第二百六十三話 闇に沈む王都《ザッカール》

 しかしその表情は旧交を温めるというモノではなく非常に焦ったような、それでいて俺の事を見てホッとしたような微妙なモノ。

 前線で戦う戦士のクセに感情を抑えたりポーカーフェイスは苦手なオッサンだったが、相変わらずこうも分かりやすいと不安になって来るな。


「つーか何だよ、その物騒な物言いは。もしかしてこの行列と何か関係あるのか?」

「お、おお……何だ知らないのか? お前らはザッカールの王都を根城にしてたみてぇだからてっきり」

「最近までは隣国に行ってたからこっちの情報には疎いんだよ」

「……まあ俺も最近ザッカールの外で仕事してたから連中の又聞きになるんだがな」


 チラッとオッサンが視線を投げるとカチーナさんとリリーさんは軽く頭を下げた。

 どっちも初対面だが、このオッサンについては俺が散々話した事もあるから特に警戒した様子も無いし、オッサンもオッサン彼女たちが現パーティーである事は知っていたのだろう。

 特に気にした様子も無く話を進める。


「アイツ等はザッカールからの避難民だ。かれこれ一週間前くらいから王都を脱出した連中が南下して来てな……」

「王都を脱出!? 一体何があって……」


 王都と言うくらいだから幾ら内情が腐っていようと外部からの攻撃には強く作られているハズ。他国の侵略や魔物のスタンピードなんかがあったとしても壁の向こうから攻撃を迎え撃つ方が良いのは明白な事。

 であるなら、内側から何かが起こった……既に消火不能なほど火をかけられたとか、浄化が追い付かない程の毒物が撒き散らされたとか、最早どうにもならないから逃げだしたという事になる。

 しかしオッちゃんの情報は俺の予想を遥かに凌駕していた。

 

「良くは分からんが、連中が言うにはいきなり王都を『黒い霧』みたいなモノが立ち込めて、ゾンビや死霊を始めとしたアンデッドが発生し始めたとか。そして時が経つごとに霧は濃くなって行って見知らぬ黒い魔物すら出現するようになったとか……」

「「「!?」」」

「黒い霧に巻かれた連中の中には何やら恨みがましい人の声を聞いたとか、怒りや悲しみの感情を抑えきれず泣き叫ぶ者もいたりしたとか……いずれにしろ正確な事は分からん」


『黒い霧』『アンデッド』、更に正体不明の黒い魔物に聞こえて来た正体不明の恨みの言葉。

 そんなもの……俺達の経験上一つしか思いつくものはない。


「オッちゃん、連中は確かに言ってたんだよな? 誰かに聞いたとかじゃなく自分の目で『黒い霧』を見たんだと……」

「おお、逃げて来た連中の大半は目撃している。中には不気味過ぎて口から吸いこまないように気を付けて逃げたって連中もいたな……」


 火事の煙とは種類が違うものの、ある意味でそれは体内に取り込まないという意識として正しい判断なのかもしれない。

 最も普通なら見える代物じゃないのだがな……。


「どう考えても……邪気の類だよな? しかも見えるくらいの」

「普通一般人には目撃する事すらないハズの邪気が大勢に目撃されるなど、一体どれほどの濃度で邪気が王都に覆っていると言うのか」


 普通は『死霊使い』以外魔導師にすら感知できないハズの邪気は、濃度が濃ければ濃い程に目撃される率は高くなる。

 以前俺たちがそんな高濃度な邪気を目撃したのは二回のみ、トロイメアで意図的にドラスケが邪気を濃縮して利用した時と、マルス君が王妃に復讐しようと巨人を生み出した時。

 そのどちらも厄介極まりない事態だったのに、今回は王都全体を覆う程だと?

 だけど、俺達にはそんな膨大な邪気がどこにあったのか……予測がついてしまう。

 そして、その邪気がどのようにして誰に利用されたのか、という事すら。


「……エレメンタル教会からか? その『黒い霧』ってのが発生したのは」


 ザッカールで一般人が視認出来るほどの邪気を発生させるとするなら、真っ先に思いつくのはエレメンタル教会の大聖堂中央に鎮座する『精霊神の像』を中心に千年前から邪神降臨の為にため込まれ続けたヤツしか思いつかない。

 そして邪神の復活が事実上不可能になった今、そのため込まれた邪気の存在を知る者で“何かに使える”のはたった一人しかいない。

 ほぼ核心を持って聞いてみるが、ドレルのオッちゃんは首を捻る。


「エレメンタル教会から? いや、さすがにそれは分からん。避難した連中は平民も貴族も“いきなり黒い霧に包まれた”って話ばっかりだったからよ」

「そ、そうかい……」

「ただ、そう言えばファーゲンに担ぎ込まれたエレメンタルの聖職者がいたな。全身に大怪我をしていて治療中なんだが……確か、大聖女の……」

「……は?」


 しかしその言葉で色々と考察しようとする俺の脳は完全に真っ白になった。

 今……何て? エレメンタルの大聖女って……それって……。

 その言葉を聞いて誰よりも驚愕したのは、勿論弟子であり娘でもあるリリーさんで、いつもは見せない切羽詰まった表情でオッちゃんに詰め寄った。


「そんなまさか!? あの脳筋ババアが、『撲殺の餓狼』ジャンダルムが大怪我ですって!? 何かの間違いじゃないの!?」

「……ギラル、この娘さんは?」

「俺たちの仲間で元聖職者。大聖女には孤児院時代から世話になってる人……」

「そうか……」


 オッちゃんは短くそう言うと、クイッと顎だけで行列の並ぶ正面入り口の隣の関係者入り口の方へ来るように示した。


「今は緊急事態だからな、戦える職種の冒険者や傭兵なんかも臨時の戦闘要員として王国軍に組み込まれている。冒険者ってのは身分証明が楽だしな……行列で時間を使われるよりとっとと仕事に回って欲しいらしいから」

「なるほど、さっさと済ますことやって仕事しろって事か」


 多分オッちゃんもそう言った冒険者たちを優先的に仕事に付かせる為の誘導要員として村の外にいたんだろう。

 おかげでというのは行列に長時間並んでいる避難民の方々に気が引けるけど、俺たちは並ぶ事なく町に入る事になった。

 そして実際に町の中に入ってみると、行列から予想は出来ていたけど大勢の人でごった返していた。

 この町は俺自身の気分的問題で、実は今まで足を踏み入れた事は無かったのだが、それでも普段はこうじゃない事は予想できる。

 無論観光とかのポジティブな理由じゃなく、だ。

 広場や空き地にすでに難民キャンプが形成されているし町の中の宿場や酒場などは解放されて簡易的な避難所になっていて、入りきれなかった人たちは路上に座り込んで疲労した顔を晒している。

 そんな状況だというのに宿の前で「私は侯爵であるぞ!」な~んて権力を振りかざしているバカもチラホラ。


「ですから、ここは今臨時の野戦病院になっているのですよ! まだまだ怪我人は増えているのに傷一つない方は入れられないと……」

「貴様……どうやら高位の者に対する礼儀を知らぬようだな。私の力で商売など出来ないようにする事も出来るのだぞ!」


 こんな状況であってもバカは湧くモノなんだな……民衆や宿の店主のみならず、お付きの護衛ですら白い目になっているのに気が付いてないようだし。

 いい加減目障りだし……俺はザックの中から小石を取り出して侯爵バカの頭に当てようと狙いを定めた。

 しかし、そんな俺の作戦は実行される事は無かった。


「ここは怪我人しか入れないって聞こえないなら、アタシが怪我人にしてやるよ!」

ドゴオオ!! 「げぶら!?」


 その瞬間、名前も知らない侯爵バカは天高く吹っ飛んで……宿の入り口には全身包帯塗れの状態で拳を振り上げている婆さんが一人。

 満身創痍なのは間違いないのにいつも通りな大聖女ジャンダルムの姿があった。


「ついでにアタシはそろそろお暇するから一人分は空くから代わりに入れるだろ?」

「無茶言わないで下さい! 全身穴だらけで出血多量だったのだから絶対安静って言われているのに!!」

「あ、ちょっと待て……いててて引っ張るな! まだ腹の傷が……」


 そして中で治療に当たっていたらしき治癒師に引きずり戻されていく姿を目にした瞬間、さっきまで不安で仕方がない青い顔になっていたリリーさんがあからさまにホッとした顔になった。


「まったく、あの脳筋ババアは……」


 それから気を失っている公爵だかを、配下っぽい連中が心底嫌そうな顔でどこかに搬送しつつ転職の相談をしているのを尻目に、俺たちはそのまま野戦病院になっているという宿へと入った。

 さっき店主が言っていた通り臨時の病院扱いで普通なら関係者以外立ち入り禁止なのだが、ドレルのオッちゃんの紹介もありスムーズに入室が許されたのだった。

 そして目にしたのはベッドの上で未だ起き上がろうとしている満身創痍だが元気そうなバアさんと抑え込もうとする治癒師が格闘している姿だった。

 しかしどう見ても大怪我なのに安静にしない困ったババアでも、本当に心底心配しているリリーさんの登場は気まずかったのか、目が合った瞬間に大人しくなった。


「怪我人が無茶するんじゃない……バカ」

「は、ははは……や、みっともないところを見せちまったね」


 その姿は見た目だけでも重症なのは分かるのに、聞いた話では数日前まで出血多量で意識不明だったと言うのだから……それなのに意識を取り戻した途端に前線に戻ろうと騒いでいたとか。

 こんな大怪我を負って、生きていただけども相当だが……。


「正直俺はアンタが怪我できる事の方が信じられねーっスよ。避雷針を足場に巨人とぶつかり合っても動じないような化け物をどうやったら殺しかける事が出来るんだ?」

「お前さんも大概失礼だね……言いたい事は分からんではないが」


 そう言うとバアさんは一呼吸置いてから実に気に入らない事の様に眉を潜めた。


「まあ、ある程度予想はできているんじゃないかい? 怪盗ワースト・デッドならよ」

「昔の同期とひと悶着あったとか?」

「アンタらがやらかしたオリジン大神殿の出来事を聞くに、アレが本当にアタシの同期だったのか定かじゃないがね」


 それは肯定の意、大聖女ジャンダルムにここまでの大怪我をさせる同期の化け物として該当するのはたった一人しかいない。

 大聖女ジャンダルムと同期と“されている”聖職者で、闇の神殿の大聖女と“されている”精霊神教の重鎮の一人であり……千年の怨念を抱き続ける古代亜人種の生き残り。


「もうすでに次の行動を起こしていたのか、大聖女……いや『死霊使い⦅ネクロマンサー』アルテミアは」


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