第4話 序開
「それで、お前はなんであんなボロっちい社の前に突っ立ってたんだ?おまけにブツブツ何か呟きながら」
家から来た道を彼と共に歩いていると、辺りを軽く見回しながら思い出したかの様に問い掛けてきた。
「……そんな所から見てたんですか」
何故そんな前から社の前に立つ自分を見ていたのかと謎の不審な気持ちを抱きつつ、半ば閉じた目を向けた。
「おい、そんな軽蔑する様な視線を向けないでくれよ。別に男の後ろをつける変質者な訳じゃない、誰だって突っ立って妙な事呟いてる奴が居たら見ちまうだろ」
「はあ、なるほど」
心外とでも言いたげな顔をする彼を見ては視線を下げ、どこか冷めた返事を投げつけてやる。確かに一人でそんな事をしていれば見られても仕方は無い。
「あ、そう言えばもう頭が痛くない……」
ふと、社の前で襲われた頭痛の事を思い出し足を止めた。
何故だろう、あの時の頭痛は確かに家を出る前に起こった
同じだったにも関わらず魔の声は一切聞こえなかった事がどこか引っかかる。
「おい、霖?」
頭を悩ませていると、突然足を止めた私を心配したのか左肩に軽く手を置かれ名を呼ぶ声が聞こえた。
(つい考え事に夢中になり過ぎてしまった)
止まってしまった事に気付かされ、声のする方へ振り向くと頬をつつかれる。
そこにはしてやったと言わんばかりの悪戯な笑みを浮かべる彼が居た。
「貴方それは……子供がやる事でしょう、私にやって楽しいのですか?」
手を軽くはらえば再び歩を進める、背後から急いで着いてくる足音が聞こえてきた。
「そんなに怒るなよ、俺はまだ子供みたいな物だし仲良くなるにはこう言うじゃれ合いも必要だろ?」
己の事を子供だと思っているとは、この人は何を言い出すのかと眉に皺を寄せた。
それでも彼の事は知っておいて損はないだろうと仕方無さそうに聞き返す。
「私よりよっぽど背丈がある様に見えますが……子供なんですか?」
「さっきまで興味無さそうだったお前さんがそこに食い付くとは、意外だった。俺の顔を見てくれよ」
彼が目の前に立ち、少々屈むと視線を合わせた。
「顔……?」
「そう、顔だよ。よく見てくれ」
食い入る様に顔を見ると、先程まではあまり気にしていなかったが彼はとても端正な顔をしている。
陽の様な黄金色の瞳に、深遠な臙脂色の髪。
暫くそれらを見詰めていると、物珍しく見ているのが面白いのか笑みを浮かべる彼と目が合った。
あまりに魅入ってしまったと我に返っては目をそらし、本来の目的を思い出す。美しいのは分かったが他は何の変哲もない。
「何が言いたいんでしょうか……顔だけで年は分かりませんが」
「ん?綺麗な顔してるだろ?それが言いたかっただけだ、誰も顔で年が分かるとは言ってない。お前さんには俺の美しさが伝わらなかったか?」
意気揚々と述べる彼は、煽っているのかと言わんばかりに態とらしく顔に手を当て肩を落とした。
「はあ……なるほど」
話を流そうと短く返事をすると、前方から幼い子供が此方へ手を振り近付いてくるのが見えた。
「霖お兄ちゃーん!」
「
腰辺りへ勢い良く顔を埋める様に抱き着かれる。
手を伸ばし頭を撫でると、顔を上げ屈託のない笑顔を見せた。
「驟はどうしてここに?遊んでいたのですか?」
彼は両親と仲の良い家の子供で、近所に住んでいるためもう少し幼かった頃はよく遊んでいた仲だ。
だが、魔忌憚としての鍛錬に追われ疎遠になってしまっていた。
魔忌憚を志す上で一番過酷とされる数年の鍛錬期を経て、一人前となった今は昔ほど忙しくは無い。
勿論今でも手は抜けないが、こうして自由な時間が出来て人と話を交わせるのはとても嬉しい事だ。
「お母さんと一緒だよ!僕は遊んでたんだけど、霖お兄ちゃんが見えたから走ってきた!これあげる!」
彼は懐から一つ白詰草を取り出し、此方へ差し出す。
よく見るとそれは葉が四枚ついている珍しい物だった、彼の手は土で汚れていて探すのが大変だった事が伺える。
「ありがとう驟、これは大事にとっておきますね」
「うん!」
葉を崩さぬ様丁寧に受け取ると、驟を呼ぶ声が遠くから聞こえた。一人で走っていってしまって心配で母が迎えに来たのだろう。
「ほら驟、お母さんが来ましたよ。転ばない様に気を付けて」
「分かった!話してくれてありがとうお兄ちゃん、またねー!」
大きく手を振りながら母の方へ走り去っていく背中に、こちらも小さく手を振り返しつつ見送った。
「へえ、意外だった。霖は子供に好かれてるんだな」
退屈そうにしていた彼が口を開いた。
「いえ、さっきの子は両親と仲の良い家の子で辺りに住んでいるので顔見知りなんですよ」
「なるほどな」
貰った白詰草を見詰めながら、先程の笑顔を思い出すと思わず口元が緩んだ。
「あ、腹が空いているんですよね?すみません待たせてしまって……早めに帰りましょうか」
話し込んで待たせてしまったと思い、隣に居る彼へ視線を向ける。
「別に大丈夫だ、さほど待ってないしな。行こうか」
「そうですか?なら良いのですが……」
暫く歩いていると、次第に見慣れた寺院が見えてくる。
「ここが私の家です、家と言っても住まわせて頂いている所ですが」
門をくぐり抜け、玄関の前で足を止める。
彼は顔を上げ、寺院を興味深そうに見渡していた。
「かなり良い寺じゃないか?」
「ええ、代々受け継いで守られてきた歴史のある寺院ですから」
言葉を聞き終わらないうちに彼は一歩前へ踏み出し、お構い無くさっそうと玄関の戸へ手を掛け開けようとしていた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!私にも貴方を両親へ紹介する心の準備と言うものが……!」
思いがけない行動に慌てながらも急いで戸を開けようとする手を強く握り締め止めると、やはりどうにも不安を感じる彼を家に招き入れて良いのかと再び考えが巡った。
なんの躊躇も無く他人の家に顔色一つ変えず入ろうとする人だ、誰だって怖くなる。
例えが悪いかもしれないが、泥棒だってもっと緊張して家に入ろうとするだろう。
「そんなに準備する事か?大丈夫だろ、嫁入りする訳でもあるまい。お前の家族の前で何も妙な事はしないぜ」
何をそんなに止めるのか分からないと言った面持ちで仕方なく掛けていた手を離した。
「そういうものなのですか……」
一息つき、いつまでもここで考えている訳にもいかないだろうと一歩前へ出て戸を開けようとした時だった。
「知りません、そんな話は聞いた事も無いです」
微かに母の声が聞こえてきた。
客でも来ているのだろうか、今入るのは失礼だと考え一度手を止め耳を澄ます。
「貴方の所の亡くなった息子さんが何やら似た物を持っていたと、お話を聞いたのですがね」
聞き覚えの無い、低くどこか圧のある男の声が聞こえる。
(一体何の話を……?)
「よく分からない変な噂話でワシの家族を疑うのはやめてくれ、つまらん言いがかりなら帰れ」
暫く静寂が続いた後、普段からは想像の出来ない冷たく突き放す声色で父が言葉を返す。
すると、間を開けず物が倒れた様な大きな音が響いた。
「っ!?」
予想もしない突然の鈍い音に息が詰まる。
「……おい、家の中で一体何が起こっている?」
先程まで隣で腕を組み静かにしていた紅雅がただ事では無い空気を感じたのか、玄関の方へ視線を移し小声で呟いた。
「お宅が正直に言わぬのなら結構です、こちらで調べるまでですから」
(調べる?正直に言わない?両親が何をした…?)
もしかしたら両親が何か誤解されているのかもしれないと良からぬ思考が浮かぶ。
「テメーらの死んだ
脅す様に殺伐とした言葉が吐かれる。
先程の男とはまた違った声、思わず肩を強張らせた。
(亡くなった息子……持っていた物?もしかして勾玉の話か?)
考えていると一つの原因が頭へ浮かぶ、胸元で揺れる勾玉へ視線を落とした。
(でも、なぜこれが……?)
そうしている間に、足音が段々と此方へ近付いてくる事に気付き急いで勾玉を服の中へと隠した。
戸が勢い良く鋭い音を立てて開かれ、厳重な見た目をした背の高い男と同様の衣を身に纏った金色の髪の毛をした二人の男が目の前へ現れる。
(この人達は、もしかして……)
圧倒的な雰囲気に冷や汗が頬を伝う、その男達が身に纏う衣の胸元にはどこか見覚えのある模様が刻まれていた。
「……
制官と言えば、国を守り秩序を保ち悪を罰する者を指す。
だがそんな制官が何故家へ来て妙な疑いを掛けるのか、見当がつかない。
すると金髪の男が苦い表情を浮かべながら此方へ近付いてくる。
「オマエここの家で育った養子の魔忌憚だろ、何も守れねーで毎日ご苦労なこった」
「……」
「弟クン、守れなかったんだってな?かわいそーに」
口角を上げ挑発的な態度で男はそう述べた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます