第3話 怪遇

こちらを見つめる青年は、あまりこの辺りでは見掛けない身なりをしていた。


 「あ、すみません……ありがとうございます」


 掴まれていた腕を離されると、助けて貰った事を申し訳無く思い少し距離を取り頭を下げた。

 

 「良いよ、体調でも悪かったんだろ?」

 「はい、少しだけですが……おかげさまで倒れずに済みました」


 先程まで堅かった彼の顔は軽く、どこか不器用だが柔らかな笑みを浮かべていた。

 恐らく怖い人では無いだろう。

 こちらも笑みを返すと、彼は腕を組み口を開いた。

 

 「お前さん、魔忌憚か?」

 「え、ああ……はい。一応魔忌憚として務めさせて頂いています」


 青年は下から上へ全身を隈なく見る様に視線を動かした、すると徐に懐付近へと手を伸ばす。

 首に掛けていた勾玉に軽く触れ、強張った表情を浮かべる。


 「……これはどこで手に入れた?」

 「これは……亡き友人から贈られた物です、私の宝物でもあります」


 ふと過去の出来事を思い出し、晴れない表情で視線を下げそう答えた。

 直ぐに返って来ない返事を大人しく待っていると暫く沈黙が続き、暗い事を言ってしまっただろうか、初対面の人へ言う事では無かっただろうかと良からぬ思考が頭を巡った。


 「すまない、嫌な事を聞いてしまっただろう」


 考えていた反応とは裏腹に、彼は頭を下げ先程聞いた事を深く詫びていた。


 「いや!そんな、全然大丈夫なので顔を上げてください……!」


 予想していなかった行動に狼狽しながら、謝る必要は無いと頭を横に振った。

 それでも顔を上げない彼に対し、強情な人だなんて考えつつ話題を逸らす事を試みる。


 「えっと……そうだ!先程私に聞いてましたが、貴方も魔忌憚なのですか?」


 あまり人と積極的に話を交わさないため、話せる話題はそう多くは無い。

 必死に頭を回転させ、話をすり替えるとやっと彼は顔を上げてくれた。

 

 「……俺は、魔忌憚では無いが同じ魔を祓う者ではある」


 彼が少々考えた後、どこか覚束ない不確かな言葉で返してきた事に多少変な人だと感じつつも話を繋げなければと間髪入れずこちらも言葉を返す。


 「なるほど、じゃあ私達は同じ目的を持つ仲間と言う事で仲良くしましょう!えっと……」


 仲良くしましょうの前に名を聞くべきだろうと若干の後悔を抱え言葉を詰まらせてしまった。

 こんなにも軽く名を聞いて良いのかと顎に手を添え苦慮する。


 「紅雅こうが

 「えっ?」

 「俺の名前、紅雅。お前の名前は?」


 (まさか向こうから教えてくれるとは、思わなかった……)


 こうして相手から名を教えられる事は初めてで拍子抜けしてしまった。

 新鮮な感覚に、嬉しさで顔が綻んでしまいそうになるのを咳払いでどうにか抑え込む。


 「私は霖、初めて聞く方にはよく女々しい名だなんて言われてしまいますが……とても気に入っている名です」


 自分の名を語るのは少々含羞するも、真面目な面持ちで返す。

 すると彼は右手を前へ出し、口を開いた。


 「良い名前じゃないか、霖。お前の言う通り俺達は同じ目的を持ってる、仲良くしよう」

 「ふふ、ありがとうございます。宜しくお願いしますね」


 出された手を軽く握り、握手を交わすと思いがけず褒められ緩い笑みが溢れた。

 

 (優しい人で良かった、こんな気持ちになったのはいつぶりだろう)


 良い人に出会ったと喜びに浸っていると、ふと先程聞かれた勾玉の話が気になった。


 「あの、この勾玉はどこで手に入れたと言いましたよね?貴方はこれが何か知っているのですか?私も……譲り受けた物なのであまり詳しくは知らないのです」


 勾玉を軽く握り締め、何か知っている事があれば少しでも知りたいと言う気持ちを込め彼へ問い掛ける。

 その言葉を聞くや否や、先程これは何かと聞いた時の様に彼は神妙な面持ちを見せた。

 途端に曇る表情に、やはり悪い物なのではと良からぬ思考を巡らせる。


 「……これは本来、鬼悪魔が持つ物だ。魔が自分の力を最大限に発揮出来る、簡単に言えば魔にとっての命と言っても過言では無いほど勾玉こいつが強い力を引き出す」

 「っ……」


 嫌な予感ほど的中するとはこの事だろう、信じ難い事実に思わず息を呑んだ。

 何故かれがこれを持っていたのか、これがあの日の災厄を引き起こした原因なのだろうかと頭を抱える。


 「その友人はその勾玉をどこで手に入れたと言っていた?」

 「道中で、拾ったと……」


 彼は呆れたと言わんばかりに一つ深い溜め息を付く。


 「そいつは嘘だ。魔界あっちでしか手に入らない物だからな、どこかで鬼悪魔と接触した際に何らかの理由で手に入れたか……」

 「そんな……でも、なら彼は何故これを私に?」


 あんなに優しい翠が魔と何か関係があった何て誰も思わない、信じ難い話を聞き食い気味に疑問をぶつける。

 

 眉を顰め顎に手を置き、彼は深く考える様子を見せた。


 「そこがおかしい、だからその友人はこの勾玉の本来の力を知らずお前に渡したんだろう」


 鬼悪魔あちら側と深く関わっていたと決まった訳では無いとひとまず胸を撫で下ろし安堵する。


 「……なるほど、ところでこれは私が持っていて良い物なのでしょうか?」


 なんて物危なくない訳が無い、この勾玉がもしも災厄を引き起こす原因ならば自分の近くに居る両親が良からぬ事に巻き込まれるかもしれない。

 勾玉を見詰めながらそんな考えを巡らせていると、肩に手を置かれ彼の方へ視線を上げた。


 「いいか、逆に魔忌憚であるお前が持っておかないと駄目だ。魔を祓えない一般人の手に渡ればその勾玉の力はどんな災厄を引き起こすか分からない」


 真面目な声色で彼がそう述べた。


 「……さっき言った用途以外で他の活用方法もある」


 肩に置かれていた手が離れ、今度は腕を組み直し含みのある言葉で途切れる。

 あまり良い方法では無い話だがね、と小さい独り言が聞こえてきた。

 

 「それは一体……?」


 悪い用途で無ければ知っておいて損をする事は無いだろうと聞き返す。


 「悪用厳禁、誰にも話さないと言う条件付きでなら教えるが……良いか?」


 彼は静かにさせる様に私の口の前へ人差し指を出し、少々圧のある面持ちで視線を合わせてくる。

 声には出さず静かに頭を縦に振った。


 条件を呑めば一体どんな秘密があるのか好奇心にすら駆られる。

 

 「こいつを上手く使えば、人間の秘めた力を引き出す事も出来る。お前さん鬼通は使えるか?」

 「はい、そこまで使いこなせている訳では無いですが……使えます」


 人間の秘められた力を引き出す?そんな超人的な力が使える様になれば、確かに魔を目の前にしても怖い事は無い。

 

 「なら充分、俺はこの勾玉の使い方を知っている。お前にその気があるなら教えてやる事も出来るが……」

 「やります!教えて下さい!」


 間を入れず食い入って熱の入った強い返事をした。

 掌を暫く見詰めると強く拳を握る、何より自分が強くなれるなら、人を守れるなら、今の惨状を変えられるかもしれない。

 それに代わる物は無いだろう。


 「だが、タダでは教えられない」


 先程までの彼とは打って変わり、得意げな笑みを浮かべどこか楽しそうな雰囲気を見せる。

 

 「交換条件……と言った所でしょうか、命以外ならば何でも」


 一体どんな条件を出されるのかと固唾を呑み答えを待つ、彼と自分の間に迸る緊張感に肩を強張らせた。

 自分を騙そうとしている詐欺師なのではと、突拍子も無い思考が頭を完全に過る前に彼が口を開く。


 「諸事情で家に帰れなくてね、所謂家出みたいなもんだ。そこでお前さん、俺を家に泊めてくれないか?」

 「えっ」


 思いも寄らない条件に、拍子抜けな声をもらし呆気に取られてしまった。

 力を引き出す方法を教えて貰う代わりと言っては普通過ぎる、こんなのはなんて事の無い普通のお願いだろう。

 何故ここまで軽い交換条件を出されたのか、思わず頭を抱えた。


 「ははっ、そんなに悩まないでくれ。良いだろ?お前は俺の教えで強くなれて俺は寝床を確保出来て万々歳、お互い良い条件だと思わないか?」


 彼は肩を揺らし思い悩む姿を見て笑えば、小首を傾げ大人しく私の答えを待っていた。

 

 「……私は全然良いのですが、両親が良いかは分かりません」

 「ん?両親になんて友人と言えばどうにでもなるだろ、それとも生き別れの兄?ああ、赤い糸で結ばれた前世の恋人とかどう?」

 「貴方は何を言っているんです?」


 真剣に両親へ話す理由を悩んでいると、意地悪な笑みを浮かべ面白半分で揶揄ってくる彼へすかさず真面目な返答を投げつけた。


 「まあ落ち着け霖、言ってみなきゃ分からない。俺は今腹が空いて力が出ないんだ、早く家に案内してくれ」

 「ご飯までしっかり食べる気なんですか……貴方意外と強引ですね」


 腹に手を当て駄々をこねるフリをする彼を横目に、中々に性格の掴みづらい人だと思わず深い溜め息を一つこぼす。


 (鬼悪魔も居なかったのだし、取り敢えず帰路につくしか無いか)


 これから上手くやっていけるのだろうかと一抹の不安を抱え、他愛の無い会話をしながら彼と両親の待つ家へ足を向かわせた。

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