第二百六十六話 ザマァみろ……と言わせてくれない葛藤

「あ~あの侯爵殿か……」

「何か思い当たる事でも?」


 そしてその名前に一早く反応したのは大聖女だった。

 彼女は何となくカチーナさんの方を確認しつつ、頭を掻きつつ口を開く。


「結構最近の事だがね、孤児院に多額の寄付を定期的に入れるようになった貴族様さ。元の評判は余り良くは無かったんだがね、最近跡取り息子がどこぞの『怪盗』に殺されたとかで……それを切欠に善行を行うようになったとか言われとるよ」

「最近ではご婦人やご令嬢の方も王都のスラムに自ら訪れて率先して炊き出しや掃除などを行ったり、ご当主は自ら力仕事や清掃にまで参加なさってらっしゃるとか。私はあまり存じ上げませんが」

「…………」

「あの手の輩が急に善行に走るのは何かに目覚めたか、じゃなかったら耐え難い罪悪感からの贖罪って相場が決まっている」


 おそらく大聖女は分かった上で、イリスは知らずに話しているのだろう。

 そのファークス家の跡取り息子と言うのが、王国軍時代のカチーナさん本人である事を。

 驚愕し、無言のカチーナさんはただただ気まずそうに顔を背けた。


「アタシも一応は大聖女なんて大層な肩書を持ってるからな、一度だけ侯爵に懺悔を進めた事があったがよ、すっぱりと断られちまった。許しを得る為の懺悔を受ける資格は自分には無いってな」

「…………」

「自分がしでかした鬼畜にも劣る罪は決して許されてはいけない。許しどころか自分には殴られる資格も“あの娘”に殺してもらう資格すらありはしない。今はせいぜいあっちに行った時に、顔すら分からないクズを断罪して貰える程度には体裁を整えておきたい。ただそれだけの事だ……なんて言ってな」

「……今更」


 大聖女の話にカチーナさんは一言呟くと、踵を返してどこかへ歩み去っていく。

 今更……か、確かにその通り、今更だ。

 いくら後悔して反省して贖罪の為に善行を重ねようとも、それはあくまでもカルロスとしてのカチーナさんが死んだという状況下にあっての話。

 生前カルロスの時には一切見せる事の無かった態度を今見せられても……それこそカチーナさんにとっては今更遅いとしか思えないだろうさ。

 まあだからこそ、大聖女は今までこの話をカチーナさんに話す事はしなかったのだろう、立ち去る彼女に気まずそうな顔をするが、今回は状況が状況だ。


「あんまり口出しするのは無粋だとは思っちゃいたが、あの侯爵……贖罪と共に死に場所を求めている危うさがあったからな。この状況では無茶しかねん」

「いや、的確なタイミングだと思うよ」


 カチーナさんとしては複雑な想いでしかないだろうが、もしもこの非常事態に何も知らずに現在の侯爵ちちの事を後から聞かされても、それはそれで困るだろうから。

 個人的にはカチーナさんに苦渋に満ちた日々を送らせていたヤツなんぞに同情の余地は無いと思いたいところだが、そんな事を言うなら俺自身は運よく『予言書みらい』の罪を無かった事に出来ただけ……自分の罪に真正面から向き合っているという輩に偉そうな事は言えんからな。

 結局その辺はカチーナさん次第、ってのが俺の結論だ。

 一人で人込みに紛れて行くカチーナさん……今は一人で考えたいのだろうなと思い、俺は情報収集を優先しようと思う。


「それでイリス、今俺たちは何が出来る状態なんだ?」

「え? あ、そうですね……」


 カチーナさんが唐突にいなくなった事で“ナニか余計な事を言ったか?”と少々オロオロするイリスに俺は質問すると、彼女は気を取り直して話し始めた。


「先ほども言った通り、現在は王都を脱出した避難民たちが王国軍や冒険者たちに護衛されつつ陸路と水路に分かれて『ツー・チザキ』に避難していますが、逆に王都に向かって結界で籠城している人々を王都から脱出する為の救助隊が編成されているのです」

「救助隊……」


 そう言われて見渡してみると、混雑して動けなくなっている船舶から降りた冒険者たちが簡易的に設立された中継所に群がっているのが見える。

 多分これから各々に仕事を割り振られる事になるんだろう。


「早い予定が明日の早朝、王国軍とギルドが率先して動くために編成している最中です。無論私も明日の救助隊に参加予定ですよ」

「明日……ってか王国軍も一緒か? さっきの話じゃ王城に閉じこもってやがると思っていたのに」


 俺の何とも偏見に満ちた言葉にイリスは苦笑する。


「あは、言いたい事は分かりますが、王国軍も一枚岩……いえ全てが腐っているワケでは無いという事でしょうね。閉じこもったまま出てこない者たちも多いようですが、ジントリック元帥を中心に国民の脱出に当たっている真っ当な兵士の方々もいるのですよ」

「……あ~そういやいたな。王国軍にもそんなプロのオッサンが」


 ザッカールの城でマルス君が大暴れした時に兄貴たちと逃げずに戦った兵士たちの代表。

 これ、下手すれば……いや上手くいけばザッカールから不要な上層部を一掃する事すら出来てしまうのでは?

 野心や欲望を持っていても、結局は動ける時に動ける使えるヤツじゃない限り害にしかならない……王侯貴族なんかであれば顕著な事実だ。

 使える上層部、使える兵士たちが活動し国民の支持を得て緊急時に何もしない連中が浮き彫りになる。

 通常の戦争ではこういった例は動かないヤツ、ズルく悪い奴が生き残ってまともなヤツから先に死んで行くものだが、今回は国内で起こった災害に近い。

 これ、図らずもジルバが目指した『師匠を持ち上げた実力主義国家』の構想に近いんじゃなかろうか?

 思わずそんな事を考えてしまうと、背後からリリーさんが狙撃杖の先端で頭を小突いてきた。


「って事で……明日の早朝に出れるようにアタシらも手続きしておくから、ギラルはそれまでに傷心の美女を慰めておいてね? あの娘、案外繊細だからさ」

「…………知ってるよ」


 繊細なあの娘ってだけでカチーナさんを示唆しているのか分かる。

 真っ先に、勇敢に敵に突っ込み剣を振るうウチの切り込み隊長で、幼少期から家の都合で男として教育されて来たせいで未だに口調が固い時もあるし、たまに恥じらいを忘れて人前で服を脱いじゃうなどガサツな面もある。

 だけど自由になった事で可愛いモノを堪能し、女性らしさを我慢せずに楽しめる今を一番楽しんでいたのも彼女だった。

 だからこそ、良く知っている。


「俺の周辺にいる連中の中じゃ一番の乙女だからな、あの人」


 さて、そうなると最終的にどこに向かえば良いのか……。

 そう考えていると、いつの間にか近くに寄ってきていたジャイロ……いやシャイナス君が複雑そうな顔で話しかけて来た。


「え~っと……そのギラルさん? 今の見ましたよね、俺が特殊な魔法を使ったところ」

「あ~っと……そうですね~、見ましたね~。お久しぶりって言った方が良かったでしょうか? 漆黒の……」


 だが俺がそう言いかけた途端に彼は盗賊である俺の目に移らない勢い……まさに光の如き速さで頭を下げた。

 は、速い!!


「先日の件は誠に、誠にご迷惑をおかけしました! それで賢明なる貴方であるなら理解していただけると存じますが、貴方が今言いかけた実にみっともない名を語っていた痴れ者はついこの前死滅いたしましたので、以後ご了承いただけないかと!!」

「…………え? あ、ああ~そう言う」


 まるで過去の大罪を隠蔽するかのような必死さで顔面を真っ赤にして懇願する彼の姿に俺は全てを理解した。

 なるほど、彼の“そういう時期”は既に終わったワケね。

 神様曰く、そういった趣向は彼女が出来れば鳴りを潜めるとか聞いた事はあったけど、コイツの場合は家同士がいがみ合っていて微妙な状況だったからな。

 大っぴらに婚約、付き合えるようになった事で彼の中の『漆黒の黒騎士シャイナス』は死亡というより死滅扱いになったらしい。

 地味に原因になったのが『怪盗ワースト・デッド』だった事に一抹の責任を感じていたものだからホッとしたが、反面少し寂しさを感じてしまう。

 フリーズドライ魔法? を咄嗟に開発したのがシャイナスの格好をしていた時だから、俺にそれを見られれば一発で正体がバレるという冷静な判断力も身に着けているようだし。

 人の成長は早いもの……だけど“男子三日会わざれば刮目して見よ”などとは微妙にズレているようにも思える。

 ま……だからと言ってその事を揶揄するほど俺も鬼ではない。


「仕方がない。その恥ずかしいヤツは死んだって事にしておくから、交換条件を出しても良いか?」

「こ、交換条件!? い、一体何を?」


 自身の黒歴史を盾にされたとでも思ったのか、露骨に怯えて警戒するシャイナ……いやジャイロ君に、俺は苦笑しつつある事を聞く。


「この町の鐘楼ってどこにある?」


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