第二百七十三話 選べない死に様

 しかしこの状況下で真っ先に嘔吐いたのはリリーさんだったが、立ち直りが一番速かったのも彼女だった。

 グッと歯を食いしばったかと思うと、狙撃杖を構え直してそのまま魔弾を発射。

 そのまま見事に既に数百メートルは近づいていたモログの脳天に一撃、風穴を開けたのが遠目でも確認出来た。

 見事なヘッドショット、切り替えの早さも冷静に撃ち抜ける肝っ玉も流石としか言いようが無いが、彼女はスコープを覗いたまま小さく舌打ちをする。


「く……やっぱりか」

「やっぱり?」

「見た目からカエル共と人間の部分に違いがあるか判断付かなかったけど、一発極小の魔弾を当ててみて分かった。アレは人の部分もカエル共と一緒、魔力を吸収して増殖するみたいね」

「うえ!? ほんとだ……」


 どうやらリリーさんは本格的に戦いになる前に実験をしたようで、最悪を想定して最小限の魔力弾をぶち当てたらしい。

 結果はまあ最悪で、額に開いた小さな弾痕からさっきみたいにグロガエルが這い出して来るのが見えてしまった。

 魔力が小さい事でさっきよりは小さめであるのだが、直視したい光景では断じてない。

 度重なる悍ましい光景に辟易しそうになるが、リリーさんはその事実確認を元に魔法使いたち指示を出し始める。


「聞いた通りよ。アタシ等はカエル同様にあの聖騎士もどきには一切の魔力攻撃は厳禁、使える者は前衛の魔力付与か結界に専念、最悪肉弾戦も覚悟しなさい!!」

「わ……わかったわ」

「身体強化魔法なら得意な方だ、任せてくれ!!」


 そしてやはり、こんな危険な仕事をしようとする冒険者たちは命の危機への対応力が早い。どんなに悍ましく精神的にキツイとしてもやるべき事をやらなきゃいけない状況なら、黙っているよりまず体を動かした方が生き残る可能性が高くなる。


「こっちも怖気てるばかりじゃねぇな。全員武器を手に四方を警戒しろ! 聖騎士もどきの連中はモログ含めて全部で5、すでに船を囲んでいやがるぞ! ロッツ! しっかり後方にも回ってるから注意しろ!!」

「わ~かってるよ! それに別のカエルも伴ってやがるな……」


 ロッツもリリーさんよりは範囲が狭い方だが『魔力感知』の使い手だから、この距離まで近寄られたら気が付かないワケが無いか。

 正面のモログに気を取られてはいたが聖騎士もどきは他にいて、その内容も当時モログと徒党を組んでいた取り巻き連中だったようだ。

 この状況でそれらが“アレ”と同じでないという事は無いだろうが、問題となるのはそいつらにはしっかり両手があり、同時に武器を手に持っていたという事なのだが……。


「「「グギャオオオオオオオオオ!!」」」


 そんな俺の考えに同調したように、激しい水柱を上げて3体の聖騎士モドキ共が奇声を上げて襲い掛かって来た。

 やはり全員カエルから聖騎士の鎧を着た人間が生えている状態で、最早人間ではない事は一目瞭然。血走った目に開きっぱなしで涎を流す様は下のカエルよりも遥かに気色悪い雰囲気を醸し出している。

 しかし問題なのは手数の多さ、カエルは牙、舌、爪の攻撃が主だったがコイツ等は更に両手を持った人間の体が武器を振るってくるのだから厄介極まりない。


「時を伸ばせよ、遅延スロウ・ダウン!!」


 しかし一匹の聖騎士モドキがロングソードを振り下ろして来て、俺が反応するよりも前に間にイリスが割り込んで来て呪文を唱えたかと思うと、その瞬間聖騎士モドキの動きは剣の振り下ろしだけでなく重力による落下速度までもが僅かであるが遅くなる。

 その間に更に深く潜り込んだイリスは、そのままトンファーの一撃をカエルの腹に叩き込んだ。


「せええええい!!」

「グボギャ!?」

「ジャイロさん!」

「よ、よし任させろ! 熱砂のドライウインド!!」

ジュオオオオオオオオオオオ……「キョエエエエエエエエエ!?」


 そして強烈な一撃を喰らった聖騎士モドキはそのまま上空へ飛ばされ、グロガエル共と同様に水風船を叩きつけたようなボチャンという音を立ててジャイロの目の前に落下、そのまま乾燥と見事な連携を見せてくれる。

 ヤルな! オリジン大神殿で別れてからそれ程時間は経っていないのに、彼女は大聖女から譲り受けた『ダイモスの遺産』を元に時空魔法の研鑽を積んでいるのが目に見えて分かる。

 そして同時に時空魔法も直接触れていない類は吸収できず効果があるみたいだ。

 魔法の定義は分からないけど、イリスが今時間を遅らせたのは聖騎士モドキを含めた空間全てという事なのだろう。

 みるみるこれまでのグロカエルと同様に水分を失って人の部分もカエルの部分も干物の如く縮んで行く。

 だがまず一匹と思った矢先、時間差で水面からもう一匹の聖騎士モドキが飛びかかって来た。


「気を付けろジャイロ!!」

「え? うお!?」


 派手に登場した3匹とは別に壁面に張り付いてヒッソリと登ってきていたらしい一匹が舌を伸ばしてジャイロに襲い掛かり、ジャイロは咄嗟に魔法を解いてその場から飛びのく。

 しかし意外な事にその聖騎士モドキが舌で狙っていたのはジャイロの方じゃなく干物になりかけた仲間の方だった。

 干からびかけた仲間の脚に下を絡ませると、そのまま水の中へと引きずり落としたのだ。

 その行動の意味を俺たちは数秒後に知る事になる。


「キョエエエエエエエ!!」

「うげ!?」


 次の瞬間には元のブヨブヨした気色悪い色合いを取り戻したグロガエルと元聖騎士が激しく水柱を上げて甲板へと戻って来た。


「マジか!? 乾燥後に水分を得れば復活するのは知っていたけど吸水のスピードが速すぎんだろ? 干しキノコだって元に戻るには何十分も付けこまんとイカン。神様の食物カップメンだって3分は必要なのに!?」

「明らかに今までのヤツ等とは違いますよ!? それに聖騎士の外観だけじゃなく一応は連携をしているフシまで……」


 驚異的な回復力に加えて吸水力、そして曲がりなりにも連携をしてくると……やり難さが更に増しやがった。

 だか考え込む暇も無くロングソードを振りかぶりジャンプして来る聖騎士モドキたち。

 俺は咄嗟に分銅の連撃で一匹を吹っ飛ばすが、吹っ飛ばした矢先に下のグロガエルの方と目が合った。

 そいつがわずかに笑ったように見えた次の瞬間、グロガエルの舌が右足に絡みつく。


「!? マズイ!!」

「「ゲゲゲゲッゲエゲ!!」」


 そして吹っ飛ばしたと思った聖騎士モドキが蛙の舌が引き戻るのを利用して、そのまま俺に剣を振り下ろして来た。

 人とカエルの部分が連動しているのかは知らんが、奇声が重なって訳の分からに悍ましさを重ねていく。

 元々防御力自体は高くない盗賊として攻撃は基本逃げるか流すかなのだが、要の脚を止められてはどうしようもない。

 俺は覚悟を決めてロングソードを受け止めるつもりで足を踏ん張った。

 しかし……その行動は無駄に終わる。

 電光石火で割り込んで来たカチーナがカトラスを一閃、グロガエルの舌を一撃で断ち切ってくれたのだ。


「「ゲゴ!?」」

「乗船拒否だこの野郎!!」


 そして間一髪自由になった脚でロングソードの振り下ろしをかわし、そのままの動きで聖騎士の顔面に蹴りを加えて船から叩き落す。

 絡みついたままだった舌の残骸を振りほどくと、カチーナがカトラスの柄で俺の頭をコツンと叩いてきた。


「いて」

「戦闘中の不測の事態で考察するのは悪い癖ですよ、ギラル」

「面目ない……」


 戦闘中どころか仕事中に思考を別にやるなど盗賊としてあるまじき行為なのは分かっているハズなのに……。

 しかし同時に考えないワケにも行かない。

 何しろ今対峙しているコイツ等を確実に仕留める手段が分からないのだから。

 乾燥に弱いのは今までと同じなのだが、少しでも水を得れば復活して来るし回復増殖は今までのグロガエルと何ら変わりがない。

 何とか一つにまとめて一気に乾燥させてしまうのが最も手っ取り早いのだろうが、如何せんその作戦にも一つ問題があるのだ。


「カチーナ、さっきから聖騎士だった連中が襲って来るけどモログ自身が向かってこないのは何か意図があると思う?」


 叩き落した聖騎士モドキ共が再び這い上がって来るのを確認しつつ聞いてみるが、カチーナの見解は辛辣なモノだった。


「作戦上司令塔が戦場に立たずに俯瞰するのはある事ですが、どうしても私にはアレがそう言う作戦行動には見えません。現場に現れずに面倒事を全て他人にやらせて高みの見物をしているタイプの門閥貴族と似た雰囲気を感じます」

「あ~やっぱりそんな感じに見えるよな」


 そしてその見解は俺も全く一緒。

 邪人になり人の姿を失って尚、戦い方のクセと言うか心根が変わる事は無いという事なのだろうか?


『邪人となる者は人を妬む感情をプラスに向ける事は少ない。妬みの感情を上昇志向に持って行けるならまだしも自らを変える気概を持てず、邪人と化しても深層心理にまで根付いた本音は変わらんのだ。ゆえに邪人の戦い方は本人の性根が如実に表れる』

「邪気を利用して大量のグロガエルを生み出して襲わせ、手下の連中には直接戦わせても自分自身は戦場に上がる事は無い……か」


 この期に及んで……俺が持った感想はそれに尽きる。

 邪人に堕ちてまで力を手に入れたかったというのなら、何故今も手に持っている剣を直接振るわない。

 未だに未練があるからこそ聖騎士の鎧をこんな姿になってまでも纏っているのだろうに、何故前線に出てこないのか。

 そんな姿になるほどに妬ましく思っていた兄貴を引きずり落とそうと、同じ舞台で堂々と立ち向かおうと少しでも思わなかったのか?


「そう考えると、今まさに剣を手に向かって来るコイツ等はまだマシな気も……ん?」


 そんな事を思って這い上がって来たヤツ等に注目した時、俺は4匹の聖騎士モドキがそれぞれ奇声を上げていると思っていたのだが……何か言葉を発しているのに気が付いた。

 それはグロガエル共の奇声、大量の水を含んだくぐもった声色で本当に人の言葉なのかは疑わしいのだが……それでも俺には人の声に聞こえた。


「グエゲゲゲゲ……ゲウ……ゴ、ゴ……ロ……セ……ゴロ……ゼ…………ゴロジデ……」

「ヒゲ………ヒド……ヒドデ…………ヒドノ……ヒトノ……ママデ……」

「!? お前ら……」


“殺して、人のままで” そう聞こえたヤツ等の人の顔はずぶ濡れで分かりずらいが、しかしそれでも自身が邪人と化した事に嘆き号哭の涙を流しているようにしか見えない。

 コイツ等が邪人になってしまった経緯は分からんが、それでもこの場で聖騎士の姿で剣を振るっているのは連中なりのケジメなのか、それともこだわりなのか……。

 そのこだわりを何故こうなる前に発揮できなかったのか。

 いや……その答えは俺自身が良く知っている事だ。

 人間はどうしたって選択の有無を委ねられる時がある。

 その判断が正解か不正解か、そんなのは結果が出ないと判断など出来はしない。


『誰しも正しい時に正しい選択が出来るワケではない。邪人化は手っ取り早く常人よりも強くなる事が出来る外法、それに乗ってしまったら引き返す事が出来ないという事を知ってか知らずか……哀れではある』

「…………」


 未だに河から向かってこないモログは知らんが、向かって来るコイツ等の気持ちだけは理解できる気がした。

 武器を手に連携もして、せめて戦いの中で『聖騎士として』最期を迎えたい……と。


「本当に……人のままで立ち向かって来るなら多人数だろうがだまし討ちだろうが、アタシもシエルも聖騎士たちも格闘僧共も喜んで受けて立ったというのに……」


 メイスを手に連中を見つめる大聖女の瞳はどこまでも悲し気であった。


「ゼッペス、ミルド、コンスタン、ランドル…………この私、大聖女ジャンダルムを筆頭にこの場に居合わせた屈強な戦士たちが貴殿らの最後の仕合を受けて立とうではないか! 参られよ聖騎士たち!!」

「「「「ギョオオオオオオオオオオオ!!」」」」


 聖騎士モドキたちが大聖女の言葉を理解できたのかは分からないが、それでも呼応して雄たけびを上げるヤツ等は自分たちを聖騎士であると認められたと歓喜しているように見えた。




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