第二百六十八話 朝焼けに集う勇者《ばか》たち

 翌朝、薄く霧のかかった港町は幻想的な風景で、これが何もない観光だったら清々しい朝に気分よく町の散策に繰り出すところだ。

 元より『ツー・チザキ』は朝市が名物でもあるから、普段なら早い時間から活気のある商売人の客引きが始まる時間だろうが……生憎今の状況はそんな日常の風景を許してくれない。

 昨日避難民でごった返していた船着き場はある程度の落ち着きを見せてはいるものの、今日は今日で別の連中が集まり、昨日とは違った雰囲気を醸し出している。

 昨日の雰囲気が悲壮感であるなら、今日は勇猛果敢、あるいは義務感だろうか?

 集まり始めている者は王国軍の兵士であったり冒険者であったり、共通するのは誰もが戦える人材という事に尽きる。

 そんな連中が集まれば諍いの一つも起こりそうなものなのに、今のところそんな雰囲気も無く、王国軍と冒険者が真剣な顔でやり取りしたり笑い合う姿まである。

 それはこの場に集まった者は全員が“王都から逃げ遅れた避難民を救助する”という目的で一致しているからに他ならない。

 この場に同行するという事がどういうことなのか、それは当人たちが一番よく分かっているという事なのだろう。


「普段は王国軍を“王国の犬畜生”とか言う連中も、冒険者を“金の為なら何でもやる野良犬”とか言って憚らないヤツ等も人命救助って志が同じなら協力できるみたいね。嫌いじゃないけどさ」

「リリーさん、早いな」


 そう言いつつ船着き場で先に待っていたのはリリーさんであった。

 と言うよりも彼女は一晩この場所で夜を明かしていたらしく、傍らには妹分のイリスが未だ毛布にくるまってクウクウ寝息を立てている。


「この状況下で宿があるワケも無いからね。幸い雨も降らなかったし、アタシ等には焚火代わりの燃えるババアがいたから」

「焚火代わりって……育ての親の大聖女を暖房扱いして良いのか?」

「いいのよ、たまには勝手にどこぞで燃え盛るより、こっちの役に立ってもらわにゃ」

「だからと言って病み上がりに余り強く抱き着くんじゃない。全く……その年になってもそう言うところは変わらんなぁ」


 そう言いつつ背後から現れたのは燃えるババア、大聖女ジャンダルム。

 片手で巨大なメイスを担いでいるが、もう片方は相変わらず釣っていて未だ完全では無い様子なのに、表情も体の動きも普段とあまり変わらない。

 というかこんな状況でも早朝に走って来たようで、若干全身から汗が噴き出している。

 脳筋ババアも平常運転で何よりである。

 しかしたった今、聞き捨てならない情報が……。


「……ってかリリーさんって抱き着き癖があんの? 俺らで旅している時はそんな兆候なかったけど?」

「おお、コイツは何時もは俯瞰からワシ等脳筋を冷静沈着に眺めておるがな、夜は寂しくなってお気に入りに抱き着く癖が昔からあってな。ガキの頃はワシ等大人に、一番多かったのはシエルにだったのだが……ま~だ治って無かったのかい」

「……!? ちょ!? バアちゃん!?」


 リリーさんは大聖女の言葉に真っ赤になる。

 おお! いつもは揶揄う側であるハズのリリーさんが慌てふためくとは貴重な瞬間!


「野宿で炎の魔力で暖が取れるからと、姉妹揃って全く……そろそろ同性以外の抱き枕を見つけてくれんもんかね~。親友はしっかりと売れちまったってのに、この娘ときたら」

「うっさい!!」


 照れ隠しに杖を振り回し、大聖女が涼しい顔で全てかわしながら揶揄うという……こんな時でも笑いを提供してくれる聖職者に安心すら覚える。

 いや、むしろ平常であろうとしているだけなのかもしれないが……。

 そんなじゃれ合いをしばらく続けていたが、気が済んだのか単純に息が上がったのかリリーさんはため息を一つ吐いた。


「……で、あの娘はどうしたの? 一緒に来るかと思ってたのに」

「ああ、何か用事があるとかで先に行ってくれって言われた。何か一応買い足しておきたいモノがあるとか」


 あの娘=カチーナの事であるのは最早予定調和。

 結局あのまま鐘楼の上で夜を明かす事になった俺達だったが、なんとなく一緒にこの場所に来るのが気まずい感じがしてしまい……集合場所には別々に行く事になっていた。

 ……いや、別にやましい事があったワケじゃねーけど!?

 そうしていると段々といつもの調子を取り戻して来たのか、リリーさんはニヤニヤ笑いを浮かべ始める。


「ま、どうやら美女を慰める事には成功したみたいだけど?」

「……どうせ見てたんだろ? 最適範囲外からアンタのスコープで狙われたら気配も感じる事も出来ねーからな」

「失礼な! アタシは夕日を一緒に眺めて青春しているところ以上は見てないよ。それ以上は本人から聞き出さないと無粋ってなもんじゃない?」

「やっぱり見てるじゃん……最低限の礼節があるのか、単にいじめっ子なのかハッキリしてくれないか!?」


 リリーさんのこういうところは分かるようで分からん。

 恥ずかしがる友達からあの手この手で聞き出すのを喜びとするとか……こういうのは女子特有のノリなのだろうか?

 しかし、当然だがこういう場合で情報提供する輩が一人ではない事は何時もの事で。


『いい雰囲気ではあったがな、少年少女であれば微笑ましいところであるがの』

『失望。あれほどのシチュエーションで軽い肉体の接触はあれど“肉体的接触”に至らないとは』

『まあなぁ……ギャラリーとしては接吻まで行っても良かったであるが』

「見世物のつもりはねぇ……って言うかお前までそっち側かよ。伝説の剣がデバガメとか、勇者を夢見る少年少女が泣くぞ」

『無問題、勇者の伝説は既に終わった。若い世代には現実を教えるべきである』

「正しい事言っているつもりかもしれんが、やっているのはただの覗きだからな」

『否定、覗きとは視覚的に認知した時の言葉であり、武具である私は聞いていたに過ぎず』

「やかましい! どっちも一緒だ!!」


 案の定どこかで見ていたらしいドラスケは予想の範囲内。アンデッドのコイツは邪気を感じる事の出来ない俺には身動きしないと気配を感じる事が出来ないから最早仕方が無いが、予想外に『勇者のエレメンタル・ブレード』にまでしっかり見られていた事に脱力する。

 案外俗っぽいな、この剣……。


「ま、もういいや……。それで、これからの予定はどうなってんの?」


 もう色々な事を諦めて、話を変えるためにそう聞くと、リリーさんは親指でクイッと停泊中の船を指さした。


「王都に残った避難民救出は脱出と同様陸路と水路。集団行動を考えてアタシ等冒険者は主に水路から有志で募った運搬船や漁船で向かう事になる。そして王都から避難民を脱出させる際の護衛も兼ねてるのよ」

「ほ~、この非常時で自分の船で危険地帯に進んで行こうとか……ザッカールにも漢気溢れる船乗りがいてくれて、捨てたもんじゃねぇな」

「逆に捨て置きたいような連中が、接岸した時に乗り込んでこないよう守る必要もあるけど。聞いている通り王都に残ったまま自分たちだけが助かろうとしている連中も多いみたいだし」


 ファーゲンの町でもやたらと大荷物を抱えた貴族の馬車を見かけたな。

 こういう時に人間の本質が見えるのはよくある事かもしれないが、その大荷物を積んだスペースに避難民を乗せる事だって出来たんじゃないか……などと言ってもそう言う連中に話が通じる事は無いだろう。

 同じように避難民を乗せるための船を占拠して、家財道具一式を積み込もうとする馬鹿どもが現れてもおかしくはない。


「まあ当然こんな状況下で救出に向かおうとする連中バカたちなのだから、そんな愚者バカを優先する事は無いだろうが…………げ!?」

「どうしたの?」

「い、いや……何でも……」


 この場に集まった勇者ばかであるなら冒険者も船頭も須らく仲間。

 その想いに偽りはないのだが、リリーさんが示した船には非常に見覚えがあって……思わず呻いてしまう。

 それは以前この町に上流から大量のグロガエルが流れ着くのを阻止する為にシャイナス……いやジャイロと乗り合わせた船であった。


「……大丈夫かな? あの船長、またしても違う犯罪を重ねていなければ良いけど」

「なんだ? あの船長、何かの罪人か何かなのか?」

「いや、そう言うワケじゃ……って、ロッツ!」


 そう言いながら近寄って来た一人の冒険者は俺と同期であり、今はザッカールでも有名な『アマルガム』所属の魔剣士ロッツであった。

 昇格試験以来久しぶりのご対面ではあるが、確か今のコイツはアマルガムのリーダーを妊娠させて絶賛新婚生活中だったハズじゃ……。


「……ひょっとして、お前もこの船に乗るのか?」

「え? ああ、幸いと言って良いのか嫁……ジニーさんがこの町出身で王都にいなかったから今回の災害に巻き込まれずにすんだけど、未だに王都に残っている仲間たちもいるみたいでな。本当は自分で行きたいだろうにジニーさんに“これからの『アマルガム』を頼む”って言われちゃったし」

「……ヤバいな。今回の罪人はこっちの方か」

「……なんだって?」

「なんでもねーよ、幸せ者」


 さぞ新婚生活が幸せなのか照れ笑いするロッツ君に、俺は思わず呟いてしまう。

 しかし、ロッツの次の言葉に俺の思考は完全に停止させられる事になった。


「なんだよ幸せ者って言うならお前もだろ? 水臭いよな~いつの間にか婚約してただなんてよ~。まあ必要なら式の仲人なんかを任せてもらっても…………あ、でもやるなら師匠連中に頼むのが筋か?」

「……………………………は?」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る