第二百五十七話 変態紳士の改革

 それからも何事も無くのんびりとした旅路、それが俺達にとって非常に珍しい値千金の時間であると自覚してしまうのが若干悲しいが、翌日には予定通りにブルーガ王国の城門へと到着していた。


「変な気分だなぁ、故郷でもなけりゃ結構つい最近来たばっかりの国なのに、えらく懐かしい気分にさせられる」

「う~ん……分かる」

「私たちはこの国でやった事は正規の仕事ではないですから、思い入れを語るのはいささかアレですが」


 苦笑するカチーナさんに同意してしまう。

 俺たちが前回この国でやらかした事は事情を鑑みずにガワだけ見れば貴族や王族が集まる王城での不法侵入から始まり窃盗、暴行、恐喝未遂。

 挙句の果てには研究施設の破壊と資料隠滅目的の放火……平たく言ってもバレたら情状酌量無しの死罪しかありえねー。

 流れ的に前国王の失脚にも関わるワケだからな~。

 そんな事を思うと、リリーさんが複雑そうな表情で口を開いた。


「この国だけで言えば、アタシだけは大して何もしてない感じだけどね~。不本意ながら」

「……そう言えばそうだっけ? あの時リリーさんにゃあくまで一般冒険者の助っ人枠でシエルさんたちの知り合いとして動いてもらったから」


 表側の繋ぎと援護の役割としてキッチリ仕事して貰っていたから何もしていないって事も無いのだが……彼女的には役割とは言え実行犯として加われなかったのが不満だったのだろうか?

 俺的には役割分担でしかないし、彼女はしっかりと仕事してくれたと思うのだが……自分だけが苦労をしていないような気でもするのだろう。

何だかんだと律儀な人である

 そんな雑談と共に入国審査の列へと並ぶ俺達であったが、不意に城門付近が妙に物々しい事に気が付いた。


「何か……歩哨の兵士たち、数多くない?」

「……そう言えば」


 前回だって別に警備体制が無警戒だとかザルだとかそんな事は無かったのに、今は前に比べて2~3倍の武装して槍斧をもった兵士たちが配属されている。

 まるで何者かの侵入、もしくは脱出を警戒しているかのように……。

 そんな警戒態勢の中徐々に列を進んでいくと、目の前に現れたのは前回ブルーガに入国した時にも世話になったマッチョな姐さん兵士。

 どうやら向こうも俺達を覚えていいてくれたようで、顔を見ただけで「お!?」と声を上げていた。


「ようよう、お前らこの前もきたような? Cクラスの若いの! 元気だったか!?」

「ご無沙汰っス。この前教えて貰った店はうまかったっスよ」

「ハハハそうだろ! 何だったら今回は別のお勧めも教えてやろうか? もちろんリーズナブルな店でよ」


 魔力感知での身体検査後、異常なしの入国証明に豪快に笑いながら判をくれるマッチョレディ……相変わらずの反応に何故か嬉しくなってしまう。


「ところで、今日は前に比べて随分兵隊さんが多くないっスか? 何か事件でも?」

「ん? ああ、気になるよな~やっぱ」


 結構厳格な雰囲気の別の兵士たちでは無理でも、この人ならサラッと教えてくれるかな~という期待を込めて聞いてみると、彼女は困ったような顔をするものの教えてくれた。


「知ってるかい? この国ってつい最近国王が代替わりしてさ~今まさに国政の改革ってヤツが行われている真っ最中なのさ」

「……へぇ」


 知ってるも何も……という言葉を飲み込んで、俺は彼女に話の続きを促す。


「そいで立太子すらすっ飛ばして国王になった第一王子と第二王子なんだが、元々この二人は子供の育成やら女性への仕事の斡旋、援助何かに積極的で人気が高かった事はあったんだけど、逆に今まで男尊女卑でヌクヌクとしていた歴々にゃ~青天の霹靂ってヤツでね。ここ最近はその手の連中が後ろ暗い事を隠すために逃亡、もしくは反旗を翻そうと画策しているとかで取り締まりが多くてね」

「あ~なるほど、あの兄弟なら確かに……」

「……その反応は兄ちゃんも知っている口かい? まあ公然の秘密ってヤツだけど一応は不敬罪に当たるから口には出すなよ」

「犯罪を犯さない紳士に言う事は別にねーから、心配いらんっス」

「なら、よし」


 この様子じゃ末端の兵士にもフワッと知られているいるようだな、あの兄弟の性癖は。

 だが同時に尊敬をされているのも事実のようで、こんな釘を刺される当たり国政としてはうまくいっているように見受けられる。

 ロリショタ国王に女好きの王弟……字面だけだと最悪なのに、この二人は頭文字に『真の』が付くほどの変態ではあるからな。

 男尊女卑が蔓延り権力者の弾圧が当然の世の中において、ロリショタでも決して手を出さないで天使たちの幸せを願う兄と、女性であれば幼女から老女まで守備範囲であるとばかりに“女性の幸せこそ我が幸せ”とばかりにあらゆる面で援助を厭わない弟。

 抱えた性癖がアレであるのにここまで清廉潔白で国政に相応しいと思える連中は本当に稀有な存在だろう。

 ……褒めて良いのかは若干疑問だが。


「あの二人の功績は代替わり前からだったけど、主に人身売買に関わる事が多かったのさ。今回国王になって大々的に国内の方を重点的に洗いなおしたらしいが、まあ色々と家庭内の事情として隠蔽されていた出来事がワラワラと……ね」

「それは……結婚後に不遇な扱いを受けるご婦人とか、虐待され監禁を受ける子供のような事例と言う事でしょうか?」


 元王国軍にいただけにカチーナさんにはピンときたらしく、その言葉にマッチョれレディは神妙に頷いた。


「ああ、元々国王兄弟はその辺の救済もやってたんだが、やっぱ国王の立場から内政を見るのは違うらしくてね。そんな輩が高位貴族なんかだと今まではお目こぼしを頂いていただけに大慌てで対策に動いているってワケ」

「ようはイジメがバレそうになって逃げるか逆切れしようとしているか、そんなとこ?」

「平たく言えば……な。反省して謝罪、改善するか罪を償うなどまともにやれば酌量の余地もあるんだが、そういった連中こそ今のやり方や立ち位置に未練があるらしくてね~」

「あの二人の事だ。子供や女性の心情的に慈悲を与えても良いくらいに反省すりゃ、うまくいけば“ごめんなさい”だけでも済むかもしれんのに」

「残念だが、それを理解できない奴らは意外と多くてね」


 あの変態紳士たちなのだから、誠心誠意謝罪をして被害者からの酌量を得る事さえできれば一度は見逃して貰える換算が高いと思うのだが、今まで下に見て当然、自分が上の立場だと好き勝手していた存在が自分よりも大きな存在に味方され反旗を翻すのが我慢できないって事か。

 色々と仲間に助けられ、自分の力だけでは生き残って来れなかった俺にとっては異次元な考えだが……そういう連中にとっては大事な事なのか。


 そんな話を終えて、問題なく入国出来た俺達だったが、門を潜った後でも往来を歩く兵士たちの数はやっぱり多く、辺りを警戒しているのが分かる。


「あの変態王子たちも苦労してんのね」

「そうですね。しかしこういう代替わりで混乱が起こるのは良くある事ですが、あのお二人は相当な手腕を発揮しているとは思えます。こうして大勢の兵士たちを規律正しく動かしている辺り、しっかりと軍部の掌握も済んでいるようですし。おそらく彼らは就任する以前から各方面に自分たちの協力者を潜ませていたのでしょう」


 なるほど、元王国軍にいたカチーナさんならではの感想だ。

 単純に国王になりました、だけでは今まで軍部を動かしていた連中が納得して意のままに動いてくれるワケがない。

 前国王の不正などを監視し、そして阻止する為にも部下……いや同志が配属されていたのだろうな。


「それって……同じ性癖があらゆる部署にいたって言うの? それ、何かやだな」


 リリーさんが物凄く嫌そうに言う。

 まあどこの部署にも同好のへんたいしんしがいると言われると引きつった笑いしか出てこないが、まあそういう事じゃないだろう。


「この場合はそういう事じゃないだろうな。男を動かすには金と女と名誉欲とはよく言ったもんでな……自分の味方になれば正義の味方になれるぜ! ってヤツなら乗っかるヤツらがいても不思議じゃね~よ。金に溺れるタイプも確かに多いが、真っ当に生きて真っ当に褒められたい、モテたいってのも男の夢ではあるのさ」

「真っ当に生きて……ね。真っ当に生きられずに死ぬ運命にあらがうアンタが言うと説得力が違うね」


 ガキっぽい発想とは言え、正義の味方になりたいという考え事態は嫌いじゃない。

 そういう連中にとっちゃ、あの兄弟の存在はある意味で希望だろう。

 若干アレな性癖は逆に言えば、見えているからこそ信用が出来る。


「このまま行くと隣国の俺らの国の方がマズイんじゃね? 前国王が使い物にならなくなってドロドロだって話だし」

「他人事のように言うけど、最大原因が自分だって事は理解しているんでしょうね?」

「私たちが介入せずとも腐敗していたのは明白なので、ギラル君の責任とも言えませんが」

「俺は長年離れ離れだった二人を再会させてあげただけだぜ? あの国王が残っていたってど~せ碌な事にならなかったのも事実だし」


 実際ザッカールの王侯貴族はドロドロな後継者争いを繰り広げているらしいが、元々書類に判を押すだけの日和見いるだけ国王だったのだ。

 悲しい程に国政への影響は皆無なのだから、これについて俺的には珍しい事に自責の念は皆無なんだよな~。

 とは言えあそこが俺達にとって帰るべき国である事に変わりはない。

『予言書』の様に邪神軍があの国から現れる未来はもう無いとは思うが、腐敗したままの国が維持されるのも、それはそれで嫌だな~。


 そんな一抹の不安を抱える未来に思いを馳せつつ、俺たちはそのままブルーガ王国の冒険者ギルドへと到着した。

 前回はリリーさんのみの訪問であったから、俺とカチーナさんは初めてになるのだが……あまり初めての感じがしないのは冒険者ギルドという場所の雰囲気のせいか、それとも建物自体が変わり映えがないせいなのか。

 基本的に集まるのは普通のからガラ悪いのから力自慢であるのは共通している連中に、そんな連中を相手にする受け付けは屈強であっても美人であっても、あしらう事にかけては百戦錬磨のギルド職員。

 そして依頼書の張られた掲示板に群がる有象無象……どこでも冒険者ギルドには独特の空気感があるものだ。


「さ~て、こういう依頼書から仕事選ぶのも久々だな」

「どうします? 魔物討伐系が3件、護衛依頼が4件、採取依頼が5件と……」

「採取系は新人の畑だから、あんまり荒らしたくはないけどね~」


 自分たちのクラスにあった依頼を選ぶのも大事な事。

 そんな風に相談しつつ依頼を選んでいる俺達であったが、不意に背後から声をかけてくる女性が現れた。


「もし……貴女はもしやイリス様の姉君でいらっしゃる?」

「ふわ?」


 イリスの姉……となるとこの中でリリーさんしかいないのだが、呼ばれて振り返るとそこにはフードを被った二人の女性、そして声をかけて来た方はチラリと見え隠れする中の衣装がメイド服であり……。

 一瞬だれだか分からなかったのだが、メイド服と言う記号を元に一人の人物に思い至る。

 そして同時にその人物が伴っているもう一人の女性の正体も。


「え……? もしかして貴女はリコリスさん? って事はそっちにいる……いらっしゃるのは!?」


 リリーさんの反応にもう一人の女性がチラリとフードから顔を見せて来た。

 本来こんな荒くれ共の躁鬱にいるべきではない高貴な身分の顔が悪戯っぽく笑顔になる。

 ブルーガ王国王女メリアス。

『予言書』ではイリスの恋敵っぽいポジションだったが、今となっては好敵手しんゆうである人物。

 そして、俺とカチーナさんは彼女の師匠の件で妙な因縁も生まれていた事もあり……どんな顔をしたもんだか判断に迷うのだが……。


「お久しぶりですリリーさん。今回はイリスは一緒ではないのだな。それに……ギラル殿にカチーナ殿、闘技場以来であるな!」

「は……はあ、どうも、その節は」


 彼女は特に含むところも無いような屈託のない笑顔で挨拶してくれ、逆にこっちの方がしどろもどろになってしまう。

 しかし、こっちが気を取り直す暇も与えてくれず、彼女は続けざまに口を開く。


「今日この日にリリー殿たちに再会できたのは僥倖である。貴殿らに依頼したき事柄がある故、話を聞いてもらえぬだろうか?」





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