第二百六十四話 元気で言う事を聞かない患者

「それから半日はバトルした結果、全身穴だらけにされて今に至ると?」

「情けない話だがね、アイツの戦いは闇属性魔法じゃないって事前情報がありながらもそのくらいが限界だったのさ。ヤレヤレ、大聖女なんて肩書を持ちながら……」

「いや、むしろよく半日も時間稼ぎが出来たな……見えもしない攻撃に晒されて」


 何度か対戦した経験がある俺達だからこそ分かる事だが、実際『邪気』を相手にするのは見えないし感じる事が出来ないから厄介極まりない。

 魔力のエキスパートである聖女や魔導師であっても、そもそも魔力じゃないから『魔力感知』は役に立たない結果、残される方法は攻撃に移る瞬間の空気の振動を感じ取る極限までに五感を集中した『気配察知』しかない。

 唯一『邪気』が見えるアンデッドのドラスケというアドバンテージも俺達にはあるが、大聖女ジャンダルムにはそれしかないのだから、普通なら数分で切れそうな集中を半日も続けて戦っていた事になる。


「でも……バアちゃんみたいな化け物に瀕死の重傷を与えるなんて、一体どんなやり口よ」


 しかしこの中で最も付き合いの長い『弟子』であり『娘』でもあるリリーさんとしては心配でありつつも納得が行かないようだ。

 無理もない、彼女の中で大聖女ジャンダルムは師であり尊敬の対象、崩れる事ない最強の壁である絶対的強者だったのだからな。

 重症の彼女を目の当たりにしても受け入れがたいのだろう。

 気持ちは分からなくもない。

 そんな『リリー』の気持ちを察してか、ジャンダルムは一つ息を吐いた。


「今、王都は『黒い霧』に覆われているって聞いたかい?」

「え、ええ……アンデッドや突然変異の黒い魔物が出現している事から、我々は高濃度の邪気であると判断しましたが……」


 カチーナさんが反射的にそう言うとジャンダルムは眉を潜めて渋い顔になる。


「やはり、あれが『邪気』なのだな。アタシも最終的にはアレにやられたようだ」

「どういう事?」

「最初の内は普通に遣り合っていたのさ。アタシは自慢のメイス、アイツはどこから出したのか黒一色の大鎌で。元だろうが何だろうが一度は同期を名乗った者同士、正直気に食わない面に一撃入れてやろうと思っていたが、ヤツもヤツで衰えておらんかったようでな……渾身の一撃を易々と受け止められ、鋭い一撃を返される、そんな繰り返しだった。だが勝負が長引くに連れて周囲が徐々に徐々に暗くなって行ったのさ」

「徐々に……それって」

「気が付いたかい? お察しの通り……ヤツはアタシに気が付かれない濃度で周囲に『邪気』を放出していたのさ。気が付いた時には後の祭り、アタシは『黒い霧』の包まれていて、全身に剣を押し当てられているような状況に陥っていた。こうなるともう技術も何もあったもんじゃない。その結果がこのザマ、というワケさ」


 えげつない……水に落ちた者に水そのものが襲い掛かるようなもの、張り付いた水がそのまま噛みついてきたら対処できないのと変わらない。

 文字通り『邪気』という物量で押しつぶす戦い方だ。


「アンタ、本当に良く生きてたな」


 失礼とは思いつつも、俺は思わずそう言ってしまう。

 同じ状況に陥ったとして、俺だったら対処が出来る気がしない。


「イタチの最後っ屁で、全方位巻きこむつもりで火属性魔法で周囲の空気ごと吹っ飛ばしてやったから、かろうじて一時的に邪気を払う事が出来たんだと思う。アタシの記憶はそこまでだがね……その隙に助けが入ったってとこだろうな」

「助け!?」


 その言葉にリリーさんが反応する。

 この場面において助けが入るとするなら真っ先に思いつくのは彼女の親友を含む仲間たち……シエルさんの姿が真っ先に浮かんだのだろう。

 しかし大聖女はリリーさんの考えを察して、首を横にふる。


「恐らくだが違う。アタシの命を繋いでくれたのは別人だろうさ。シエルは何だかんだザッカールでも最高の『光の聖女』、もしもアイツが手を出したのならアタシは今ここで寝っ転がっていなかっただろうからな」

「そ、そうか……確かにあの娘なら死なない限りは瞬時に体に開いた穴くらいは全部塞いでしまうだろうし」


 リリーさんはサラッと言うけど、改めて考えるととんでもない魔法何だよな~。

 回復魔法の治癒能力も術者の実力によって変わる。

 本来は致命傷を負った時には死なないくらいに維持できれば相当な実力者、瞬時に全快まで持ってこれるなら化け物のクラスのハズだ。

 改めてシエルさんが予言書で呼ばれていた『聖魔女』の称号は伊達ではないと感じる。


「が……アタシを生かしてくれたヤツも相当に腕が良いよ。頭や心臓は何とか避けたけど、主要な内臓や血管はほとんどやられていたハズだからな。生きるために必要な器官を選別、優先して治癒を施してくれたからこそ、今こうして話していられるんだから」

「そうは言いますがその為に全身の負傷はそのまま、骨や血管だって破損したままなのですよ? この町には私程度の低レベルな回復師しかいないのですから安静にしていてください!」


 担当の回復師にそう言われてシュンとなる大聖女は地味にレアな光景だが、俺は今の評価に懐かしい人物の事を思い浮かべていた。

 重傷を負った時に自らの魔力の上限を知り尽くした上で、主要な内臓や血管を最優先に治癒するまでに体の事を熟知して命を繋ぐ。

 まさか……な。


「アタシが知っているのはここまでさ。戦い始める前に伝達の魔法『火喰いフェニックス』にアンタらが見つけてくれた手記をシエルたちに届けさせて、現状の危機と避難を急ぐように“あの人”に頼んだが……その後はどうなったか」

「「「…………」」」


 悔しそうに俯く大聖女の苛立ち、焦りの内容は聞かなくても分かる。

 長い間何度も何度も理不尽な目に合う信者や孤児たちを助ける為に尽力してきた人なのだから、今ザッカールで起こっている非常事態に自分が一番離れた場所にいるのが我慢ならないのだろう。

 それに手記……あの人に伝達を頼んだと言ったが、それは何十年越しに再会した『忘れずの詩人』に宿っていたダイモスの事に他ならない。

 千年分の邪気が解放される非常事態に手段を選んでいられなかったのだろうが、何十年ぶりにようやく一緒にいられた恋人とまた離れてしまったのだからな。

 そのお陰でザッカールから脱出した連中が、今このファーゲンで行列を作っていられるワケなのだが……。

 そして、そうなれば大聖女が次に言う言葉も予想が付く。


「今、この時にアンタらがココに来てくれたのは僥倖だ。いつも通りに動く事は叶わんが、少なくとも雑魚の露払いくらいは出来ん事はない!」

「……ほら見ろ」


 予想していたのは俺だけじゃなかった。

 仲間の誰もが“やっぱりな”って目でバアさんが立ち上がろうとするのを見ていた。

 国や教会などはどうでも良い。仲間の、子供たちの危機に黙っていることが出来ない大聖女の心意気は嫌いではないが……。


「この不良ババアの容体はどうなんです? 先生」

「良いワケがありません! 先ほども言いましたが生き長らえているのは主要な器官を優先した治癒できたからです。全身の負傷はそのまま、左腕に至っては複雑骨折しているのです。戦いなどもっての他!!」

「痛みなんぞ気合で何とかなる! こんな老人の左腕なんぞアンデッドに食われても構いはしない!! ここで動かずに何が大聖女か! 何が精霊神教か!!」


 さっき宿の前で騒いでいた貴族に比べれば上等だが、回復師せんせいにとって厄介な人物には変わりないだろうな。


「ったく、しょうがないババアだよ。こんな状態でも足手まといだから来るなってあしらえない元気はあるから困ったもんだ」


 そんな迷惑な婆さんをどうしたもんかと考えていると、ため息交じりに娘さん……リリーさんが口を開いた。


「大聖女ジャンダルム……アンタ今どのくらい動ける? 今のままでアルテミアへのリベンジを考えているなら、極大の弾丸ブチ込んででも寝ててもらうけど?」

「リリーさん!?」

「何を言い出すんですか!? 満身創痍な今の彼女を戦場に連れて行くワケには……」


 弟子であり育ての親、この中では誰よりも連れて行く事を拒否するかと思ったリリーさんの言葉に俺とカチーナさんは耳を疑った。

 しかし、リリーさんのどこか諦めたような顔を見ると……何も言えなくなる。


「ゴメン二人とも。同じ状況だったとしたらアタシもここで寝ていられないだろうし、仮にここでこの不良ババアを放置しても、別の方法を使って這ってでも戦場に戻ってくるのは目に見えてるからさ。だったら、戦力は少しでも多いに越した事ないし、近くの方が監視しやすい……」

「ふん、当たり前だろ? アタシを一度でも仲間にしたなら、仲間の危機には嫌でも張り付くからな!」

「調子にのるなババア! 無茶は許さないからね!!」


 さすがは脳筋の一族……結局はリリーさんもそっち側という事か、大聖女の気持ちは痛い程分かるのだろう。

 こうなると外野が口を挟む事は無粋になるし、仲間ワースト・デッドとしては仲間の意思を尊重するしかないか。

 俺も諦めの境地で回復師せんせいに頭を下げる。


「って事らしいので、申し訳ないですがこの不良ババアは連れて帰らせてもらいます。ご迷惑をおかけしまして……」

「ハア……もう良いですよ、この方は我々では治療不可能です。予後の経過はご家族にお任せします……本当に、本当にお大事にしてくださいよ?」

「善処いたします」


 困った心配で“本当に”を強調する回復師には実に申し訳ない想いになった。




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