第二百六十九話 同性同級生だからの独白

「って事があってな…………どうしたギラル?」


 かれこれ一週間ほど前、オリジン大神殿から帰国した聖騎士たちにより齎された情報は『奥の院』へ侵入する為にやった『婚約の儀』のヤツだったようで……まさかギルドに、しかもミリアさん《オカン》に伝わってしまったとは。

 つーか、こういうのって守秘義務とか本人への了承とか必要だろうに……特に根回しもせずに悪気無く公表してしまったという質の悪さ。

 口外した人物が人物なだけに文句を言う気にもなれず……俺は思わず五体投地で大地と一体になるしか無かった。


「マジでやめろよ……恥ずかしいだろ、カーちゃん……」

「ま~いいじゃねーか。オリジンの『婚約の儀』って確か観光地で浮かれたバカップル用の願掛けみてーなもんだろ? 旅先でそんなはっちゃけ方が出来るくらいの仲なら」


 軽くそんな事を云うロッツである。

 確かに侵入する時に他の神殿関係者に疑われないようにと、そんな感じのカップルを演じてはいた。

 そして他人から見ればそんな浮かれたカップルが観光地にきているなら、必然的に出来上がった関係に見える事であろう。

 しかしだ……。


「何言ってやがる。婚約どころか今のところお付き合いすらしてね~ってのに」

「……え?」


 俺がそう呟くと、ロッツはニヤニヤ笑いを一転させて驚愕の表情を浮かべた。


「……え? マジ??」

「ああ、マジで……」

「嘘だろ!? 外野から見ていてもカチーナさんだっけ? あの人とお前の仲は順調っていう感じ、むしろ最早長年連れ添った夫婦くらいに違和感なく見えていたのに!?」


 夫婦って……まあそんな風にみられるくらいの仲だと言われるのは悪い気はしないが、だとしても真実を捻じ曲げていいワケではない。

 俺がキッパリそう言うと、ロッツはボソッと「……ヘタレめ」と胸に突き刺さる一言を呟き大きくため息を吐いた。


「ったくよ~。って事は周囲の盛り上がりの方が過剰過ぎて肝心の本人たちが蚊帳の外って事なのか? 多分今回の騒動が無ければ、お前らザッカールに帰った時点で入籍から結婚式までの準備が整っていたかもしれんぞ?」

「やべえ……冗談みたいなのに全く冗談に聞こえねぇ……」


 このままでは俺自身が何も動く事も覚悟を決める事も無く全てが流れでおぜん立てされてしまう……。

 そう考えると頭を抱えるしかなかった。


「だけどお前、ぶっちゃけあの人の事好きだろ?」

「…………」

「長年『酒盛り』のタイプの違う美人二人が同じパーティーだったのに師匠と母親くらいにか見なかった野郎の見る目が全く違うんだからよ」

「よく分かるな……そんな俺自身最近自覚したつもりなのによ」

「逆に似たような環境で似たような年齢の人を女性としてしか見れなかったのが俺だからな~。なんでギラルはあの環境で平気なんだ? って疑問だったくらいだからな」

「なるほど……そう言われると説得力が違うな」


 ガキの頃の凄惨な体験のせいなのか、俺はスレイヤ師匠やミリアさんという美女に囲まれても家族や先輩以上の感覚は持たなかった。

 というより女性と言う認識すらも避けていたような気がする。

 理由は当然、俺だけが持つ知識『予言書』でのギラルが婦女子を強姦しようとして殺されれるようなクソ野郎だった事だろう。

 “アレは自分とは違う”という事は分かってはいるのだが、どうしても女性に対して自分が好意を持つことに罪悪感を感じてしまっていた。

 カチーナという、自分と同様に外道に堕ちるハズだった女性と出会うまでは……。

 彼女も俺と同様かそれ以上に『予言書』では大罪を犯した人物だった。

 でも、だからといって今の彼女に幸せになる資格が無いなどと言うつもりは欠片も無い。

『予言書』に至る悪事も凶事もやらかしていない人が、起こしてもいない、起こす気も無い無くなった未来に責任を感じる必要などない。

 そう考えるなら、それは俺自身にだって言える事であり……。


「……ヘタレってのは否定しねーけど、俺なりのケジメってのがあるんだよ」

「ケジメ?」

「まあ詳細は言わねぇけど、カチーナはクソ真面目で義理堅い人でな。とある事が切欠で俺に多大な恩を感じているのさ。それこそ身も心も捧げて構わない、命すら俺に自由にしてもらって良いくらいに」

「お、おう……」


 そんな彼女への評価に、さすがのロッツもチョイと引いたようだ。

 しかしそれは事実……例えば俺が性衝動のままに襲い掛かったとしても、何らかの理由で彼女を裏切り殺したとしても、彼女は恐らく笑って受け入れる事だろう。

 自分の運命を盗んだのは俺で、そんな自分の所有権は俺にあるのだと……。

 だから……俺は俺自身に課題を課したのだ。

 ヘタレなりの矜持と言うか……ケジメを。


「だから……カチーナが恩義を感じている『予言書そっち』が片付いたら、改めて俺個人“盗賊のギラル”として想いを伝えようと思ってんだよ。まあ……ヘタレが時間稼ぎに理由作っているって分かっちゃいるんだが」


 俺のどこまでも小さい決意表明を聞くと、ロッツはさらに呆れるかと思いきや、バシッと背中を叩いてきた。


「やれやれ、バカだとは知ってたけどお前はどこまでも“そう”だよな。戦闘でも話術でも人を欺き出し抜く技に卓越した盗賊様の分際で、こういうところだけは真正面から行こうとしやがる。お前が言う恩ってのがどんなのかは知らんけど、そう言う駆け引きに利用できるなら俺なら間違いなく使い倒すけどなぁ」

「それは知っている」


 元『アマルガム』リーダーのジニーさんとこいつの馴れ初めはパーティーの男どもが娼館に連れて行こうとしたのをジニーさんが慌てて“自分が相手してやろう”と言ってしまった事が切欠だ。

 後々ジニーさんが年齢を気にして踏み込まない事を知っていた連中が焚きつける目的でやったらしいのだが、元々好意的だったロッツとしては渡りに船だった事だろう。

 年下のメンバーと関係を持ってしまった事に罪悪感を覚えるジニーさんは、どうやらミリアさんに懺悔する事もあったようだが、コイツはそんな罪悪感をも時間を掛けて包み込む事でゴールに漕ぎつけたのだろう。

 俺とは違った意味で策士の同期は悪びれた様子もなく、ニヤリと笑って見せた。


「ま、良いんじゃね~の? お前はそういうヤツだからこそお前なんだろうし。その口ぶりじゃ“そっち”の案件を片付けるのもそう遠い未来じゃね~んだろ?」

「ああ、多分な」


 恐らく今回が最後。

 神様から教えられた『予言書』にまつわるあらゆる出来事を改変してきたが『異界の勇者』という最大目標が消失した今、残されたのは『予言書』を構成していたはずの、あの『予言書ものがたり』の裏でほくそ笑んでいたハズの黒幕のみ。

 つまりは最後の元凶、千年前からの因縁の古代亜人種、アルテミアのみだ。

 これが終わる時が、俺自身の『予言書みらい』が終わる時だ。

 成功するにしろ失敗するにしろ、どちらにしても予言書のギラルが生まれるという未来は確実に終わる事になる。

 終わった後に告白するとか……神様の言っていた“死亡フラグ”ってヤツにならないか心配もあるけど、俺としてはそこを超えない限り踏ん切りが付かないのだ!


「まあ今まで尊称だったのに呼び捨てが出来ているなら、最早って話じゃね?」

「あ!?」


 その時、俺はこんな日常会話で自然とあの人の事を呼び捨てで呼べている事にロッツの指摘でようやく気が付いた。

 焦る俺をヤツはニヤニヤと笑って見ていやがる。


「ギラル、先輩として教えて置いてやろう。二人きりで見つめ合って名前を言う事ができたら、後は流れだ」

「お……押忍……」


 同期が先輩振る……普段ならどこか腹の立つ物言いだが、経験談と思えば礼の言葉を言うしかなかった。


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