第二百六十一話 都市伝説『空飛ぶ風見鶏』

「ねえねえ、聞いた? 例の噂」

「あ~アレでしょ? 空飛ぶ風見鶏の……」

「そうそう、風見鶏に成敗された悪徳貴族の話! どうやらアレって事実から広がった噂みたいでさ~」

「うそ~、風見鶏が空を飛ぶとか、鶏が空を飛ぶ以上にあり得ないじゃん」

「悪徳貴族ってアレだろ? やたらと威張り腐っていたロンバウトの……」

「なんでも当主代行がお家乗っ取りを画策してたとかで、直系の夫人や長男を虐待していて、正義の風見鶏の逆鱗に触れたとか?」

「空高く飛ばされた本人は色々と垂れ流していたのを大衆に見られて最早侯爵家の乗っ取りどころか威厳すらないらしいけどな~」


 翌日、仕事の成果や報酬の事で再度王女との顔合わせにブルーガのコジャレた喫茶店で待ち合わせをしていた俺達だったが……そこかしこから聞こえて来る奇妙な噂話に花を咲かせ笑い合う紳士淑女の中にいて、いたたまれない気分になっていた。


「「「…………」」」

「ターゲットの救出についての手腕はお見事であったがな、妙な都市伝説をオマケで我が国に生み出さんで欲しかったの……」

「「「面目在りません……」」」


 冒険者パーティー『スティール・ワースト』一同、一斉に頭を垂れて謝罪いたします。

 昨夜、風見鶏に括られたロンバウト侯爵代理を腹いせに高速回転させていたら、どうも高速回転に支柱が限界を迎えてへし折れた瞬間に竹とんぼのように風見鶏がヤツごと空高く舞い上がってしまったのだった。

そして夜空を高く飛び上がった後に着陸したのはブルーガ王国でも中央広場の噴水付近。

これで水の中にでも落ちれば少しは救われたかもしれないが、残念ながらヤツは噴水のオブジェに引っかかる形で着地してしまい、色々と垂れ流した形跡を水が洗い流す事も無く大衆の目に晒された。

まあ今後ヤツの貴族的地位が社交界でも世間一般でも地に落ちようがどうでも良いが、お仕置き=汚物の流れがあるのは個人的には微妙な想いがあるが……。


「いや~申し訳ない。ちょっと調子に乗っちゃって……」

「まさか空を飛ぶとは思わなかったから……」

「一応被害が出ないように誘導しましたが……」


 飛んで行った風見鶏が無関係な人たちに被害が出てはいけないと、その後必死こいで追いかける羽目にはなったが……これも自業自得。

 そんな全力謝罪姿勢の俺達を前にメリアス王女はお忍びの町民姿、いつもは隣に立って控えているリコリスさんも今日は目立たないように一緒にテーブルに着いている。


「まあ、私も彼らの状況を知ってしまったから個人的には愉快ではあるがの……何と言うかイリスの姉君とは聞き及んでおったが、ヤツ以上に破天荒であるのう。一応あの場はブルーガでも有数の観光スポットなのだが……一夜にして今は戒めのご神体のような扱いになってしもうたではないか」

「このままでは闇の精霊と並ぶ躾の昔話にでもなりそうな勢いです」


 ただ優雅に紅茶を嗜む光景はどうやっても上流階級、気品の高さは誤魔化せていない。

 リコリスさんだって王女付きのメイドなら貴族令嬢には違いないだろうし……話の内容が昨日の誘拐騒ぎに関与しているなど周囲からは分からんだろうが、別の意味では目立ちそうだ。

 ちなみに闇の精霊の昔話と言うのは“悪い事をすると闇の精霊に永遠の暗闇に連れて行かれる”という躾に親御さんによく使われる昔話の事。

 これが後々“風見鶏に飛ばされる”とか言われるようになると考えると……何とも。

 俺はいたたまれなさを誤魔化すためにも話を変える事にする。


「え~っと……あの後、夫人と長男君はどうなりましたかね?」

「ああ、かなり衰弱して負傷もあったが、現在は王宮にて保護し回復魔法師が付きっきりで治療に当たっておる。おそらく命に別状はあるまいよ」

「そうか……それなら良かった」

「後は予想は付くだろうが、二人の状況を知った兄上たちは激怒しておった。加担した傭兵や家令に至るまで鉱山への強制労働へ本日連行される事に決まった」

「早!?」


 昨日の今日であるにも関わらずスピード判決……王政国家では国王の言葉が第一なのは知っていたが、それにしたって速攻過ぎる。


「言うたであろう? 元よりあの侯爵代理は目を付けられとったのだ。罪状だって既に決まっていた事に過ぎん。証拠があれば即断罪である」

「な、成程ね」


 即断即決、言葉にすれば簡単だが政策となればそんな簡単な事ではないだろう。

 妙な感じだが、そんな風に正しい感じで強権を振るう王族と言うのを初めて見た気がするな。


「侯爵代理も同様に鉱山での強制労働、地位も犯罪奴隷に格下げで実家の伯爵家も子爵へ降格だから二度と日の目を見る事はあるまいて」

「……意外ですね。侯爵家乗っ取りなど反逆行為に等しいのに死罪ではないとは」


 元貴族のカチーナさんの言葉は俺も思った事だった。

 厳しい話ではあるが貴族の反逆行為は連座が基本、本人は当然として禍根を断つ為にも一族郎党と言うのが当然な処置だと思っていたのだが。

 そう言われたメリアス王女は頬杖を付いて苦笑する。


「兄たちが言うには“どっちにしても恨みを買うなら、殺さなくても同じ事”だそうでの。それに“死んでしまったら使い道が無くなる”とも言うておったな」

「おおう……それはそれで何とも合理主義な」

「あとはまあ……子供にとってどんな犯罪者であっても親は親。こっちの判断だけで勝手に殺したら子供に嫌われるとか……このように度量の広いところを見せつけて置けばご婦人からご令嬢に至るまでモテモテとか……」

「うむ! ちゃんと私欲も含んでいてくれてちょっと安心した」

「妹としては素直に自慢の兄たちと言えないのが複雑だがなぁ……」


 そうそう、ヤツ等はこうであって欲しい。

 分かりやすく私欲と正義が両立した変態って……字面だけなら為政者として最低な評価に聞こえるのに、これほど安心な逸材もいないだろう。

 まあ身内としては裏が無いだけに、信用は出来るという王侯貴族などという身内すら敵として警戒しなければならない環境に置いて貴重な兄の存在の価値は分かっているのだ。

 だからこそ、複雑なんだろうけどね。

 それから俺たちは今回の報酬をギルドの依頼として受け取る為に彼女から依頼達成のサインを貰い、更に成功報酬としてプラス受け取る事になった。

 冒険者ギルドの依頼として組み込む金額の上限では今回の報酬に見合わないから、というのが王女の言い分だったのだが、今回は最後にやらかしただけに受け取るのは気が引けたのだが……「な~に、むしろこれから不正貴族どものあぶり出しに全力で利用するつもりだし、何より愉快であったのは事実じゃからな!」などと言われてしまうと……ね。


「では皆、本日はこれまでという事で……機会があれば、今度は妹も同伴で訪ねていただきたい。リリー殿については未だに国王陛下に狙われている危険は残っておるがの」

「う……それについては丁重にお断りさせていただきたいですね」

「ハハハ、その辺については肉親とは言え他人が口を挟むのは無粋と心得ておるのでの。それでは皆息災で……じゃあの!」


 そう言って元気よく立ち上がったメリアス王女はにこやかに、お付きのリコリスさんは優雅に一礼して颯爽と喫茶店を後にした。

 何と言うか昨夜にあれだけ腐敗した貴族の一端を見せつけられたというのに、あの娘のはつらつとした姿を見ると、何とかなるような不思議な頼もしさを感じる。

 そんな彼女たちが去った後で、リリーさんだけは多少顔が引きつっていた。


『ほほう……あのロリショタ男、まだリリー殿を狙っておったか』

「ど~しやす? もしかしたらブルーガ王国王妃、何かを狙えるかもしれやせんぜ? リリーの姉御」

「普通の王侯貴族であるなら平民から召し上げなど夢物語ですが、この国の政情は特殊ですから……リリーさんの実力があれば、もしかすればいわゆる“ワンチャン”があるかも」

「冗談止めて、王族なんぞ性に合わんし……なによりアタシにロリを求める輩はアタシの好みじゃないのよ」


 珍しくこの手の揶揄いに乗っかったカチーナさんにリリーさんはげんなりとしていた。

 まあ国王ニクシムとしては確実にリリーさんの事を“合法ロリ”として見ていただろうからな~。

 しかしその辺の好みを全く考慮しないとなると、これからの彼女に一抹の不安が……。


ジャキリ……

「ギラル……今何か余計な事を考えて無かったかな?」

「……メッソウモゴザイマセンデス、アネゴ」


 は、早い……五感や素早さにかけては二人よりも上だと自負している俺だというのに、今リリーさんに額へ突き付けられている狙撃杖が構えられる瞬間が全く見えなかった!

 く……俺もまだまだ未熟という事なのか?


『茫然、いい加減仲間内での漫談を切り上げては頂けないでしょうか?』


 と……そんな仲間内のやり取りにいい加減呆れたのか、この場に置いて唯一のゲストから苦情の声が聞こえて来た。

 本人からの要望で、現在所持している彼女から似たモノとすり替える事でこの場に……というか“この手に”残った一振りの剣から。

 一応特性として『勇者伝説に興味がない』者のみが対話できるというのだが、実際は興味がない者を見極めて剣自体が直接脳内に話しかける、いわゆる『念話』を使っている。

 実際にこの国の伝承として幼少から刷り込まれて来た王子たちが以前剣と対話した事があるのだから、選択は剣次第という事なのだろう。


「……個人的にゃ~もうアンタとは会いたくなかったんだがな。何しろ俺にとっては未来の死因、張本人なんだからよ」

『否定、私はあくまでも剣、武器でしかない、殺害するか否かは使用者によるところ。現状『異界の勇者』が召喚される可能性は皆無、野盗ギラルが発生する理由も皆無であるなら未来においても私が貴方の殺害に介入できる理由はありません』

「理屈は分かっちゃいるんだがな~」


『予言書』において悪人の俺を光の刃で真っ二つにした『異界の勇者』を戦う武器としてよりも戦いから守るための武器として太古より伝えられてきた伝説の勇者の剣『エレメンタル・ブレード』。

感情が無いようでいて、しっかりと自己主張はする何ともちぐはぐな印象は相変わらずであるな。


『懇願……私の使命は『異界の勇者』を守る事。しかし今やその使命は貴方の行動で無くなりました。ゆえに、もう一つの使命の為に貴方の語る『予言書』の最後の場所まで案内を要求します』

「は? もう一つの使命??」

『自明……邪気を払い邪神の根幹を断つ。勇者の剣としての役割を未来永劫に消し去る為、ギラル……貴方の知る『予言書』を完全に終わらせる為に』





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