閑話 険悪過ぎる同窓会
調査兵団団長ホロウが負傷しているというだけでも非常事態であるのだが、彼が齎した情報はそれよりも遥かに凌駕するものだった。
その情報を聞いて危険性を理解できる者は数少ない……しいて言うなら一部の王族関係者、もしくは精霊神教の幹部クラス。
そして現在進行でその件に関わり歴史を改変しようと苦労していた怪盗集団くらい。
自称ではあるものの、その仲間であると豪語している大聖女ジャンダルムは負傷したホロウの手当てを手近なシスターに任せて最も危険性の高い場所へと向かっていた。
ザッカール王国の完全なる中心部に位置するエレメンタル教会の中でも更に中心、普段は敬虔な信者たちが祈りを捧げる大聖堂の『精霊神像』の前へと。
そしてジャンダルムがたどり着いた像の前には……一人の黒い修道服に身を包んだ女性が静かに笑みを浮かべて佇んでいた。
「妹から姉に……か。千年前からの生き残りである事は予想していたが、まさか身内だったとはね。アタシは精霊神様の姉と同期だったって事かい」
「光栄に思うが良いですよ。何せ一時期とは言え信仰の対象の肉親と肩を並べることが出来たのですから……大聖女ジャンダルム」
油断なく愛用のメイスを構え目の前の女性、修業時代には同期であった大聖女アルテミアを見据えるジャンダルムだが、その彼女の右腕が肩から無くなっている事に気が付いた。
そんな状態であるのに苦痛に顔を歪める事も無く笑い続ける様が、殊更不気味に感じる。
「ふん、随分と余裕じゃないか、そんな体たらくで乗り込んで来たワリにはさ」
「混ぜ物の出来損ないのワリには腕が立つようで……一撃入れるだけでもここまで持って行かれてしまいましたよ。いやはや、ワリに合わない事で」
その言葉でその右腕の負傷はホロウにやられたものである事をジャンダルムは理解、同時にその結果ホロウは相打ちの形でダメージを受けたのだとも。
さすがは調査兵団団長、転んでもただでは起きない……ジャンダルムは感心すると同時に無くなった右腕から出血は一切なく、黒い霧か煙のような塊が滞留しているのに気が付いた。
「タイマンはる気なら回復魔法くらい面倒見てやろうかい? 優秀な光魔法の聖女ならここにもいるからよ」
「……御冗談を。誰が精霊の助力などを求めるモノですか」
冗談めかして言った言葉だったのに、その反応はジャンダルムにとって今までで最も……修業時代からかけて今までで最も感情のこもった言葉であった。
ジャンダルムが初めてアルテミアと出会ったのは、大聖女と呼ばれる遥か前、聖女と呼ばれるよりも前の事だった。
当時から喧嘩っ早く聖職者にあるまじきなど日常で言われていたジャンダルムとは対照的に丁寧で物腰柔らかく、まさに聖職者として相応しい品行方正さを見せていたアルテミアは戦闘の技術も高く、よくジャンダルムとは訓練でぶつかる事があった。
しかし若年の頃から戦闘に関しては誰よりも好意的であり、タイマンは元より多対一でもだまし討ちでも不意打ちでも相手が全力であるなら笑って許容する性格であったジャンダルムなのに、このアルテミアの事だけは唯一気に入らない人物だった。
何故なら“戦いは嘘を吐かない”が信条のジャンダルムには分かっていたのだ。
彼女が、アルテミアが、本質的には戦闘の相手どころか何時いかなる場面においても誰も見ていない事が……。
殺気も怒気も、喜怒哀楽の全ての感情を誰にも向けることなく当たり障りなく笑っているだけ……それは仮面とか人形とかの表現とも違う、気に入らなさを感じずにはいられなかったのだ。
「まさか半世紀以上も不明だった“気に入らなさ”がこんな軽口で判明するとはね。本当に恐れ入るよ、あの小僧には」
今までだったらこんな事を口にしたとて自身の正体の露見防ぐ為にも不用意な返答などしなかっただろうに、最早その事すらどうでも良くなっている。
大聖女などを名乗っているのに、回復魔法すら許容したくないという“精霊に対する怨念”を隠そうともしない程に。
「フフ……フフフフフ……そうですね。まさか千年も掛けて隠し通して計画し続けて来た私の計画が、あろう事か何でもない存在だったハズの冒険者にここまで台無しにされてしまうとは思いもよりませんでしたよ。精霊などと言う間違った存在を許容し続ける世界そのものを無に帰すための……長い、長い間かけて積み重ねて来た計画の全てが」
「……精霊の存在が、間違っているだって?」
アルテミアの精霊への憎悪の根幹が聞けるかとジャンダルムは聞き直すが、しかし当の本人はそんな事は最早どうでも良いとばかりに笑うばかりだった。
「もう良い、良いのです! 喩え精霊が、この世界が間違っていようとも、この世界から生まれた私にこの世界を破壊する事は出来はしないでしょう。千年分もの邪気を手にしたところで私に出来るのはその程度の事……しかし最早どうでも良い事です!!」
「く!? な、何だ!?」
その瞬間、何も見えないハズなのに物凄い“嫌な気配”が全身を覆ったのをジャンダルムは感じた。
今までは感じる事が無かった“ソレ”は感じているだけで心の底から嫌な気分にさせられて、ワケも無くイラついたり、悲しくなったり、自暴自棄になりそうになったりと……普段の彼女だったらそれを上回る陽の感情で上書きしてしまうハズの感情。
負の感情の塊……すなわち『邪気』を感じ取ってしまったのだ。
普通の人間では喩え高名な魔術師であろうと感じ取る事は無いハズの『邪気』を感じ取れてしまうという事は、感じ取れるほどまでに濃度が濃いという事になる。
事前情報でその事も聞かされていたジャンダルムは咄嗟に口を手で覆い、間違いなく出所であるアルテミアを観察すると……彼女の背後から黒い線のようなモノが繋がっていて、その先にあるのはザッカール王国の中央である『精霊神像』。
千年分もの邪気とアルテミアは既に連結している、その事実を理解した瞬間、ジャンダルムは火の属性魔法による筋力強化を上乗せしたメイスをアルテミアに振り下ろしていた。
ガキリ……「な!?」
しかしジャンダルムの渾身の一撃はアルテミアによって片手で受け止められた。
それも失ったはずの右腕で……。
「相変わらず戦闘の判断の速さは目を見張るモノがあります。既に私が『妹』と連結している事を瞬時に判断して大本を潰そうとするのは合理的です。思えば貴女だけでしたね、修業時代から掛けて私の上っ面に騙されなかった聖女は……」
「ぬわ!?」
そして一瞬動きが止まったジャンダルムにいつの間に手にしていたのか、残った左腕に握られていた黒い大鎌が横なぎに襲いかかるが、ジャンダルムは瞬時にエビぞりになり、蹴り脚を鎌の腹に叩き込んで軌道を逸らした。
何とか追撃をいなしたジャンダルムは再び距離を取ってアルテミアに注目する。
そうすると失ったハズの右腕の傷口から黒い塊が集まって新たな右腕を形成している事が分かる。
そういった気体とも個体とも思える形状にジャンダルムには覚えがあった。
「邪気の固定化ってヤツかい? 一度だけヤり合った事はあったがな……」
「ああ、そう言えばそうでしたね。その節は不詳の甥がご迷惑をおかけしました」
邪気を固定化、物理的な武器にして攻撃する方法は以前にヴァリス王子……現マルスが巨人として使用した方法だったが、その時よりも遥かに危険な存在である事をジャンダルムは今の一撃で悟った。
『マズイね……コイツは、アタシ一人で手に負える力じゃない』
サイズは以前戦った黒い巨人に比べると遥かに劣るハズなのに、向こうが木造であるならこっちは鉄造よりも遥かに硬いと判断したジャンダルムは、懐に忍ばせていた“あるもの”を対峙するアルテミアとは反対の方向へと放り投げた。
「……なんのつもりですか?」
「なに、遺言のようなモンだよ。これからアンタが何をしでかすかは分からんがな、どうせ碌な事ではあるまい。ギラル達をここに呼び寄せる為の理由を作ろうとしているのなら」
ジャンダルムが苦笑交じりにそう言ってやると……アルテミアはより一層狂ったように笑い始める。
それはもう、闇の大聖女に相応しいと言われるほどに物静かで奥ゆかしいと思われていた女性には相応しくない、悍ましいとすら思える笑顔を浮かべて。
「キャハハハハハハハハハ! そうですねそうですね!! あの怪盗気取りの小僧、ギラルを呼び戻す狼煙は大きければ大きい程良い!! 世界の破滅を捻じ曲げるような男です、小さなん事件では見向きもしないかもしれませんからね!!」
しかしそんな狂人の如き馬鹿笑いをジャンダルムはむしろ楽し気な気分で見ていた。
修業時代から今まで、一度として見せる事は無かった本性を見ることが出来た……それだけでもこの場に居合わせた意味はあるとばかりに。
「大したもんだよあの小僧、ギラルは。アタシとは修業時代から何度も訓練でぶつかる事はあっても本質的にこっちを見る事は無かったというのに……アイツだけは名指しで恨み言を言えるくらい意識されているのだからなぁ」
「ヒャアハハハハハハ! 当然でしょう!? 千年ですよ!? 千年の積み重ねを、練り続けて来た計画の集大成を完膚なきまでに消し去ってしまったのですよ、あの時越えの改編者は!? 最早二度と油断などする者か……絶対に、絶対に殺す! 喩えそのせいで世界を壊す願いが叶わずとも最早構いはしない! あの男を、あの男を取り巻く有象無象共を……『ワースト・デッド』をこの手で始末できるのならば!!」
ブワリ、と更に嫌な感覚が増したと思った矢先にアルテミアの全身から黒い霧のようなモノが立ち上り始める。
とうとう『邪気』が視認可能なくらいになってきたのだ。
むせかえるような『負の感情』の塊にジャンダルムは冷や汗と吐き気が止まらなくなるが、それでも強がりのやせ我慢なのは自覚しつつ無理やり口角を上げて笑って見せた。
「だったら……ますますここを素通りさせるワケには行かないね。何せアタシも『ワースト・デッド』の一員だからなぁ」
「…………なに?」
「ほほう、ようやくアタシを見たな……アルテミアよ!!」
そう言った瞬間、アルテミアは馬鹿笑いを止め初めてジャンダルムの方をまともに見た。
それは殺気を伴う常人であれば卒倒ものの視線であるハズなのに、ジャンダルムはますます嬉しくなっていた。
戦闘狂の脳筋が今まで一度も敵として注目しなかった者に注目された。
ギラルだったら迷惑千万としか言わないであろう状況なのに、やはりジャンダルムにとってそれは喜び以外の何物でもない。
「知らんかったのか? あの小僧に未来を盗まれたのは何も若者だけじゃね~って事さ。弟子に泣きながら殺されるって最低な未来を盗まれたアタシだって最早『改編者』の一員だって事だよ!」
「そうか……そうですか。貴女もそうだと言うのですね……」
そう呟くアルテミアの顔には最早笑みは無い。
殺気と憎悪を隠そうともしない無表情……それでいて目だけはしっかりと怨敵を見据える完全なる敵対者として睨みつけていた。
対照的に修業時代から通して今まで一度もアルテミアには向ける事の無かった好戦的な瞳で見据えたジャンダルムは、ある種の覚悟を持ってメイスを腰だめに構えた。
「アタシは『炎の精霊イフリート』の友、大聖女ジャンダルム。またの名を怪盗ワースト・デッドが同胞『バーニング・デッド』!! 仲間たち、そして娘たちの為にも時間稼ぎくらいはさせて貰おうかい…………腐れ同期のアルテミア!!」
「気に入らなかったのはお互い様ですよ。人間なんぞと極力関わりたくないというのに貴女の周りにはいつも人がいた。本当に目障りで目障りで仕方が無かったものです。ようやく心置きなく始末する事が出来ますよ…………野良犬上がりの野生児風情が!!」
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