第二百八十八話 可能性の一かけら
ザザザザザザザ……
エレメンタル教会に降り立った瞬間に今まで微動だにしなかったアンデッドも黒く邪気に汚染されて巨大化した魔物たちも一斉に殺到し始める。
それは地面だけじゃなく屋根に待機していた羽根つきのヤツ等も同様で、一瞬にして黒いドームに覆われたような錯覚に陥ってしまう。
しかしまあ、そんな事に驚いているようであるなら怪盗なんて恥ずかしげもなく名乗っていられない。
「派手に行こうか、アタシにとっては里帰りみたいなもんだし……限界突破風魔弾、発射アアアア!!」
ギュワンという突風が吹いたような独特な音と共にリリーさんが狙撃杖を発射。
次の瞬間には発生した竜巻が槍の如く真横に突き進み、目の前を覆い付きしていた黒いドームに一本の道を作り出してしまう。
枯れ木がへし折れるようなベキベキという音が聞こえるが、それはほとんどアンデッドや巨大昆虫の体が粉々にへし折れ粉砕される音である。
やーホント、味方で良かったとは思うよ。
「「ギチギチギチギチ!!」」
「おおっと! 意外と早いね、このカマキリ!!」
しかし相手も相手で痛覚も何もないアンデッドや昆虫の類のせいなのか、悲鳴一つ上げる事なく、今度は強烈な一撃を放ったリリーさんに向かって殺到しそうになる。
最初に到達しそうなのは黒く巨大なカマキリで、警戒音なのか鳴き声なのかよく分からないが耳障りな音を立てつつご自慢の鎌を振り上げて来る。
「まあ、させねぇけど……」
「強力な砲台を仕留めたい気持ちは理解しますが、その道筋は最も困難である事を知るべきでしたね!」
次の瞬間には魔蜘蛛糸で拘束されたカマキリは、カチーナのカトラスによって三つに分裂してしまう。
頭を失っても動くと言われるカマキリも、動いてもどうにもならないくらいにバラバラになってしまえばどうしようも無いだろう。
「「「「「「「「おおおおおおおおおおお」」」」」」」」」
「「「「カチカチカチカチ……」」」」
しかし虫と言うのが恐ろしいのは仲間の死に怯える事が無い事。
既に死んでいるアンデッドも同様に、まるでやられた仲間の弔い合戦とでも言うかのように向かって来る。
さっきのヤツ同様カマキリだけでなく、蜈蚣や蜘蛛のようなヤツ、そして空を飛ぶのは蜂や蟻にも似た悍ましくも凶暴そうなヤツ……どれもこれも恐怖心など持ち合わせない毒のあるヤツ等ばかりだ。
正直恐怖心よりも面倒という感情が先に出てしまう辺り、俺も相当感覚がマヒしているんだろうな~などと呑気に考えて次の一手に移ろうとザックに手を伸ばすが、俺の行動よりも早く対処する闇に潜む鳥たちがいた。
「「「「「「……………」」」」」」
一人は空を舞う虫たちの羽を跳躍して切り裂き、一人は墜落した多くの蟲たちの頭を作業のようにポンポンと跳ね飛ばして止めを刺す。
一人は向かい来るアンデッドたちの手足の腱を正確に断ち切り行動不能にしたかと思えば、別の者が無駄なく炎を放って燃やし尽くす。
攻撃だけでなく連携においても無駄など一切なく、しかも全員が全員無言でこなしているというのが凄まじい。
「調査兵団ミミズク……さすがはあの
「いやいや、まだまだですね。ヤツ等も人の子と言うべきか、いつもは陰働きで技を披露する機会が少ないですから、ここまで大っぴらに戦えるという状況に少なからずテンションが上がっているようで……少々技が荒い場面が見受けられます」
「……あれで、ですか?」
当然のようにいきなり背後から声をかけるホロウ団長に条件反射でダガーを突き付けてしまうのは最早日常。
俺の目には一種の職人が見事な仕事をこなしているようにも見えて、この人たちに任せとけば万事解決するんじゃないのか? とすら思ってしまう。
……まあそこまで甘くないのは分かっていたが。
広場に降り立った瞬間に目の前を包み込んだ黒い壁がミミズクたちの連携によって取り払われたと思った次の瞬間には、先ほど処理したハズの邪気汚染された魔物たちが周囲の黒い霧を吸収して元の体に再生して行きやがる。
対してアンデッドは一度肉体を破壊されると再生はしないらしく、動いていても藻掻いて蠢くのみ。
この辺は邪気によって動いていたモノと、邪気そのモノが動いているという事の違いなのだろうか?
……ゾクリ!?
そんな事を思った次の瞬間、何やら言いようのない嫌な予感が背後から感じられた。
殺気を感じたとか『気配察知』に引っかかったとかそう言う事ではないのだが、動かないと確実に死ぬという本能的な警報を感じたように。
俺はほぼ反射的に鎖鎌『イズナ』の分銅を振り向きざまに投擲していた。
ガキリ……
「……は?」
「ほう……やりますね。こちらからアプローチをする前に攻撃を受けたのはしばらくぶりです。“異界の勇者”にも匹敵する反応ではないですか」
そして“ソレ”は投擲された分銅を自身の持つ短槍の柄で易々と受け止めて、一見無害そうに見える笑顔を浮かべていた。
死の危険を感じたというのに殺気はおろか気配すらロクに感じる事が出来ない。
今目の前で見えているハズなのに、それでも人の気配を感じるのが難しい。
俺の経験の中でそんな感覚に陥らせるどこまでも信用のおけない人物は一人しかおらず、その人物は俺の背後にもいると言う事に、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「え? ええ? 団長が、二人!?」
「…………ヤレヤレ、やはり私に対する足止めは貴方なのですね『聖尚書』殿」
「せい、しょう、しょ!?」
対して団長は驚いた様子も無く『予言書』で語られた未来の自分であるハズの『聖尚書』の名を口にする。
『予言書』で四魔将の参謀役であり、最終的には異界の勇者に倒されたと思いきや、実は裏で暗躍していたアルテミアに殺害された人物の名を。
「言い忘れてはいましたが、先日私が手傷を負わされた時には実はアルテミアのみではなく二人がかりでして、それが今目の前にいる『聖尚書』だったのですよ」
「……確かに、アンタみたいな化物を倒すだなんてどんな規格外の怪物なのかと思ったけど、同じ化け物であるなら納得ですね」
「…………君も大概失礼ですね」
俺の言葉に憮然とするホロウ団長だが、ちらりと見えた調査兵団ミミズクの方々から熱烈な同意の気持ちが伝わってくる。
やはり直属の部下たちも思う事は一緒なのだろうな。
「彼の古代亜人種曰く、先日の邪神がこの世界から去る間際に自ら動く事を決意した自分に平等に貰らしてくれた“未来への滅びの可能性”であるらしいです」
「滅びの可能性……という事はアレって!?」
「ええ、カチーナさん。貴女が自ら最後の友となり決別した『聖騎士カチーナ』と同様の存在らしいです。年配である自分の方に未だこのような可能性が欠片でも残っていたのかと思うと気恥ずかしい事ですが」
以前似たような存在、『予言書』に至る僅かばかりの可能性である『聖騎士』の自分と対峙した事のあるカチーナさんにはピンと来たらしい。
つまり目の前にいるホロウ団長のような人物は『予言書』で俺が見た事のある四魔将の一人『聖尚書ホロウ』という事なのだろう。
「!? ま、まさか他の四魔将も!?」
「……残念ですが、それはありませんね」
俺は嫌な予想と共に周囲を見渡すが、意外な事にその心配を否定したのは目の前の『聖尚書』だった。
その声は紛れもなくホロウ団長と同一の、声色から感情の揺らぎまでうり二つのモノ。
どこまでも静かで、それでいて笑顔を絶やさず……胡散臭い。
「ギラル君、君が改竄した『予言書』の四魔将の内アルテミア氏が膨大な邪気にて具現化出来たのは二人のみ。まあ私ももう一人も『予言書』に至る可能性は1%にも満たないようで、この通り黙っていれば自然消滅してしまう程希薄な存在です」
胡散臭い言い方ではあるがその言葉に嘘は無いようで、ただそこに立っているだけのなのに時々『聖尚書』の姿が陽炎のように薄まって見えて、いつもとは違った意味で存在感が希薄だ。
「あれほど外道の限りを尽くした『聖騎士』は本人の望み通り自らの存在を自らに否定させる事で未来永劫消し去ってしまい、『聖王』は唯一だった存在を守った上で友を得た事で理性を保ちつつ邪気の制御に成功した。うらやましい事に彼らは最早誕生する可能性は一かけらも残っておりません」
サラリとそう言う『聖尚書』にカチーナは表情は変えないがどこかホッとしたような雰囲気を感じる。
『聖尚書』の登場にまだ自分にも『四魔将』に至る未来があり得るのか、不安に思っていたようだ。
だが『聖騎士』と『聖王』が具現化出来なかったというなら、もう一人は当然……。
そこまで考えたところでホロウ団長がいつもの目が笑っていない笑顔のまま、『聖尚書』の自分に短槍を構えて口を開く。
「ギラル君、ここは我ら調査兵団ミミズクと団長である私が請け負うところです。我らで聖堂までの道を開きますので先へ進んで下さい」
「ホロウ団長?」
「情けない話ですが現状私のコンディションでは足止めがせいぜいでしょう。さすが腐っても『聖尚書』などと名乗るだけあって単純な戦闘力は私以上の様ですし……それに」
「それに?」
「若者が先に見切りをつけて新たな未来への道筋を歩んでいるというのに、年配の私の方が見切りを付けれずにいるのは格好がつかないでは無いですか」
そう言い『聖尚書』と対峙するホロウ団長の表情は横からは確認できないのだが、珍しい事に胡散臭くない笑みであったように思えた。
*
少しの躊躇いはあったようだが、それでも調査兵団を始めとするホロウたちへの強さへの信頼は高いようで、走り出したらそのまま振り返ることなく聖堂へと向かう。
そして残された二人のホロウは同じように直立不動に見える自然体のまま短槍を構える。
「少々疑問なのですが、質問してもよろしいでしょうか? 『聖尚書』殿」
「構いませんよ? まあ疑問の内容は察しが付きますが……」
どこまでも胡散臭いやり取りをする、全く同一の胡散臭い者同士。
他人から見ればこんなに君の悪い背筋の寒くなるやり取りも無いのだが、幸いな事にこの二人の会話を目撃する者は誰もいなかった。
「では失礼して……私自身、自らの役割が終わりを迎えたと判断したなら速やかに退場するくらいの分別はあるつもりでしたが、貴方はこのように私たちの前に立ちふさがっております。しかも『予言書』では裏から邪神軍や四魔将を操り最終的には殺害したであろう張本人に具現化されてまで……」
それはホロウにとっては当然の疑問だった。
ギラルからの又聞きではあるものの『予言書』では世界の安定のために四魔将になったはずの自分が、世界を滅ぼすために暗躍し続けて来たアルテミアに今従っている事が辻褄が合わないと。
しかし『聖尚書』は静かに微笑む。
同一人物のホロウにしか分からないような、珍しく楽し気な様子で。
「少々、興味がありましてね」
「興味?」
「ええ、邪神軍も四魔将も、知略は自身のあった私でさえも裏から操縦してみせたあの古代亜異人種の生き残り、憎悪の権化であるあの者があれほど切望していた世界の破滅への感情が具現化された時には不思議な事にほぼ感じ取れませんでした。ただただ単一の、矮小であると断じていたハズのただ一人の人間を消す事のみ注目しているように」
「…………ほう」
「君らからすれば『予言書』の世界では異界の勇者であっても邪神であっても、あの者から取り去る事が出来なかったハズの復讐に対する燃え盛る執着心をを奪い去った。そして自分のような世界の安定を気取った『聖尚書』の存在すら消し去るほどに、調査兵団ホロウの感情を動かしたギラルという人物に興味があった……それだけですね」
「……なるほど、確かにそれは気になるでしょうね。それで、ご納得いただけましたか?」
「ええ、存分に……」
『
そして互いに手にした短槍も表情も、雰囲気すらもすべて同一の二人の立ち合いは音も無く静かに、しかし激しく開始したのだった。
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