第5話 空白


 口角を上げ挑発的な態度で述べる男に、頭へ血が上る感覚が全身を掛け巡った。

 唇を噛み締め、怒りに震える拳を強く握っては言い返しようの無い事実に強い感情を呑み込む。

 何も間違った事は言われていないのだ、助けられなかったのは自分の弱さであり実力不足だろう。


 「ハハハッ!情けなくて笑えるわー」


 一言も発さず佇む私を見るなり、目の前に立つ男は腹を抱え笑った。


 「おい、あんた等がどれだけ偉い人だろうと人の死をどうこう言うのはおかしいだろ。いい加減にしろ」

 

 必死に怒りを堪えているとふと横から声が聞こえた。


 「あ?何だオマエ、どこの野郎だよ。誰に口聞いてんのか分かってんのか?」


 不意に言い返され頭に来たのか、足音を立て紅雅の方へ近付き目の前へ立つ。


 「知らん、反吐が出るくらいに下衆な言動をする奴がまさか制官せいかんなんてお偉いさんな訳無いしな。どこの小者だ?」

 「……はぁ?何だオマエ?一発ブッ飛ばしてやろうかド糞野郎!」


 一歩も引かない様子で言い返されては、血相を変え肩を震わせながら男は紅雅の襟元を思い切り掴む。


 「篠也しのや、やめなさい。一般人へ手を出すのは制官への侮辱となる」


 今にも殴り掛かりそうな様子に見ていられなくなり止めようと二人へ近付いた瞬間、背後から低い声が響いた。

 声のする方へ振り返ると、背の高い男が重い表情を浮かべ立っていた。


 「……クソッ!」


 声を聞くなり掴んでいた襟元を渋々離し、足元の小石を蹴り上げた。

 そのまま金髪の男は厚顔無恥に家の門へ歩を進めていくと、もう一人の男もその後を着いていく様にその場を立ち去った。


 制官、そんなお偉い方である人達がこんなに乱暴な手を使うのかと不安を募らせる。

 

 (もしも先程の話がこの勾玉の事だとしたら、何故そこまでして探す必要がある……?)


 この勾玉の謎はまだまだ深まるばかりだ。紅雅かれに対しても、多少疑念を抱いている。

 出会ったばかりで疑念を抱くのは当たり前の事かもしれないが、なにより勾玉について詳し過ぎる気がするのだ。


 色々な出来事が重なり、考え込んでいると紅雅が手を軽く肩へ乗せてきた。

 

 「霖、お前もっとあいつ等に言い返すべきだぞ。ああ言うのはこっちがだんまりしてると付け上がるタイプだからな」


 言い返せるのならとっくに言い返しているだろう、全て真実だ。言い返せる立場じゃない自分を恨む。

 一度彼の方へ視線を上げるも後ろ暗い気持ちに苛まれすぐに目を逸らした。


 「いえ……いいんです。彼らの言った事は間違っていないので、助けて頂きありがとうございました」


 軽く頭を下げると、彼の拳が強く握られているのが見えた。

 黙り込んでしまった私に対し、何故言い返さないんだと大層怒っているに違いない。


 「俺がよくな……」


 言葉を言い切らないうちに開ききったままの玄関からこちらの様子を心配した母が出て来た。


 「霖?帰っていたのね」

 「お母さん、ただ今帰りました。何か大変な事があった様で……大丈夫でしたか?」


 そう尋ねると一瞬曇った表情が見えたが、それは直ぐに明るい表情へと変わった。

 

 「大丈夫、心配要らないわ。この辺りで色々起きてて制官さんもきっと用心しているのよ」


 母は誤魔化すのが苦手なのだろう、私に心配を掛けまいとしているのが見て取れる。

 その様子がより一層心を痛ませた。


 「そうですか……何かあれば私にも声を掛けて下さい、両親が困る姿を見るのは心苦しいのです」


 あまり深くは探らず言葉を返した、すると母は隣に立っている紅雅へ視線を向け、どこか嬉しそうな顔で私の肩を軽く小突いた。


 「ちょっと霖、綺麗な子じゃないの。お友達?」

 「えっ、ああ……はい。簡単に言えばそうです」

 「やだもう、もっと早く紹介して頂戴!霖が友達を連れてくるなんて緊張するわ……」


 少々早口気味に述べるとすかさず母は紅雅へ近付き、手を差し出した。


 「本当にお綺麗なお顔立ち……じゃなくて、霖がお世話になります。お名前は何と……?」

 

 彼はその手を優しく包む様に取ると、ふわりと穏やかな笑みを浮かべる。


 「ありがとうございます、俺の名前は紅雅。ところで……霖君もお綺麗な顔をしていると思っていましたが、お母様もとても容姿端麗だ」


 何を考えているんだと問いたくなるくらい、彼は甘言を弄する。

 私と話していた時とはまるで別人だ、別の世界にでも居るのだろうか。甘く溶ける声色で周りには桃色の花が咲き乱れた様な空気が流れた気さえした。

 一方母は案の定顔を真っ赤に染め、意識はここにあらずと言った感じで歓喜に浸っていた。

 そんな事を考えていると、ふと本来の目的を思い出した。思わず忘れてしまう所だったと二人の間を割る様に一つ咳をする。


 「お母さん、あの……彼を、暫くの間泊めても良いでしょうか?事情があって家に帰れないとの事で……」

 「何をそんなに畏まって言うかと思ったら、全然いいに決まってるわよ!二人とも、お入りなさい」


 恐る恐る言葉にすると、意外にもすんなりと了承され拍子抜けしてしまった。

 

 「突然押し掛けてしまったのに、ありがとうございます」

 「良いのよ、気にしないで」


 紅雅が一礼すると、母は玄関の方へ戻り軽く置かれた靴を整えれば手招きをした。

 ここの寺院は数部屋あり、両親が使っている部屋と父の書物庫、私の寝室と翠が使っていた部屋、台所等がある部屋を含め五つ部屋がある。

 紅雅が使うとしたら、翠が使っていた部屋を使う事になるだろう。

 そんな事を考えつつ、母の待つ家の中へと足を踏み入れた。


 「紅雅君、空いてる部屋が一部屋しか無くて……少し物が置いてあるかもしれないんだけど、大丈夫かしら?」


 廊下を進んでいると、少し申し訳なさそうに母が口を開く。

 その後ろを歩く私には背中しか見えなかったが、どことなく寂しそうな感じがした。

 

 「どこでも大丈夫です、俺は木の上でも寝られるし最悪外で寝るので」

 「ふふ、面白い事を言うのね。なら安心したわ、けど外で寝るのは駄目よ?」


 紅雅が茶化す様に返すと、先程の雰囲気とは打って変わり明るい表情を浮かべる母が居た。

 そのまま歩を進めていると、先程言っていた部屋の前で足を止める。

 

 「ここよ、遠慮せず好きに使って良いからね。また夕飯の時に呼びに来るわ、それまではごゆっくり」

 「はい、お気遣いありがとうございますお母様」


 その場から去って行く母を暫く見詰めていると、ふと紅雅が後ろを向いた。


 「紅雅?部屋に入らないのですか?」


 気に入らなかったのか何なのかは分からないが、彼は部屋の戸を開こうとはせず背を向けてしまった。思わずどうしたものかと問い掛ける。


 「……ここ、お前さんが言ってた友人の部屋だろ?」

 「ええ、でも何故それを知っているんです……?」

 「何となく、完全に俺の勘だが。どことなくこの部屋に着いた時、表情が暗く見えた」


 彼の勘はまさに大正解だ、同じ家に住んでいて家族同然だった事など言っていない。

 変に鋭い勘を持っているんだと、どこか感心した。

 だが部屋は一部屋、ここしか空いていないのだ。彼は一体どこで過ごすのかと疑問が浮かぶ。


 「では、貴方はどこに泊まるのですか……?まさか本当に外で?駄目ですからね!」

 

 流石にそんな事はさせられないと、慌てて彼の肩を掴む。すると振り返り、彼は我慢出来ないと言った様子で楽しげな笑みを浮かべていた。


 「ははっ!流石に俺でもここまで来て外で寝るのはキツいかもな、だからお前の部屋でいい」

 「え?私の部屋は結構物が置いてあるので狭いですが……」


 なんせ魔忌憚になる際、なった後も色々と勉学に励んでいた為、書物が多いのだ。

 そんな物が多く置かれる場所に彼を寝かせるのは申し訳無く感じてしまう。


 「別に大丈夫だ、部屋の隅でもいい。それとも何だい?見られてやましい物でも?」


 小首を傾げ、悪戯に口角を上げて揶揄う彼に思わず一つ大きな溜息が出た。


 「……期待していたなら申し訳無いですが貴方の好きそうな物は持ち合わせていません」

 「なんだ、ならいいだろ?」

 「悪いとは言って無いですよ、その代わり部屋への文句は無しで……お願いします」


 相変わらずのマイペースさに巻き込まれて暫く廊下で話し込んでいたが、今度は自分の部屋へと足を向かわせた。

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