第二百八十七話 舞い降りる梟

 振り返った瞬間に悪ガキどもの悲鳴が聞こえた事で若干溜飲が下がる。

 せいぜいこわーい大人たちを心配させた事への落とし前はつけて貰わんとな。


「本当に大丈夫でしょうか? 幾らマルス君がいると言っても……」

「こうなった以上任せるしかねぇよ。お目付け役をドラスケとシエルさんに頼んだんだから最悪の間違いは無い。それにガキ共のいう事を真に受けんのも癪だが邪気を垂れ流している元凶をどうにかしねぇと解決しないのも事実だからな……」


ドオオオオオオオオオオン!

ボゴオオオオオオオオオ!!

ズシイイイイイイイイイイン……

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

『ヤバいぞ! 俺この前“次悪さしたら承知しない”って婆ちゃんに言われてたのに……』

『僕だってそうだよ! マズイよ、早く戻らないと避難所から抜け出したのがバレる!!』

『み、みんな急ごう! 早くしないとアンジェラに泣きながらお尻かれるんだよ!!』


 走り出した瞬間から間の抜けたガキ共の私語と巨大な質量同士がぶつかり合う轟音が振動と共に背後から聞こえて来るけど、もうこうなっては信じて任すしかない。

 カチーナの心配は最もだけど、俺はあえて振り返る事をせずに最終目的地に向かう。

 すなわち千年も前に停滞して大地を汚染していた邪気を吸収する装置として人間に勝手に組み込まれ、精霊神として祭り上げられた古代亜人種の眠る場所。

 千年ため込んだ負の遺産を妹から受け取った姉が、本来は世界を滅ぼす邪神を生み出すために使う予定だったのに、今は名も無きコソ泥一匹を殺すためだけに無駄遣いしている場所。

 そして『予言書』で最後の決戦の場、異界の勇者が聖王と相打ちになり、最後の聖女により遺体を元の世界に還された終わりの地にして『改編』の始まりの地。

 エレメンタル教会大聖堂、精霊神像の間…………やはり千年に及ぶ因縁の決着はその場所で付けなければならないらしい。

 千年分の憎悪を振りまく、世界を滅ぼしたかった古代亜人種と、たった一人の男の運命を変えたかった、一度は誕生させられた邪神と最後の聖女の重すぎる愛ゆえに偶々都合が良かったから選ばれてしまった雑魚敵の決着を。

 そして俺たちは早々にエレメンタル教会を見下ろせる場所に位置する鐘楼の上にたどり着いていた。

 意図したつもりも無かったのだが、化粧怪獣の誘導の為に走ったルートが教会の方角にワリとリンクしていて、それは以前王城から教会に“空輸”したルートともかぶっていた。


「何と言うかこの場所も正面から入る機会の方が少ない気がするのは俺だけかな? 敬虔な信者の方々に聞かれたら殺されるかもしれないけど……」

「ああ、心配ないよ。何しろこの教会で上の方に入るハズの大聖女が一番門も通らずに出入りしてるんだから」


 元々はその大聖女ジャンダルムを始めとする聖職者たちの職場であり、本来は敬虔な精霊神教信者たちが祈りを捧げ、怪我や病気の治療に訪れ、人によっては己の肉体や魔力を鍛え上げる修業場として利用される場である。

 教会と言うからには荘厳なイメージであるべきなのだが、この教会に関しては一部の脳筋共のせいでどちらかと言えば“活気あふれる”場所なのだ……いつもなら。

 俺は教会敷地内の異変を目にしつつ、一応『気配察知』を展開して探りを入れてみるが。


「リリーさん、魔力の方はどんな感じ? 俺の方は視認した以上の事は分かんないが?」

「こっちも魔力感知で探る必要はあんま無いね。上も下も見たまんまビッシリよ」

「歓迎会の準備万端ってか? それにしても詰め込み過ぎだと思うがな……」


 索敵方法が別々の俺たちが同じ結論にしか至らない。

 つまり見た目通りに上は羽根つきの蟲っぽい魔物が並んでいて、下はアンデッドやら黒い巨大な魔物がビッシリと詰めていて……最早エレメンタル教会が黒く染まっているかのようである。

 そして最も不気味なのは、そんなに勢ぞろいしている魔物どもが一切の音を立てずに、今は石像の如く理路整然と突っ立っている。

 まるで“侵入者がいたら一斉に襲い掛かりますよ”と明言するように……。

 しかしカチーナは何か納得いかないのか、首を傾げて見せた。


「妙ですね? 何ゆえにギラルを待ち構えているハズのエレメンタル教会にあのように邪気汚染の魔物を配置する必要があるのでしょう? ギラルの話では彼のアルテミアは一騎打ちを望んでいるのではなかったのでしょうか? このように侵入者を徹底的に警戒する布陣はむしろ逆効果な気も……」

「そう言われてみれば……」


 大量の邪気で王都を壊滅に追い込んで俺を誘導して、魔物どもには俺を襲わないように誘導していたハズなのにここに来て待ち構えているのは確かに矛盾しているような?

 しかし俺のそんな思考は唐突に背後から聞こえた声に寸断される。


「いえカチーナさんの疑問は最もですが矛盾は無いですよ、何故なら」

「!?」


 今まで無かったはずの気配がいきなり現れる、俺はそんな状況に冷や汗を掻くよりも先に、鎖鎌を手に反射的に攻撃に転じていた。

 そんな無音で投げ放たれた分銅を顔面に直撃する寸前、掌で受け止めた司書姿の男は、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべる。

 こんな状況だと言うのに、本当に呆れるほどいつも通りの信用ならない笑顔のまま。


「おお! とうとう先制攻撃を許してしまいましたよ。いやいや、負傷中の身とはいえ若者の急成長は目を見張るモノがありますね」

「こんな時までそう言う登場は勘弁してくれよ団長さん……」


 調査兵団団長ホロウ……反応が出来たとは言え、アッサリと驚愕の表情も浮かべる事なく素手で分銅を受け止めた後では褒められても全く嬉しくないな。


「んで? アンタがココに入るって事は、俺達が来るのを待っていてくれたと考えて良いんでしょうかね?」

「概ねはその通りなのですが、さっきのカチーナさんの疑問の答えにもなるようでして……我々はギラル君の露払いとして待機しており、向こうは向こうでその事を見こうして布陣を敷かれているのが正しいようです。やはりここまで邪気が充満している王都内では情報統制しても向こうに筒抜けなのでしょう」


 そう言いつつ団長さんがスッと右手を上げると、いつの間に集合していたのか鐘楼の周りの屋根の上に数十人の老若男女問わない連中がいつの間にか姿を現していた。

 その恰好は全員がバラバラ、一般市民だったり食堂の給仕だったり花売りの少女だったり兵士だったり……。

 しかし格好はバラバラでも全員に表情がないという統一性だけは見て取れた。

 中には見た事のあるギルド職員や聖職者、図書館の受付をしていたオッサンすらいる。

 つまりコイツ等がホロウ団長直属の調査兵団『ミミズク』の構成員。


「そうそうたる顔ぶれっスね~。こんな風にアンタらは日常に溶け込み普段から王国内の調査を担っていたってワケか……」

「彼らにこのように表立って戦ってもらうのはイレギュラー中のイラギュラー、本来このような事態に陥る前に情報を入手、精査して事が起こる前に潰すのが本道なのですが」


 つまり彼らは本来はアルテミア本人を打つために集められたのだろうが、ここに至ってアルテミア自身にたどり着ける可能性があるのがギラルと言う個人である事を知ってしまい、俺が来るのを待っていたという事らしい。


「あの布陣と集団は君が改変し仲間にした者たち専用の、この場では私たち用の敵とみて間違いないでしょう。ここまで『予言書』を改変して来た君を正攻法で迎えるつもりはあちらも無いようですね」

「え?」

「アルテミア自身、君が改変して正して来た『予言書』の結果、君が改変後の『共犯者』を引き連れて来る事を重々理解しているという事ですよ。イレギュラーな異物は更なるイレギュラーを呼ぶと……。おそらくですが先に進めばカチーナさん用の、そしてリリーさん用の露払いを待機させている事でしょう」


 ホロウ団長の不吉過ぎる言葉に、カチーナさんは表情を引き締めリリーさんは狙撃杖をガシャリと鳴らして不敵な笑みを浮かべる。


「あら……それは光栄ね。アタシをそこまで特別扱いしてくれるだなんて」

「どうせなら数ではなく質での戦いを望みたいですね……剣士としては」


 本質的には脳筋思考な二人だから自分たち専用に用意された敵がいるとなると燃える質のようだが……正直言って俺個人としてはあまりうれしくないな。


「……予想してはいたけど、やっぱり先方のご希望はワーストデッドではなく俺個人って事なのな…………だりい」


 戦闘力で考えればワーストデッドは3人で戦うからこそ連携が出来るのであって、俺個人の力量は3人の中では一番低いのだからな。

 たった一人であの『撲殺の餓狼』の同期で婆さんやホロウ団長に瀕死の重傷を与えたヤツに挑めって言うのは無茶が過ぎるんだが……。

 しかし俺が露骨にイヤ~な顔をしていると、カチーナが横から笑いかけて来た。


「心配は無いだろうギラル。君は盗賊だろ? 戦う事が最終目的ではない、盗賊の本懐はいつだって決まっているではないか」

「……カチーナ?」

「正面から戦うなど君らしくも無い発想はいらんよ。君なら私らには思いも付かない何かを盗んでくれるのではないかと信じているのだ。我らがリーダー」


 根拠も何もなく、ただただ俺なら何かしでかすだろうと信じきって浮かべる無邪気な笑顔……俺は結局彼女のこの笑顔に弱いのだ。

 無意識にかつどこまでも俺と言う存在を信じてしまう激重な信頼…………今更ながら俺はとんでもないモンを盗んでいた事を自覚してしまう。


「ほんと……俺の中じゃアンタほどの悪女はいないと感心するよ。グールデッド」

「いつも言っているでしょう? 盗んだ責任は取ってもらいます、我が命運は貴方と共に……ハーフデッド」


 盗んだつもりがいつの間にか盗まれていた……そんなカチーナの笑顔を背に、俺は鐘楼からエレメンタル教会を見下ろして叫ぶ。

 俺と言うたった一人の招待客を呼ぶためにここまで大掛かりな会場を用意してくれた主催者に向けて……。


「元オリジン大神殿闇の大聖女にして古代亜人種エルフの生き残りアルテミア! 熱烈な招待状に従い来てやったぞ!! ここからは無礼講って事で良いのだろう? 怪盗ワーストデッドも調査兵団も元々隠密行動が主流だから何時もと勝手が違うが、盛大にやらせてもらうぞ!!」


 俺の叫びに呼応して、屋根の羽根つきも地上のアンデッドも全てが揃って顔を上げてこっちを見上げる。

 そんな揃った行動は不気味でもありどこか滑稽でもあるが、そんな事はもう関係ない。

 こっそりと侵入が無理なら、遠慮なく正面から行かせてもらうだけだ。

 最早勢いだけで鐘楼から教会へと跳躍する俺たち三人に続くように、『ミミズク』の連中もその名の通り上空へと飛び上がった。

 案外彼らもノリは良い方なのかもしれない……。




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