第二百七十九話 お宅の娘は甘くないよ?
「う、うわ!?」
パアアアアアン……
俺は思わずそんな同じ笑みを浮かべる一体、フルプレートの顔面に鎖分銅を叩きつけるが、当然のようにそいつは苦痛の表情を浮かべるでもなく砕け散り兜ごと頭部が無くなる。
しかし何事も無いかのように……残った体に砕け散った財宝が集まって、再び兜をかぶり直す。
変わらない同じような不快な笑みを浮かべて……。
「ドラスケ先生、どうすりゃ良いんだコレ? 邪気が見えない俺達にはお前だけが頼り何だが」
『頼って貰えるのは嬉しいが、生憎とか細い糸の如く絡まった邪気は見えるが、その邪気を統括する要がどこにあるのかが判別できんのだ』
「……それって魔導霊王の時みたいな魔力体を潰せばって事じゃね~のか?」
『原理的には同じだが、魔力体と違ってヤツの場合は邪気の要を担うモノが同じ邪気に名を与えられたモノ。しかも巧妙に他の財宝に紛れる事で狙いを全く分からなくしておる!』
「うげ……」
要するに蜘蛛の巣にいる蜘蛛が目立たないように糸と同じくらいの小ささで潜んでいるって事か?
パッと見でも公爵の私兵は50は優に超える。
この全てがヤツのため込んだ財宝で構成されていて、その中にある要を担う宝がどこかにあるって言われても……いや、それどころかもしもその要とやらがこの場所じゃねぇ、別の場所から邪気の糸を伸ばしているとしたら……。
しかしその事をドラスケに告げると、その懸念に対しては否定する。
『いや、むしろ別の場所から邪気の要が指令を出しているなら別から伸びている邪気の糸が見つかりかねない。こっちに邪気を感知する術がある事はアルテミアも存じているハズ。要がこの中に潜んでいるのは間違いないだろう』
「って事は……この公爵軍団のどこかに当たりがあるって事か? 自慢げに語っていた小さな指輪とやらは」
それを聞いて少しだけホッとする。
幾らなんでもこの場に無いモノを破壊しろと言われては時間も人も足りなすぎる。
だが、そんな少しの希望をドラスケはまたも否定してくれる。
『ヤツが本当の事を言っているのならな……』
「……は?」
『ハーフ・デッド、お前なら言うか? ワザワザ戦闘中に自身の弱点になりうる財宝の特徴なぞ。これから戦う事になるのが見えている相手に』
「……ぜってー言わねぇな。むしろ俺ならその話をデコイにして相手の隙を誘って不意打ちかますだろうな」
そうなると出来うる手段はただ一つ、この船を奪おうとする公爵軍団から避難民たちを守りつつ、虱潰しに一体一体相手して行くしかない。
潰したヤツが再生していく事も織り込み済みで……だ。
「クソ……アンデッドよりも面倒じゃね~か。さすが長年に渡って王国の陰から金集めをしてきた最悪の銭ゲバ野郎だ。しつこさが半端じゃねぇ」
「しかしやらなければ避難民たちに危害があるのは明らか……敵の急所がドラスケ殿にも分からぬ今は、それしか道はありませんよ」
「ったく、まだまだやる事は山積みだって~のに!」
「ちょっと待ちな、ワースト・デッド」
ある種の諦めの心境で俺達全員が攻撃態勢に移ろうとしたその時、メイスを担いだ広地の老婆、大聖女ジャンダルムが船から飛び降りて来た。
接岸がまだでもこの婆さんならそのくらいの跳躍は余裕だろうけど、未だに片腕を釣っているのに元気なババアである。
「話は大体理解した。要はヤツが再生しようと何しようと、一匹一匹当たりを引くまで潰して避難民を守りゃ良いんだろ? アタシの同僚に招待されてるお前らをここで足止めするワケにはいかんからな」
「バアさん……」
「ここはアタシに……“燃え尽きて死ぬ”はずだった老人に任せな若造!」
片手でブンとメイスを振り回す大聖女の背後には既に体制を整えた王国軍や冒険者たちも控えている。
その誰もがヤル気に満ちていて、その最前列には見慣れた
一瞬目が合うと、しっかりとウィンクされて…………ああ、一発で正体はバレたらしいな……メチャメチャ『後で詳細を教えろ』という空気を出していやがる。
しかし実際の話、元凶のアルテミアをどうにかしない限り、ザッカールの邪気はどうにもならないし、長時間こんなアンデッドの巣窟に居続けるのも御免だ。
「頼む……バーニング・デッド!」
「無茶すんじゃないよ、脳筋ババア」
「抜かせ、不良娘が」
この場は仲間たちに任せる判断をして俺は公爵軍団をショートカットする為に
ロケットフックを建物の屋根に向かって射出する。
しかし3人揃って屋根に飛び上がろうとしたその時、呼び止める一人の男がいた。
「待て……ワーストデッド!」
それは今まで驚愕の為か微動だにしなかったファークス侯爵だった。
辛うじてハンマーを手に立ち上がったその瞳は憎悪とも悲哀とも言えない、しいて言うなら焦燥に満ちた色をしていた。
何に不満を持っているのかは明らかな瞳で……。
「何故助けた? ようやく訪れた私の死に場所を何故盗みおった!?」
「…………」
「自分が今更臆面もなく我が子の命を奪った張本人と貴様に恨み言を言う資格など無い事は百も承知! この私から矮小な魂を盗み去った貴様なら私が長年に渡りしでかした鬼畜の所業、深すぎる罪業は知っておったのだろう? 何ゆえに断罪の機会すら奪うのだ……ようやくあの子に……謝罪出来ると…………」
歯を食いしばり、悲痛な面持ちで下を向くファークス侯爵。
罪を自覚した時、許しを与える者も断罪を下してくれる者もいないというのは自害すら許されない地獄の日々。
しかし、どんなに苦しかろうと反省しようと犯した罪が消える事は無いし、被害者が許すとは限らない。
俺は知っている……過去を悔やみ断罪を求め黄泉路での謝罪を望む
俺の考えに呼応したように被害者……グール・デッドは口を開いた。
「甘えるな……その程度で殴ってやるほど甘くはない」
「…………………………え?」
「己が己の罪を許せたその時にこそ、ぶん殴ってやる事にする」
その声を聞いたファークス侯爵は一瞬何を言われたのか、分からなかったのだろう。
あるいはその声がどこかで聞いた事がある声である事を思い出すのに時間がかかったのだろうか?
何年も前に、病気で早世した前妻とよく似た声であるなどと……。
さっきとは違う意味で驚愕の瞳を浮かべたファークス侯爵を尻目に、俺はロケットフックを巻き上げて3人同時に上空へと舞い上がる。
正解にたどり着くまで待ってやるほど、怪盗は優しくは無いのだから。
*
「待て! 待ってくれ!! ま、まさか君は…………」
まるで飛び立つ鳥に手を伸ばすように、屋根の上にアッという間に飛び上がり立ち去っていくワーストデッドたちに追いすがるファークス侯爵。
自身のエゴで死んだはずの我が子が自らを殺したワースト・デッドの一員として生きていた。
当然侯爵本人は黒装束の正体、カチーナの素顔を知らないのだから突き付けられた情報はその一点のみ。
そしてその本人が口にしたのは贖罪を願う罪人にとって最も酷な試練でもあった。
「厳しいねぇ。己を許せない者に対して己で己を許せるまで許してやらない……か。黄泉路に行ってもいない事実まで突き付けて」
死に急ぐ父を生かす事と罰を与える事、両方ともキッチリと叩きつけたカチーナの行いに大聖女は苦笑するしかなかった。
そんな彼女に静かに歩み寄る一人の冒険者ギルドの受付嬢。
彼女はいつもと変わらない、相変わらず剛腕などと揶揄されるとは一見では思えない柔らかな笑顔……。
「存じませんでした大聖女様……まさか貴女があの子たちと懇意だったとは。予想は出来た事ですけど」
「アンタやスレイヤに比べれば相当お行儀がいい小僧だったがな。やらかす規模は桁違いだよ。とんでもない男に育てたもんだの……ミリア」
「私が教えられた事など微々たるものです……聖女ジャンダルム」
それは十年ほど前、ミリアが破門となりエレメンタル教会を追放されるまで呼び合っていた互いの呼び名であった。
追放の日から一度も顔を合わせる事が無かった二人なのだが、どちらも気まずさのような空気は無く、まるで散歩中に軽い挨拶でもするような気安さがそこにはあった。
「どうやってうちの子があんな素敵なお嬢さんを引っかけたのか不思議に思ってましたが、疑問が解決しました。盗んだワケですね……盗賊らしく」
「ふ……さすがの怪盗もオカンの目は誤魔化せんか」
「姿を変えて声色も仕草も変えているようですが……まあ母の勘とでも言いましょうか」
「アハハハハ」
そんな会話をしている間にも続々と同じ顔をした鎧の兵士たちは武器を手に迫ってきており、大聖女もミリアも、そして避難民たちを守る戦士たちも各々が武器を手に構える。
やがてようやく接岸した船からも戦士たちが上陸を始めて、入れ違いに避難民たちが乗船して行く。
イリスやジャイロたちが誘導するのを確認してからジャンダルムは聖職者にあるまじき、しかし彼女の異名には相応しい凶暴な笑みを浮かべた。
「ヤツ等にゃ悪い事したかもな~。面倒な戦闘を請け負うというのは間違っちゃいないが、アタシがこの場に残った最大の理由は別にあるからねぇ」
「……と言いますと?」
「アタシが聖女を名乗ってから、いや聖職者として勤め始めてから長い年月、アタシの力量不足で救えなかった者は数多い。そして大半の救えなかった子たちの裏にいたのは、今目の前で胸糞悪い下劣な笑い顔を浮かべてる野郎だったからな。ミリア……お前さんが追放される原因になった上層部の人身売買の件もそうさ」
「…………そうなのですね」
「裏でも表でも権力のあるカザラニア公爵を追い詰めるのは至難、調査兵団すらも全容はつかめず長年歯がゆい想いに駆られ……こちらの想いとは裏腹にヤツは更に犠牲者を出しては私腹を肥やすのを見ているしか出来ないのは地獄であったよ」
そう軽い口調で言う大聖女だが、メイスを握る右手は何時もより力がこもっている。
それはミリアの件のみならず、自分が救えなかった全ての者たちに対する自分自身の不甲斐なさを未だに悔いている事の証明だった。
元より口よりも手が動く脳筋ババアが傍観するしかなかったというのは、苦痛以外の何物でもなかったというのをミリアも痛感する。
しかし大聖女は凶暴な笑顔のまま呟く。
まるで獲物を捕食する直前の餓狼の如く。
「だが……今回だけはワケが違う。あの憎たらしくて殴りたくて仕方が無かったニヤケ面を思う存分殴っても、どこにも迷惑は掛からん! 長年に渡り耐えて耐えて耐え抜いてきてようやく訪れたこの絶好の機会……若者に譲るワケにはいかんだろう!?」
その表情も物言いも大聖女などと名乗るには完全に不適切、聖職者として失格も良いところであり、ミリアはそんな彼女の様子にため息を漏らした。
「まったく……本当に変わりませんね貴女と言う人は。大聖女を名乗っておいて憎悪に任せて私情でムカつく公爵を殴れる絶好の機会などとは……聖職者の風上にも置けない」
「なんだ……それではお前はやらんのか?」
しかし大聖女にそう言われた途端、ミリアも受付嬢の営業スマイルも優しいオカンの顔もかなぐり捨てて、同様に獰猛な笑顔を浮かべて構える。
「あれ? ご存じではありませんか? 私は既に破門された身。聖職者として相応しい心構えなど覚えておりませんね」
「フハハハ、それでこそ剛腕のミリアだな!」
「抜け駆けは許しませんよ。撲殺の餓狼!!」
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