第二百五十八話 お姫様と行くブルーガの夜
久しぶりにブルーガ王国王女メリアスとメイドのリコリスさんの顔を合わせてからしばらくして……俺達はとある貴族の館前の暗がりにヒッソリと潜んでいた。
どうでも良いが自主的で無いにしても活動時間が深夜帯になりがちになるのは、最早盗賊としての業なのか性なのか。
俺はともかくとして、こんな盗賊のスタイルにスッカリ馴染んでしまった仲間たちも元々の実力も手伝って最早黒装束が板に付いてしまって……う~む。
「本日は急な事なのにお引き受けいただき、誠にかたじけない。しかし……やはりというか皆さん黒装束がお似合いであるな。どことなく、どこかで拝見した事があるような気もするのだが……」
「気のせいじゃないっスか? 黒装束など誰が着ても同じにしか見えないっスよ」
「ふむ……まあそうか。この衣装では体格以外の差が無いものなぁ」
実際にはモロに面識があるけど、前回目撃されたのも短時間だし直接的な会話があったワケでもないから、こう言っておけばそうそう追及される事もなかろうと俺がサラリと言えばメリアスもそこまで執着せずに話を変える。
まあ今は自分自身も同じ格好なワケだからな~。
「作戦は昼に入った通り、3方向からの陽動作戦という事で良いだろうか?」
彼女の最終確認に俺たちは揃って頷いた。
今回彼女に依頼された仕事は何と誘拐である。
まあ字面だけで言えば最悪なのだが、無論営利目的と言うワケではない。
先日の国王交代劇から国政にメスを入れ始めた変態兄弟ことニクシムとニクロムだったのだが、改革に弊害は付き物。
概ねは予定通りに今まで虐げられてきた女性や子供たちを救出、支援などが行われ始めたのだが、基本的に表側から実行されるこの手の事は裏側からの事には対処が遅れてしまうのが常。
特に今まで裏で悪事を働いていた連中にとって不都合な事を証言されない為に証拠の隠滅、口封じなどを企む連中が出ても不思議では無い。
とりわけ爵位が上であればある程、この手の表からの捜査の手が入るには手続きなどに時間を要してしまい……そのように人の命をモノとしか思っていない輩に1~2日とは言え時間を与えてしまう事は危険でしかない。
ならば裏から、裏技を持ってとりあえずの危機を回避せざるを得ない。
王女メリアスが現在行っているのはまさにそういう裏からの仕事なのだそうだ。
「ロンバウト侯爵家、現在は夫が代理として当主を務めているが直系であるはずの侯爵夫人と長男の姿がここ数年社交界でも見られず、代わりに最近は娼館出身の愛人が正妻の顔で本邸に居座り、そしてその息子……腹違いの次男が次期当主かの様に振舞っている。後はまあ……お決まりのパターンというワケだ」
「長年の闘病生活の甲斐なく……ってヤツか」
お家乗っ取りの典型パターン。
その夫が代理では我慢できなくなったのか、それとも代理である事を忘れたのか、それはどうでも良い。
本当に病弱であったのか、それとも監禁しているのか……元々は時間をかけてゆっくりと衰弱しての死、その後自分が正式な当主に、そして愛人の子を次期当主に~とか狙っていたのだろうが、今回の改革の為に時間をかけて計画を遂行するのは難しくなった。
時間をかける事が出来ないなら……という状況なのだろう。
「特に今回のターゲット、夫人はかつて“春風の妖精”とまで噂された美女、息子は女子と見間違われる事すらあった幼子。現在の改革を行う兄たちの性情を目の当たりにして慌てふためく輩は多いからの……」
「う~む、さもありなん……」
普通の王侯貴族であればお家の事情とか国政に関わらなければ言い逃れも出来るかもしれないが、この国に限って言えばあのロリショタ、女好きだ。
そのどちらもを虐待していました~などが発覚してしまえばどうなる事やら……。
自業自得以外の言葉が見つからないけどな。
「実際、兄上たちもロンバウト家の現状は概ね理解しておるのだが、私は今回だけは後手に回りそうであると判断したのだ」
「だから姫様が冒険者ギルドに直々に? 兄貴たちにも無断でか?」
「……仕方があるまい、何だかんだ兄たちは過保護なのだ。私が直接乗り込むなど認めるワケが無かろう」
そう言って頬を膨らませるメリアスは年相応に見える。
妙なもんだよな……自分の子供すら信仰の為の実験材料にしようとしてた
結局全ては本人たち次第、という事なのか。
「それなら、よくお付きのリコリスさんは協力してくれましたね? 彼女もどちらかと言えばお姫様を窘める側なのでは?」
不意に気になったのかカチーナさんがそう言うと、メリアスは何でもない事の様に笑う。
「ああ、アイツはもう諦めておるからな~。その辺で小言を言って置いて行かれる方が面倒だとのう。事後報告で私と一緒に叱られるところまでが仕事なのだよ」
「……あ、そうですか」
多分そうなるまでに何度もバックレられた事があったのだろうな……。
何だかお姫様に振り回されて来たメイドさんに哀悼の意を唱えたくなってきた。
そんな悲哀溢れる専属メイドのリコリスさんだが、今現在はメリアスと一緒では無く作戦の一部、言うなれば開始の合図の為に別行動している。
「先刻の通り、リコリスが正面ゲートにて城からの使者を名乗ったところで行動開始である。別から侵入して本邸を中心に騒ぎを起こす役とターゲットの誘拐を実行尾する役」
「……監禁場所の特定は済んでるんだよな?」
「無論だ。東側の離れにある格子付きの地下施設……そこに夫人と長男は押し込まれているらしい」
作戦の概要としては本邸で騒ぎを起こすのがカチーナさんとリリーさん、ターゲット誘拐の役割が俺とメリアス姫という事になっている。
この辺の振り分けには理由があって、救出目的とは言え知らない人物が突然現れるのだから身分証明が出来るかどうかは重要な事。
曲がりなりにも王女様なのだからメリアスは存在自体が証明になるハズ……向こうが顔を知らないって事はさすがに無いだろう……無いよな?
んでもって俺は単純に鍵開け要員、盗賊としての本領発揮である。
「すまんな……一番危険な仕事を任せてしまって」
そう陽動側のカチーナさん、リリーさんにメリアスは申し訳なさそうに言うが、二人は満面の笑顔を浮かべる。
満面の……ただし目が笑っていない笑顔が月光に照らされて……。
「あ~、ぜ~んぜん気にしないで? アタシらは荒事の方が性に合ってるし」
「ブルーガの侯爵家がどれほどの戦力を常時整えているのか、非常に楽しみですよ」
う~む……俺だってそうだが、この二人に虐待という犯罪は本当にタブーだ。
元々貴族家で虐げられ性別すら偽られたカチーナさんも、魔法に難があっても下からここまで這い上がって来たリリーさんも、強者が弱者を虐げるという事が心から嫌いだから。
「二人とも、一応言っておくがノリで当主代理やら愛人やらを始末しないでくれよ? そこら辺は料金に入ってないんだから」
「分かってますよ……不幸な事故が起こらない事を願いましょう」
「そうそう、まあ流れ弾や跳弾がどこに向かうかは予想できないけど~」
「…………最悪息の根は止めるなよ?」
「「大丈夫大丈夫!!」」
何時もなら誰よりも信じられる仲間たちなのに、今回ばかりは信じて良いのだろうか?
一抹の不安を覚える俺だったが、上空から骨のあるヤツが降り立ったのを見てメリアス王女からは死角になっている事を確認しつつ声を掛ける。
さすがにコイツの存在を見られると説明が面倒だからな……。
ヒソヒソ声で
『守備はどうだ?』
『上空から見たところ、ほぼお姫様の言った通りであるな。ほとんどの護衛は本邸に集まっており件の別邸は2人ほど……ただし1人は魔導士のようだ』
『……結界は?』
『ない、あれはその手の魔導士ではなく飛び道具要員である』
ふむ、そうであるなら……俺はザックの中から鎖鎌『イズナ』を取り出す。
建物、地下施設までは分からなくても入り口に二人しかいないなら……。
相変わらず金属製の鎖であるはずなのに、手に取っても金属音一つしない鎖鎌を頼もしく思いつつ、仲間たちに目くばせした。
「では……行きましょうか? 今回は変態たちのお宝を頂きに」
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