第二百八十五話 骨が悲鳴を上げる日
ガン! ガガガガガガガ…………
「うわぁ!? とととととおおおお!?」
超高速で高く長い軌跡を描いて飛ばされた俺達だったが、着地する方法も移動手段と同じで各々に差が出てしまう。
稲妻の如き直線の動きでどんな位置でも足場にしてしまうカチーナは、着地と同時に跳ねるボールの様に屋根や壁で反射を繰り返して勢いを殺して着地。
徹底した体重移動により羽のような跳躍をするリリーさんは、着地する前から親友に危機に援護射撃を行える程の余裕すら見せ、美しくフワリと着地する。
対して体さばきのみで着地時の勢いを殺すしかない俺は、勢いそのままに屋根の上を転がる羽目になり……危うく屋根から落ちるところだった。
仕方がないと言えば仕方がないのだが……何だろうか、この不公平感は。
「痛つつ、ったくあの脳筋ハゲは……前回よりも更に距離があるし、しかも3人分の重量があるにもかかわらず余裕で吹っ飛ばしやがって」
「そのロンメル殿の本気の拳に合わせられる君の技量も相当なものですが」
「乗れなきゃ死んじまうからな……」
お褒めの言葉をくれるカチーナであるが、この状況ではあまり嬉しくねぇ。
ファークス家に迫る化粧怪獣に追い付くために手段を選んではいられなかったが、正直二度とやるつもりの無かった飛行方法をやる羽目になるとは……。
複合必殺人間大砲『
今回は飛ばされる俺に繋がれたロープを二人が掴んで一緒に飛ばされて来たのだが……。
「……初めて体験したけど、なるべくなら次は遠慮させてもらいたいね」
「確かこの必殺技をあのオッサンに俺なら出来るとか推薦してたのはアンタだった気がするんですがね……リリー殿?」
「アタシは過去は振り返らない女なのよ」
シレっとそんな事を宣う、一番華麗な着地を決めたリリーさんだが、この移動手段の危険性は身をもって理解したという事か?
ど~もあのオッサン、この技をやる瞬間嬉しそうな顔をしていたのが物凄く嫌な感じがするのだが……。
俺はもう二度とこの技を使う事の無い事を祈りつつ、現在何時もの聖女の法衣ではなく黒い修道服に身を包んだシエルさんに駆け寄った。
この服を着ているという事は……。
「無事か、ペネトレイト!」
俺が
「お陰様で。それにしても何時かは助けに来てくれると思ってましたが、まさか空を飛んでくるとは思いませんでしたよ。怪盗たる者、やはり意表を付けなくてはいけないのですね、勉強になります!」
「いや……別に狙ったワケじゃねぇんだけど」
フンフンとちょっと高揚気味なシエルさん……そう言えば前回も彼女は怪盗の仲間になった事をやたらと喜んでいたっけな。
兄貴とのアレこれでそれどころでは無くなっていたけど。
状況から見るに、どうやら彼女は俺たちが担うつもりですっ飛んできた囮の役割を率先して買って出てくれていたようだ。
「無茶するなよ……新婚さん。囮は俺たちがやる予定だったのに」
「すみません、結界の方があの質量には耐え切れそうになかったので、このような手段に出るしか……」
「他の避難民たちは?」
「私の結界を囮に、ファークス家の方々の指示で既に脱出しております。護衛にはあの人と聖騎士団の方々が付いていますから間違いは無いかと」
あの人と言うのが兄貴の事であると察すると、こんな状況だというのに少しだけホッとしてしまう。
新婚早々に独り身に逆戻りなど、他人事でも見るのは御免被る。
「さて……それじゃあ、お望み通りの鬼ごっこの再開と行きましょうか? そんな姿になり果てても厚化粧を止められないとは……余程ご自身に自信が無いようで、王妃様?」
そして俺がワザと厭味ったらしい口調でそう言った途端、巨大な顔面は悍ましくい練らせていた無数の触手の動きをピタリと止め、巨大すぎる二つの眼球をこっちにギロリと向けて来た。
……さすがにこのサイズだと迫力が半端じゃない。
しかしビビり散らかすワケにも行かん。
明らかに今この化け物は俺の声に反応したのだから今度は視覚に訴えるように、俺達は本日2度目の早着替えをあえて目の前でして見せる。
「どうしましたかね? 本日は出血大サービス。目の前で正体を明かしたというのに釣れないではないですか。あれ程高額な懸賞金を賭けてまで求めた首が、今ここに揃っていると言うのに」
「新メンバーを追う事に躍起になって本質を、本当の仇を見失うのですから……ゴブリンに貰った傷は何の成長も齎さなかったようで」
「ま~た荷物として運んであげれば思い出すんじゃない? 今度は空輸が不可能なほどお太りあそばされたらしいですけどね~」
その声、その姿、そして神経を逆撫でするあの日の出来事を引き合いにする煽り文句。
それは化粧怪獣ヴィクトリアにとって忘れる事のない恐怖と憎悪の対象であり、生涯消える事のない不名誉を物理的にも精神的にも歴史的にも塗り付けた怨敵中の怨敵。
いきなりの登場に限界を超えると咄嗟に反応は出来なかったようだが、やがてその憎悪に精神状態が追い付いてきたのか、全ての触手が僅かに震え出したかと思うと……。
ド!!
まるで爆発でもしたように化粧怪獣は無数の触手を四方八方全方位に向けて放出して、無茶苦茶に振り回して俺たちに向かって来たのだった。
『キシャアアアアアアアアア!! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスウウウウウウウウウウウウウウウ!!』
「うおおおおおお!? 意外と早い!!」
「全力退避! なるべく城の方向に向かえ!! そっちに避難民はいないハズだ!!」
交じりっ気のない純粋な憎悪を向けて、全ての建物を障害物と瓦礫に変えて行く姿はまさしく怪獣。
直前までたっていた場所がアッサリと崩れ去り、次の足場もアッという間に怪獣の巨体や触手に破壊され飲み込まれていく。
ドラスケが言っていた通りに邪気を使って全ての瓦礫を飲み込み更に巨大化しているのだから、立ち止まった瞬間に俺達も瓦礫と同じ運命をたどる事になる。
「全員止まるな、散らずに固まれ! あの怪獣の触手を見れば分散は意味がねぇ!! 互い互いが守りながら走るんだ!!」
「了解、まあ何時もの事ですからね!!」
「逃亡でそのような作戦は初めての事ですね~」
「ワースト・デッドでは結構よく使う戦法なのよね~、不本意ながら」
立ち止まったら死……まさに決死の鬼ごっこが今始まったのだ
・
・
・
この時俺はワースト・デッドにとって重要な仲間の一人を忘れていた。
いや、忘れていたというのは少々語弊がある。
アイツは邪気渦巻くこの王都でも、アンデッドが跋扈する戦場であっても絶対に大丈夫と言う信頼から特に心配はいらないと思っていたからこそ思考から外れていたというか。
何だったらこっちが危機的状況に陥った時には、呼べば飛んできて見た目より遥かに力強い飛行能力で助けに来てくれるとまで思える信頼もあった。
だからまあ……思いもしなかったんだよね。
まさか頼りになる、骨のあるアイツが……天敵に捕まってこっちに助けを求めているだなんて。
「やっぱり来てくれたんだね! 僕たちがピンチの時には必ず来てくれるって信じてたんだよ。ボーンドラゴンナイトV!! 今こそ君の為に用意した改良に改良を重ねた強化装甲を駆使したフルアーマーが役立つ時!!」
『ギャアアアアアアア! 助けてくれギラル!! 何か前回よりも原形が無くなりそうなナニカがあああああああああ!!』
「今こそみんなで作り出した最終形態、巨大合体要塞ブラックボーンドラゴンファイナルバスターモードに生まれ変わるんだ!!」
『イヤアアアアアアアア!! 何か不穏な名称が増えてるううううううううう!!』
……ニコニコと、以前は見る事が無かった子供らしい……もっと言えば悪ガキっぽい笑顔を浮かべた、邪気と言う概念において全く太刀打ちの出来ない人物にドラスケが捕まっていたなど露知らず……。
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