第二百八十六話 三人揃って、サンバ…………
止まったら崩壊する足場、黒い邪気の怪獣に飲み込まれていく瓦礫、決死の鬼ごっこはそれだけでもデンジャラスだというのに、当たり前のように追いかけて来る怪獣は逃げる俺たちに触手を振り回して攻撃もしてくる。
無数の触手と言っても太さは大木程はあるから、叩きつければ石造りの建物であっての一撃で破壊されるし、槍の様に突き出されれば紙のように2、3軒の建物が貫かれる。
更に悍ましい事に、その巨大な触手が黒いミミズのような質感なのだがよく見ると要所要所に人の顔が浮かんでいて、目があった瞬間に噛み付こうと顔を伸ばしてくる。
触手から触手が生えて来る……最早意味不明の気持ちの悪さ。
俺は速攻で鎖鎌を振り回して顔つきの触手を切り落とし、そのまま走り出すが背後から『アアアアア……』と地に落ちた顔が呻いているのが聞こえて来て辟易してしまう。
「……あれも元帥閣下が言ってた吸収された人間の一人なのかな?」
「あんまり考えない方が良いよ。哀れに思うなら一刻も早く……」
背後に向けて狙撃杖を放ち、迫りくる触手を迎撃するリリーさんも不快感を隠す事なく“一刻も早く始末しよう”と示唆する。
俺もそれには全面的に賛成なのだが、重大かつ唯一の問題点があるんだよな~。
「避難民たちを逃がすために囮になるのは良いとして、こんな超厚化粧をどうやって倒せば良いのやら……」
「ライシネルで使った手は使えないのでしょうか? ハーフ・デッド」
並走しつつカトラスで襲い来る触手を全て断ち切りながらカチーナがそんな事を言うが、俺はチラリと懐の『勇者の剣』を確認して、首を横に振る。
「無理だな、アレは狭い範囲で邪気の少ない場所で散らした邪気をドラスケが吸収してくれたから出来た裏技。本物の勇者ならどうかは知らんが、俺のショボいペーパーナイフじゃこの厚化粧を落とし切るのは不可能だぜ」
ハッキリ言って一部分の邪気を散らせても現在の王都は視認できるくらいに邪気が立ち込めていやがるから、あまり意味をなさない。
邪気を操る邪人や死霊であるなら『魔核』を潰すのがセオリーであるが……。
「ポイズン! 『魔力感知』であの厚化粧の魔核がどこにあるか見る事は出来るか?」
もし分かるの出ればワンチャンそこを狙う事が出来れば……そんな事を思ったのだが、ポイズンデッド、リリーさんは言われるのを予想していたらしく、ため息を吐いた。
「真っ先に見て、知ってるよ~。しかも魔核の場所は全く動いてないから、狙う事自体は簡単だよ~。当てられるモノならね……」
「…………あ~なるほど、そこなのね」
「そ~、現状のアタシ等じゃどうしようもない“ソコ”にあるのは見えるよ」
リリーさんの諦めた口調で俺は化粧怪獣の魔核がどこにあるのかを察した。
場所を特定しても彼女がその弱点を狙う事もせず、提案もしないのだから。
「化粧怪獣の中心、物理的に重ねまくった化粧の向こうか……そりゃどうしようもねぇ」
「質量の壁……いや厚化粧は軽く見積もっても300メートルはある。貫くような物理的攻撃はちょっと思いつかないよ」
ごもっとも、俺も全く思いつかない。
攻撃力オンリーで言えば真っ先に思いつくのは脳筋代表、大聖女ジャンダルムか格闘僧ロンメルのオッサンではあるが、この厚化粧は単なる質量だけじゃなく“邪気により回復する”質量なのだから一撃で魔核まで到達できる物理的な、それこそ同等の質量が無くては不可能だろう。
襲い来る触手をパルクールの動きでかわしつつ、結局思いつくのは当初の予定通りに避難民たちに被害が及ばない距離まで逃げて怪獣を撒く、その上で王都を覆う邪気の元凶を潰しに向かう事だけだった。
「力量だけで言えば元凶のアルテミアの方が強いだろうが、相性の問題でこればっかりはどうしようも無いから……な!」
俺は屋根が途切れこれ以上足場が無くなった更に先の建物に向かってロケットフックを発射し、心得たように3人が俺の手足にしがみ付いたのを確認してから跳躍……そしてそのまま無造作に空中に投げ出された全員が難なく着地をして更に走り出す。
そんな見事なアクロバットを披露しているというのに、化粧怪獣は見とれるどころか忌々し気な表情を崩す事無く全身を続ける。
『ガアアアアアアアアアア!!』
巨体が動くたびに、触手を振り回すたびに土煙が立ち上り建造物が瓦礫となっていく。
地上では邪気によって生み出された魔物やアンデッドも闊歩していて、化粧怪獣にとっては同類、味方にもなる連中なのだろうに踏みつぶしてもお構いなし。
王妃だった時も高飛車に相手を見下し、恐怖はしても忠誠示す者などいなかったであろう怪物は結局どんな姿になっても自己本位で孤独という事らしい。
哀れと言えば哀れ……だが。
「結局は良い年こいた大人がテメェで選んだ道。そんな面になっても尚、厚化粧を止められねぇヤツが弱い者いじめをしていた末路ってだけだからな!」
「そうですね……結局のところ邪気を受け入れ邪人になるのは自らの意思。そのように邪悪な姿になってもやる事が八つ当たりとは嘆かわしい!」
「ほらほら追って来なよ厚化粧! 八つ当たりする暇があるなら本命を見失うんじゃないよ~、恨み骨髄のワーストデッドはここにいるぞ~!!」
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
やはりこんなナリになっても、実際にボール扱いで空を運搬した俺たちの事はしっかり認識できているのか、俺達の煽りに巨大な顔面は鬼の形相と化して更に怒号を上げる。
だがメチャクチャに振り回される触手は本人の感情とは裏腹に俺達をとらえる事は出来ずに空を切り、空ぶった触手は町を破壊するのみである。
このままかわし続け、結界のある避難所から遠ざける事が出来れば……そこまで考えた時だった。
「そこまでだ化粧お化け! これ以上町を壊すのは僕たちが許さないぞ!!」
「「「「………え?」」」」
その声は余りにも唐突に、そして場違いなほど暗闇に包まれた街に響き渡った。
声が聞こえたのは俺たちが逃走する進路上にある鐘楼の上……そこに佇む3人の少年、その内の一人が堂々と巨大な怪獣を前に指を突き付けていた。
三人とも黒いマントに黒いマスクで顔を隠して……しかし確実にどこかで見た事のある少年たちが、まるで悪い大人の真似をするかのように。
「デッド、ホーク!!」
「デッド、ジョーズ!!」
「デッド、チーター!!」
「「「三人揃ってワーストデッドチルドレン、サンバ……ガラス!!」」」
よく分からないが色々と危険な名乗りを上げつつポーズを決める3人の少年…………って言うかどこからどう見てもそれは『予言書』では聖王を名乗り勇者と刺し違えるハズだったヴァリスが、王族から離れるために名を変えたマルス君と、その友人の二人であった。
「ここは僕らに任せて! リーダーたちは町の暗闇の原因を倒しに行って下さい!!」
「あ、あの子たち……!?」
「えっと……シエルさんはあの少年たちをご存じで?」
思わず本名で聞いてしまったが、彼女は気にする様子も無く頭を抱えて頷いた。
「はい……ファークス家に避難していた大聖女様管轄の孤児院のヤンチャ坊主たちです。こんな状況でもいつもワースト・デッドゴッコをして走り回っていましたが……まさか避難しないでこんな場所に!!」
そう言うシエルさんは怒りも交えてはいるものの、本当に心配しているのがアリアリで……何と言うか物凄くいたたまれない気分になってしまう。
すみません、本当にすみません。
良い子が真似してはいけない悪い
そう思って俺も瞬時に連中をどうにかして安全圏に避難させようかと考えたのだが……不意にマルス君……デッド・ホークが手にしている(捕まえている?)ヤツがジタバタしているのを確認して…………やな予感がした。
得意げに掲げる“ソレ”はやたらとゴッツく肥大化した様子で、言うなればサイズの合っていない鎧を幾重にも着せた挙句、扱う事も出来ない武装をこれでもかとゴテゴテくっつけたかのような歪さの塊でしかない。
しかし中心には何時もと変わらぬサイズの……骨のあるあん畜生の顔があるのだ。
俺には分かる……くらい穴しかないハズの眼下から見えない涙が流れているのが……。
「…………ついさっきまで一緒に飛んでたから、てっきりその辺にいると思ってたのに」
嘆く骨、以前城で捕まった時のようにメタモルフォーゼを強要されたらしいドラスケの嘆きとは裏腹に、悪ガキ特有の笑顔を浮かべたマルス君たちは全員でドラスケを頭上に掲げる。
「行くよボーンドラゴンナイトⅤ! 僕らに力を貸して!! …………え~っと、なんだっけ?」
「何だよ一番いいところでセリフ忘れんなよな!」
「ほら、ファイナル……」
「ああ、そうかそうか、よし……」
「「「ファイナルフォームアップ!!」」」
『ゴ、ゴアアアアアアアアアアア!?』
そしてヒソヒソと相談した後に三人揃って何やら不穏なセリフを叫んだと思った瞬間、掲げられたドラスケから大量の邪気があふれ出す。
しかしその邪気は王都を覆いつくす黒い霧のような形状ではなくドラスケ自身が陥っている状況のように、自然界で言えば黒鎧河馬の外殻のように硬質な物質へと変化して行き、以前見た事のある黒い竜を模した巨大な人型が姿を現す。
だが以前とは違う個所もあり、前の時よりは外殻や鎧が厳つさを増していて言うなれば前回よりも禍々しく、そして黒でありながらも派手な外見にも見えた。
そして目に見えてワクワクしている3人の少年たちは、揃ってその巨大な黒い巨人のに開いた胸部へと乗り込む。
『『『巨大変形! ファイナル・ボーンドラゴンフルアーマーバージョン、見! 参!!』』』
そして最終的に決めポーズを取る黒い巨人を、俺達どころか巨大な怪獣と化した王妃ですら呆気に取られてみていたのだった。
「な……あれはまさかお城で戦った黒い巨人? まさかその正体はマルス君?」
そう言えばシエルさんだけはマルス君の正体を知らされていなかったんだっけな。
俺たち以上にショックを受けたシエルさんは誰よりも驚愕の表情を浮かべていた。
しかしそんな俺達を正気に返したのも、またそのガキどもであった。
『さあリーダー、ハーフデッド! ここは僕らサンバ・ガラスに任せて! 本当に本当の悪い奴は他の場所にいるんでしょ? 周りに沢山いる黒いモヤモヤたちが教えてくれているんだ』
「……う」
黒いモヤモヤ……要するに邪気の事なのだが、マルス君は本来『予言書』では四魔将の中で唯一邪気を自在に操る死霊使い《ネクロマンサー》なのだから、普段から邪気の扱いには長けていて負の感情を読み取る事は容易いのだろう。
事情を知らずともこの化粧怪獣の裏にアルテミアというラスボスが控えている事を理解しているようだった。
「しかし……だからと言ってガキどもを巻き込むのは…………」
この躊躇いは俺だけではないようで、カチーナもリリーさんもこの瞬間だけは迷い歩みを止めていた。
だが、そんな俺達に意外なヤツの声が聞こえた。
『いや、ここは我らに任せろハーフ・デッドよ! コヤツの邪気の扱いならむしろ化粧怪獣に打ってつけである。不本意ではあるが今回に限り我がガキ共のお守り役を買ってやろうではないか!!』
ガキ共の事は任せろ……そうドラスケが言った事で俺は考えを切り替えた。
仲間を信じる、その発想でガキでもなんでも使える人材は使うという現実思考に。
質量に対する質量、そして邪気に真正面から対抗できるのはやはり邪気のみ。
戦いに子供を巻き込むのは大人として愚策なのは百も承知だが、この場面に至っては他の方法は思いつかない。
「ちいい、仕方がねぇガキ共! 今日限り、お前らをワーストデッドだと認めてやる!! ただし絶対に無茶するなよ!!」
『『『ヨッシャー!!』』』
「ギラルさん!?」
俺の言葉に信じられないという目をこっちに向けるシエルさんは大人として当然の、真っ当な考え方で、間違っているのは俺の方なのは確実だ。
かと言ってこの状況で他に代案も思いつかないのも事実。
「悪いペネトレイト、万が一を考えてアンタはここに残って貰えますか? 最悪の最悪、連中を抱えて逃げる事も想定して……」
「…………!?」
「無茶した悪ガキがこんな状況で言う事聞いてくれるとも思えねぇ……。ドラスケと一緒に子供の尻ぬぐいを頼むようで心苦しいとこだがよ」
「……はぁ~、仕方がありませんね。私もかつては大人を振り回した悪ガキの一人でしたから、これも因果応報と言うモノ」
俺が悲痛な想いでそう言うと、シエルさんは険しい表情を諦めへと変化させると深いため息を吐いた。
『やったね! 一時的でもワーストデッドに正式加盟だよ僕ら!!』
『すげえぜ! 俺達だけゴッコじゃない、本物だぜ本物!』
『みんなに自慢できるね! 僕ら明日から人気者じゃん!』
大人の責任を押し付ける形になった事を申し訳なく思う俺とは裏腹に、何やら一時的にワーストデッドに加入した事を喜ぶ能天気なガキ共の声にイラっとする。
「言っとくがガキ共!! これが終わったら今世紀最大の説教が待っていると思えよ!! アンジェラさんは勿論、格闘僧ロンメルのオッサンに光の聖女エリシエル、そして烈火のごとく燃え上がる大聖女のフルコースだからな!!」
『『『ギャアアアアアアアアアアアア!!』』』
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