第二百七十五話 モログ? 誰それ?

「スゲ……さすがはエレメンタル教会脳筋共の親玉。パワーと魔力が合わされば一瞬かよ」

『忠告、感心している場合では無いと具申いたします』

「おっと、確かにな」


 一瞬で燃やし尽くした大聖女の炎に驚愕していると『勇者の剣』から叱責される。

 本来は殺されるハズの武器だったヤツに説教されてしまうとは……。

 何気に複雑な気持ちになりつつ、俺は残り3体……いや3人へ向かい疾走する。

『勇者の剣』は元々邪気を操る邪神から異界の勇者を守る目的で、邪気の浄化をする為の剣らしいが、力の源である強烈な『望郷の念』は世界を隔てて帰還する事が困難な異界の者でなくては本来の力を発揮できない。

 いくら過去に故郷を失い、あの頃に焦がれる想いを持っていようとも、世界を隔てる異世界人に比べれば刀身を維持する望郷の念は発生しない、せいぜい果物ナイフ程度だ。

『勇者の剣』曰く、そんな力ではせいぜい一時的に邪気を散らす程度の威力しか発揮できないらしい。

 邪人と化しているヤツ等だが再生増殖の能力は全て邪気によるモノであり、邪気を失えば単なるアンデッドにまで脱落させる事は出来るらしいが、今のヤツ等の邪気を一時的に散らしたところで、乾燥した時と同様にすぐに吸収されて元に戻ってしまう。

 そこで活躍するのが邪気の始末屋にして墓守のアンデッドであるドラスケだった。

 一時的に体から抜き出された邪気が全て奪われてしまえば……。


「後は単純明快な決闘に持ち込めるってワケだ!!」

「「「ギギョぎょ!?」」」


 突然の聖騎士ゼッペスの消失に驚愕したのは俺だけじゃなかったらしく、聖騎士モドキたちもこの瞬間は動きを止めてしまっていた。

 その隙を逃す手は無い、俺は瞬時に3人に肉薄して一体ずつ『勇者の剣』のショボい刃先を突き立てて行き、駆け抜けた背後でボンという破裂音が3度響き渡った。


「クカアアアアアアアアア!! 命ある者が膨大な邪気をため込みおって……このバカ者共がああああああ!!」


 そして一気に放出された黒い煙『邪気』を空を飛ぶドラスケが勢いよく吸収していく。

 白いドラスケの全身がドンドンと黒く変色して行くと共に、辺りに立ち込めた邪気が晴れて行き……現れた3人はゼッペス同様にグロガエルの色が緑色に変色していた。

 自分に起こった変化に理解が及ばないのか更に戸惑った様子を見せるのだが、そんな隙を見逃さないのは俺だけじゃない。

 その瞬間には一発の弾丸が聖騎士の鎧を貫いていたのだから。


「限界突破火炎魔弾……特性のミスリル弾、冥土の土産に持って行きな聖騎士ミルド」

「カア!?」

 ボオオオオオオオオオオン…………


 リリーさんが狙撃杖を構えたままそう呟いた次の瞬間には、聖騎士ミルドは体の内部から破裂するように爆散した。

 当然、カエル状態の下半身も跡形も無く……。

 そして二人目の仲間の犠牲を目の当たりにした事でようやく危機的状況を察したのか、慌ててロングソードを構えようとした聖騎士に対しては……もうすぐ父親になる同期が自慢の魔法剣を横薙ぎに振りぬいた。


「風刃閃、コイツが俺の最強の技だ。こういうのはあんまりガラじゃねーんだが、聖騎士にゃ最高の技で挑むのが礼儀ってんだろ? コンスタン殿」

「………………」


 ロッツが横薙ぎに剣を振るって上半身と下半身、人とカエルの部分を切断したのはヤツなりの情けだったのか……いずれにしろ本体は人の体の方だったのか、切り離されると同時にカエルの方も聖騎士の方も甲板に転がりそのまま動かなくなった。

 心なしか動かなくなった聖騎士の顔が穏やかなモノに見えたのは気のせいでは無いと思いたい。

 そして最後に甲板に残った聖騎士は一人のみ。

 最後の一人に対してカチーナが真正面に立って、カトラスを何時もの逆手ではなく順手に持ち、そして珍しく両手持ちで対峙していた。

 それが何を意味するのか……王国軍であったカチーナが聖騎士に対して正面から向かい合う事に何の意味があるのか…………言葉にするのは無粋と言うモノである。


「………………」

「事ここに至っては是非も無し。命を賭けた最後の一刀……剣士カチーナがお相手致しましょう。聖騎士ランドル」

「………………」


 邪人に堕ちてもカチーナの意志は伝わったのだろうか。

 聖騎士ランドルもまた、ロングソードを両手持ちで正面から構えて見せた。

 最後の最後、異形と化しても戦士としての矜持だけは捨てられなかったという事か。

 そんなヤツの所作にカチーナは薄く笑う。


「いざ、尋常に…………勝負!!」

「!!」


 キン……。

 そしてその立ち合いは一瞬、一度の金属音と共に両者の立ち位置が入れ替わり……カチーナの髪が一房舞ったのと同じように、ランドルの首が宙を舞っていた。


「オ……ミゴ……と…………」

「そちらこそ……」


 聖騎士に騎士として……カチーナは敗者に別れの言葉を告げ、カトラスを鞘に納めた。

 その姿は騎士としての立場は捨てても、矜持は心に持ち続けている彼女らしい凛とした姿であった。


 異形の姿になっても最後は人として、そして聖騎士としての最後を迎える事を選んだ馬鹿どもの生き様は決して賢い選択ではなかったかもしれないが、それでも否定する事は絶対に出来ない。

 何故なら、せめてマシな死に様をと言うのは俺が最もこだわり続けている“生き様”でもあるのだから。


「さて……矜持を持った四人の聖騎士との戦いは今終わったのだが、お前はいつまでそこにいるつもりなんだ? 聖騎士の鎧をまとい、聖騎士のロングソードを携えているというのに、聖騎士としての心意気を見せるつもりは無いのか? 邪人に堕ちてまでもそんな恰好するほど手前もこだわっていたんじゃねぇのかぁ!?」


 そして今もって船から距離を置いた場所から動かずにいる最後の聖騎士(?)に俺は話しかけた。

 邪人に堕ちたヤツに言葉が通じるとは思ってなかったが、それでも仲間が倒されても微動だにしないヤツにどうしても言いたくなってしまったのだ。

 しかし意外な事に、ヤツは俺の言葉に反応し……笑った。


「ゲ……ゲゲゲ……なゼ高貴ナわタシが前セんに出ねバならン。ソレこそ下位ノ、下民の役目デある……」


 驚いた……どうやら喋るし、ある程度の思考も出来ているようだ。

頭の中身が腐っているのは変わりがないようだが。

 考えてみればさっきの聖騎士たちも最後に矜持を持って戦う事を選べるくらいには人間性を残していたから、これは不思議では無いのかもしれない。

 比べる事自体が失礼に当たるだろうが。


「少なくとも自ら戦いを挑んだ彼らは立派な聖騎士だったぜ? 今も安全圏にいる誰かさんに比べりゃなぁ」

「所詮ハ、あヤツ等も下っ端……我が策略の時間稼ぎにシかなラン捨て駒。コウきなワタしの役に立てた事を光栄に思うノダな」

「策略……だあ?」

「ク、ゲ、ゲゲゲゲ……分かっテはおるまイ…………」


 それはまるで、用意周到に準備をしていた事のタネを明かす事で俺たちが驚き慌てふためく様を楽しみにしているかのような、実に楽し気でゲスな笑い方であった。

 この辺は邪人がどうこう関係なく、コイツ自身の人間性でしかないように思える。

 ただまあ……そのアテは完全に明後日の方に外れているが……。


「最早キ様ラは逃げらレン、キさマ等が下民ドもと遊んデいる間…………」

「ざっと2百ってところか? 船を取り囲んでいるグロガエルの数は」

「そんなとこね。水中での展開だから気が付かれずに飛びかかる予定だったんでしょうけど、こっちに索敵能力があるかどうかも予想しないで……これが策略?」

「…………ナニ!?」


 得意げに披露しようとした種明かしを潰す俺とリリーさんの会話に逆に驚いてしまうモログ。

 聖騎士たちが戦っている間に水中でグロガエルを増殖させてコソコソと取り囲んでという事が気が付かれていないと思っていたらしい。

 しかし特筆すべきなのは船上の仲間たちは誰も俺達の言葉に驚きを見せていない事だ。

つまり増殖が出来るヤツが仲間を盾に何かを企んでいる事は『気配察知』や『魔力感知』を使えない者たちにだって予想できる事。

 命のやり取りをした事のない素人でない限り、そんな雑な策略を見抜けないハズはない。


「せめて決行の瞬間までは表情や態度を潜めるのは作戦を下す者としては初歩中の初歩。聖騎士たちの戦いの中、ずっと遠くに離れていて気が付かれないとでも思っていたのか」

「結局ヤツは人間を捨ててまでも甘ったれのお坊ちゃんだったという事さ。勝利も手柄も自らで掴むモノじゃない、上げ膳据え膳で誰かが持ってくるのが当たり前、プライドがあるならその状況こそが恥と言うのに……度し難い」


 カチーナと大聖女はさっきとは打って変わって感情のこもらない冷たい瞳をモログへと向けていた。

 人間の時には同じ隊、同じ徒党を組んでいたというのに、心根が同じとは限らない。

 上に行けない事、手柄を得られない事を妬み恥じていたヤツ等と自ら得ようとする気概も無く自分が与えられて当然と思うヤツ……その結果がコレと言うワケだ。


「人間やめて力を得てもなお、戦法は誰かにやって貰うスタイルとか……どこまで格好悪いのだかな~」

「ヌぬぬぬヌヌぬぬぬぬヌガせええええええ!! 何を口走ろウと逃ゲ場がナイのは同ジ事!! 無数ノぐリもワルに喰わレルがイイ!!」


ザザザザザザザザザザザザザザザ…………

「「「「「「「「ギョギョギョギョギョギョ!!」」」」」」」


 モログのその言葉を皮切りに、船の周辺を覆いつくすようにグロガエルが河から一斉に飛び上がった。

 その様は隙間の無いまるで黒い壁、実際この数が一斉に甲板に詰め寄せたら一たまりも無かったであろう。

 だが……。


「だから言ってんだろう、知ってたってよ。知ってて対策練らない素人はこの船には乗ってねーんだよ。頼むぜ漆黒の……」

「そいつは死滅したって言いましたよねギラルさん!!」


 茶化しへの否定を速攻で入れた『予言書』では賢者とまで言われた男シャイナス君こと本名ジャイロ君は、そのまま甲板に手を付いて用意した魔法陣を展開させる。

 その魔法陣は広範囲に及び、船の周辺を完全に囲んでドーナッツ状に展開……黒い壁になったグロガエル共を全て領域に納めてしまう。


「全員シワ作りたくなかったら絶対船から顔出すな! 大地の恵み、無常の風にて奪い去れ。枯渇せよ『極熱砂漠ヘル・デザート』!!」


ジュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……

「「「「「「「「「ギョオオオオオオオオオオオオオオオ!?」」」」」」」


 そして展開された魔法陣はジャイロの詠唱により発動、一斉に真空の空間が広範囲に巻き起こる。

 唯一の安全地帯の船上以外の空間全ての水分が沸騰し、飛び上がったグロガエルたちを悉く黒い干物の姿に変えて行く。

 その光景は余り気持ちのいいモノじゃないが、味方としては助けられたのだから苦笑いするしかない。

 結局グロガエルたちはただの一匹も甲板に降り立つことは無く、枯れ木の如き状態になって全て河へと落ちて行った。

 聖騎士モドキたちとは違い、単純なグロガエルたちも水に浸かれば時機に元には戻るが、それでも数十分のインターバルは必要……現在の戦闘に即時復帰は最早不可能となった。


「な…………なンダと……我が分身ガ……一瞬にシテ……」


 本人は必殺の策だと思っていたのだろう……ジャイロの広範囲乾燥魔法に全てのグロガエルが戦闘不能にされた事が信じられないようだ。


「やるじゃね~か、若いの! 今度一緒にパーティー組まねぇか?」

「この広範囲を中心に安全地帯を作った上で限定的に魔法を展開するなど、素晴らしい技量です!!」

「ふ~……さすがに魔法陣を船周辺全域に張り巡らすには時間が必要だったけど、しっかりと時間を稼いでくれる仲間がいたから」


 反対に冒険者連中に褒め称えられ照れ笑いをするジャイロ君の言葉にモログはようやく自分が見ていなかった状況に気が付いたのか、体を震わせ絶望の表情を浮かべる。


「仲間に時間を稼いでもらっているのが自分だけだとでも思ってたのか? 自分と同様にこっちも同じ時間がある事なんて当たり前の事なのに。そして敵には時間を稼がれれば一撃で全滅に追い込まれる強力な魔法使いがいる事を知らなかった、と言うよりも知ろうともしなかった。そんな情報精査能力でよくもまあ、兄貴が上に立つ事を妬んでいられたもんだ」

「グ……ググ……」


 結局はコイツはどこまでも素人だったという事に尽きる。

 自身が盤上でコマを動かす立場と思っているか、己もコマの一部として動かすか……本当の指揮官としての心構えはそこにこそ違いがあるのだろう。


「……で? どうすんだ、どこぞの貴族らしいお坊ちゃん? 聖騎士の鎧を借りてまでゴッコ遊びに興じたいようだが、本物であるならいよいよ自ら証明して見せて貰おうか?」

「決闘が望みなら遠慮なく相手しましょう。向かい来るなら我が名に懸けて……」

「おうクソガキ、向かって来なよ! 墓標に名を刻んで欲しけりゃ今こそその手で!!」


 そして船上の全員が武器を手に、大聖女ですら最早ヤツの名を呼ばずに睨みつける。

 無論全員が一対一の決闘を迎え入れるつもりで、モログ自身が甲板にラスボスとして降り立つ事を期待して。

 来いよ、今向かってきたら名を呼んでやる、聖騎士として引導を渡してやる……そう言うつもりで。


「……………………………ひ!?」


 しかしそんな戦士としての最後の情けをヤツは最後まで介する事が出来なかったらしく、恐怖に気おされ背中を向けると水の中に潜り、逃げ始める。

 邪人に堕ちて人間を止めてもなお、自分の命が惜しいのか……そんなヤツの様に誰ともなくため息が漏れた。

 ここで破れかぶれにでも飛びかかって来れば、ヤツは聖騎士“5人”の1人として名乗る事が出来ただろうに……必死に逃げる人では無くなったモノに対して最早贈る言葉も見つからない。

 救えないヤツと言うのもいるのだと。


「…………あ」


 しかし矮小な人間と違い自然と言うのはそこまで堕ちたヤツですら見放す事は無いようで、ヤツが必死に逃げようと泳ぐ先に巨大な掃除屋の気配が近寄っている事に気が付く。

 千年以上も邪気の処理を役割とするライシネル大河の主……これほど大量のグロガエルがココに現れて出てこないワケは無いものな。

 巨体のワリに泳ぐ音は静かで、俺達から逃げる事にしか意識が向いていないモログは目の前にいるそいつに全く気が付けていない。

 そして、気が付いた時には最早手遅れであった。


ザザザザザザザザザザザザ…………

「…………エ?」


 多分ヤツは最後の瞬間、自分がどうなったのか理解できなかっただろうな。

 巨大な口を開けた黒鎧河馬ライシネルヒッポに大量の水ごと飲み込まれたなど。

 聖騎士としての最後ではなく、ヤツの最後は大自然の糧となる事を自ら選んだ……そう言う事にしてやろうか。



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