋み折れる感覚を手のひらで感じれば、悶える声がヨダレと共に飛び散った。
「ングギギ」
ジルドの鼓膜がその鳴き声を捉えた頃、既に右手は小鬼の棍棒を掴み──
「オラァっ!!」
勢いよく投げる。
適当にでも力任せにでもない。しっかりと加減し、目標は木影で隙を見計らう
「グギギガ??」と、錆びた剣を構える小鬼騎士は、瀕死の状態で飛んでくる小鬼を切り伏せる算段だろう。
小鬼に比べ肉体的にも大きい(身の丈、百四十はあるだろう)彼等には、決定的な弱点がある。知能、耐久値、技術。
──違う。慢心だ。
ジルドは切っ先を飛ぶ小鬼に目掛けて投げつけた。
「グギャア……グア?」
小鬼を裂き斬った背後から襲うジルドの剣に為す術なく小鬼騎士は脳を穿かれる。
ここまで僅か数秒足らず。無駄のない動作、的確な対処。力がない分、ジルドは工夫と努力で困難を突破してきた。
「チッ……またかよ……」
勝ちを喜ぶ間もなく襲う脱力感に膝を折り、不規則に肩を上下させる。
「はあ……はあ……」
「ふむ。お疲れのようだな」
その声は背後から聞こえた。物音も気配も微塵と感じさせず唐突に。だがジルドは驚く素振り一つ見せず。それどころか呆れ混じりの溜息を吐くぐらいの余裕は見せた。
「余計なお世話だよ。で、何の用だ」
「私が此処に来た時点で理由は分かるだろ?」
「そうだったそうだった」
よたつきながらも、剣を支えに立ち上がり振り返る。
「──で、王はなんて?」
黒いコートにフードで顔を隠した男は、ジルドに一枚の紙を手渡す。
「それに書かれているさ」
「なあ、人と話す時ぐらい顔を見せたらどうだ?」
「私が認めた“人”ならば、顔を見せる事を厭わない」
本当に陰湿な声だ。
「そりゃあ俺が人間じゃないって言いたいのか??」
「…………」
「無属性だからか?」
この世界に住む誰もが、微量だとしても属性を保有している。ただ一人──ジルドを抜かして。つまりそれは、人権にも良く似ている。
「馬鹿にしやがって。そういやあ、お前とは一度も戦った事なかったよな」
「──やめておけ。今のお前じゃ、私には勝てない」
フードの奥から感じる異様な雰囲気。辺り一帯を呑み込む不穏な空気。これがこの男──レイチェルの殺意なのかは分からない。
「それに私とじゃれあってる暇はないだろ? 影の死神。お前には優先すべき事がある筈だ」
言葉を言い残し姿をくらましたレイチェルは、
「世界に二人しかいないとされる者」
手渡された紙を握り締め、歯を食いしばった。悔しいが、彼の言っていた事は間違いではない。
たった少し──ほんの少し内から滲み出た殺意に臆し、認めてしまった。敗北を。
今使える
戦わずにすんだのではない。彼が戦わないように仕向けたのだ。離脱する事により。
──絶対に強くなってやる。
そう再び心に誓ったジルドは、任務に就くべく支度へと向かうのだった。
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