第二百六十二話 伝説の終わった剣のお悩み

 カフェのテーブルに座った3人の前に置かれた剣と骨、周囲から見られたら相当にシュールな情景だろうが、まさか誰も剣と話しているとは思わないだろう。

 念話だから、そう思われたとしたら相当にイタイ奴って事になってしまうが……いずれにしても俺は予想外な『勇者の剣』の言葉に面食らってしまった。


「何かちょっと意外だな。元々お前は“勇者を守る為の剣”のハズだろ? 異界からの勇者って存在がいないのに勇者としての役目を主張するとは思わなかったぜ?」


 それは本当に率直な疑問。

 今更剣が感情を持っているのがおかしいとか言うつもりもないが、勇者の剣エレメンタルブレードが『異界の勇者』の存在も無いのに出張ろうとする気になるとは……。


『熟考……ギラル氏の言う通り、自分の役目は異界の邪神降臨のトリガーとなる勇者の死を回避する為の安全弁。勇者を守る盾としての比重が大きい。しかし此度、ギラル氏を含む『ワースト・デッド』の活躍により異界召喚の危険性が周知、精霊神教サイドも精霊神からの指令として異界召喚の厳禁に移行中。異界召喚の可能性の消失と共に勇者召喚の可能性も消失する。そうなると『勇者の剣』という自分の価値は最早無い。役割を終える機会を欲している』

「…………」

『疑問……ギラル氏、何故そのように痛々しい目になっているのだろうか?』

「いや、なんつーか……同じ事で俺も絶賛お悩み中でな」


 俺は今の話が余りに自分と重なっている事に気が付かされて胸が痛かった。

 変な話だが役割を終えたモノの現状と言うか、まさにここ最近俺が悩んでいる『予言書』の改編が終わったらどうするのか、がリンクしていたから。

 まさか『予言書』で自分を殺す予定だった剣と同調出来てしまうとは、何とも奇妙な。

 今までやって来た事のゴールが見えた時、それからどうするのか。

 諸々含めて最近の悩みの内容を口にすると、剣は宝飾をキラリと光らせた。


『理解……確かに役割を終えるという点では同一であると認識。しかしギラル氏と自分では使える幅が大きく違う。私はどこまで行っても武器であり道具、しかも斬る事しか出来ません。おまけに特殊条件がそろわないと刃すら出せない存在』

「そう言えば異界の勇者の帰りたいって想い、望郷の念が力になるって言ってたな」

『肯定……しかし詳細を語れば異界に限った事ではない。実は多少なりともエレメンタルブレードの刃を発現出来る者はこの世界であっても存在する』

「え……マジで?」

『想定……恐らくこの中で自分を使えるのはギラル氏のみであると断定。カチーナ氏、リリー氏は共に光の刃を生み出せる望郷の念を感知出来ず』


 アッサリとそんな事を言いだす『勇者の剣』。

 俺は自分が使えるとかよりも、むしろ仲間たちが使えないと言われた事の方が意外だったのだが、二人は妙に納得したように頷いていた。


「まあ、言われればそうだろうね。アタシにとって故郷はシエルやバアちゃんたちがいる場所、帰ろうと思えば帰れるって感じだし」

「私などは論外でしょう、帰りたいと思える場所が存在しませんから。帰るべき場所故郷など生まれた時から無かったのですから……」


 使えない理由がやたらと対照的だな。

 二人とも一応はザッカール王国の出身ではあるものの、リリーさんは聖職者をクビにはなっているが仲間たちとの交流は続いているが、逆にカチーナさんは性別を偽られ虐げられ続けた実家を捨てる事での今なのだから戻りたいという想いがそもそも存在しない。

 そう考えれば、確かにこの中で望郷の念があるのは俺だけなのだろうな。

 理不尽に野盗共に襲われ虐殺され焼き払われた生まれ故郷『トネリコ村』、もう一度戻れるならと考えた事は何度もあった。


『実験……私の柄を握り“帰りたい故郷”を脳裏に浮かべる事を推奨。そうする事でギラル氏の望郷の念の強さに呼応して光の刃が発現する』

「お、おう……」


 剣に言われるままに、俺は剣の柄を握り……そして思い浮かべてみた。

 あの日失った故郷の風景、最早戻って来る事のない両親や友人たちと生きる為に協力し合い、共に遊び、共に駆け回った懐かしい農村……幼い日、炎に消えた大切な故郷を。

 そして、現れた光の刃は……。


「うわ、しょっぼ……果物ナイフかよ」


 思わずそう呟いてしまった。

 現れた光の刃はロングソードなど程遠い、ダガーにすら満たない短い刀身……使い勝手を言えば柄の方が長いから果物ナイフにも負けるだろう。

 正直そこまで期待していたワケでもないけど、こういう結果を見せつけられるとやはりガッカリするな。


『証明……確かにギラル氏には望郷の念はあるが、同時に最早帰郷は不可能であるという現実的に受け入れが出来ている事から発現出来るのはこのくらいであると予想通り』


 しかし『勇者の剣』的には予想通りの結果だったらしく、特に気にした様子も無い。

 ……何か微妙にイラっとするな。

 しかしまあ、そうであればこの剣の発現条件は『異界の勇者』でしか不可能な気がする。

 失われたワケでは無いが簡単に帰れない、でも帰れる可能性はゼロではないという絶妙な不幸加減。

 まさに強制的に召喚された異世界人にのみ通じる境遇だ。

 そんな事を考えている内にショボ過ぎる光の刃は消失、俺は柄だけになった『勇者の剣』をなんとなくクルクル回して弄ぶ。


「でも悪いがこんな刃じゃ仕事には使えんし、そもそも盗賊の俺には剣なんぞ使えん。連れて行くのは構わないけど所有者は選んだ方が良いんでないか?」

『委細承知……元々ギラル氏に私を武器としての使用を求めていない。自分はあくまでも邪気を切り払う盾、守りとしての役目を望む』


 一応気を使って言ったつもりだったが『勇者の剣』は俺と、『予言書』では完全なる敵対者だったハズの俺との同行を望んでいる……それは妙に頑なに。


『想定……最後の敵と目される存在は邪気を使う。自分の存在は必ず役立つと進言』

「結構押しが強いのな、お前さん」

『承知……面接での自己アピールは最重要であると考察』


 なんだろう、そこはかとなく漂う人間臭さ……段々とこの剣が冗談の通じるタイプのインテリにすら思えて来た。


 と、そんな経緯もあり……結局『勇者の剣』ことエレメンタルブレードは俺たちと同行、もとい携帯される事になった。

 一応はブルーガの国宝って位置づけのハズなのに、こんなに杜撰な感じに国外流出しても良いのか不安にもなるが……。


「心配無いでしょ? 現状メリアス王女が携帯しているって事にはなっているし、向こうも最初から勇者にしか使えない事も理解しているから、今後勇者召喚が行われない限り『勇者の剣』が正式に見つかる事も無いでしょうし」

『同意……前世所有者たるメリアス王女は戒めの意味で私を携帯していたが、武器としてはほぼ使われていない。むしろ鋼のロングソードの方に卓越している』


 軽くリリーさんが流すのに剣自体が同意している。

 長い年月受け継がれて来た伝説がそんなので良いのだろうか……。


               *


 そんな新たな仲間(?)を加える事になった俺たちは、とにもかくにも一度ザッカール王国に戻る計画に変更は無く、ブルーガ王国を後にしてから国境である森林地帯へ歩を進めた。

 そう言えば来る時は鍛錬も兼ねて森林を直線に突っ切っていたな~と思いつつ、一応は整備されている道を進んで行く。

 道中で定番の魔物との遭遇や野盗の襲撃なども想定してはいたのだが、意外にもそんな危機的状況は起こる事も無く肯定はスムーズであり……数日間森林を道なりに進めばザッカール王国の領内で最も南端に位置する町までアッサリと辿り着く事が出来たのだった。

 ザッカール王国の玄関口であり、逃亡中の他国の犯罪者にとっては逃げ切ったゴールであるらしい町。

 そして俺にとっては『予言書』で死を迎える予定だった因縁深いが、実は一度も訪れた事は無かった南端の町『ファーゲン』。

 本当に……この町に関してはどう思えばいいのか感情の向け方が分からないというか、出来れば避けて通りたかったという気持ちも無くは無い。

 だけど『ファーゲン』に到着した俺たちは、まだ町に入ってもいない内から妙な光景を目にして立ち止まっていた。


「何か、やたらと人が多くないか? ザッカールは閉鎖的な国家だから南端のファーゲンには商人か冒険者しか集まらないと思っていたけど、行列は一般市民から身分のある貴族までいるように見えるが……」

「ですね。妙に豪華な馬車もありますが……あの家紋は確か王国の公爵家の紋章です。一体何があったと言うのでしょうか?」


 そう、町へと入る為の門にはやたらと長い行列が出来ているのだ。

 普段こんな状況に置かれる事の無かった門番たちは対応に追われて四苦八苦しているのが見えるが、そんな状況なのに高位貴族の連中が我が物顔で怒鳴っている様子も見える。

 列をなす人々の顔に余裕は見られず、大荷物を抱えている者もいれば少ない荷物で震えている子供もいて……その様はまるで何かに追われて逃げて来た避難民のようで……。


「うお!? ギラル、ギラルじゃねぇか! お前無事だったんだな!!」


 その時、状況が理解できずに立ち尽くす俺達に声をかけて来た巨漢のオッサンがいた。

 巨大な剣を背中にノッシノッシと歩み寄るオッサンに、仲間たちは一瞬警戒した気配を漂わせるが、俺だけは良く知っているその顔に安心を覚える。

 俺が幼少期に散々世話になった冒険者パーティー『酒盛り』の元リーダーにして、現在は屈強な傭兵団に所属するオッサン。


「おっさん! ドレルのおっさんじゃねぇか!! 久しぶりだな」





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