閑話 ハッスルするオカン
それはかれこれ一週間は前の事、まだザッカールに異常事態が起きてない何時もと変わらぬ日常が過ぎていた日の事。
ザッカールの冒険者ギルドは夕刻に差し掛かり、本日の仕事の成果を報告する冒険者で俄かに賑わいを見せている時だった……2名の聖騎士がギルドに現れたのは。
白銀のフルプレートを纏うその姿は粗野と言われやすい冒険者とは相容れないようにも思えるのだが、実は王国軍のように王侯貴族に仕える立場の騎士に比べると精霊神教の聖職者に近い立場である事でどちらかと言えば平民に馴染みがあり、顔を合わせるといがみ合う王国軍に比べれば冒険者たちにも受けは悪くない。
まあそれでも中には自分たちを高貴な身分であると鼻にかける貴族出身の聖騎士などもいるのだが、そう言った連中は本来ギルドに赴く事はない。
したがってギルドに現れた聖騎士であるというだけで、冒険者たちにとっては警戒というより“なんだ珍しい”くらいの感覚でしかなかった。
聖騎士の2人も特に警戒した様子も無く受付に歩み寄り、本日担当していたギルド職員ミリアへと話しかける。
「もし、お尋ねしたいのだが」
「何か御用でしょうか聖騎士様、もしや模擬訓練の要請でしょうか? 生憎ですが当ギルドで聖騎士との集団戦をこなせる者は現在クエストか国外に出ておりまして……」
「いや、今回はそっちの依頼ではない……というか、しばらくそっちの依頼はしなくて済みそうだ。ようやく大聖女の相手が帰ってきてくれたのでね」
「……そうですか、それは何よりです。なるべく遠方にクエストに行ってしまった連中も戻りやすくなりますから」
「重ね重ね、申し訳ない」
笑顔で応対するミリアだが、ここ最近エレメンタル教会でたった一人の
何でも相手をできる連中が軒並み国外に出ている事で、そのお鉢が聖騎士たちへと回ってきているとか何とか。
その元凶になっている人物の事を知らないワケでは無い彼女としては無下に出来ないところもあったのだが、こうも続くといい加減にして欲しいという想いも無くも無く……そろそろミリア自身が数年ぶりの感動の再会を拳で行わなければならないかと思っていたとこでもあったのだ。
「今回はギルドへの報告、そして特定の冒険者へ連絡をお願いしたくてね」
「報告……ですか? ギルド長へ直々に出したら少々お時間頂ければ」
「いや、それには及びませんよ。我々がコンタクトを取りたいのは冒険者個人ですから」
「はあ……それは聖騎士というより精霊神教として、という事でしょうか?」
ギルドも冒険者との信頼で成り立っている場所なだけに不用意に個人情報を漏らす事も出来ないし、信頼できない相手のコンタクトを認める事も出来ない。
至極当然の確認をミリアがすると、聖騎士は頷いて見せる。
つまりは精霊神教からのコンタクトであると。
「先日、精霊神教の総本山オリジン大神殿で歴史的な奇跡が起こったというのはご存じでしょうか?」
「噂程度なら……しかし詳細は今のところ聞けてはおりません。おそらく本日帰国なさった聖騎士たちから齎された話でしょうが、大々的な発表があったワケでも無いので」
「ふむ……確かに緘口令が敷かれているワケでは無いが、広めろという指示も無いものな」
そう言うと聖騎士は先日オリジン大神殿で起こった今世紀最大の出来事を語り始めた。
周囲で少なくない冒険者たちが聞き耳を立てている事も分かった上で、ある意味この場で情報開示する気である事を匂わせて。
精霊神教の聖典が示す『異界の勇者』伝説の陰に隠れ封じられていた『異界の邪神』がある一人の聖騎士を依り代に復活を果たした事。
その聖騎士を仲間たちの協力、大勢の聖女たちと六大精霊の祝福に後押しされた『光の聖女』による愛の力によって邪神は再び封じられた事。
その出来事は今世紀最大の精霊神教による神聖な結婚式として語り継がれる事なった。
相当に脚色、美化されて聖騎士から語られた純愛物語にミリアを始めとした周囲の冒険者たちも感動を禁じ得なかった。
「それは……素晴らしいですね。精霊は本来奔放で自己主張が強いと言われるのに、そんな精霊たちが2人を祝福する事に協力するなど」
「そうでしょう? そして何よりも驚きなのが、件の聖騎士も聖女もこの国出身であるという事なんですよね」
「!?」
ざわ……聖騎士のその一言は聞き耳を立てていた連中の中でも勘の鋭い連中の息を止める。なぜならこの王都に関して『光の聖女』と『聖騎士』という組み合わせで思い浮かぶのは一組しか存在しないのだから。
そして息を止めたのはミリアも同じ……何故なら彼女は面識があるのだから。
だが次の情報は彼女を更に驚愕させる。
「そして邪神封印に尽力した仲間たちは『光の聖女』と親交のある冒険者。このギルドに所属するパーティー名『スティール・ワースト』の……」
ドバン!!!
その瞬間ミリアは思わず木製のカウンターを両手でブッ叩き、破壊してしまった。
見た目は麗しい受付嬢と思っていた聖騎士はその光景に驚愕するが、ミリアは物凄い気負いで彼へと詰め寄り詰問する。
「あの子が!? まさかギラル君がそんな伝説的な出来事の渦中にいたというのですか!?」
「うえ!? ギ、ギラルってもしや……お知り合いで?」
「現『スティール・ワースト』所属の盗賊ギラルは私の元冒険者仲間です! あの子がそのような偉業を成し遂げたと言う事なのでしょうか!?」
「こら、落ち着きなさいお母さん!!」
身を乗り出し興奮するミリアを背後から止めたのは同僚のヴァネッサ。
羽交い絞めにされた事でハッとしたミリアは聖騎士に謝罪をした上で自分とギラルの関係を説明すると、聖騎士は納得したように苦笑を浮かべた。
「も、申し訳ありません。興奮してしまい……」
「いや構いませんよ、私も息子がいますので。もしも誰もが尊敬する偉業を子供が成し遂げたとしたら、喜ばない親はいないでしょう」
「ははは……お恥ずかしい」
パーティーでの母親代わりだった事を自他共に認めるミリアは照れ笑いを浮かべつつも、ギラルが褒められる事をした事を誇らしく思う。
「と言う事は、件の聖女様はやはり『光の聖女』エリシエルさんで間違い無いのでしょうか? あの子と交流のある聖女様と言うと彼女以外思い当たりませんが」
「ご推察の通り、今回の結婚式の主役は聖女エリシエルと聖騎士ノートルム。今や時の人である二人と最も近しい民間人の友人、しかも事件解決に関わっていたとなれば……エレメンタル教会としては繋ぎを作っておきたいという事らしく」
「な、成程……」
そんな聖職者としてなら“聖女の友人としての栄誉”とかもっと他に言いようもありそうなのに、分かりやすくもぶっちゃけた言い方にミリアは笑いそうになる。
「随分と正直ですね。エレメンタルの性質上もう少し大仰な題目でも上げるのかと……」
「残念ながら大聖女に付き合えるタイプの聖騎士は穿った言い方が苦手の粗忽者ばかり、言葉に装飾を加えて曲解されるよりは良いとも言えますし、何より冒険者は回りくどい事を嫌うのでしょう?」
「うふふ、よくご存じで」
ミリアが精霊神教にいた頃にはそんな事を大ぴらに発現する者は少なかったものだが、月日が経つと共に教会の内部も変わってきているようだった。
それも偏に大聖女ジャンダルムが長い年月をかけて変えて来た苦労の賜物であるのを、ミリアは垣間見た想いであった。
「これは本人に、という事でしたが……母親代わりだったというなら、貴女に託しても良さそうですね」
「これは……?」
不意に聖騎士はそんな事を言い、懐から一枚の用紙を取り出してミリアの前に広げた。
それは精霊神教に従事した事のある物であれば目にした事が一度はある、今やオリジン大神殿の名物占いのような位置づけである『婚約の書』であった。
ミリアはその用紙の色彩に目を丸くする。
普通『婚約の書』は六大精霊のどれかに祝福をされ一色に染め上げられるものなのに、目の前のモノは中心に描かれた六芒星の他、六色が色鮮やかに散りばめられている。
六色……つまりは六大精霊すべてに祝福された者の『婚約の書』であると察したミリアは迷わずこれはエリシエルとノートルムの物なのだろうと思った。
「これはレプリカです。同じ色彩の現物はオリジン大神殿が秘蔵してしてしまって、こちらで手に入れる事が出来ませんでしたので。奇跡の聖女と聖騎士の友人の『婚約の書』と考えれば、ぜひこちらで入手したいところでしたが……」
「………………………え?」
「エレメンタル教会としては今回の結婚式を二人の地元ザッカールで行えなかった事は大変不服で、特に大聖女の憤りは相当なモノでしたから。あの二人の友人の結婚式こそはこちらで執り行いたいのですよ」
しかしその予想は外れる……彼女にとって意外過ぎる情報によって。
「あの二人の友人であり、しかも情報では先に六大精霊から祝福を受けたというギラル氏とカチーナ氏のご結婚については、是非ともエレメンタル教会が全面協力で大々的に行わせて頂けないかと」
「けけけけけけけ結婚ですって!? ギラル君が!? カチーナさんと結婚!!? マジなんですかソレは!? ほほほほ本当にあの子にお嫁さんが!?」
「ぐわ!?」
「え!? やだどうしましょう! という事はカチーナさんが実質私の義理の娘に!? あんな綺麗な娘にお義母さんって呼ばれるの!? どうしましょうどうしましょう!!」
「グガガガガガガ!? おちおち落ち着いてお母さん!?」
「こらミリア!? 落ち着きなさい!! 騎士さん白目剥いてる!!」
そして今度こそいてもたってもいられずに、カウンターを飛び出して聖騎士の襟首をつかんでガクガクし始める、歓喜とも号泣とも思える色々な感情をない交ぜに爆発させる冒険者時代は回復師なのに『剛腕』とまで称されたミリア氏。
その絶叫じみた声は情報漏洩どころの話ではなく、ギルドどころか外にまで響き渡り……当日の内にザッカール城下町全体に波及する事になったのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます