第二百八十話 事件発生約一週間後の王都

「自分自身を許せない男に“己を許せるまで許してやらん”とはな。実の親父にも容赦ねーのな」

「まったく……結局あの人は私に面倒事ばかりを押し付けて来る。これで我が子の死など意にも介さない極悪人であるなら遠慮なく斬り捨てているというのに」


 ため息を吐くカチーナの表情はどこまでも複雑……しかしそれは深いというよりは困った身内を憂うような、まるで出来の悪い息子に参っているようにも見える。

 ったく……娘にさすなよこんな面。

 ロケットフックで建物の上に飛び上がった瞬間に俺たちは何時もの様に走り出す。

 それはザッカールに滞在している時には毎朝の日課になっていた一直線に駆け抜ける訓練と同じように。

 しかし目に映る町並みは朝日が昇る前の爽やかさとはかけ離れた、陰鬱な雰囲気に包まれている。

 宵闇に包まれるザッカールの街並みを動いているのは今や徘徊するゾンビやスケルトンなどのアンデッドのみ。

 その動きは緩慢で生きている人間を襲おうと言うモノじゃなく、目的も無くただフラ付いているようであり、中には全く動かずに揺れている奴もいる。

 そんな中でアンデッドたちが活発に動いている辺りには、ポツリポツリと様々さ色で広範囲にドーム状に光り輝く結界が見える。

 最早連中にとっての獲物はそこにしか無い事を分かっているのか、大量のアンデッドたちが不用意に結界に触れて弾かれる様子も……。


「ひの、ふの……見える限りじゃ結界は5つ。どれも事前に聞いていた心ある貴族の邸じゃね~か? 一番奥の白い光は間違いなく我らがペネトレイトの光属性結界だろうし」

「自分たちだけが助かりたいヤツ等ならお抱えの魔導士の結界を邸で維持して市民を守るなんて考えるハズも無いからね。とっとと逃げ出してるか、さもなきゃ逃げきれずに喰われたか……」

「もしくは財産を諦めきれずに自分たちだけで引きこもり、結界の維持が限界を迎えてしまったか……。相当な高位、それこそ公爵でもない限りお抱えの結界師など一人いればいいくらいですし、たった一人で一週間も結界を維持し続けるなど不可能ですから」


 妙なもんだ……こういう時にこそ人間性で命運が分かれる。

 神様は戦争では勇気ある良いヤツから先に死んで、卑怯で何もしない臆病者が最後列で生き残るって言っていたが、こういう災害みたいな事態では異なって来る。

 幾ら腕の良い魔導師であっても結界発動の最中は意識を保っていないといけない。

当たり前だが魔導師だって人間だから疲労したら睡眠は取るし飯だって食う。

一週間も同じ敷地をたった一人で結界維持するなど不可能なのだ。

そして同じ場所に籠城するのなら必ず不足し始めるのは食料に水……ここはザッカールの街中なのだから求めるなら誰かが回収に行くしか方法が無い。

 そうなった時にアンデッドの大群が現れた当初『避難民たちを受け入れたら自分たちの食い扶持が減る』と自分だけが助かろうと自分たちだけで籠城決め込んだ心無い貴族たちは、初めて自分たちに人手が足りない事に直面する。

 食料も水も残り少なくなり、結界の外に出ようとするとアンデッドに囲まれる。

 誰かに行かせようと思っても自分たちだけ助かろうとした者たちなのだから、自分を含めて率先して外に出ようなどと口にする者はいない。

 やがて家族間であっても残り少ない食料を巡って争いが生じ始め、最後には頼りにしていた結界の維持も出来なくなる。

 貴族も魔導師も平民も含めて、協力し合える者と協力を拒否する者……明暗が分かれるのは必然とも言えた。


「こうして見ると、やっぱ王国の腐敗ってヤツも一括りにはできね~のよな。大勢の避難民を最初から受け入れている場所には冒険者も含めて魔導師も戦える輩も揃っていて交代制で結界維持も食料回収も出来る。ついでに連絡手段もキッチリ確保して、こうして救助隊と連携も出来るし」

「ひねくれた考えで貴族は敵って発想はあったけど、少なくとも全部が全部カザラニアみたいな化け物じゃないって事よね」

「一歩間違えば私もシエルさんも、あの化け物の仲間入りでしたけどね」

「そりゃ俺達ワースト・デッド、全員に言える事さ」


 人の人生は本当に摩訶不思議なモノだ……カチーナの呟きに俺はそんな事を思う。

 かつてのファークス侯爵は間違いなく協力できずにアンデッドの餌食になったであろうタイプなのに、今は罪悪感からとは言え率先して人々を守ろうとした結果、本人の望みとは裏腹に生き残っている。

 自分の格好悪すぎる死に様を否定する為に生きて来た俺と同じように……。


「とりあえず、俺達は仲間との合流から始めようか。目指すファークス侯爵邸は5個の結界の一番奥だし、他の結界も舐めつつ……」

「そうね。他の結界もいつまで持つかは分からないし…………一番手前なんて結構な数がたむろっているから」

「おっと、のんびりはしてられないな。まずは手前の青い光の結界から…………ん?」


 器用に走りつつスコープを覗くリリーさんの情報で俺は目的地を定めるのだが、その時不意に気が付いた事があった。

 それは今まで視界に入っていたのに意識していなかった事だったのだが、聞いていた情報と違う風景が一つあったからだ。

 唐突に足を止めた俺に釣られて、二人とも立ち止まる。


「どうかしました?」

「いや……結界を張って引きこもっているって聞いてた貴族よりもエライ輩がいるって聞いてたじゃん? そいつらならお抱えの結界持ち魔導師も頭数いそうだし、籠城もそこそここなせるくらいに水も食料も蓄えていそうな……」

「それがどう…………あ」

「うわ……」


 俺の言葉と視線の先で二人とも何が言いたいのか察したようである。

ザッカール王国を象徴するべき建物であるハズのザッカール王城を見て呻いた。


「城に結界が無い……。普段用も無く張り続けているハズなのに、真っ先に守りに入った王族たちの巣が丸裸じゃん。うわ、普通に城内にもアンデッドが徘徊してる……」

「本当ですか!? …………ああ、なんて事」


 リリーさんの言葉でスコープを見せて貰ったカチーナは何とも言えないヒクついた顔になった。

 かつては自分もあそこを守るための軍に所属していただけに、最早陥落してしまった事が確定しているとなれば思うところもあるのだろう。


「見たところ、王国軍の姿も無く正面ゲートも開きっぱなしです。戦争なら最早全面降伏、開城の状態ですよ」

「城内のアンデッドは捕食態勢じゃねぇ……ありゃ中に生きてる人間はいねぇな」


 最早ザッカール王国の王侯貴族は絶望的だろう。

 だが、俺には目の前の光景に腑に落ちない部分もある。


「しかし、幾ら籠城決め込んだとは言え腐っても王族。お抱えの結界師なんて数は揃っているハズなのに、あれほどアンデッドに占拠される何て……いくら何でも早すぎないか? どんだけ腐っていても城だったんだぜ?」


 見たところ目的も無く徘徊するアンデッドたちは、最上階に至るまでフラフラと蠢いている。アンデッドの特性上、行動範囲を広げるには捕食態勢にならない限り物凄く緩慢で時間がかかるというのに、僅か一週間で最上階を我が物顔で歩いているのは腑に落ちない。

 まるで邪気が王都を覆い、王城が自分たちだけの籠城を決め込んだ直後に陥落でもしない限りは……。

 しかしその答えはドラスケがアッサリと口にした。


『それこそお前の得意技だろうが。結界をどうにかするのなら、結界の中の誰かにどうにかして貰えばいい。こんな遠方だというのに、あの城の内部から物凄い邪気の塊が蠢いているのが見える……』

「……か、塊? 蠢いているって群れじゃなく?」


 群れで襲い来るアンデッドも間違いなく悍ましく危険な存在であるのだが、ドラスケの不穏な単語を聞いて、不意に俺はそっちの方が遥かにマシなんじゃ? と思った。

 しかしドラスケは無情にも首を横に振る。


『塊だ。しかも我にとっては忌まわしい記憶だが、彼の王子が創造した邪気の塊の様に硬質な感じはせんな。むしろスライムというかゲル状と言うか……』

「あーあーあー! 聞きたくねぇ聞きたくねぇ!!」


 瞬時に脳裏に浮かんできたのは以前精霊神像の前で見た事のある黒い邪気の塊、マルス君の実の母親らしきアレ。

 出来る事なら二度とお目にかかりたくない悍ましさであったというのに、またその手のヤツがいるってのか?

 俺は無理やり頭を振って悍ましい記憶を頭から追い出す。


「ええい、今更落ちた城なんぞどうでも良い! 俺らは俺らのやる事をやるだけだ!!」

「「了解!!」」


 最早空元気、ヤケクソの如く号令する俺に、似たような感じで返事を返すカチーナにリリーさん。

 考えるよりも動いていた方がいい……この時ばかりは大聖女に習い脳筋精神になる方が都合が良いようだった。

 

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