第二百七十話 不安募る船出

 それからしばらくして他の冒険者たちも続々と船着き場に集まりだし、その中にはしっかりとカチーナさ……カチーナもいて、ついさっき分かれたハズなのに互いに“おはよう”と言い合うのが何とも言えない恥ずかしさがある。

 そして集まった冒険者たちは順次停泊している船に乗り込んでいくのだが、当然というか必然と言うべきなのか、俺たちが乗り込む船は例のオッサンの船であり……。


「よう、久しぶりだな! 前は助けられたぜ!!」


 分かりやすい船乗りらしいガッシリした体格のオッサンがニッカリと笑う、相変わらず一見すると何の問題もなさそうな人物なのだが、俺は質問する事にする。


「今回は何か悪事を働いてねーだろうな? オッサン」

「? 前の時もそんな事を言ってたが、俺は真面目に仕事して年下の嫁さんを大事にする品行方正、至って普通の一般市民だぞ?」

「嫁さんが職場の後輩だった事を良い事にたまに“先輩”呼びをさせる大罪人だろうが

「そいつの何が罪になるってんでぇ」


 く……コイツ分かってないな。

 20は離れた嫁さん捕まえた男がどれほど罪深い存在であるのか。

 しかし俺はまだまだ甘かったようで、オッサンの次の言葉に腰を抜かしそうになる。


「まあ、この前お前に聞いた妹設定っての悪くなかったから……………………あ、いや何でもない」

「お、おい、ちょっと待てオッサン!? まさかてめぇ」


 つい口を滑らせたオッサンに俺が詰め寄ると、見事に明後日の方向に視線を向ける。

 その仕草で全てを察した俺はますます今回の旅路に不安を覚える。


「今からでも船変えられないだろうか? 今度こそ沈むんじゃねーだろーな」

「何て事言いやがる! この船乗り40年の俺様が操船する船が易々と沈むワケねーだろうが。来年には子供も生まれる予定なんだから、縁起でもねー事を……」

「更に不安要素を足すんじゃねぇ!!」


 何だか色々な意味で神様の言う“フラグ”と言うモノがこの船に集まっているような気がするのは気のせいであると思いたい。

 同じ船に乗り込むのは俺達『スティール・ワースト』に大聖女ジャンダルムと聖女見習いイリス、そしてロッツを含む数人の冒険者たちに今回の脱出で実は一番の経験者であるジャイロ君である。

 大聖女がいる時点でかなりの戦力過多な気がしなくも無いが、まあ多くて困る事でもないからな。

 15人くらいが乗り込み船が出発してしばらくすると、代表としてジャイロ君が甲板に集まった全員を前に説明を始める。


「ではこれより我らは同じ船に乗り合わせたチームとなりライシネル大河を遡上、王都ザッカールの船着き場であるリガロ地区を目指します。知っての通りライシネル大河は数多くの危険な肉食水生魔獣の巣窟であり、ヤツ等の撃退が我々の主だった仕事になります。攻撃魔法が使える方々は主に進路上の魔獣を蹴散らす砲台として活躍していただきます」


 う~む、何気にこういう先頭に立つ姿を見ると彼が貴族であり人の上に立つべき男である事がよく分かるな。

漆黒の何とかだった時代は気の迷いだったという事にしたいのも分からんでもない。

 魔導士たちと一緒になってリリーさんも狙撃杖を片手にコクリと頷いた。


「しかし一種類だけ、黒い巨大な蛙のような魔物だけは絶対に魔法を当てないで下さい。そいつだけは魔法で負傷すると喰らった魔力を吸収して回復するどころか増殖します」

「はあ!? 何だそれ、そんな気色の悪い魔物がいるワケ……」


 一人だけ信じられないと声を上げる冒険者、恐らく魔導士のようだが脱出の仕事は今回が初めてのようで実際に“アレ”を見ていないからか信じていないようだ。

 まあ実際見てもいないのに魔力を吸収増殖する魔物がいるって言われても信じにくいだろうが、他の冒険者たちから否定の言葉も聞かれない様子を見て「え……マジで?」とつぶやくと顔を青くしてジャイロに向き直った。


「主にそいつらの対処は物理攻撃専門の方々と、私とこちらのロッツ氏で対処します。物理攻撃で切り刻んでも回復増殖しますが魔力を利用される時に比べれば遅く、放っておいてもライシネルの他の魔物が捕食してくれるので気にしなくても良い」

「魔力を吸収する奴らに君らの魔法が効くってのはどんな理屈なんだい?」


 質問したのは大聖女ジャンダルムで、声色からもそれは気に入らないというよりは単純な疑問としてのモノであるのは分かる。

 逆に聞きようによっては“自分よりも魔法が優れている”と言われたと邪推していたらしき輩もいたようで……どうやら大聖女はそう言う連中をけん制する意味もあったようだ。


「私とロッツ氏が使うのは風属性魔法。そして直接魔法を当てるのではなく、周囲の空気に作用して強制的に乾燥させるという“熱砂のドライ・ウインド”という独自の魔法なのです。こればかりは他の属性での方法が思いつきませんので……」


 そんなジャイロの説明に魔導士たちも貶されたワケではないと納得したようで表情を緩める。

 俺はそれよりもロッツが『熱砂の風』を使えると言われた事の方が気になり、ヤツに耳打ちする。


「お前、あの魔法使いこなせるのか。以前は美味しい干物作る程度だったのに」

「んあ? まああの坊ちゃんに教わってから一応な。まあ俺はあいつ程の広範囲を無理、せいぜい1~2匹ずつじゃないと速乾出来ね~けど」

「魔法が使えない俺としちゃ、それだけでも相当な事なんだがな~」


 前回あのグロガエル共に遭遇した時の俺は、結局物理で反撃、もしくは魔蜘蛛糸で拘束してジャイロに任せるしかなかったのだから、多かれ少なかれ対処が可能ってだけでもポイントが高い。

 何だかんだお父さんも頑張ってんのな。

 そんな事を思っていると、何かを思案していた大聖女が再び質問する。


「って事は、直に魔法を当てる事無く水分を飛ばせば良いって事なのかい?」

「……理屈はその通りです。しかし火属性の魔法などで周囲の温度を上げての蒸発などは周囲への被害が甚大になるので推奨はできません。余談ですが過去にはその黒い蛙を処理する為に広大な森林が犠牲になったとも言われてますので」

「だろうな、魔法を直に当てられんのならそう言う方法しか取れなくなる。普通ならな」


 大聖女がそう言ったその時、丁度彼女の背後船の右前方の方から接近する何かの巨大な生物が『気配察知』に引っかかった。

 人間より一回り大きく四つの水かきで同時に水を掻く推進音……ってコイツは!?


「バアさん!!」

「分かってるよ……」


 ドバアアアアアアアア!!

「ゲギョギョギョギョ!!」


 水の中から突然勢いよく飛び出して来たのは件のグロガエル、しかし俺の指摘にも現れた魔物にも一切動じる事も無く、大聖女は巨大なメイスを片手で突き出して……そのままグロカエルの腹に当てる。


火炎結界ファイアフィールド……オラオラオラ!!」

「ギョギョギョギョ!?」


 そして小さく火属性魔法の呪文を唱えて蛙を小さな結界の中に閉じ込めると、そのまま勢いよく回し始めた。

 一体何のつもりなのか分からなかったのだが……数秒も立たないうちに、結果が俺達の目の前に示される事になった。

 しばらくジュワっという水が蒸発する音がしたかと思うと、その後には乾ききった木材の如くカラカラに干からびたグロガエルの姿が……。


「要するに魔力で触らずに脱水してやれば良いんだね? 小規模の高熱の結界を作り瞬間的に蛙の周辺温度を上げて、後は洗濯よろしく振り回してやりゃ解決さ」

「…………はあ」

「いや、そんな力技……アンタ以外の誰が出来るってんだか」


 小規模の空間を高温にして高速回転……神様のところで使った魔導具の『かんそうき』とか言うモノと原理は同じ事なのだろう。

 確かに理にはかなっているし、何よりも周辺被害も少なく対処できるなら戦力増強って事にもなるからありがたいと言えばありがたいのだが……。

 前回とは規模が違うとはいえ結構苦労したグロガエルの対処を、負傷した体でしかも片手であしらってしまえる妖怪ババアを見ると、頼もしさとは裏腹に不安も強くなってくる。

 こんな化け物を瀕死の重傷に追い込めるってのは……果たしてどれほどの化け物なのか。


「やっぱり船を変えてもらうべきだっただろうか?」




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