第二百七十一話 敵の敵も敵……

 これから向かう先にいる更なる化け物に思いを馳せ憂鬱になっていると、リリーさんが狙撃杖を前方に構えつつ声を掛けて来た。


「今更あのババアが非常識なのはどうしようもない、気にしたら負けだよ。それよりアタシ等はやるべき仕事をしましょ」

「あ、ああ……そうな」


 どうやら俺が大聖女の振る舞いに呆れていると思ったらしいな……まあ意味間違っちゃいないけど。

 とりあえず俺は当面の仕事である周囲の警戒をする為に五感を集中、俺にとっての『気配察知』最大索敵範囲3百メートルに意識を向ける。

 同時にリリーさんも前方を見据えたまま魔力を集中、瞳を黄金色に輝かせて『魔力感知』を展開させたようだ。


「……今のところ索敵範囲内にいる魔物は大体がラインマッドバスかマーマンの類みたい。ただ魔核しか感じない生き物の感じがしないヤツが3匹ほど前方10時方向にいる」

「確かに水中の音が平泳ぎっぽい……十中八九グロガエルだろうな」


 俺とリリーさんは違う索敵方法だが、だからこそ索敵の確実性が増す。

 リリーさんが言う魔核しか感じない“魔核で動いている”生きていないモノはアンデッドの特徴だし、俺が聞いた平泳ぎっぽい泳ぎはそのままカエルの特徴だからな。

 俺はそのまま今回のリーダーでもあるジャイロ君に伝えると、彼は即座に他の冒険者たちに指示を出し始める。


「今のところ魔物の気配を流れに沿って前方からという事ですね。ではあの黒い蛙の対処役で私は前方へ、後方はロッツさんとパーティーの皆さんにお任せします。残りは全員前方を警戒、打ち合わせ通りに魔導士はカエル以外の魔物を、近接戦専門は船に取りついたカエルを河に落とすか乗船された時は私か大聖女様の前に追い詰めて下さい!」

「「「「「おう!!」」」」」

「了解、アタシは干物作りに徹してりゃ良いんだね?」

「よろしくお願いします!」


 大聖女ばあさんの言葉にハキハキと返事するジャイロ君。

 その指示を出す様に躊躇いや戸惑いも無く、一端の戦士というか貴族的な指導者の面が垣間見え……冒険者たちから不満の声が出る事も無く各々が武器を手に配置に着いていく。

 ついこの前まではアレな感じだったのに……人は成長するもんだな。


「何を老成した師匠のような顔をしているのですかギラル。彼が前に少々アレだったのは貴方が原因だった事を忘れたワケではないでしょう?」

「カチーナ……その事には触れないでくれよ」


 カトラスを手にジト目で隣に立ったカチーナの指摘は非常に胸が痛い。

 そしてリリーさん、ニヤニヤしながら「へぇ~ギラルにカチーナね~」って笑わないで貰いたいんだが……。

 このままでは揶揄われる……もとい緊張感に欠けると話題を無理やりにでも変える事にする。


「さ~てお二人さん、今のこの状況……どう思う? リリーさんが感知した通りあのグロガエルはアンデッドの類、前に魔導霊王アクロウが邪気を媒体に呼び出した魔物で普段ライシネル大河に入るハズは無いんだが」

「あのカエル……確か古代亜人種の故郷だった湖を汚染消失させた元凶よね? んでもって、今上流の王都を占拠してるのは古代亜人種の生き残り。それだけで答えは出てんじゃない?」


 リリーさんの見解にカチーナも同意見と頷いて見せた。


「自身の故郷を滅ぼした生物、しかも裏切り者の同胞が呼び出した憎き存在であるハズなのに、今回は人間の国を滅ぼす為に生み出しているというなら皮肉な話です」

「まあ……な。千年も昔の事だけにそんなこだわりはどうでも良くなってんのか、それとも憎い人間に同じ目に合わせてやろうとでも考えたか?」


 いずれにしろ前回の経験上、あのグロガエルは自然発生はしない魔物だから呼び出すための魔法陣がライシネル大河のどこかにある事になり、あるとするなら遥か上流……ザッカール王国近辺である事は予想できる。

 そうなるとまだ下流だからこそ、千年の月日で自浄作用の為に生まれたライシネル大河の黒鎧河馬ライシネルヒッポを始めとした捕食者たちにより数匹の襲撃で済んでいるが、上流に行くにつれ数が増えるであろうとは当然。


「……まずは蛇口を閉めるのが最初の仕事になりそうね」

「問題はそこまでたどり着くのが至難であり、そしてそこからが本当の本番であるという事なのですが……今回も体力勝負になりそうです」

「毎度の事だが楽な仕事は無いって事だな………………来るぞみんな!!」


ドバアアアアアアアア!!

「「「ゲギョギョギョ!!」」」


 言った瞬間水面から飛び上がって来たのは感知した通りのグロガエル共。

 相変わらずヌメヌメとした気色の悪い色合いに蛙の風体に不釣り合いに大口に並んだ無数の牙……自然発生するのはどこかおかしいと思う悍ましさである。

 しかし奴らが見据えるよりも先に俺たちは既に行動を起こしていた。

 慌てることなく俺はザックから取り出した鎖鎌の分銅を投げ放ち、カチーナはカトラスを抜き放って甲板の手すりを足場に飛び上がる。


「鎖鎌術『雀蜂』!!」

「「「ゴゲゴギョ!?」」」


 飛び上がったグロガエルを無数の蜂が四方から襲い掛かる如き分銅の連撃により動きを止めた瞬間、カチーナの刃が三匹を同時に切り上げる。


「シッ!!」

「「「ゲビョ!?」」」


 そして彼女は空中で蹴りを加えて、3匹のグロガエルを控えていたジャイロの目の前に叩き落し、ボチャンという生き物と言うよりは水風船でも落としたような音がする。


「よろしくジャイロさん!」

「任された! 乾ききれ、熱砂の風!!」


 そして発動した乾燥魔法によりグロガエル3匹はあっという間に干物と化してピクリとも動かなくなった。

 前の時は慣れていなかった事もあったかもしれないけど、以前に比べてもその手際も時間も圧倒的に素早く強力になっている事に俺は思わず口笛を吹いた。


「ヒュ~、前よりも遥かに腕上げたじゃないの。やっぱし持ってるヤツは違うな……これだから天才ってヤツは~」

「…………」


 しかし俺は褒めるつもりもあってそう言ったのだが、言われたジャイロ君は物凄く複雑そうな顔つきになった。

 あ、あれ? 何かミスったか?


「すみませんギラルさん……そういう私を持ち上げる賛辞は勘弁してください。勘違いしてやらかした事があるだけに、少しでも己惚れる事が今後二度と無いように……」

「お、おう……」


 物凄く陰のある真剣な表情に、俺は了解の意を示すだけで精一杯であった。

 実力を過信して己惚れる事はよろしくない、確かにそれは間違ってはいないが……どうやら彼にとって死滅したハズの『漆黒の黒騎士』は今も陰を落としているようだ。

 そうしているとリリーさんが他の魔導士たちに指示する声が聞こえる。


「次! 右から4人型、左前方から6魚、各人自分の『魔力感知』範囲に入ったら順次攻撃魔法発動!!」

「「「了解!!」」」


 魔導僧、魔法使いとしては魔力は高くても魔法の発動に難があった事で人一倍魔力で出来る事に尽力したリリーさんはこの場で誰よりも『魔力感知』の索敵範囲が高い。

 その為に砲台の役目を担う魔導士たちの指示役になっているようだが、魔法が使えずに狙撃杖を手にした彼女が魔法を使える魔導士たちの指示をしているのは何とも感慨深いモノがあるな。


「よ~し、この調子で行こうかカチーナ! 次は正面から4匹のカエルが来るぞ!!」

「任せなさい! いつも通り援護よろしく!!」


                 ・

                 ・

                 ・


「だあ~~~も~~~~! せめてグロガエルと相手している時は自重してくれねーもんかね! ワリと関係なく先住の魔物も襲ってきやがるから仕事が多くてしかたない!!」

「自然の自浄作用をライシネルの魔物が担っていると言うなら、今回ばかりは彼らにとっても味方だと思いますが……結局別の生物は敵対者、人間は排除すべき外敵という認識は変わらないという事でしょう。敵の敵でも敵であると……」

「こっちの勝手な想いだと分かっちゃいるけど、そうやって言葉にするとホント空しい気分になるな」


 たった今グロガエルを河に叩き落した鎖鎌の分銅を引き戻しながら愚痴る俺に、カチーナもカトラスを拭いつつ同調する。

 あれから恐らく3時間は経つと思うのだが、大群という事はないものの断続的に襲い来る魔物が尽きる事は無い。

 乗船してこようとするグロガエルを叩き落とし、乗り込んだヤツは四肢を狙い動きを止めてから乾燥係ジャイロとバアさんに回すのだが、魔導士たちが打ち漏らした他の水生魔獣が襲い来る事も重なり、何とも面倒くさい。

 唯一今回は縄張り意識の高い黒鎧河馬ライシネルヒッポとの遭遇が少ない事が救いと言えば救いだ。

 他の魔物と違って黒鎧河馬は人間にはあまり興味が無く、他の魔物に対しては過敏に反応するから魔獣の匂いがするモノさえ積んでいなければ圧倒的に遭遇率は低くなる。

 前回の反省を元に船長も魔物の匂いがする魔蜘蛛糸の織物なんかは積んでいないし、何より今回は救助が目的だから船倉は空っぽだからな。


「カバ野郎どもの相手をしないだけマシ……とは言え、さすがに疲労の蓄積を考えると休憩を挟むべきだな」

「そうして貰えるとありがたい……ですね」


 俺がそう呟くとカチーナはカトラスを鞘に納めて右手を開いたり閉じたりし始める。

 カチーナを含めて俺達『スティール・ワースト』はスピードが売りだけど同じくらいに持久力には自信があるのだが、それでも長時間武器を振るい続けるには握力が心もとなくなり始めているようだ。

 幸いにも今現在俺の索敵範囲に新たな魔物の気配は感知出来ない、俺は『魔力感知』でリリーさんにも確認して貰ってから順番に休憩を取る事を提案しようと思い立った。


「…………ん? 何アレ??」


 だが、そんな提案をする前に狙撃杖のスコープで前方を見据えていたリリーさんが声を上げた。


「どうしたリリーさん? 何か怪しいもんでも……」

「怪しい……そうね、怪しいというならこれ程怪しいモノも無いかもしれないけど…………前方約2キロ先になるけど、例の黒い蛙が多数水面に顔を出してこっちに向かっているんだけど」

「……それがどうかしたのですか? いい加減その蛙の相手をする事に飽き飽きしているところだと言うのに」


 最早あれらの数が増えたところで驚きもしないというカチーナの言葉に同意だったが、狙撃杖で『魔力感知』の索敵範囲よりも遥か先を見る事の出来る彼女は顔を引きつらせて言う。


「何もなければアタシもそう思うが……黒い蛙の上に、何か人が乗ってるのよね。しかも見た事のある白銀の鎧を付けた、何か見た事のあるヤツ等がさ……」

「……は?」


 グロガエルに人が乗っているという言葉だけでも中々のパワーワードなのだが、白銀の鎧となるとザッカールで纏う連中は一つしかない。

 つまりは聖騎士……精霊神教の聖騎士が邪気生まれの魔物に乗って現れただと!?

 それだけでも驚きなのに今リリーさんは何て言った?

 見た事のあるヤツだと……それはまさか!?


「まさか兄貴が!?」


 聖騎士と聞いて真っ先に思いつく人物を俺は口にするが、リリーさんが首を振って否定したのを見てホッとする。

 しかしリリーさんは何やら渋い顔のまま考え込む素振りをし始める。


「で、それなら誰だって言うんだ? 知っている顔っていうなら知り合いなんだろ?」

「知り合い……うんまあ、知り合いなんだよ。でも……あ~~悪い印象はバッチリあるんだけど、名前が思い出せない。何だっけ? 貴族出身を鼻にかける嫌な奴で自分よりも弱いヤツしか相手にしないクセにコネで副隊長やってた……」

「あ、あの方ですか」


 思い悩むリリーさんのガワの情報でカチーナは思い出したとばかりに手を叩いた。

 しかし同時にカチーナもリリーさんと同様に首を傾げて唸り始めた。


「あ、あれ~~? でもそうですね、こちらの動きに一切気が付けない未熟者である事は思い出せるのですが、お名前と言われますと印象が……ギラル、覚えてませんか? 貴方も一度エレメンタル教会で見ていると思いますが」

「いや、そうは言っても俺は直接紹介された事もねーから……」


 いや、誰かは今の言葉で思い出した。

 一度シエルさんがエレメンタル教会でカチーナと同伴していた時に絡んでいた第五部隊の副隊長、実質兄貴の部下であるハズのヤツ…………なんだけど……。

 名前……名前…………ん~?


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