第二百七十四話 望郷の鎮魂歌
聖騎士モドキたちが大聖女の言葉を理解できたのかは分からないが、それでも呼応して雄たけびを上げるヤツ等は自分たちを聖騎士であると認められたと歓喜しているように見えた。
ましてやこんな状態になってもしっかりと名前を呼んで一介の戦士として相手しようとする大聖女の姿勢に、戦いに聖騎士程の矜持を持たない
真正面からロングソードを振り飛びかかって来るヤツ等も『予言書』の俺たち同様、引き留めてくれる人も切欠にも出会えなかった不運な者たちでしかない。
引導を渡してやる事が改編者を名乗る『ワースト・デッド』としてやるべき役割だろう。
「最悪を盗み、最後にしてやるよ聖騎士共!!」
「決闘を望むなら受けて立とうではないですか!」
連中の突撃に、こちらもカチーナさんを筆頭に大聖女もイリスも真っ向から立ち向かい応戦、それぞへの武器がぶつかり合い辺りに金属音が響き渡る。
無論俺も鎖鎌での投擲とダガーの斬撃、そして『魔蜘蛛糸』で動きを封じるために為に蛙の脚を縛りあげる。
しかしそういった支援攻撃に対して聖騎士モドキ共は縛られた脚を解くどころか絡まった瞬間に切断して逃れてしまう。
そして数秒後には切断面から新たな脚が生えて来て回復してしまうのだ。
回復力を駆使した実に合理的かつ不公平なかわし方である。
「クソ、このままじゃサポートどころじゃない。回復手段が邪気のせいかは知らんが、無尽蔵に回復され続けていたらジリ貧だぜ」
打開策が思いつかない。
何しろ邪気は魔力とも違う本来ならアンデッドにしか見る事も出来ないエネルギーなのだから、見えない俺達に出来るのはせいぜいその場の空気ごと飛ばして追い出すか、さもなきゃ逃げるしか方法が無い。
人体に影響が出るほどに浸透してしまった邪気なんてどうしようも……。
そんな風に俺が次にするべき手段に迷っていると、ザックの中から『勇者の
『提案、何とかする手段が無くも無いです』
「え!?」
『私は元々邪神から勇者を守る為の剣。邪気を払う事は最も得意とする分野になります』
邪気を払える!? 『勇者の剣』の言葉に俺は一瞬喜びかけるが、しかし大事な事を思い出して眉を潜める。
「ご提案はありがたいが、知ってるだろ? お前さんを扱えるのは異なる世界に望郷の念を持つ異界の勇者のみ。俺が辛うじて出せたのは果物ナイフクラスのショボい光だけって」
『肯定、確かに貴方の望郷の念はその程度、私本来の邪気を払い清めるまでの力を発揮するのは不可能な事です』
「ほら見ろ……」
『代案、短くか細い力でも邪気は払えずとも一時的に散らす事は出来る事でしょう。そして彼の力を借りれば、少なくとも今は何とかなるかもしれません』
「彼?」
*
一度拳を交えた者であるなら力の大小、勝敗に関わらず決して名前を忘れぬ脳筋共。
そんな連中に名を覚えられる事なく邪人にまで堕ちた聖騎士たちが、今そんな連中の代表とも言える
「オラオラオラ! お次に干物になりたいのはどいつだい!?」
「「ギョオオオオオオオ!?」」
ロングソードを手に遮二無二振り下ろす聖騎士たちも、元から腐っていたワケでは無い。
貴族から聖騎士や王国軍を目指す者たちは大概が実家では3男以降の跡継ぎからは外れた存在、ゆえに働き口を他に見つける為に入隊する。
そして最初は自分の力を信じて上を目指すも、そこでもやはり権力という名のコネが付きまとい、更に実力で上に行こうにも今度は自分よりも下位だと思っていた貴族家や平民の連中の方が力量が高く手柄を立てる。
権力でも武力でも自分よりも上が遥かに多い現状は、自分が入隊した時の純粋な上昇志向をドンドン腐らせ挫折を味わう。
そういった嫉妬や憎悪を発奮材料に出来るのならまだ救いはあったのかもしれないが、残念な事にこういう時に楽な道に逃げてしまうのは人間の性なのか。
コイツ等の不幸はそういった挫折の中に入る時に、多少の貴族家のコネを持っていたモログという人物に出会ってしまった事に他ならない。
これが冒険者なら、もっと生き方の幅もあったのだろうが連中は卑屈になっても楽な方向に逃げても聖騎士という肩書に悪い意味で固執してしまったのだ。
『もっと早く、連中の性根を叩き直せていれば……』
実は連中の素行に付いては第五部隊隊長ノートルムに何度も相談を受けていたのだ。
彼も彼で部下である連中を何とか矯正できないか試行錯誤していたのだが、彼自身男爵家の3男である事もあり『下位貴族出身の私への反発心で辛うじて矜持を守っている連中だからこそ、気に入らない私が上司である状況下で自分が叩き潰したら立ち直れないだろう』と。
「こうなっちまうとその気遣いは裏目だったね。立ち直れなくなるほど叩きのめして聖騎士から追い出してやるべきだったよ」
ジャンダルムは複雑な想いを抱えつつ、ようやく自らぶつかりに来た連中に全力で応えるべくメイスを振るい、即席の乾燥魔法で捉えた一体を一瞬にしてカラカラのミイラにまで変貌させる。
しかし瞬時に別の仲間が自身の危険も顧みずに仲間を救出して水の中に落とす。
姿形が悍ましくとも、それは助け合い補い合う部隊としてはまさに理想的な形であった。
こんな状況になってようやく連中を対峙すべき敵であると認識出来た事に大聖女はほくそ笑みつつ、状況のマズさも理解していた。
「ふん、やるじゃないのさ。自分のダメージも想定内で補い合う戦術を覚えれば化けるだろうとは思っていたがな」
「感心している場合ですか大聖女様! 他のカエルと違って連中は水に浸かれば瞬時に復活するし、連携するからどうにか一度に叩く事が出来なければ……」
「分かっておる。しかしどうしたもんかねぇ……」
時空魔法という特殊な魔法を駆使して奮戦するイリスに言われるまでも無く、一見互角に戦えているようで、このまま何か打開策が無ければ徐々に追い詰められる。
それに大聖女は部下にだけ戦わせて高みの見物決め込むモログがこのまま何もせずにいるワケが無い事を予想していた。
このままジリ貧でいれば、その思惑通りにされてしまう。
そんな予感を抱きつつ、さらに襲い来る聖騎士たちを大聖女たちが迎え撃とうとしたその時だった。
「真剣勝負の最中に失礼するよ!」
「ゲギョオオオオオオ!?」
ロングソードとカエルの舌を武器に襲い来る一体の聖騎士モドキの真正面に、ギラルが何やら短く光るナイフを手に割り込んで来たのだった。
その瞬間聖騎士としての矜持を掛けた戦いに水を差されたとばかりに、攻撃の矛先はギラルへと変更されるが、ギラルは盗賊らしく正面に立っても受け止めるような事はせずにロングソードも舌も体を柔らかく沈みこませてかわし、そのままカエルの股下を潜り抜けて背後に回った。
「ゲギョ!?」
「俺を殺すハズの武器を俺が使う事になるとは……な!」
そしてそのまま短い光るナイフ『勇者の剣』をカエルの黒い肌に突き立てる。
腕を斬り飛ばされようが一瞬にして再生してしまうコイツ等相手にそんな攻撃に何の意味があるのか……この時誰もがギラルの行動に疑問を持った。
しかし次の瞬間“ボン”と紙風船が破裂したような音がしたかと思うと黒い煙のようなものが聖騎士モドキの全身から一気に放出された。
その黒い煙が視認出来るほど濃密に凝縮された邪気である事は誰の目にも明らかで、『勇者の剣』を突き立てた瞬間に飛び退き煙の圏外に逃れていたギラルは叫んだ。
「ドラスケ! 喰らいつくせ!!」
「任せろ! クオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ゲ!? ゲギョ! オオオオオオオオオオ!?」
上空に控えていたアンデッドにして邪気吸収のエキスパートドラスケが放出された邪気を一気に吸収していく。
そして黒い煙立ち込めて姿が見えなくなっていた聖騎士モドキの姿が見え始めると、その様相がさっきとは一変していたのだった。
上の聖騎士は変わらないのだが、下のカエルの色が黒から深い緑色になっていたのだ。
その変化に誰もが、聖騎士モドキ本人すら戸惑い驚いているようだったが、ギラルだけは状況を理解していた。
「バアさん今だ! グロガエルの膨大な邪気を失った今、ヤツは単なるアンデッド。魔法が使えるぞ!!」
「!?」
その言葉に大聖女は驚きよりも先に体の方が動いていた。
さっきまでは直接振るえなかった己の膨大な魔力をメイスに伝達させ、凶悪な炎の塊として聖騎士モドキへと振り下ろした。
「隕石の
「ギ!?」
相手も慌ててロングソードで受け止めようと反応するが、その防御も空しく彼の右腕は“ボッ”という音と共に圧倒的な破壊力で剣ごと消し炭とかしてしまう。
そして、あれほど何度も再生を重ねていたハズの腕が生えてくる気配もない。
「ギギギギ!? ギギャガヤギャ!?」
「これまでだよ……ゼッペス」
「グギ!?」
その状況に戸惑い焦る聖騎士モドキであったが、そんな反応を他所にメイスを置いた大聖女はそのまま聖騎士の首を掴むとそのまま釣り上げる。
その目には何時もの豪快さは無く、どこまでも悲しみに満ちていた。
「今度やる時は自分のままで向かって来な。不意打ち、集団リンチ、罠を仕掛けるでもいい……アタシがあの世に行くまで待ってろ」
「ギギギギ…………………スマナい……」
「炎の精霊による
ゴオオオオオオオオオオオオ…………
大聖女ジャンダルムが呟いた瞬間、聖騎士モドキ……ゼッペスの全身が巨大な炎に包まれて行く。
そしてその全身は邪人としてグロガエルと融合した姿も聖騎士の鎧も全て巨大な火柱に燃え尽くされ、跡形も無く消え去ったのだった。
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