第二百五十九話 技名は蟲で統一

 今回の仕事の合図は2回、それも段階を踏んで……だ。

 まずは王宮からの使者と言う体でリコリスさんが正面ゲートから訪問、その知らせがロンバウト侯爵家に伝わり正面ゲートへと注意が集まった段階で第二フェーズに移行。

 それは侵入者が本邸へと侵入しやすくする為の陽動であるのだが。


ドゴオオオオオオオオオオオ!!


“先に”侵入を果たして既に敷地内の雑木林の中で潜んでいる俺とメリアス王女は第三フェーズ移行の合図があまりにも轟音で、思わず飛びのいてしまった。


「フワハハハハ! もろいもろい、何だ何だ? 悪名高きロンバウトの邸と聞いて勇んで来てみれば、少々ノックした程度で壁に穴が開いてしまったぞ? 随分と安普請な造りだ事ですなぁ!!」

「オマケにこのように派手な侵入を果たした狼藉者が堂々と挨拶をしているというのに、この集まりの遅さ、反応が遅いにも程があるぞ! サービスでここまで殺気を振りまいているというのに悠々と本邸まで入り込めるとは……練度が足らんぞ衛兵共!!」


 ノリノリである。

 特に本邸の壁に穴を開けたのはリリーさんの風魔弾だろうが、あの人はやろうと思えば風切り音どころか着弾の音すら最小に抑える事も出来るはずなのに、逆にワザと音が過剰に大きくなるように魔力調整をしたようだ。

 陽動作戦は敵を引き付ける側が目立つ事が重要なのだから、やっている事は間違っていないのだけれど、ここまで巨大な音を立てれば邸全体に響き渡り全兵力が集まってくるのは間違いない。

 事実聴覚に集中するとそこかしこから「何だ今の音!?」「て、敵襲、敵襲だ!!」などと騒いでいる衛兵たちの声が聞こえてくる。

 間違いなく、分かった上でやっているのだろうが……。


「……大丈夫かね? 本当にノリで元凶を殺らないか不安になって来た」

「さすがはイリスの姉君……攻撃力もさることながら豪胆な精神力もあの方から学んだのであろうな。今後の事を考えるとひとまずは生かしておいて貰いたいのであるが……」

「あの爺さん《グランダル》の弟子にしては、中々に慎重だね~お姫さん」

「むう……師の事は尊敬しておるが、私には無理なのだ。立場上も、その……技術面や膂力だけでなく性格的にものう……」


 お? なんとなく師匠との違いに卑屈を滲ませる言葉かと思いきや、表情に自分を卑下するようなところも無く、むしろ自分自身に合った役割や使い方を分かり始めているかのような雰囲気を感じる。

 大剣振り回して力ずくで真正面から敵を叩き伏せる師匠を尊敬はしていても、自分に同じ事が出来るワケじゃない。

 出来ないのであれば出来るように修練するか、そうでなければ別の方法を模索するか……自分だけの答えを自分で導くしかない。

 朧げにでもそんな思考を巡らせるようになったのなら、彼女も彼女で色々と成長しているという事なのだろう。


「まあ……な。俺だって今回グランダルの爺さんがいたら、間違いなく引き付け役のみを担ってもらうだろうし。あの爺さん色々と目立ちすぎるからな~」

「ぐぬ……師を否定されているようなのに、一つとして反論出来ん」

「ここは適材適所って事で」


『気配察知』を全開に、敷地内のほとんどの人の気配が本邸に集まっていくのが分かる。

 俺はそんな流れの逆、別邸へ向けてメリアス姫と一緒にコソコソと隠れ進んで行く。

 結構なスピードだとは思うのだが、不足なくついて来る彼女の動きに益々パワー重視あの爺さんの弟子よりはスピード、技術重視の師の方が似合いなきがしてくる。

 まあその辺は本人が決める事なので余計な口は挟まない事にして……。

 そして目的の別邸は本邸より奥の雑木林の中、明らかに表から見えないように細工されている感バリバリ。

 これでは暗にやましいナニかがあると喧伝しているようなもんだ。

 そして別邸の前で歩哨に立っている男が二人、一人は槍を手に、もう一人は柄の長い杖を持っていて、どうやらそっちがドラスケからの情報にあった魔導士っぽいな。

 にしても……。


「何だったんだ今の音は!?」

「本邸の方から……だよな? どうする?」

「どうするって……行かなくても良いのか? ロンバウト侯爵だったら後々『何故援軍に来なかった!』と職務怠慢などと言いかねないぞ?」

「しかし逆に、こっちで何かが起こったら『何故持ち場を離れた』と言うだろう? あの強欲かつケチ臭い侯爵は雇った護衛の減給の機会を常に狙っているんだからな」

「くそ~、なんで今日俺はこっちの警備だったんだよ!? いつもだったら一番楽な当番だったのに……何でこんな事で悩む事に」

「とりあえず、俺は持ち場を離れない方を進める。同じ言及でも持ち場を離れたって理由の方が言い訳出来んからな」

「……確かにな。軍なら現状任務の死守が当たり前の事なのに、こんな事で振り回される事になるとは……戦を知らんお貴族様はこれだから」


 距離にして約10メートル先にいる歩哨の二人は陽動に引っかかる事なく、色々と愚痴りながらではあるが、的確な判断でこの場に残っていた。


「チッ……悪党の子分は出来が悪いのが定番かと思いきや、案外優秀でやんの」

「どうするのだギラル殿? 幸いあそこにいるのは二人、我らで一人ずつ片付けるか?」


 そう言ってメリアス姫は剣の柄に手をやるが、俺は首を横に振る。


「いや……2人じゃない、別邸の中に人の気配が3つある。どう考えても弱い反応、内訳小さいのが長男で大きいのが夫人の方だろうが……明らかに五体満足でその二つの反応の傍にある気配が一つ」

「!?」

「下手に戦闘して中のヤツに気付かれたくない」


 その内部の者が加勢に来ると言うなら別に問題ないが、万が一に中のどちらかを人質にでもされては厄介な事になる。

 本来この二人は雇い主の妻と子供のはずだが、別邸に追いやられて虐待されているのだから、扱いだって本来通りにされるのか分かった物じゃないからな。


「で、でもこのままでは……」

「慌てなさんなお姫様、こういう時こそ盗賊の出番ってなもんさ……シッ!」


 俺は不安そうな顔になるメリアス姫を他所に、手にした鎖鎌の分銅を雑木林に隠れたまま歩哨の二人に向けて“2回”投げ放つ。

 分銅は雑木林からなのに枝葉に課する事も無く、風魔法付与の恩恵で金属音も風切り音も立てずに伸びて行き、連投しているというのに投擲から引き戻しの時間もほぼ一瞬、まるで同時に攻撃した如く歩哨たちの後頭部に直撃した。


「が……」「ご……」


 スレイヤ師匠直伝、鎖鎌術『雀蜂』……本来は雀蜂集団の如く連続で分銅を投げつける技なんだが、この鎖鎌『イズナ』を使うと集団どころか同時、しかも音すらしないのだから凶悪な技に昇華されてしまう。

 膝から崩れ落ちる歩哨二人を確認してから雑木林を出ると、メリアス姫は若干興奮気味に目を輝かせていた。


「す、凄いのであるギラル殿、さすがは師匠と渡り合った方! おそらく今は2回の投擲だったのだろうが、私には分銅が2本になったように見えたぞ!」

「そう言っていただけるのは光栄だがね、凄いのは俺じゃなくて武器の方なのさ。先人が強い武器を手に入れたからと自分の力と思うなって言ってたのがよく分かるな……」


 大きな力は人を魅了し己惚れさせる。

 今の技だって『イズナ』があったからこそのモノなのだから、これが無くなった時点で今の力を発揮する事は出来なくなる。

 当たり前の事なのに、当たり前である事を自覚し自制しないとマズイ……そう思えるくらいにこの鎖鎌は強烈に自分にとって利点が多く強すぎ、相性が良すぎる。

 しかしメリアス姫は目を輝かせたまま、自身の腰にある剣を示して見せる。


「何を言う、ギラル殿の武器はどう考えても人を選ぶ代物。貴殿だからこそ力を発揮できるのは明白な事。私が任されたこの剣など、未だに私を使用者として認めてはくれないのだからなぁ」

「…………そいつは」


 そういう彼女の腰にあるのは一本のロングソード、しかし俺にとって見覚えがあるのは刀身でも鞘でもなく柄の方……どうやら先日の事件後には彼女が所持していたのだな。

 異界の勇者を“守る”為の伝説の剣『エレメンタル・ブレード』、現在刀身はどこにでもあるロングソードであるが、本来は光のエネルギーが刀身になる武器。

 そしてこの武器にはある特殊な特徴があって……。


『同意……その武器『イズナ』を使いこなせる稀有な人物は現状貴方以外存在しないと考察。そして、お久しぶりです我が同志盗賊ギラル』

「…………」


 その声は俺の頭の中に直接響いて来て、実際に腰に差しているメリアス王女には全く聞こえていない様子。

 長年自国の英雄譚であった伝説の剣との対話条件が『勇者伝説に興味がない事』である限り、彼女がこの剣と対話するのは難しいかもしれんが……。

 さすがにメリアス姫の前で話しかけるワケにも行かず、俺は視線だけで反応する。

 それだけで剣の方も察したのか、特に返答を待つでもなく一方的に話し始めた。


『依頼……今の業務終了後、貴方に頼みたい事があります。そろそろ私自身、役割を終える時が近付いているようですので……』

「……?」







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