第二百八十四話 生死を賭けた鬼ごっこ

 新婚バカップルのイチャイチャが行われてからしばらくの後、ファークス家を囲んでいた光属性結界は一時的に解除され、その間に避難していた人々はファークス家や聖騎士たちの誘導に従って敷地内から脱出して行く。

 数十分後、空になったファークス家には新婚バカップルと化していた聖女の姿は無く、邸を覆いつくさんばかりに接近する巨大な化粧怪獣に凛とした表情で対峙する光の聖女が不敵な笑みで睨みつけていた。


『ア、 アアアア……ワースト……デッド……ワーストデッドオオオオオオオオ……』

「お久しぶりですね王妃様……随分とまあ、大きくおなりで」

『コロス……コロスウウウウ……』

「……既に人としての形も知性も失って尚、あの方々への憎悪だけは失いませんか。その辺の執着はさすがと言うべきでしょうか? それともこのような連中と繋がりを持ってしまうギラルさんが特殊なのか哀れなのか」


 ドガアアアアア!!

 シエルがそう呟いた瞬間、強烈な衝撃が結界全体を震わせた。

 化粧怪獣の無数の触手が鞭のようにしなり、勢いよく結界に叩きつけられた事で起こった衝撃なのだが、結界のダメージは当然の如く術者にもフィードバックされてシエルは全身を強打したような衝撃に息を漏らす。


「ぐう!? く……運動不足の高飛車王族にしては中々の威力ですね」


 シエルはその瞬間に予想通り自分の結界は長くはもたない事を察したが、そう判断した彼女に焦りは無い。

 何しろ邸内にの避難民は既に脱出した後であり、最悪結界が破られても彼女は自分一人であれば怪獣から逃げおおせる自信があったからだ。

 現在の彼女が担った役割は可能な限り結界を維持しつつ化粧怪獣を引き付けて、避難民たちが少しでも避難できるよう囮になる事。

  

「私もワーストデッドの一員として、仲間に敵意を向ける者をただで通すワケには参りませんから!」


 もう二、三発喰らえば結界が砕け散る事すら織り込み済みで額から一筋の汗を流しつつ、シエルは不敵な笑みを浮かべる。

 しかし次の一撃に覚悟を決めていたシエルにとって予想外な事に、化粧怪獣の動きが一時的に止まったのだった。


『……ワースト・デッド??』

「……? もしや、聞こえたのですか? 今の私の声が……」


 サイズ的にこちらの声など足元のアリの如く聞こえるハズも無いと考えていたシエルは、向こうがこっちの話に反応した事に驚きつつ、咄嗟に時間稼ぎになると判断し……どんな事態を想定していたのか下に着こんでいた『黒い修道服』を露わにした。


「そう言えば王妃様が彼らに素敵なお化粧をして貰った日にはワーストデッドは三人組だったようですが、現在はもう少し増えてまして……私は本当に最近加入させていただいた新人なのですよ」

『……………………』


 そしてシエルはワザワザ目の前でベールをかぶって見せ、名乗りを上げる。


「私の名はペネトレイト・デッド! 最悪を盗む彼らの友人にして新たな共犯者!! ワースト・デッドに文句があるというのなら、まずは私が相手しようでは無いですか……え~っと犬のうんちの化粧鬼女!!」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 挑発、という行為自体がシエルにとってはらしくない行動なのだが、頑張って行ってみた“犬のうんち”発言は怪獣となり果て人間性を失って尚、化粧怪獣の逆鱗に触れた。

 激高し怒声を上げ、触手をめちゃくちゃに振り回した化粧怪獣は連続でガンガンと結界に攻撃を加えて行く。

 そして何発目かの攻撃が結界に激突した瞬間……。

パキイイイイイイ…………乾いた音と共に光の結界はアッサリと砕け散った。

 

『シねエエエエエエエエエエエエ!! ワーストデッドオオオオオオオオオ!!』

「それは勘弁願いたいです。何せ新婚ホヤホヤなモノでして!」


 しかし結界崩壊のフィードバックはあれどシエルは気にする様子も無く、それどころか光属性の魔力で自身を強く輝かせて、ワザと目立つように巨大な怪獣に向かって飛び上がった。

 それは羽の如く、蝶のように軽やかに……。

 そして避難民たちが脱出した方角とは真逆の方向にシエルが移動すると、釣られた化粧怪獣も誘導されて、周囲の建物を巻き込みながらも反対の方角へと向きを変えて行く。


『ヌウウウウウウ!? アアアアアアアア!!』

「思った通り、あの怪獣の狙いはあくまでワーストデッドのみ。他の人間にも魔物にも本質的には興味が無いのでしょうね」


 誘導に成功したのを確信したシエルは、そのまま王都の中でも特に広い場所である中央広場に向けて化粧怪獣に自分の事を見失わせないように、その上で捕らえられる事の無いように建物から建物へと跳躍を繰り返す。

 反対に進路上にある建物をお構いなしに巨体で破壊しながら突き進み、シエルをとらえようと触手を振り回す化粧怪獣の様は傍から見れば虫を追い払おうとする牛の尾の如く滑稽にも思える光景であった。

 無論相手をするシエルにとっては全てが一撃必殺の緊張感が付きまとう決死の鬼ごっこ状態なのだが。


「動きは比較的単調、重量のせいでスピードもそこそこ……逃げ続けるなら可能でしょうが、問題なのはいかに倒すか……ですね」


 曲りなりにも邪気を扱う敵との交戦経験のあるシエルは目の前の怪獣が邪気由来のモノで、単純な物理攻撃では倒せない事も察していた。

 元々人間だった王妃が邪気のせいでこんな状態になったのなら、自身の夫を救い出した時の様に核になっている王妃自身、もしくは王妃自身“だったモノ”があるのではないか?

 そう思って巨大すぎる全体を見渡してみるけど、シエルは早々に核を探すとか考えるのをやめた。


「……無駄ですね。私には邪気は見えないしリリー程微細で広範囲な『魔力感知』も使えないのですから、山の中で落とし物を探すよりも困難です」


 シエルはそう判断して、今はとにかく捕まったら最後の怪獣を誘導する事のみに専念する事に集中して、背後から迫りくる触手を巧みにかわし、時には光属性魔法を駆使して攻撃、防御を繰り返し再び逃げる。

 それはやり方は違うが役割事態はさっきと同じ、徹底した時間稼ぎであった。


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「ふう……このまま行けば何とか広場までの誘導は…………は?」

「ウワアアアアアアアアン! お母様~~~~~~~~!!」

「な……子供!?」


 しかし後数百メートルで広場まで怪獣を誘導できるとシエルが思ったその時、眼下の路地裏から聞こえた泣き声にシエルは凍り付いた。

 それは年の頃なら4~5歳くらいの男の子であり、泣き叫び一人でいるなど現在アンデッドの巣窟と化した王都において自殺行為にしかならない危機的状況だった。

 ただでさえ魔物に見つかれば餌食になるだけなのに、今は背後から迫る物理的な脅威のためにそこで泣いていると確実に押しつぶされてしまう。

 シエルは慌てて建物の屋根から路地裏に降り立ち、速攻で泣きじゃくる少年を抱きかかえようと近寄った。


「しっかりするのよ君! 今たすけ…………」


 だがシエルはその少年を間近で見た瞬間、背筋が凍り付いた。

 泣き叫ぶ少年の下半身が地中から生えていて、黒い触手のようなモノに繋がっているという悍ましいモノを目の当たりにして……。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアア……


 気が付いた瞬間に路地裏に面した建物の全ての窓から黒い髪の毛のようになった無数の糸状のモノが飛び出してきて、全方位からシエルに襲い掛かるとあっという間に絡みついて彼女の自由を奪う。

 黒い髪の毛は一本一本に意思があるようにシエルを締め上げ続け、そのまま上空……化粧怪獣の眼前へと、まるで捕まえた昆虫を自慢するように持ち上げたのだった。


「不覚! まさか疑似餌を使うとは……まるで鮟鱇のようですね、戦い方も姿も含めて」

『ブククク…………ワースト・デッド……捕まえた……』


 黒く巨大な化粧怪獣が不気味にほくそ笑んでいるのが見えて、シエルは恐怖や悍ましさよりも先に苛立ちを覚えていた。

 圧倒的な優位で相手をいたぶる事しか考えていない本性が手に取るように分かり……戦士であれ魔物であれ真正面からの戦いを好む脳筋聖女としては理屈抜きでぶん殴りたいとしか思えなかったのだ。


「グウウ…………光の精霊、我が腕に…………ウグアアアア……?」


 しかし光属性魔法で身体強化、もしくは魔法自体で黒い髪の毛を断ち切ろうともがくが、絡みつく髪の毛がギリギリと締め付ける力は凄まじく、瞬時に食い込んでいきシエルの意識が朦朧とし始めていた。


「ま……マズ………………」


 細くて頑丈な糸は一瞬にして意識を奪い、そして命すらも奪い去る。

 ここで意識を手放しては絶体絶命である事を重々承知しているシエルは、この瞬間に自身の命の危機に絶望しかけた。

 死ねない、死にたくない……その一心で藻掻き睨みつけるシエルに対して、化粧怪獣になり果てた王妃はほくそ笑んでいた。

 人間であった時から何も変わる事無い、人を不快にさせるだけの下卑た笑みで。


『私はここまでなの? 嫌です……折角好きな人が出来たのに……好きな人と結婚したのに……これから一緒にしたい事も色々あるのに…………あの人との子供も……手にする事が出来なかった家庭も……』


 しかし、シエルが絶望に沈みかけたその瞬間、助けは思わぬ“角度”から現れた。

 建物よりも高い化粧怪獣の更に上、上空から降り注ぐ流れ星の如く……。


 「限界突破、火炎魔弾!!」

 ドゴオオオオオオオオオオ!!


 その流れ星は三つ、うち一つは勢いそのままにシエルに絡みつき持ち上げていた黒い髪の毛を一撃で燃やし尽くすと、そのままフワリと屋根に着地をして化粧怪獣に向けて向けてはならない指を向けた。

 元聖職者にあるまじき、非常にお下品な感じに。


「その汚い手足でアタシの親友に触るなクソババア! シエルにゃ子供産ませてお姉ちゃんって呼んでもらうまで死なれたら困るんだっつーの!」

「ゲホ……ゲホ…………ちょっと……勝手に決めないでよ。私は互いに同い年の子供を結婚させる方向狙ってたんだけど?」


 危機を救ってくれた親友に対してシエルはせき込みつつも、感謝の意を込めて軽口を叩き、いつも通りの親友の姿にリリーはホッとしていた。


「……無茶言わんでよ。相手がいないんだから」



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