第二百八十二話 誕生、化粧怪獣!!

 元同僚同士の爽やかな(?)挨拶の最中であっても魔物が途切れる事は無く、少しだけ空いたと思った空間を埋めるように後方から詰め寄せて来る。

 そんな連中を王国軍たちに交じっての撃退に急遽参加する事になった俺達であったが、しばらくすると魔物たちの群れに変化が見え始めた。


「ん? なんだ……? 魔物の数が急に減ったような……」

「本当ですね。突然アンデッドのみならず邪気に侵された類の魔物も……」


 カトラスを構えたまま正面を見据えるカチーナも、今しがた斬り倒したアンデッドの後方に続くモノがいない事を確認して首を傾げた。

 念の為に『気配察知』で周辺を索敵してみるのだが、やはり蠢く魔物の数は見える範囲のみで、それも戦士たちの奮戦により徐々に数を減らしていく。

 人間であるならそこまで不思議には思わないのだが……。


「アンデッドとか昆虫が撤退でもしたのか? そんな作戦行動を取れるとは思えないんだけど……」

「ドラスケ殿、邪気によって操られているのであれば、術者には作戦行動を取らせる事は可能なのでしょうか?」

『出来ん事は無い。王都を包む巨大な邪気の元凶がアルテミアであるなら、ある程度邪気による誘導くらいは可能であろうが……』


 カチーナの質問に専門家ドラスケから見解が述べられるが、いまいち歯切れが悪い。


「何か気がかりな事でも?」

『いや……何と言うか我らが現れた途端に魔物どもが撤退したような気がしての……。まるでメインディッシュを勝手に喰われないようにでも命令するように』

「…………」


 そのドラスケの見解は王都に残った人間にとっては良い事なのかもしれないが、俺にとっては非常に有り難くない事にしか聞こえないのだが……。


「つまり、俺達をおびき寄せる目的でこんな大ごとを巻き起こしておいて、実際に到着した事を確認したらお客様をご招待ってか?」

「と言うよりも、明らかにギラル君との対峙をご所望のようですね。かの元大聖女は」

「いや~愛さたね~ご年配の方に」

「嬉しくねぇ……激しく嬉しくねぇ……だったら俺らが到着した時点でアンデッドやらを引っ込めりゃ良いだろうに……」

『そこまでしてやる義理は無いという事なのだろう。無作為に人間を襲う魔物たちは新鮮な邪気を作り出してくれるとも言えるしな』


 ある意味で邪気により活動している魔物たちは『ワースト・デッド』に対して攻撃を自粛するのなら、王都に残った人間たちを効率よく守る事に使えるとも言えるのだが……。

 そんな事をしたところで時間稼ぎにしかならんのだろうなと結論付けると、魔物たちの掃討が終わったらしいロンメルのオッサンが元気よく駆けつけてきた。


「皆無事で何より! いや、あの程度の魔物に後れを取る貴殿らでは無いのは分かっておったがのう!!」

「それこそこっちのセリフっスが……アンタらは一体何でこんな所でバトルしてたんだ? ワザワザ結界の外で陣地組んでさ」

「うむ、彼らは結界に避難した者たちを守護する為に集まった王国軍を中心にした即席軍であるが、食料の確保、陸路と水路からの脱出経路の為にも最低限の安全地帯の確保が必要でな、この屋敷は水路からの脱出の為の拠点であり、最後の砦でもあるのだ」

「……あ~なるほど」


 オッサンの説明と、魔物たちが周辺にいなくなったのを見計らって一時的に結界が解除されたのを確認して、俺は合点が行った。

 つまり相当数の避難民たちがこの結界内部、邸にいるという事だ。

しかも魔物一匹でも内部に侵入されてはマズイ類の守るべき対象が……。


「非戦闘民、子供、ご年配、怪我人……王都を脱出できていない連中はそんな感じだって聞いてたっけな」

「ついでに言えば妊婦もである。我らも脱出させてやりたいところなのだが、如何せん健常者の避難であってもこの有様でのう」


 そう言って珍しく眉を下げショゲて見せるオッサン。

 己が戦う事に関しては豪放磊落なロンメルのオッサンだが、やはり救助対象になりうる非戦闘民を戦火に立たす気は無いようだ。

 少しだけ安心……何だかんだ、このハゲオヤジも聖職者という事なのだろう。


「しかし君らのような戦士の活躍により国民の避難が進んでいるのも事実。教会もギルドも……こういう非常時にこそ本物の英雄が姿を現すモノよ」

「おお元帥閣下! 先ほどは見事な指揮でありましたな!!」


 そう言いつつ現れたのは高価そうだが決して成金趣味ではない実戦に耐えうる鎧をまとった白髪のナイスミドル。

 鋭い眼光でさっきは王国軍の指揮を取っていた男……王国の大元帥ジントリックだった。

 そういやこの爺さんに化けた事はあったけど、実際に会うのは初めてだな。


「げ、元帥閣下!?」


 この場はこういう反応をしないと不味いだろうと判断して、俺は唐突に高貴な貴族に出くわして慌てて取り繕おうとする反応をして見せると、ジントリックは小さく笑った。


「良い、良いこのような状況でかしこまらんでも。ロンメルと談笑できるという事はその手の人種だろう? ワシも本音ではあまり礼儀正しい方ではないのでな」

「推察の理由にこのオッサンと同類と言われるのは甚だ不本意なんですがね……まあ了解ッス」


 脳筋の同類と思われるのはアレだけど面倒が無いのは良い事。

 しかし俺やリリーさんは余り接点が無かった事でそこまでかしこまる事は無かったのだが、元王国軍に所属していたカチーナはそうも行かないようで若干緊張気味。

 軍の最高司令の登場に思わず敬礼で上げかけた手を必死で抑えている……。

 どうどう、今の君は王国軍カルロスじゃない。


「だけど本来国内に敵が現れたのなら、城を要所に国民を守り高い位置から王国軍に指示を出すべき元帥さんが、なんでこんな小規模な場所で指示してんっスか?」

「む?」

「いやね、元帥を含めた王城に詰めているハズの近衛兵まで国軍に交じって戦っているこの状況が非常に珍しく思えたもので。近衛兵団と王国軍が仲が良いとは聞いた事も無かったからさ」


 それは別に元帥の行動を揶揄しているワケでは無い単なる確認。

 王城が“あの状態”なのだからそこを拠点に出来ないのは明白、ならば自ら戦場に立って直接指示して守れる要所を守ろうとする事は間違ってはいないのだからな。

 俺が聞きたいのは現状結界など無くアンデッドの巣窟となり果てた王城で、城にいなくてはならないハズの近衛兵すら城を放棄する程の何があったのか、もっと言えば“何が現れたのか”である。

 俺の意図は元帥に伝わったようで、彼は渋い顔になって頬を掻いた。


「まず間違いなく、全ての事件の内容がザッカール王国の醜聞にしかならんから元帥としてはあまり言いたくはないのだがな」

「今更じゃ無いっスか? 市民を結界に入れずに自分たちだけで引きこもったってファーゲンやツー・チザキに逃れた避難民の中でザッカール王国の権威何て地の底っスよ? この上で一つ二つ増えたところで……」

「…………」

「まあ王国に忠誠を誓った大元帥閣下の口から言いにくいなら、非常時にこんな場所で戦う事を選んじまった英雄としてって事で」

「確かになぁ……王国の腐敗など今更だがこのような事態に陥ると最早軍の誇りも忠誠も行き場が無くて困る。戦場を同じくした同士に情報、いや愚痴くらいは語っても罰は当たるまい」


 そこまで言っても教えてくれないなら仕方が無いと思ったのだが、元帥は俺の言葉にどこか諦めた表情になり、深くため息を吐いた。

 どうやらこの爺さんも相当に溜まっていたようだな。


「知っての通り“黒い霧”が発生し城下町に魔物が溢れたあの日より王城は結界を強化して下位貴族や一般市民の避難誘導をする事も無く引きこもりおった。指示を出したのは現ザッカール王国王太子殿下……たった一体のアンデッドを目にしただけでその決定を下したというのだから呆れる」

「あらら……」

「君が言ったように城は本来非常時の要所、避難所の役割も担っている。本来なら非戦闘民を受け入れて対処するべきなのに、そのような殿下に同調した連中も多くてな」


 普段は甘い汁ばかり吸っていていざとなれば役に立たない腰巾着ばかり。

 日和見国王の次は無責任臆病王太子とは、何ともザッカールの未来は暗い。


「で、そんな上層部の無責任ぶり、腰抜けっぷりが許せなかった元帥閣下は安全な結界から外に出てこんな危険地帯で英雄をやっていると?」

「幾ら臆病な殿下であっても体裁が悪い事は自覚していたのだろうな。ワシを含む志願兵を城内部で募って少数だが派遣したのだ。最も、自分たちを守るための兵力は結界内に残したままだが……」


 それで服装がバラバラ、地位の高いハズの近衛兵すらも交えた混成軍になっていると言うワケだ。

 どんな立場でも場所でも腐っている者もいれば腐っていない者もいる。

 王国の無責任さを目の当たりにして嫌気の指した近衛兵たちが志願した結果、この場で英雄をしているという事か。


「ある意味では良かったんじゃ無いっスか? 普段はお高く留まった近衛兵連中の中にも本物はいたんだってわかったなら」

「はは……確かにある意味では良かったのかもな。結果的にはその本物を失う事が無かったワケだから」

「ある意味……」


 含みのある言葉……それが現状のアンデッドが徘徊する王城に繋がる事は明らか。

 俺の反応に元帥は目どころか表情も動かさない空虚な笑いを漏らす。


「ハハ……そう、ある意味でだ。臆病な連中は王城の結界内に引きこもり安心していたようだが、その安全区域とて逆に言えば結界内部の閉鎖空間。そこに一体でも強力な魔物が現れれば逃げ場のない檻と変わらない。大勢の結界師で何重にも張り巡らせていた事も仇になったようで、城の内部で事件が起きても結界が生きている限り簡単に脱出する事も出来ず、城内で怯えていた連中は辛うじて逃げおおせた一部の者以外、全て件の魔物に殺されたらしい」


 一体の強力な魔物……元帥の言葉を聞いてからドラスケに目くばせをすると、ヤツも小さく頷いて見せた。

 城の内部に蠢いている邪気の塊、どうやらそれの事らしいな。

 結界は直接より強力な攻撃を加えるか、術者が気絶するか解除するかで消す事が出来るけど、そうでなければ逃亡も出来ない凶悪な檻になってしまう。

 だったら術者が解除すれば問題ないハズなのだが……?

 疑問が伝わったのか元帥は話を続ける。


「最終的に結界が消滅した後に逃亡出来た者たちの話によると、どうやらその魔物は肉体事人間を取り込み、その人間の声を真似る事が出来たとか……。場内で結界発動の命令を下された結界師たちは最後まで“上司の命令”として結界を維持し続けていたのだよ」

「うげ!? って事は魔物って言っても人間社会を理解した知能はあるって事に……」


 結界を利用する強かさと、上司の命令は絶対という封建制度の頂点たる王城においての常識を念頭に置いた人間の動かし方。

 そんな事が可能な邪気の塊となれば、今までに遭遇したモログや公爵のような邪人の類が頭に浮かんでくるのだが……。

 何だろう……物凄く嫌な予感がヒシヒシと……。


「現在この邸には市民の避難民の他、王城から逃げおおせた王族……王子や王女たちも避難している」

「城内の連中は皆殺しってワケじゃ無かったって事っスか?」

「……市民を見捨て自分たちだけ助かろうとしていた連中の中にも我が子を逃がす程度の気概を持つ親はいたようでな『我が子を犬のクソにも劣る者に殺させるものか』と……残念ながら全員ではないがな」


 どうやら臆病者の中にも我が子を生かそうと身を挺して逃がそうとする勇気だけは発揮した“親”はいたらしい。

 それは良い。

 そこは良いのだが…………今、ジントリック元帥が口にしたとある人物評価が物凄~く引っ掛かった。


「犬のクソ…………」

ドゴオオオオオオオオオ……

「!? な、なんだ一体!?」


 俺が思わず呟いた瞬間、物凄い爆発音と激しい地響きが響き渡った。

 何事なのかと俺は慌てて建物の上に登って音の発生源に目を向けると、そこはさっき目にしたハズのアンデッドの巣窟となり果てたザッカールの王城。

 しかし一応は城としての体裁を整えていたハズの外観は最早見る影もなく、半分くらいは抉られたように瓦礫と化して土煙が立ち上っている。

 それは城すら失って、最早ザッカールの王族ってのも一巻の終わりだろうな~と思わせる光景なのだが、土煙が晴れたそこに現れたモノを目にした瞬間、そんな事は本当にどうでも良くなった。


『ア、アア、アアアアア!!』

「うげ!? 何だよアレは!?」

『ワースト……デッド、ワーストデッド!! コロス……ワタシガコロス!!』


 それはこの国において最も巨大な建造物である王城に匹敵する巨大さなのだが、その城に匹敵する巨大な黒い塊……実体化した邪気の塊なのは予想出来ていた。

 ただ予想に反していたのはその外見……単純に黒い邪気の塊、以前精霊神像までに目にしたアレと同じようなモノとはかけ離れた悍ましい見た目をしていたのだ。

 黒い塊のようだが人型でも生物の形でもない……城に匹敵する人間の顔面がそのまま形を成しているようにしか見えないのだ。

 そしてその顔に、俺たちは物凄く覚えがあった。


『どうやら邪気の親玉の“ワースト・デッドに手を出すな”の命令に逆らう程に恨みを募らせていたようであるな。あの王妃殿は……』

「……マジで勘弁して欲しいんだが」


 物理的に顔面に犬のクソを塗られてからは名実ともに『クソババア』の称号を手に入れた化粧お化け、現王妃ヴィクトリア……。

 巨大なその顔は以前よりも遥かに醜く悍ましい憎悪の表情で俺たちの名を叫んでいた。


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