二百七十七話 最後の言葉に応えたい親父の意地
さて、身内の恥ずかしい言動はさておいて……もう一つ気になる男がアンデッドたちの前に立って奮戦していた。
その男は高そうな鎧を着こんでいるものの、戦いには素人なのを自分で理解しているのか戦い方は巨大なハンマーを振り回すやり方で、重騎士と呼ばれる連中と同じ“攻撃を受けつつ一撃を叩き込む”というものなのだが、とにかく慣れていないせいか動きの一つ一つが遅い。
「ぬ、ぬおおおおおおおお!!」
「ギャバ!?」
しかしそれでも逃げ惑う女の子がゾンビに襲われそうなところを受け止めて、何とかハンマーを頭部に叩き込んでいた。
「あ、ありがとうございます! 何とお礼を言えば良いか……」
「おじちゃん、ありがとう!!」
「はあはあ……早く行け、今度こそ手を放すんじゃないぞ」
その男は女の子と母親に感謝の言葉を向けられてもニコリともせずに再び前線に戻る。
俺はその顔に若干の見覚えがあった。
前に見た時に比べて厭味ったらしさや憎たらしさが抜け落ち、同時に贅沢の結果丸くなっていた顔つきが痩せこけてはいたものの面影は残っていて、何より着こんでいる鎧に見覚えのある家紋が彫り込まれていたのだから。
「父上……」
それは驚愕の表情でその光景を眺めるカチーナの一言で決定的となった。
イヤな貴族の典型、前妻との子供を男子と偽り家の為の犠牲にしたのに優秀さを見せると勝手に嫉妬し、後妻との間に本当の長男が生まれると偽りの長男を断罪の名目で葬り去ろうとしていた小さな小さな魂しか持たない男、バルロス侯爵。
そんな男が今、自らの命すら顧みずに平民の子供の為に戦っている姿はカチーナにはどう映っただろうか……。
そんなバルロスが息も絶え絶えにゾンビを相手にしていると、慌てて別の戦士たち……おそらく雇われの傭兵たちが駆けつけてアンデッドの切り伏せた。
「前に出過ぎです侯爵閣下! 雇い主が前線に出てどうするんですか!!」
「民を、子供を助けられずに何が侯爵か、何が貴族か! このような事態にこそ真価を発揮せねばファークス家の名折れ。それに私は真の当主の代わりを務めているに過ぎん……あの子ならば、この場で戦わないハズは無いのだから」
そう言ってハンマーを手にアンデッドたちに対峙するバルロスの目は決意に満ちていた。
う~む……反省して貴族の矜持に目覚めたのは良いけど、こじらせてるな~。
あの子の代わりを自分が務めるとか……あの子がカチーナの事を指しているのは想像に難くないが、今まで戦場にも出なかった素人が命がけと言うよりは命を捨てて犠牲になるのを目的にしているようにしか見えん。
大聖女が言っていたように死に場所を求めているようにしか……。
横目で見てみると、カチーナは複雑そうな顔で父の行為を眺めていた。
「似てるとこは無いかと思っていたけど、こういう直情的な部分はやはり親子なのかね?」
「……遺憾です」
自分の死を切欠に自己犠牲の精神を発揮する父の姿と言うのを目の当たりにされる娘の心境とか、何ともレアな経験過ぎてそれこそ本人にしか分かりようがない気分だろう。
そうこうしている内に地上での奮戦は一段落ついたようで、俺達の乗る船は船着き場に接岸する事が出来た。
そこには何百という避難民たちが押し寄せているのだが、その誰もが意外と老若男女問わずに負傷者などは見られず、救助船の登場に安堵する様子はあるけど慌てふためく様子も見られない。
その理由は船長たちの会話で理解する。
「この船は詰め込んでも50人が限度だ。後続の船もこれから到着する予定だが、今回の避難民はこれで全員か?」
「そうだ、水路での脱出は今日は約300人。残りは私の邸を含む結界を張った貴族家に待機中だ。子供、女性、老人を先に選出しての脱出計画だから後10回は往復を頼む事になりそうである。軍属でもない者たちにこのような危険を冒させるのは心苦しいが……」
「言いっこなしッスよ侯爵閣下! 俺だって今度生まれる子供にゃ~自慢する武勇伝が一つでも欲しいところなんだからさ」
要するに今回船着き場に集まっているのは、避難民たちを避難場所から護衛しながら連れて来た計画的なモノらしく、だからこそ誰もが慌てふためくワケでも無く整然と出来ていたという事か。
しかし何というか……あれほど傲慢に振舞っていたお貴族様が平民の船長と同じ目線で話し礼を言うとは。
男子三日会わざればという神様の言葉は決して若者だけの言葉ではないという事か。
これで拗らせて無ければ黙ってスルーしたんだがな~。
「仕方ねぇ……コイツの出番か」
「すみません……うちの父が」
「お互い親には苦労しますな~相棒」
俺はいつもの黒装束を手にため息を吐くと、カチーナもため息交じりに何時もの衣装を取り出した。
やれやれ、向こうはこっちの正体を知らないしカチーナの顔すら見た事が無いのだから変装の必要は無いと思っていたのに。
*
先行して到着した一隻の商業船が接岸するのを確認して、ギルド受付嬢であるミリアは襲い来るスケルトンの剣を叩き落し、そのまま拳で頭蓋骨を粉砕する。
一週間ほど前に突如発生した黒い霧、それに呼応するかのように王都中から大量発生したアンデッドの群れに対しての被害は甚大であった。
心ある貴族たちにより開放された邸に結界を展開して避難所にする事で辛うじて全滅の憂き目にあう事は無く、現在は避難場所から小出し小出しに陸路、または水路からの救援で王都から避難民を脱出させているのだ。
当然戦闘職の冒険者たちに交じってミリアも拳を振るい防衛役を担う事になっていたのだが、接岸する今回の救助船の中に見覚えのある紅い法衣の老女の姿に苦笑してしまう。
一週間前の黒い霧、邪気の大量発生の影響で王都が混乱する中、瀕死の重傷を負ったジャンダルムの治療に当たったのはミリアだった。
既に市民にも被害が出ており、担ぎ込まれる大勢の負傷者に追われてエレメンタル教会の回復師は光の聖女エリシエルを始め手が離すことが出来なかったのだ。
彼女も腕の良い回復師なのは間違いないのだが、やはり聖女に比べれば魔力が少なく内臓まで至る重傷を完全治療を施す事は出来なかった。
ただ彼女は己の魔力の限界を自分自身よく理解している回復師であり、その為人体の構造については誰よりも熟知していて重要な臓器のみを優先して延命させるという緊急処置の技術には長けていた。
そして彼女の見立てでは一か月はかかるだろうと見込んで、最も遠い避難場所への搬送を頼んで送ってもらったハズだったのだが……。
「お戻りが早すぎますよ、ジャンダルム様」
しかし呆れつつも自分の元上司であるジャンダルムの変わらない姿に嬉しくなる自分もいて、ミリアはまた苦笑してしまう。
接岸と共に危険からの脱出を心待ちにしていた避難民たちが船へと乗り込み、入れ違いに大聖女がメイスを片手に船から降りて来た。
そしてミリアの姿を見かけた瞬間、彼女も似たような苦笑を浮かべて見せた。
数十年前に自分が首を突っ込んだ為に当時の上司ジャンダルムに破門を言い渡させるという苦渋の選択をさせてしまったと嘆いていたミリアと、逆に守ってやれなかった事をずっと悔やんでいた大聖女がようやくしっかりと再会できるかと思われたその時、全く関係のない無粋な声が響き渡った。
「待て、平民共! その船に乗船する事は許さん!! その船は我々が接収する、無断で乗船する者は切り捨てるぞ!!」
「……は?」
その言葉の意味をこの場にいる誰もが理解できなかった。
この船は避難民を王都から脱出させる為の救助船として波止場にいるというのに、接収などと言う言葉を厚顔無恥にもその避難民の前で吐ける輩がいるなど、誰も想像できなかったからだ。
だが、残念な事にその言葉は幻聴でも何でもなく実際に口にした者がいる紛れも無い現実で……いつの間にか現れたフルプレートの鎧をまとった一団が剣を抜いて構えていたのだった。
ミリアは瞬時にその団体がどこかの貴族、しかも上位の貴族である事には気が付いたが、それ以上に驚愕したのは息も絶え絶えに奮戦していたファークス侯爵であった。
「な……何を仰っているのですかカザラニア公爵閣下!? 船を接収などと……」
「我の為に船を確保するとは褒めて遣わそうではないかファークス。自ら前線に立つとは手ごまとして相応しい忠誠心よ」
そんな信じられないと言った侯爵の表情になど一切気が付かない、と言うよりも興味すら無いように傲慢な態度を隠そうともしない男。
カザラニア公爵……ザッカール王国の裏、暗部の全てを牛耳る誰よりも欲深く、誰よりも冷酷な公爵。
全身から高位貴族特有の全てを見下す冷徹な意志が垣間見える高位貴族は、表情を特に動かす事も無く、それが当たり前の事であるとばかりに言い放つ。
「最早王国は終焉を迎える。ゆえに今後の立て直しを考慮して我が公爵家は早々に王国再興の為にも脱出を図る必要があるゆえ、不本意ではあるがその粗末な船を使ってやろうという事だ。名誉な事であろう?」
そんな傲慢な言葉、危機に面した人々が了承するはずもなく我慢できなくなった民衆から怒号が飛び交い始める。
「ふざけんな! ようやく脱出できるって時に横入りだと!?」
「ここまで必死に守ってくれた兵士や冒険者の連中ならいざ知らず、何にもしないで魔物がいなくなったらしゃしゃり出てきやがって!!」
「そうだバカにするな! 俺たちはお貴族様の為に戦った覚えはねえ!!」
「王国軍とて同意だ! 高位貴族を名乗る者が国民より先に逃げようなど恥ずかしくないのか!?」
当たり前と言えば当たり前の罵声の嵐……しかしそんな民衆の言葉を介した様子も無くカザラニア公爵がスッと手を振り上げるとフルプレートの集団、公爵の施設兵団たちが一気に抜剣、民衆へ剣を突き付けて強制的に黙らせた。
「何か勘違いしてはいないか愚民どもよ。我は願っているのではない、命令しているのだ。権力者の命令は絶対、逆らう事が許されない事など常識中の常識であろう。貴様等の下等な命よりも我らの高貴な命の方が尊重されるべき事を忘れるとは……何とも嘆かわしい」
そのまさに悪徳貴族、民衆を顧みない暴君の言葉にミリアは怒り心頭、すぐに飛び出しても良いように拳を握り構える。
しかしそんな彼女よりも先にキレたのは別の意外な人物だった。
「嘆かわしいのはどちらですか、公爵閣下」
「……なに?」
その言葉を口にしたのはこの場で高位の貴族には絶対的に逆らえないハズの、何だったら直接的な手ごまであると向こうに認識されていたファークス侯爵であった。
それは直情的な怒りの表情ではなく、どこか諦念……自分を含めた貴族というモノを諦めているような哀愁が漂っていた。
「我らは国民の税によって生きながら得ている。そして政治を司り国民の剣に、盾になり国を守る事こそが貴族の本懐にして常識のハズ。本来国内にこのような混乱をもたらす事さえ罪であるのは常識でありましょう。そのような貴族の上に立つ貴方が責任も取らずにどちらに行こうと言うのですか?」
「…………貴様」
「百歩、いえ千歩譲って今後の王国の再興を願うと言うのなら、再興には最重要になるハズの国王陛下始め王族の方々はどちらにいらっしゃるのですか? 貴族として忠誠を誓い自らの命よりも最優先にするべき存在を守る立場でもあるハズの貴方がこんなところで何をなさっているのですか? 守るべき者も守らず、その高貴な魂が王都から持ち出そうとしている、そのお荷物の山は一体何なのですかな!?」
指摘されたカザラニア公爵の私設兵団が運んでいる大量の荷物は金貨やら宝石やら絵画であったり、どう見ても財宝、財産の山であり貴族として守るべき主の姿などどこにもありはしなかった。
王も国民も守らず己のみを大事に逃亡しようとする貴族の矜持を忘れた愚行……ファークス侯爵に指摘されるとカザラニアは初めて顔を歪めて見せた。
避難民たちを逃がすための船を奪い取ってまで乗せたいモノは王族でも国民でもない、自分自身がため込み続けた財産の方だというのだから。
「……チッ、犯罪の汚名を巧みにかわし、それどころか英雄のように称えられた時はその立ち回りに感心したものだったが、どうやら息子の死で腑抜けたという噂は本当であったか。見込み違いであったな」
「それはそれは、見込み違いも甚だしい。私は死罪すら望んですらいたのに……後悔の後に断罪してすら貰えないのは生き地獄でしかありませんでしたよ」
「は! その挙句清廉な貴族として立ち回ろうなど無駄な事を。貴様とて所詮は我と同じ穴の狢、今更そのような振る舞いで許されるとでも思っているのか?」
「そんな事は百も承知。死が許されないならこの命尽きるまで、あの子がいたらやったはずの当たり前の善行の欠片くらいは肩代わりせねば……黄泉路であの子に殴ってすら貰えん。貴族が……民を守るに理由などあるものか!!」
『なるほど……どうりで……』
彼のその言葉でミリアはこの場において戦いにはド素人でありながら最も必死に民を、もっと言えば子供を守ろうと奮闘していたファークス侯爵の行動が腑に落ちた。
自身の過去を後悔しての贖罪、言うなれば死に場所を求める悲痛な姿……それは聖職者としても冒険者としても何度か見た事のある姿ではあった。
これまでであれば逆らう事など考えもしなかったであろうカザラニア公爵に面と向かって反論出来るのも、どこかヤケッパチになっている事が察せられた。
しかしカザラニア公爵にとっては飼い犬に手を咬まれたような不快感しか齎さなかったようで、スッと手で示しただけで一人の兵士がファークス侯爵の前に躍り出る。
「下らぬ……ならば我が死罪を与えてやろう」
「……は!?」
「下がって侯爵!!」
無言でファークス侯爵に接近する兵士はフルプレートとも思えない程の速度で肉薄し、慌ててミリアが叫んだ時には剣が彼の脳天に振り下ろされていた。
息子……いや娘に完全なる敗北を突き付けられたあの日からずっと望んでいたのに与えられなかった確実な死。
『これで、あの子に殴って貰えるだろうか……』
そんな瞬間にファークス侯爵が感じたのは恐怖でも怒りでもない……ようやく訪れた断罪に対する安堵の感情。
キン…………
「え!?」
しかし……その望んだ瞬間は、突然割り込んだ黒い影に邪魔される。
まるで稲妻の如き速度で振り下ろされた剣を乾いた音で弾き飛ばし、ファークス侯爵の前に立った“カトラス”を手にした一人の黒装束によって。
そして伴って現れるもう一人の黒装束の男の姿に、ファークス侯爵の表情は驚愕に固まってしまう。
「いかんなぁ侯爵閣下。そのような面のままで黄泉路に旅立っても娘さんは殴ってはくれませんぜ。アレそんなに甘い女じゃね~よ?」
「…………」
「な!? き、貴様…………怪盗……ハーフ・デッド!?」
「今はグループ、怪盗ワースト・デッドを名乗ってるのは知らんのかい?」
それは自分から毒にも薬にもならぬ矮小な魂を盗んだあげく、大事にしなかったクセに本当に大事だった者の魂を奪った仇。
だというのに……自分には憎む資格も持てない怪盗。
そんな恨むに恨めぬ、憎くあるのに憎むこともできない男は不敵に笑って見せた。
何故かカトラスの女性は複雑そうな目になっているのだが……。
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