第二百六十話 必殺お仕置き人

 ……なにやら意味深な事を言いだすのが気になるが、とりあえず剣からの依頼は置いておいて、俺たちはそのまま別邸へ侵入を果たした。

 室内はこれと言って特徴的なモノは見当たらない一般的な貴族の邸、だが掃除などはされている様子も無く色々なガラクタが乱雑に置かれていて、多分倉庫代わりにされてもいるのだろうな。

 本来の盗賊としてはこういうところにこそ目的があるんだろうけど……。

『気配察知』を全開に別邸全体に意識を向けてみて……人気の反応が全て下の方向から感じる事に思わず舌打ちをしてしまう。


「チッ……予想はしてたが、やっぱり地下牢かよ。胸糞悪い」


 目標にしている人物が地下にいる、しかも対外的には病気療養扱いで。

 それだけでどういう扱いを受けているかなど考えたくもない予想が立つ。

 そして地下への階段は思いの外簡単に見つかり、罠など警戒しつつ階段に足を踏み出したところで外部の音が聞こえなくなった。

 どうやらここから先は万が一にも音が外に漏れないように魔術的な防音を施されているようで、内部の音が漏れない代わりに外部の音も入ってこないのだろう。

 ……なんだ、外で気を遣う事はなかったな。

 などと思っていると、階下から嫌な音と声が聞こえて来た。


「おら! 何目を閉じてるんだよクソガキ!! 寝る許可何て出した覚えはねぇぞ!!」

バシイイ! 「ぐ!?」

「やめなさい! その子に手を出さないで!!」

「んだこら、なら代わりにお前が喰らうかぁ!?」

バシイイ」! 「!?」

「うあ、やめろ! やるなら僕の方を……」


 聞こえて来る声と音だけで、この下で何が行われているのか理解できた。

 鞭で叩かれ皮膚が裂ける音と苦悶の声、そしてそんな状況でも互いを庇い合おうとする親子の存在。

 俺はあまり時間をかけるべきではないと判断し、速攻で階段を飛び降り無音で着地。

 即座に階段の陰から地下牢側をのぞき込んでみると……案の定、貴族の血筋とは思えないようなボロボロになった服とも言えない布を纏った女性と男の子が鎖に繋がれていて、その目の前で嗜虐的な笑みを浮かべた男が鞭を手に二人を見下ろしていた。

 互いがギリギリ庇い合えるくらいの距離……こんな状況でも互いに庇い合おうとする姿を楽しんでいやがる……。

 そんな、一方的に抵抗の出来ない者を蹂躙する喜びに満ちた笑みを浮かべる男に……思わず血が逆流する。


 一歩間違えば自分がなっていたかもしれない姿……。

 そう思った瞬間、俺はザックから取り出した釘を投げ放っていた。


「オラオラ、とっととくたばれよ~。テメエらがしぶといからいい加減疲れて……イデ!?」

「楽になりたきゃ、座れば良いだろ……クソ野郎!!」


 己の体を盾に庇い合う母子を嬲る男の嗜虐的な笑みが唐突に歪んだと思えば、何故か男の太ももに突き刺さった五寸釘。

 無論俺が投擲したモノだが、俺はその五寸釘が付き立った左足の方へと回り込んで……遠慮なく靴底で根元まで押し込んだ。


「グギャアアアアアアアア!?」


 ズグッという筋肉を貫く独特な感触と共に叫び声を上げ始める男の、今度は肩目掛けてダガーを突き立ててやる。


「ウガアアアアア!? なん、てめ……なに……!?」

「鬱陶しいなぁ、たかだか二発の攻撃でギャーギャーと、さっきから手前が嬲っていた二人は悲鳴一つ上げねぇで庇い合ってるってのによ」

「き、きき貴様……こ、このやろ……」


 そしてこの期に及んでようやく俺と言う敵の存在を認識したのか、攻撃に移ろうとする男に呆れのため息が漏れた。


「弱い者いじめしか出来ねぇ、そして外部の者に侵入を許しただけでも論外なのに攻撃されても痛みで反撃も遅い。痛がっている暇があるならやる事あんだろうが……よ!」

「ガゴオオオ!?」


 のろのろと無事な方の腕で振りかぶる男の反対側に滑り込んで、そのまま俺は頭を掴んで飛び膝蹴りを食らわせた。

 狙ったのは顎、それも顎関節……しばらくは喋れないように顎を強制的に外してやろうとおもったのだが、クズ男はそのまま気を失ってしまったようで、そのまま石畳に正面から倒れてしまった。

 ……あっけない。


「な、中々ギラル殿も容赦無いのう。躊躇いなく激痛を伴う急所ばかりを狙うとは」

「そうか? 俺なんか優しい方だぜ。向こうが防音設備を用意してくれてんだ……俺の共犯者共ならもっとえげつない制裁をすると思うぜ?」


 追っかけて来たメリアス王女が若干引き気味で言うが、全身骨折ならまだしも、回復魔法を使える連中なら遠慮なく何度も何度も自分のした所業を心から懺悔するまで折檻するだろう。

 生きているのだし、この程度で済ませて上げるのだから十分優しかろう。

 急な出来事に面食らっている二人の鎖を繋ぐ錠前を外してやると、とりあえず互いの無事を確認する為に抱きしめ合う母子だったが、当然ながら正体不明の闖入者2人に恐る恐る聞いて来る。


「あの……貴方たちは一体……?」

「うお!? そうであった、スマン名乗り遅れた!! 私はメリアス、現ブルーガ王家国王ニクシムが実妹メリアスである。此度はロンバウト侯爵家の夫人と嫡男の危機と知りはせ参じた次第である」


 問われたメリアス王女は慌てて右手の袖をまくり上げて、腕輪の装飾を見せる。

 ブルーガ王家の紋章の入った、王族の証明となる銀とエメラルドの腕輪を。

 当然現王家の者が間違いない証明までして本人と名乗られて、まともな貴族が面食らわないワケも無く……ロンバウト侯爵夫人は慌てて平伏しだした。


「おおおおおお王女様!? メリアス王女様ですって!? もももも申し訳ありません、このようなみすぼらしい姿を……」

「よい、このような場、しかも今の体で無理をする出ない。貴殿らの状況はこちらも把握しておる故……助けが遅れてこちらこそすまない」

「何を仰います、このような事態になったのは全て我らロンバウト侯爵家の不徳の致すところでございます」


 言い訳せずに自分の責任とこんな状況でも口に出せる、これこそ貴族として相応しい心意気なのだろうか。


「ところで先ほど、国王陛下の事をニクシム様と? もしや、第一王子殿下が即位成されたのですか?」

「おお、その通りだ。ニクシム陛下が即位した事により前国王の悪事が洗い出されて、その内の一角でロンバウト侯爵家の事が明るみになってのう」

「お、おおお……とうとう、とうとうこの国の長い暗黒の時代が終わったのですね! ニクシム王子……いえ陛下が即位して下されたのなら」


 どうやら今まで監禁されていたせいかここ最近の政情については知らされていなかったようだ。元々子供の味方と評判の良いニクシムは親御世代、特に母親からの支持が高かったようだからな。

 同時にその事で今までの事態が明るみに出る事に関するロンバウト侯爵側の焦りも浮き彫りになる。

 多分だが前国王の時には時間をかけての衰弱死を狙っていたが、ニクシムが即位した事で悪事が明るみに出るどころかヤツの、というか“ヤツ等”の性格的に自分がやっていた事が明るみに出れば極刑は免れない事を悟り、急遽この二人の死を早めようとしていたのだろう。

 直接的な殺害では証拠が残りやすい、だから強制的に疲弊させていたのだ。

 さっきの男が眠る事も許さずに折檻を続けていたのもその一環なのだろうが、それでも虐待の後は残るだろうに。

 やり口の残虐さと陰湿さに、目の前で伸びている男の他にロンバウト侯爵事態にも怒りの感情が湧いて来る。


「……あの、お助けいただき……ありがとうございます」


 よろよろと、事前情報では6歳くらいだと聞いていたのに今は腕が枯れ木の如くやせ細りあばらが浮き彫りになるくらいガリガリに痩せこけた男児……ロンバウト侯爵家長男が俺に礼の言葉を言った。


「なに、こっちは王女様からの依頼だったから礼を述べるなら王女様にしときな。それにしてもお前さん、こんな時でも母ちゃん守ろうとするとは、やるじゃねぇか」

「あ……へへ、貴族たる者女性には優しくする事と、お母様に教わりました」


 親子そろって、こんな状況だというのに礼を失さないとは……やれやれ、この国は次代を担う優良な人材がいて結構な事ですな。

 そんな意も込めてチラリと王女に視線を送ると、彼女はコクリと頷いた。


「では早々に退却……いや、ズらかるとしようではないか。頭領よ」


 そう言って悪ぶったような笑みを浮かべるメリアス王女。

んな無理に盗賊っぽく言わなくても……ああ言ってみたかったのね、たまにはそういう荒くれ者の言葉を。


「お~し、お宝は手に入れた。ズらかるぞ手前ら!」


                 ・

                 ・

                 ・


「……なにしてんの? リリーさん」


 夫人と長男を無事確保し、外で待機していたリコリスさんと王女が合流したのを見計らってから俺は再び邸へと戻ったのだが……なにやらさっきは見かけなかった妙なオブジェが本邸の屋根に出来上がっていた。

 詳しく言えば屋根の風見鶏に括られた“ナニか”にリリーさんが狙撃杖の風魔弾を連続で当てる事で回しているのだが、その回っているモノが何とも汚い。

 白目向いて全身のあらゆる場所から汁を垂れ流して異臭を放って「ヒイイイ……」と断続的な悲鳴を上げているのだから。

 質問する俺に彼女は変わらぬ笑顔のまま答える。


「何って、なんだかアレがロンバウト侯爵家の主様らしくてね~。手下が余りにも物足りないからちょっと暇つぶしに芸術的工作でもと思ってさ」

「ほ~」


 グルグルと回り続ける普段なら偉そうにしてそうな寝間着姿の男っぽいのだが、今や涙と鼻水でグチャグチャになり元の表情など分かりようもない。

 ちなみに彼女いるのは地上でヤツは3階の邸の屋根にいる……何でも色々飛び散ると汚いから離れて遊んでいたとか。

 一見残虐な遊びに思えなくもないけど、アレがさっきの母子をあんな目に合わせていた元凶だと思えば限りなく温いくらいだ。


「首尾はどうだったの? その様子じゃ誘拐は成功したみたいだけど」

「ああバッチリだよ。ところでポイズンデッド、もっと回転速度を上げる事は出来ない? バターになるくらいにさ……」

「……状況は?」

「母子揃って餓死寸前、早い衰弱を狙っての折檻」

「了解了解」


 俺の答えを正確に読み取ったリリーさんは更に風魔弾の連射速度を速め、屋根の風見鶏が今まで回った事が無いだろう高速回転を始めた。


「キイイイイイイイイイ…………たたたた助け、助けえええええええ!?」


 最早言葉にもならない奇声を上げて白目をむく男……一応助けを呼んでいるようでもあるけど、生憎この屋敷で味方出来る者は全て地に伏している。

 ちなみに件の愛人は部屋で縛られ、腹違いの次男は現在3歳、何も知らずにグッスリ入眠中だとか。

 まあ子供に罪はない、とは言うからな。


「やれやれ、こういうお家騒動の元になるからザッカールみたいに長男第一主義みたいな事になるんだろうけど、あっちはあっちで長男以外認めないとかで極端な事になるし……面倒くさいな、お貴族様ってのは」

「何事もいい塩梅というのが難しいのですよ。特に一度でも上手くいってしまうと変化を恐れるようになりますからね」


 俺のつぶやきにさっきから暇を持て余しているカチーナさんがカトラスで肩をトントンと叩きつつ言った。

 一度は貴族家長男、男子として生きて来た彼女が言うと説得力が違うな。

 そんな雑談をしていると、何やら上の方からミシミシと音が聞こえ始めて“バキン”という乾いた音と共に風見鶏の支柱が折れたのが見えた。


「「「あ……」」」




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